映画「世界一美しい本を作る男」 ドイツの小さな出版社、シュタイデル社の仕事術

本作りに情熱を注ぐ一人の男、ゲルハルト・シュタイデルの秘密にせまるドキュメンタリー映画「世界一美しい本を作る男 —シュタイデルとの旅—」が9月21日に公開された。この小さな出版社が愛される理由は何なのか。シュタイデルの仕事術に迫る。
『世界一美しい本を作る男-シュタイデルとの旅-』

天才が愛する、小さな出版社がある。シャネルのデザイナー・カール・ラガーフェルド、ノーベル賞受賞作家のギュンター・グラス、アメリカを代表する写真家ロバート・フランク……。活躍するフィールドや国籍を超えて、みな「世界一美しい本を作る」と称されるドイツの出版社、シュタイデル社で本を作りたいと願うのだ。そして、それらの作品はシュタイデル本の愛好家を魅了しつづけている。

本作りに情熱を注ぐ一人の男、ゲルハルト・シュタイデルの秘密にせまるドキュメンタリー映画「世界一美しい本を作る男 —シュタイデルとの旅—」が9月21日に公開された。監督は日本でも大ヒットした「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」を手がけたゲレオン・ヴェツェルとヨルグ・アドルフ。公開初週は、立ち見が出るほどの盛況となった。日本は出版不況といわれて久しいが、この小さな出版社が愛される理由は何なのか。シュタイデルの仕事術に迫る。

■一冊の本のために、世界を巡るシュタイデル

数年先までプロジェクトの予定が詰まっているといわれるシュタイデル社。その経営者・シュタイデルは、忙しいにも関わらず、自ら世界各国のアーティストを訪ね、打合せを重ねる。ニューヨーク、ロサンゼルス、パリ、カタール……トランク1つに溢れんばかりの本を詰め込んで、シュタイデルは世界を巡る。ときには、一日10件の約束がある日もあるという。

「旅は好きじゃないが、会って打合せをするのが一番。2、3ヶ月かかる仕事が4日間で終わる」と映画のなかでシュタイデルは語る。

■企画、編集、デザイン、印刷、製本の全てを手がける出版社

日本の出版社では、企画や編集を担当し、デザインは専門のデザイナーに依頼するケースが多い。そして最終的には、印刷所や製本所によって本となる。しかし、シュタイデル社の場合は違う。企画やデザイン、印刷、製本にいたるまで、全てを一社で手がけるのだ。

打合せでは、シュタイデル自らラフを描き、その場でデザインや修正をくりかえす。アーティストと一緒に紙の手触りを確認する。いくつか見本も作り可能性を模索する。そして、最後にはプリンティング・ディレクターとして、印刷の仕上がりにも情熱を注ぐ。彼の徹底的なこだわりが、本をアート作品へと昇華させていることが伝わってくる。

■ゼロから立ち上げた小さな会社の活躍

シュタイデル社は、ゲルハルト・シュタイデルが立ち上げた出版社だ。1967年、若干17歳でデザイナー・印刷所としてのキャリアの第一歩をスタートさせた。その頃見たアート作品に影響をうけて、印刷スタジオを構えて徐々に印刷技術を学び始める。そして、ポスターの印刷にはじまり、書籍、ノンフィクション、写真集……と活躍の場を広げていった。

今では、一冊一冊に情熱を注ぎながらも、シュタイデル社は年間200点近い作品を35人のスタッフで制作している。年間200点は、同じ規模の日本の出版社と比較しても多い。情熱とたしかなクオリティがあれば、小さな出版社でも世界で活躍できることをシュタイデルは体現している。

■シュタイデルからのメッセージ

「私は遺産を受け継いだ訳でもなく、ゼロから出版社をはじめたのですが、それは可能なのです」

日本での映画公開に合わせ、シュタイデルが私たちにコメントを寄せた。「日本は、紙や表紙用の布など、世界で最も美しい本の為のマテリアルと技術を有する国です。色、印刷紙、印刷機など本当にすばらしい技巧の伝統を持っています。この豊かさを知っていますか?」と日本の印刷技術に触れ「私のような本造の情熱を足跡に続く勇気ある後継者が沢山でてくることを心から願う」とエールを送る。

映画の公開をうけて、印刷博物館の学芸員・寺本美奈子さんによるトークイベントが22日に開催された。映画のなかで制作を追った写真集『iDUBAI』について、16世紀に設立された伝統あるドイツの製本所にお願いするシーンにふれ、物流コストをかけても外部に依頼すること場合もあると紹介。寺本さんは「シュタイデルが一社で全て手がけることにこだわっているのではなく、本当によい作品にするために情熱を注いでいることがよくわかる印象的な場面」だと話した。

映画では、ページをめくる音、紙のこすれる音、印刷機が動く音が心地よく耳に響く。電子書籍も普及しているが、あらためて本の持つ価値を再発見する機会になるだろう。映画「世界一美しい本を作る男 —シュタイデルとの旅—」は、東京のシアター・イメージフォーラムで公開中。今後、全国で順次公開が予定されている

※小さな出版社が世界で活躍しています。好きなことに情熱を注ぐシュタイデルのような働きかたについてどう思いますか? あなたのご意見をお聞かせください。

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