児童ポルノ禁止法改正案は「21世紀の焚書」山口貴士弁護士が警告【争点:クール・ジャパン】

2002年に成人向け漫画「蜜室」の作者が逮捕された事件で主任弁護士を務めるなど、漫画・アニメの表現規制に強く反対してきた山口貴士弁護士は、児童ポルノ禁止法改正案の単純所持規制がはらむ危険性を強く訴えている。「児童ポルノ」とは一体、何なのか。可決した場合にはどのようなリスクが私たちに課せられるのか。山口弁護士にインタビューした。
Kenji Ando

5月29日に衆院に提出された児童ポルノ禁止法案の改正案が、ネット上で大きな議論を呼んでいる。漫画家の赤松健氏がハフィントンポストのインタビューで答えたように、「附則第二条」に漫画・アニメも児童ポルノ規制の研究対象にするというのも大きいが、もう一つ大きな問題が隠れている。それが、「児童ポルノの単純所持を禁止」するというものだ。

衆議院のHPで公開されている改正案の条文では、「第六条の二」として次のように書かれている。

何人も、みだりに、児童ポルノを所持し、又は第二条第三項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管してはならない。

読者の中には「児童ポルノは犯罪なんだから、そんな物を持っている人間は処罰したっていいじゃないか。自分には関係のないことだ」と思っている方もいるかもしれない。しかし、2002年に成人向け漫画「蜜室」の作者が逮捕された事件で主任弁護士を務めるなど、漫画・アニメの表現規制に強く反対してきた山口貴士弁護士は、児童ポルノ禁止法改正案の単純所持規制がはらむ危険性を強く訴えている。「児童ポルノ」とは一体、何なのか。可決した場合にはどのようなリスクが私たちに課せられるのか。山口弁護士にインタビューした。

あいまいすぎる「禁制品」

−−−今回の改正案に「児童ポルノを所持してはならない」と単純所持の禁止条項が盛り込まれたことをどう考えますか?

山口氏:厳密に言えば、性的好奇心を満たす目的の所持ですが、実質的には、単純所持の規制と言えるでしょう。単純所持を禁止することは、禁制品を作るということです。禁制品とは、薬物や銃や刀など、持ってはいけない物を法律で決めるということです。しかし禁制品であれば、何が禁止されるかについて詳しく定義されているのが普通です。たとえば銃刀法の規制でいえば「刃渡り何cm以上の刃物はダメ」といった具合に明確に定義されています。

ところが、児童ポルノ禁止法における「児童ポルノ」の定義は、極めて曖昧です。児童ポルノの定義を記した第2条には「性欲を興奮させ又は刺激するもの」という表現が繰り返し出てきます。しかし、本来は児童ポルノ禁止法の立法趣旨は、第一条で書かれているように「児童に対する性的搾取及び性的虐待」から児童を守るというものです。見た側がどう感じたのかを基準にするのは本来おかしいです。問題は、児童が性的に虐待されているか、撮影行為自体が性的搾取であるかどうかであって、見た側が性的に興奮しているかどうかではないはずです。

今のままの定義だと、たとえば母親が赤ちゃんに授乳している写真まで入ります。場合によっては「性欲を興奮させ又は刺激するもの」に該当しうるからです。裸でいる子供の写真が家族のアルバムに入っていたら、それは単なる成長の1ページですが、それがペドフィリア系のサイトにアップロードされていたら、おどろおどろしくなってきます。

宮沢りえの「サンタフェ」は児童ポルノなのか?

−−−そもそも現在施行されている法律の時点で、定義があいまいだということですね。修正案がこのまま通って、単純所持まで規制されると、どのような影響が出てくるでしょうか?

山口氏:二つ問題があります。一つは、別件逮捕のリスクがあります。たとえば、海外の怪しいサイトを見ていて、何気なくクリックしてそういう画像を見てしまって、ブラウザにキャッシュが残っているだけで単純所持に当たってしまう可能性もあります。また、悪意を持った誰かがメールで送りつけた場合でも冤罪で逮捕されるかもしれません。実際に立件まではいかなくても「児童ポルノ禁止法違反容疑で家宅捜査を受ける」というだけでも大変なスキャンダルになってしまいます。そういう意味でも大きなリスクがあります。

もう一つの問題点なんですが、これは「表現の自由」との絡みになります。一例としてあげると、1991年に出版された宮沢りえのヘアヌード写真集「サンタフェ」ですが、これは彼女が17歳のときに撮影されたという説もあります。そうすると、サンタフェは児童ポルノになり得るわけですよね。ところが、宮沢りえ自身は発売時には成人だし、文句を言ってないわけです。そうなると、被害者がいないことになりますが、規制の対象になります。昔の映画でも少しでも児童が裸になっているシーンが映っている物は全て廃棄しなくてはいけないことになってしまう。

−−−日本国内から全てを探し出して抹殺しないといけないと?

山口氏:はい、しかもその範囲が非常に曖昧です。抹殺しないといけない物も確かにあるとは思いますが、それ以外でも「ちょっとでもまずそうな物は破棄しなくては」となる可能性があります。始皇帝の焚書を21世紀に再現することになりかねません。たとえば撮影当時に16歳や17歳でしたが、現在では成人し、別に不満もない人のヌード写真も破棄せざるを得なくなります。基準があいまいなことと相まって、多くの文化的な遺産も巻き添えを食って破棄されるでしょう。

−−たとえば幕末の少女が水浴びしているような写真があったとしても、規制の対象になり得るということですか?

山口氏:あり得ます。撮影時期は問題にならないので、対象者が成人になっていようが死んでいようが問題になりません。

「児童ポルノ」という言葉はやめるべき

−−−なぜ、そのような主観的な定義で全てが決まる法律が出来てしまったんでしょうか?

山口氏:日本における表現規制の刑法における「わいせつ」のイメージが立法府の人から抜けなかったためです。当時、日本における絵や写真を取り締まる規定としては、わいせつしかありませんでした。そういう形で作ってしまった結果、被害者がいることを前提とした法律なのか、風営法的な社会な風紀や秩序を維持するために法律なのかが、分かりにくくなったことは否めません。

元はと言えば、1999年に児童ポルノ禁止法が制定されたときに、児童ポルノという言葉を使われてしまったこと自体に問題があったと思います。ポルノという言葉を使っているから「漫画やアニメはどうなのか?」って話になります。その意味では、本来の児童保護の範囲から離れて表現規制をしたい人々にとっては、うまい言葉を使ったと思います。本来の児童ポルノとは、性的虐待行為を撮影したり、撮影行為そのものが、児童に対する性的虐待や性的搾取である物を指すわけですよ。でも、単なるポルノにはフィクションも含まれます。こうして、漫画やアニメなども含めた表現規制にまで範囲がどんどん拡大していくことについての抵抗感がなくなった原因の一つであると考えます。その意味で僕は、児童ポルノという言葉自体やめて、児童性的虐待描写物等、児童ポルノに替わる新しい言葉を使うようにすべきだと思います。

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