先行する韓国のネット選挙から何を学べるか? 浅羽祐樹准教授に聞く 【読解:参院選2013】

インターネットを選挙活動に活用できる「ネット選挙」が解禁された。7月4日の公示日以後、堰を切ったようにネットでは政党や候補者が盛んに支持を訴えている。日本が変わるかのように語られるネット選挙解禁は、果たして私たちに何をもたらすのだろうか。4年に1度の国会議員総選挙と、5年に1度の大統領選挙が同じ年に実施される「選挙イヤー」だった2012年、日本に先駆けてネット選挙が全面解禁された韓国から何を学べるのか。韓国政治や日本政治との比較に詳しい山口県立大学国際文化学部の浅羽祐樹准教授に聞いた。
猪谷千香

インターネットを選挙活動に活用できる「ネット選挙」が解禁された。7月4日の公示日以後、堰を切ったようにネットでは政党や候補者が盛んに支持を訴えている。日本が変わるかのように語られるネット選挙解禁は、果たして私たちに何をもたらすのだろうか。4年に1度の国会議員総選挙と、5年に1度の大統領選挙が同じ年に実施される「選挙イヤー」だった2012年、日本に先駆けてネット選挙が全面解禁された韓国から何を学べるのか。韓国政治や日本政治との比較に詳しい山口県立大学国際文化学部の浅羽祐樹准教授に聞いた。

■韓国ネット選挙解禁の背景にあった「思想」

――韓国は1990年代から政党や候補者に限られたネット選挙が始まっていましたが、2012年2月に公職選挙法が改正され、有権者にも全面解禁されました。その背景を教えてください。

浅羽准教授:韓国も、日本と同じように、これまでは選挙運動の自由に対して一律に制約を強くかけてきたことが特徴的です。他の国の選挙運動に比べると、そもそも戸別訪問ができませんし、限られた選挙期間中しか選挙運動ができない。その目的は、「選挙の公平性」を確保するという、一見もっともらしいことなのですが、そういう制度を自署式(編集部注:番号や記号ではなく、候補者の名前を投票用紙に書く方式)の選挙で行うと、実際には、現職有利という効果がともないます。

また、韓国の場合は投票日前180日間から、有権者は「文書図画」を利用した選挙運動ができません。もちろん、ネットを使った選挙運動もダメ。日本の場合は参院選で17日間前、公示後からできなくなりますが、韓国の方が、はるかに規制が強いのです。しかし、2011年12月に憲法裁判所が、180日間前から文書図書の頒布による選挙運動ができないという公選法の規定には、ネットの活用、いわゆるネット選挙は含まれないと解釈されるべきだという判断を下しました。その理由は、これを規制してしまうと、2012年4月11日の総選挙前180日間、続く12月19日の大統領選前180日前はまったく何もできなくなることになり、あまりに制約が過ぎるというのがひとつでした。

――インターネットを使った事前運動が、180日前に禁止される規制から外されたわけですね。具体的に、この規制でどのような弊害があったのでしょうか?

浅羽准教授:「選挙運動」とは、特定の候補を当選させる、もしくは落選させるために支持や反対を表明して、選挙結果に影響を及ぼそうとする、有権者一人ひとりの、そして有権者全体の政治的意思の表明です。政策や国会での活動を報告したりする「政治活動」とは一応、分けられていることになっています。しかし、政治活動は事実上、事前の選挙運動にあたり、それが現職議員には認められている反面、新人候補者や有権者には認められていなかったのです。つまり、政治的意思を表明するという表現の自由の一部を縛る上で、期間が長すぎることだけでなく、一部の政治勢力に有利になっていて、むしろ公平な選挙になっていないのが問題とされたのです。

そもそも「選挙活動の自由」は、政治的意思を表明する「表現の自由」の一部であり、表現の自由は自由民主主義体制の根幹であることから、なんらかの規制を設ける場合は、合理的な理由がある時のみ、例外的にできるというのが法の大原則です。従来の180日前という規制は、必要最低限の規制をはるかに超えていて、違憲であるという主旨でした。

――単に利便性を上げるだけでなく、政治的な表現の自由を確保するためのネット選挙解禁だったわけですね。

浅羽准教授:「ネットは開放性、相互作用、脱中央統制、アクセスの容易さ、多様性などを基本とする思想の自由市場に最も近接した媒体」というのが、憲法裁判所の判断です。ここに示された「思想」は明確です。民主化して20数年、自由民主主義体制が定着しつつある韓国の司法府が、ネット選挙解禁こそが、規制していた時に比べ、「選挙の公平性」を確保するという公選法の「本来の目的を達成できる」ということを明確に言っている点が画期的だと思います。社会設計における「思想の問題」にまで踏み込んで、ネットこそが公選法の主旨に合致しているということを「思想の自由市場」という言葉まで使って国内外に示したのです。

これに対し、日本のネット選挙解禁は民主党から政権交代して、今回の参院選で有利だと判断した安倍首相の肝煎りで行われました。ネット選挙の全面解禁が社会に何をもたらすのかについて裁判所が方向性を示した韓国と、迫り来る参院選でネット選挙の方が自分たちの党派的利害に適うと計算した日本。有権者自身がどこまで気付いているかは別問題ですが、韓国の場合は社会の構成原理にまで及ぶ長い射程を持った制度改革だったわけです。

■韓国のネット選挙解禁の影響

――日本ではネット選挙を解禁すれば投票率が上がるといった希望的観測も聞かれました。2012年12月の韓国大統領選では、特に若年層の政治参加や投票率アップという傾向があったそうですが、ネット選挙全面解禁の影響なのでしょうか?

浅羽准教授:投票率や若者の政治参加について、確かに数値は上がりました。特に、若者の投票率は高齢層以上に伸びています。都合良く解釈するとすれば、ネット選挙全面解禁のタイミングなので、ポジティブな影響があったと言えなくもありません。ただ、投票率が上がるのは普通、どちらの候補者が自分にとって得するのか、はっきり分かれる1対1の接戦の時です。ネット選挙だから上がったというより、与党セヌリ党の朴槿恵(パク・クネ)氏と野党・民主統合党の文在寅(ムン・ジェイン)氏の一騎打ちでしたので、一般的に投票率が上がる要因が韓国の場合でも作用したとみるのが妥当でしょう。

それから、韓国と日本ではネットのインフラがどこまで整備されているかという違いもあります。韓国は都市部に住んでいる人が多く、学校に必ず光速ネットインフラを配備するなど国家の施策としてやってきた国ですので、どこでもネットが使える環境になっています。モバイルメッセンジャー「カカオトーク」や「LINE」にパソコンを使わない高齢層でもスマホでアクセスしていて、相対的に広く行き届いています。日本とはネット環境がそもそも違いますね。

――大統領選では実際にどのような投票行動があったのでしょうか。

浅羽准教授: エピソードになってしまいますが、正午過ぎまでは文氏が有利という情報がありました。しかし、実際に開票してみたら朴氏が100万票以上の差で当選しました。高齢層が保守系の与党を支持して、若年層は野党支持だったのですが、高齢層はカカオトークなどでわざと遅い時間帯に投票へ行くように呼びかけ合っていました。あまり早い時間に投票へ行き、毎時間ごとの投票率がそのつど速報で伝わると、若年層も負けじと午後に大挙して投票しに来るのではないかと考えたからです。戦略的な使い方を有権者もしていたのです。

それから、「認証ショット」というのが、知られています。芸能人やイケメン学者などの著名人が「投票へ行きました」と投票場で写真を撮ってツイッターに投稿すると、何度もリツイートされます。公選法上、投票当日は、誰へ投票したか言ってはいけないことになっていますが、若い芸能人が行けば、若年層が動きます。ですから、「認証ショット」は単なる投票の呼びかけだけでなく、図らずも党派的な含意も持つので、誰の「認証ショット」をリツイートするか、政党やその党の支持層は考えながら使っていました。

――大統領選挙自体は高齢層の勝利だったわけですね。日本でも高齢層と若年層という世代間による支持政党の違いが指摘されています。

浅羽准教授:世代によって投票先が大きく異なるのは韓国の特徴で、日本でも同じような傾向が見られます。韓国でも、どんどん少子高齢化が進んでいて、経済の伸び率も2〜3%になり大盤振る舞いはできなくなっています。少ないパイの奪い合いになりますから、双方切実になって選挙へ行きます。韓国の次の大統領選は、若年層の20~30代はさらに5ポイント減り、50代以上が同じぐらい増えるので、このままだと、野党も政策を高齢層向けに変えないと勝てなくなることが必至です。頭数の勝負だということのが双方に自明ですので、相手が投票に行くか行かないかが投票結果に影響を及ぼします。

世代間の差が顕著になっているということは、これまでの選挙でも結果に出ていましたが、何時台のSNS上のやり取りが、投票行動へどう影響を及ぼしていたか、そうした戦略的な行動が今回特に注目されました。日本としては、政党・候補者の側も、有権者の側も、こうした部分も含めて韓国という先進事例をベンチマーキングできるはずです。

■日本のネット選挙、どうなる?

――ネット選挙解禁で投票率が上がったというよりも、選挙戦で戦うツールとして使われたことが分かったということでしょうか。今回、日本のネット選挙はどうなると見ていらっしゃいますか?

浅羽准教授:今回の参院選では、ネット選挙自体が当落に影響を及ぼすほどではないと思います。韓国大統領選挙とは違って、選挙の結果があまりにミエミエですから。メディアは「若い人がいかにネット選挙で覚醒したか」という記事を書きたがります。でも、実際に身近にいる学生たちのネットの使い方を見ていると、リアルの友人しかフォローしていない場合が少なくありません。そもそも、SNSがどこまで「ソーシャル」なのか、という問題もありますね。そうした使われ方のネットで、どこまで投票率に影響するかは分かりません。

それに、若年層の投票率を上げるといっても、19歳までは「SNSも含めて選挙運動は一切するな」と言いながら、20歳になった瞬間、「さぁ、SNSも含めて選挙運動できるし、政治に積極的に参加しよう」というのは、そもそも無理ゲーですよ。こんなちぐはぐなインセンティブ構造の下では、投票率が上がらなくても、有権者をdisるのはお門違いというものです。

6月に行われた都議会選の時にツイッターで、「選挙に行かないやつはだめだ」といった投稿もありましたが、候補者や政策を知ったり、自分の支持する候補者の対立候補について改めて見直したりといったことは、物理的にはごく簡単にできるようになりましたが、有権者にとって負担に他なりません。見たいものだけを見ることができるネットで、これまで見ていなかったものや見たくたいものをわざわざ見るか、というと、普通、まず見ないですよね。こうした認知上のコストを考えた結果の合理的判断であるとも言えます。

――今回のネット選挙、政治家の方はどうでしょうか。

浅羽准教授:優勢な場合は「安全運転」をする候補者も多いでしょうね。「とりあえずやりました」というアリバイ作りでネットを使ってみる場合、告知型になるのも宜なるかなです。インタラクティブであることがネットの本質だとしても、スキルが必要だし、そういう選挙スタッフの準備にもコストがかかる。ましてや、無理に新しいことをしなくても勝てるという時には積極的に活用しないのがむしろ合理的です。今回の参院選におけるネット選挙だけで、有権者や政党・候補者をdisるのではなく、日本の選挙、もっと言うと日本の政治はどうあるべきなのか、韓国のように「思想の問題」にまで踏み込んだ議論が必要ではないでしょうか。

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◆浅羽祐樹(あさば・ゆうき)

政治学者、山口県立大学国際文化学部准教授、北韓大学院大学校(韓国)招聘教授

1976年大阪府生まれ。専門は比較政治学、韓国政治、国際関係論、日韓関係。2000年から5年間韓国に留学し、ソウル大学校社会科学大学政治学科にてPh.D.(政治学)取得。著書に『したたかな韓国』(NHK出版新書)、共著に『徹底検証 韓国論の通説・俗説』(中公新書ラクレ)など。

TwitterID:@YukiAsaba

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