消費増税をめぐる有識者による「集中点検会合」はパフォーマンス? 官邸が抱く財務省への不信感

安倍晋三首相の肝いりで設置された消費増税をめぐる「集中検討会合」が31日、予定された7回の会合をこなし終了した。会合設置は最終判断の参考にするためとした首相自身は、一度も出席することなく、来週報告を受ける。
Reuters

官邸の財務省不信が生んだ「検討会合」、税・財政で主導権争い

安倍晋三首相の肝いりで設置された消費増税をめぐる「集中検討会合」が31日、予定された7回の会合をこなし終了した。会合設置は最終判断の参考にするためとした首相自身は、一度も出席することなく、来週報告を受ける。

国内向けの政治パフォーマンスとの指摘も一部で出ている検討会合が実施された背景には、増税を既定路線とする財務省に対する首相官邸の不信感が影響した可能性がある。同時に税・財政の主導権を官邸に取り戻そうという力が強く働けば、景気落ち込みを緩和させる名目で歳出膨張が一段と進むことへの懸念の声も出ている。

<伏線は中期財政計画策定時、財務省不信広がる>

点検会合設置の伏線はあった。今年7月、安倍政権として初の経済財政運営の指針となる中期財政計画の策定にあたり、財務省は、2014年4月の消費税3%上げ、15年2%上げを前提に作業を進めていた。成立した法律をもとに作業を進める以外に手だてがない財務省としては通常の手順だった。しかし、これに「待った」がかかる。

消費増税が経済に与える影響について、経済産業省から官邸に衝撃的なデータが届いたのだ。直近の民間エコノミスト41人の平均予測(ESPフォーキャスト)では、消費増税後の2014年4─6月期実質GDP(国内総生産)成長率は前期比・年率で約5%落ち込むと予想されている。最悪のケースではマイナス8%成長。

しかし、経産省の試算ではこれをはるかに超える大幅な落ち込みを示していた。このデータを見て、消費増税を「既定路線」化する財務省に対する不信感が官邸に広がった。中期財政計画は、消費税引き上げを「決め打ちしない」(菅義偉官房長官)趣旨の表現に変更された。

参院選で圧勝し、衆参で多数派が異なるねじれ現象が解消。安倍首相は長期安定政権を手中に収めたかにみえる。「3年の黄金期間」で最大のテーマである憲法改正に取り組む素地を得たと意気軒昂だった。だが、消費増税問題がそれに水を差しかねないと映った。

こうして、7月には水面下で点検会合の準備がスタートする。最初は10数人程度の予定が最終的には学者・経済界・労働団体代表・介護医療などの実務者など60人に膨れ上がった。幅広く、賛否のバランスも取るようにとの首相指示の下で人選されたが、産業界では引き上げを前提に既に動き出しており、反対者を集めるほうが難しい状況となっていた。

甘利明経済財政相は8月28日の会見で「人選のなかで、選ぶのに反対者が少ないなということは実感した」と吐露。点検会合での意見聴取は、増税の是非というより、増税が経済に与える影響を緩和するための対応策についての「要望」を聞く場と変質していった。

<パワーゲーム>

60人の有識者・専門家のうち、約7割が「やむを得ない」を含め予定通り2014年4月に3%引き上げるべきと主張した。ヒアリングの総時間は13.5時間。ただ、増税による腰折れを警戒する安倍首相が会合に出席し、直接自身の疑問を投げかけることはなかった。

「不測の事態が生じた時、あの時の判断が甘かったと言われるリスクが一方である以上、丁寧に手順を踏みたいという心境は理解できる」──。政府筋は会合の狙いをこう解説する。

しかし、出席者が自身の主張を述べる一方で議論が拡散したままの意見交換会は、不測の事態が生じた時の「言い訳のための会合」(与党筋)とも受け止められた。

森信茂樹・中央大学教授は「政権発足直後ならまだ理解できるが、最終判断の1カ月前になってのキックオフに近いこの種の会合には、違和感を感じる。ほとんど意味のない政治パフォーマンス」と切り捨て、「首相が本来やるべきは、新しい政権のもと、なぜ消費税引き上げが必要で、その使い道がどうなるのか、それによって社会保障が拡充されるのか、消費税引き上げの説明を直接国民に向かって丁寧に説明することで、本末転倒だ」と述べる。

大がかりな舞台装置は「財務省に対するグリップを効かせ、税財政の主導権を官邸にシフトさせることが目的だ」とし、今後の焦点となってくる増税による激変緩和措置としての財政出動で「国土強靭化やTPPに名を借りた予算のばらまき」を許す結果につながる弊害を指摘。「歳出の膨張により目を凝らす必要がある」と、森信教授は代償の大きさを指摘した。

<修正論に非現実的の指摘>

一方、賛否両論の議論が展開されるなかで、引き上げ幅や時期を変更する議論の多くが「純粋に経済面」だけからの議論で、現実に実施する際のコストや負の影響について、あまり検討されていない点も浮き彫りになった。

浜田宏一内閣官房参与(イエール大名誉教授)は選択肢のひとつとして、毎年1%ずつの引き上げを提案したが、甘利経済財政相によると「純粋に経済面からの指摘だった」という。

実際に法律を修正することになると、与党内の猛反発が予想されるほか、成長戦略を法案化するための秋の臨時国会が消費税国会に変質し、時間的な面も含め、政治的コストが相当加わることになる。

さらに現行は2段階で消費税率10%まで引き上げる道筋が明確に示されているが、仮に2014年4月の引き上げ幅を1%や2%の小幅とすることを決めたとしても、その後の引き上げについて、明確化することができるのかどうか現時点ではかなり不透明だ。放置すれば日本の財政再建の意思が問われかねない危機だとの声も、政府内から出ている。

ただ、安倍首相や菅官房長官は、今回の会合を踏まえ、どのような結論を出そうとしているのか、今のところ方向性をしめしていない。

最終的な決断は遅くとも、10月上旬には最終判断が下される見通しだ。自民党の大島理森・前副総裁は30日のロイターのインタビューで、安倍首相は予定通りの実施を判断すると確信していると話し、首相に迷いはないとの見方を示した。[東京 31日 ロイター]

(吉川 裕子 編集;田巻 一彦)

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