海野素央教授に聞く オバマ大統領を再選に導いた戦略とは 【読解:参院選2013】

インターネットやテクノロジーを駆使した選挙活動が盛んなアメリカ。2012年に再選を果たしたオバマ大統領もソーシャルメディアを活用した選挙運動を展開した。しかし、オバマ陣営が重視したのは、草の根の選挙戦。08年と12年の大統領選でオバマ陣営の草の根ボランティアとして活動に参加した明治大学の海野素央教授は「ネットを駆使した『空中戦』と戸別訪問を中心とした『地上戦』が融合していた。ただ、ネットは後方支援にすぎなかった」と明かす。ネット選挙が解禁されたばかりの日本がオバマ陣営の選挙戦略から学ぶことは何か...
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インターネットやテクノロジーを駆使した選挙活動が盛んなアメリカ。2012年に再選を果たしたオバマ大統領もソーシャルメディアを活用した選挙運動を展開した。しかし、オバマ陣営が重視したのは、草の根の選挙戦。08年と12年の大統領選でオバマ陣営の草の根ボランティアとして活動に参加した明治大学の海野素央教授は「ネットを駆使した『空中戦』と戸別訪問を中心とした『地上戦』が融合していた。ただ、ネットは後方支援にすぎなかった」と明かす。ネット選挙が解禁されたばかりの日本がオバマ陣営の選挙戦略から学ぶことは何か。海野教授に聞いた。

■日本とは違うアメリカ版「三種の神器」

海野教授:アメリカの選挙運動は、日本で禁じられている戸別訪問が基本。加えて、インターネットを通じた運動、候補者によるテレビ広告がアメリカ版「三種の神器」。12年の大統領選で、オバマ陣営は草の根運動員たちによる戸別訪問を重視していました。1対1で政策や争点を意見交換し説得する戸別訪問は、資金力に勝るロムニー氏に勝つ武器だったからです。

私は首都ワシントンDCに隣接する激戦州・バージニア北部にある選挙対策事務所に属していました。あるとき、28歳の選対責任者らと日本の制度を語る機会がありました。「日本では戸別訪問が禁止されている」と話すと、とても驚いていました。戸別訪問は face to face で政策や争点を語り合う双方向コミュニケーション。人種や学歴、肩書などに関係なく、誰もが自由に参加できます。運動員はボランティアで参加していますから資金力も関係ない。こうした活動は民主主義の原点なのです。

――08年の大統領選では、若者を中心としたソーシャルメディアを駆使した選挙運動がオバマ氏勝利の大きな一因となりました。今回なぜ、オバマ陣営は戸別訪問に力を入れたのですか。

海野教授:前回と違って、12年は経済状況が悪く、国民皆保険を目指す『オバマケア』への批判もあった。今回は有権者を「説得」する必要があったのです。けれど、ネット空間では説得はできません。陣営のデジタルチームの責任者も「本当の説得は人と人が直接語ること」と言っていました。これはオバマ陣営の統一した見解。いくらネットを使った選挙運動をしていても、投票にはつながらない。それをオバマ陣営はわかっていました。

■オバマ氏を再選に導いた手法

――具体的にはどのように「説得」されたのですか。

海野教授:オバマ陣営は、草の根運動員に対してロールプレーイングを用いた「説得」のトレーニングを行いました。説得には4段階あります。まず、相手を「承認」し、関係を築きます。大事なのは「傾聴すること」。積極的に相手の話を聞いて関心を探り、共通の価値観をみつける。自分のストーリーを語って関係を築きます。次のステップでは、相手の価値観と共通する自分の体験を物語り(ストーリーテリング)ます。

この2つの段階を踏んだ上で初めて、オバマ大統領の実績を述べます。そして最後に、ロムニー氏との政策を比較する。最初から実績を述べても誰も耳を傾けません。態度を決めかねている有権者に、オバマの実績を話したり、ロムニー氏との政策比較から入ると会話が炎上し、説得から遠のいてしまう。だから、投票先を決めかねている有権者に対しては、特によく話を聞く。説得の手法は、投票先を決めていない有権者に最も効果がありました。

――海野教授は12年の大統領選で2473軒も戸別訪問されています。08年の大統領選などを含めるとこれまでの戸別訪問数は計4211軒にのぼります。

海野教授:政策が書かれたパンフレットを手に気温40度の中、訪問を続けたこともあります。アメリカでも戸別訪問は嫌がられます。「出て行け」と怒鳴られたり、「訪問販売お断り」と書かれたシールを指さされながら追い払われたり。でも、戸別訪問のメリットは政策や争点をオープンに自由に語れること。粘り強く説得すると、対立候補の支援者でも耳を傾けてくれました。配るパンフレットも女性向け、ヒスパニック系の有権者向けなど、時期や対象別に用意され、有権者の生活に落とし込んだメッセージを発信する工夫がされていました。年齢別に医療保険改革に関するメリットがまとめられた表も「説得」に活用されました。

■ネットは後方支援

――オバマ陣営ではどのようにネットを活用していたのですか。

海野教授:ネットは後方支援です。その一例が「ダッシュボード」。支援者のためのSNSです。登録すると地元の選挙区のリーダーや支援活動がわかり、直接連絡を取って参加することが可能です。陣営が支援者をリクルートすることもできます。さらに、ボランティア同士が情報を共有したり、リーダーが全体を把握したりすることで、迅速かつ効果的なフィードバックも行える。つまり、チームリーダーと運動員とのコミュニケーションを促進し、陣営の結束力を高めることに活用されました。このダッシュボードも、チームが効率的に運動できるようにする後方支援ツールだったのです。

日本の選挙では情報の発信を中心に考えています。しかし、オバマ陣営は情報の受信に価値を置いていました。例えば、電子メールを使ったアンケート調査。アンケートでは属性のほかに、同性婚や妊娠中絶などについての考え方なども聞いていました。このデータ―をもとに、カスタマイズしたメッセージを送ります。例えば、人工妊娠中絶賛成で女性なら、オバマ氏が避妊薬の保険適用に賛成しているというメッセージ。ヒスパニック系の有権者へは、不法移民の緩和策を示した。ネットを通じた「受信」から得た情報で有権者へ訴えるメッセージを届けるのです。アンケートでは、「支持者に運動へ参加してもらうために、あなたは何と語りますか」とアイディアを出す項目もありました。双方向なのです。また、メールやフェースブックは誹謗中傷対策にも有効的。ネットは自由だから誹謗中傷は当たり前です。誹謗中傷を拡散されたら、真実の拡散をするのです。

テクノロジーはすぐに追いつかれます。だから、オバマ陣営のようにカスタマイズされたメッセージを打つなど惹き付ける工夫が必要。ネットもソフト勝負です。そして、決して追いつかれないものは、やはり地上戦=戸別訪問です。

――ご著書『オバマ再選の内幕―オバマ陣営を支えた日本人が語る選挙戦略―』で、オバマ大統領を再選に導いた勝因の一つに「コミットメントカード」の活用を挙げられています。

海野教授:コミットメントカードは投票率を上げるための選挙戦略。戸別訪問の際、運動員がカードを持参。投票に行く時間帯を有権者に記入、署名してもらった上で、半券は有権者に渡して冷蔵庫などに張ってもらう。もう一方を陣営が回収して、投票日1週間前に有権者に返送します。有権者に投票にいくよう「コミット」させるのです。この方法で、単に「投票に行ってください」と呼びかける一般的な運動よりも投票率が4.1%上がるといわれていました。

■規制から参加意識は生まれない、自由から参加意識は生まれる

――日本では公職選挙法で戸別訪問が禁じられています。ネット選挙が解禁になりましたが、有権者はメールを使用した選挙運動はできません。

海野教授:戸別訪問禁止の理由に、買収の恐れがあるとよく指摘されます。でも、ネット選挙が進むと情報はすぐオープンになり拡散する。買収は無理です。お金がかかるという指摘もありますが、草の根運動員は無償。それが政治参加、民主主義です。日本でも戸別訪問を解禁すべきです。

今の改正公職選挙法は『規制』が中心です。いまだ有権者は選挙運動でメールが使用できませんが、規制より大事なのは自由。自由によって政治参加が生まれるのです。誹謗中傷を恐れているけれど、メールで誹謗中傷は対策できます。議員は自分の首を自ら絞めている。もちろん、戸別訪問も誹謗中傷をつぶす武器です。

また、日本では投票日の選挙活動も禁じられていますが、当日の選挙活動なしに投票率は上がりません。オバマ陣営は、投票に行ったかどうか当日確認に行きます。投票がまだなら行くように促します。陣営も投票率を上げる努力をしているのです。

――ネット選挙解禁で、若者の政治への関心が高まり、投票率が上がることも期待されています。若者の政治参加は促進されるでしょうか。

海野教授:興味深いデータがあります。明治大学政治経済学部の3・4年生215人に参院選に投票に出向くか、参院選にエキサイティングしているか聞いたところ、75%が選挙に行くと回答しました。しかし、参院選にエキサイティングしていないと答えた学生は66%にのぼったのです。アメリカの選挙でも若者は無視されてきました。オバマ氏がそこに変革を起こした。08年の大統領選では大学を留年してまでボランティアに駆けつけた学生がいましたが、日本ではどうでしょう。若者がエキサイティングすることがなければ、投票率が伸びることはありません。

候補者よ、若者にメッセージを 「地盤・看板・カバン」選挙から脱却せよ

――参院選が公示され、候補者はあの手この手でネット選挙を展開しています。若者の投票行動に変化が起きると思われますか。

海野教授:ネット選挙が解禁されても、若者たちに政治や社会に影響を発揮できる武器を手に入れたという認識がありません。自分たちで動画を作ったり、ロビーイングしたりできると思っていないのです。考えられる一因は、アクター、候補者に魅力がないこと。そして、発信されるメッセージが若者の関心にあったものでなく、参加意欲を高めていないためです。オバマ大統領はツイッターをロビーイングの武器として使っています。「コネティカット州の銃の乱射で26人なくなった。銃の規制法案が通過するよう連邦議会に働きかけよう」とか「学資ローンの利子があがってしまう、連邦議会に働きかけよう」といった風にです。

安倍首相もソーシャルメディア発信を活用していますが、安倍首相のツイッターは候補者紹介に変わってきています。若者のモチベーションや欲求に応じたメッセージが伝わってこない。テクノロジーは使っていても中身は今までの選挙と同じ。若者の参加意欲を高めるものではありません。単純に日米比較できませんが、12年の大統領選で有権者登録し投票できる資格のあった18~29歳の投票率は50%。3年前の参院選では25~29歳の投票率は38.5%、20~24歳は33.7%。コミットメントカードや当日の戸別訪問のような内発的要因もありません。大幅に投票率が上がることは難しいのではないでしょうか。

議員の仕事は「説得」することです。リーダーは誹謗中傷する人も説得しないといけない。ネット空間でなく、本当の意味で自分の体、時間、お金を出してでも草の根運動をしようというフォロワーがどれほどいるかが問われます。いつまでも、地縁血縁に頼る選挙ではなく、戸別訪問の修羅場で選挙を戦ってみてほしいですね。「地盤、看板、カバン」の選挙から「戸別訪問、テレビ広告、ネット選挙」への道に進むべきです。

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◆海野素央(うんの・もとお)

明治大学政治経済学部教授。心理学博士。2008~10年、12~13年アメリカン大学異文化マネジメント研究所客員研究員。専門は異文化間コミュニケーション、異文化ビジネス論、産業・組織心理学。

08年と12年の米大統領選でオバマ陣営のボランティアの草の根運動員として活動。激戦州・バージニア州で昨年までに4211軒の戸別訪問をした。企業合併やトヨタ自動車のリコール問題なども分析している。著書に「オバマ再選の内幕―オバマ陣営を支えた日本人が語る選挙戦略―」(同友館)、「トヨタ公聴会から学ぶ異文化コミュニケーション」(同友館)、「リスクと回復力――東京電力福島第一原発事故から学ぶリーダーシップ(同友館)など。

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