【都知事選】「単身、非正規雇用の高齢者増加に備え政策を」 NPO「もやい」理事長の稲葉剛さんに聞く「首都の争点」

豊かなはずなのに貧しい首都、東京都。若い世代のに貧困が広がり、今後は単身、非正規雇用の増加も予測される。新たな都知事に求められる貧困対策とは?
猪谷千香

激戦が繰り広げられている東京都知事選。2月9日の投票日前に、あらためて東京都が抱える課題を識者や専門家の方たちと現場から考えてみたい。そこから浮かび上がる、「首都の争点」とは?

■ネットカフェで寝泊まりしている30代の男性が新宿区で門前払い

1月14日、新宿区の福祉事務所の窓口を訪れた30代の男性がいた。男性は生活苦でアパートを借りられず、ネットカフェで寝泊まりしながら仕事を探していたが、なかなか就職できなかった。そのうち体を壊してしまった男性は、病院にかかるために生活保護を受けようと新宿区に申請書類を出しに来たのだった。しかし、窓口の相談員は遠方の実家に戻って病院にかかるよう、繰り返し述べるだけだったという。

生活保護法では、居住地がない場合、あるいは明らかではない場合は、現在地を所管区域として保護の実施をするよう「現在地保護の原則」を定めている。申請書を受け取らないという対応は「水際作戦」と呼ばれ、貧困者の自立支援をしているNPO「もやい」の理事長、稲葉剛さんは「明らかに違法」と批判する。1月29日に「もやい」は新宿区役所を訪れ、違法運用をやめるよう申し入れたが、新宿区側は「実家に戻りたいが、手持ち金がないという相談だったと聞いている」「違法に追い返したなどということはない」と非を認めなかったという。稲葉さんたちは今後、東京都や厚生労働省にも申し入れをしていく予定だ。

東京都は歳入が多い自治体だが、路上生活者の数も大阪府と並んで多い。近年、「生活保護」や「ネットカフェ難民」、「脱法ハウス」が社会問題化して明らかになったのは、貧困層の若い世代への広がりだった。一方、非正規雇用者の高齢化が進み、今後ますます貧困層が拡大することも予測される。裕福にみえて、実は貧しい首都。貧困者の生活を長年サポートしてきた稲葉剛さんに、その課題と新しい都知事に求められる政策を聞いた。

■東京都の貧困問題の背景とこれまでの政策

―−そもそも、東京都は裕福な自治体であるはずなのに、どうして貧困問題が起こるのでしょうか?

稲葉さん:都内にはもともと貧困状態にある方がたくさんいますが、同時に地方から仕事を求めて東京に来る方もいます。地方経済の疲弊は東京一極集中と表裏一体です。この新宿区の男性のケースもそうなのですが、全国から仕事を求める人が集まってくるので、どうしても行政は「実家に戻れ」という対応が増えてしまう。ただ、生活保護法では住まいがなければ今いる場所で受けるということが定められているので、違法な対応になります。生活保護の窓口は区や市にありますが、これは都政の問題でもあると考えています。たとえば、東京都として「水際作戦」をなくすための苦情相談窓口を作れば、区市も違法な運用ができなくなるでしょう。

生活保護を受ける手前のセイフティネットも重要です。そこをサポートする住宅政策は必要です。たとえば、都内には空き家が約75万戸ありますが、そういう物件を行政で借り上げて貸し出す。東日本大震災の住宅対策で借り上げ型住宅がありますが、そういう発想の転換が必要だと思っています。

―−東京都といえば、1990年代に新宿駅西口広場で生活していたホームレスの人たちの「ダンボール村」を強制排除した歴史があります。東京都の貧困対策の歴史を教えてください。

稲葉さん:私は1994年から新宿を中心に路上生活者の貧困問題に関わってきました。90年代初頭にバブル経済が崩壊した影響で、新宿や上野、山谷地域で路上生活者が急増した。それに対して東京都は当初、「不法占拠者」と呼んで一方的に排除するということを繰り返し行っていました。新宿駅西口のダンボール村では、鈴木都政だった1994年2月に第一次の大きな強制排除がありました。その後、1995年に青島都政になり、私たちは青島知事が市民運動に近い庶民の感性を持っていた人ということで期待しました。しかし、残念ながら1996年1月に「動く歩道」を造るという名目で、ダンボール村を強制排除しました。

ホームレスを強制排除する警察官(東京・西新宿)=1996年1月24日撮影

その中で何人かの支援者も逮捕され、そのうち2人が威力業務妨害罪で起訴されて裁判になりました。東京都は強制排除を「路上廃材撤去作業」と呼んでいましたので、東京地裁の裁判の中で争われたのは、ダンボールハウスは路上に置いてある廃材なのか、個人の私有物なのかという点でした。1997年3月の一審判決で2人は無罪になり、判決では路上にあっても個人の所有物である以上、排除をするには行政代執行法に基づく必要があるとして、東京都には手続き上の瑕疵があると批判しました。

二審以降で最終的には執行猶予つきの有罪判決になりましたけれども、一審判決で東京都の排除一辺倒の姿勢を断じたこともあって、徐々に東京都の姿勢も変わってきまして、私たち支援者と話し合いを行うようになっていきました。その後、都内では大規模な強制排除に歯止めがかかり、野宿から抜け出すための対策にシフトしてきたとは考えています。2000年には全国に先駆けて自立支援センターができ、2004年からは地域生活移行支援事業という、ホームレスの人たちに月3000円でアパートを提供する事業も行われました。ただ、近年はまた渋谷区や江東区で路上生活者の排除が問題になっています。

■2000年代に出現してきた若年層のワーキングプア

―−路上生活者は年々、減っていると厚労省の統計でも報告されていますが、路上生活者以外にはどんな貧困問題があるのでしょうか?

稲葉さん:小泉政権の時代に貧困が若年層にまで拡大しました。1999年と2003年に労働者派遣法の改正があり、派遣労働が原則解禁になって、2003年の時には製造業にまで広がってしまった。「もやい」は2001年に路上生活者だけではなく、その一歩手前の人たちもサポートしようと設立しました。特に2004、2005年ごろからハウジングプア、つまり収入が低いために不安定居住となっている人たちの相談が増えてきました。

2007年には「ネットカフェ難民」という言葉が流行したので、言葉がひとり歩きしたところはありますが、ネットカフェだけではなく、24時間営業の飲食店や個室ビデオ店、友達の家、カプセルホテル、サウナなど、都市の中を漂流するような人が増えてきました。2007年に厚労省が不安定居住者の調査をおこなっていますが、その中でもやはり20代が多かった。現在では、全国的に非正規雇用が広がってきて、働いている人の3分の1が非正規雇用になっていますが、その中でもやはり20代の割合が高くなっています。

■部屋を借りられない首都の貧しい若者たち

―−非正規雇用の若者が増えたことで、どのような問題が起こるのでしょうか?

稲葉さん:東京都特有の問題としては、アパートなどの住宅を確保する初期費用が高いことがあります。デフレと言われてきましたが、アパートの家賃は実は下がらず、ほぼ横ばいになっています。要因がいくつかありまして、もともと東京では都営住宅が高齢者やファミリー世帯しか入れないよう資格が限定されている。単身の若年層は排除されています。

そこで、民間から借りなければいけないのですが、以前は2、3万円で借りられる木賃アパート(低家賃の木造アパート)が都内にはたくさんあり、低所得者の受け皿になっていました。それが特に震災以降は火災の危険性や耐震性の問題などから取り壊しが進み、ワンルームマンションになってしまう。そうすると、家賃は6万、7万円に跳ね上がります。そのため、デフレになっていたにも関わらず、家賃の平均は下がらない。

それから、不動産業の慣習で礼金や敷金など初期費用が20、30万円はかかります。月収十数万円のワーキングプアはお金も貯められず、初期費用を出す余裕もない。保証人がいない人も多いので、アパートに入居できない。それで、2004、2005年ごろからネットカフェなどで漂流する人が増えてきたわけです。

■理解されない「ネットカフェ難民」の実態

―−東京都はどんな対策をしているのでしょうか?

稲葉さん:東京都も2008年度以降、厚労省と一緒になって「TOKYOチャレンジネット」というネットカフェ難民に対するサポートをしています。ただ、貸し付けが中心の限定的な事業で、使い勝手が悪いです。それから、私たちが問題にしたのは当時の石原慎太郎知事の発言です。石原知事は2008年10月に、大阪で起きた個室ビデオ店の放火事件について質問され、「カフェ難民、難民っていうけど、あなた山谷のドヤに行ってごらんなさいよ。200円、300円で泊まる宿はいっぱいあるんだよ。そこに行かずに、なんだか知らんけどファッションみたいな形で1500円てお金を払って、そこに泊まって、俺は大変だ大変だと、孤立している、助けてくれというのは、ちょっと私は人によって違うんでしょうけど、カフェ難民なるものの実態とは捉えがたいね」と言っています。

それで、「もやい」では公開質問状を出し「200円、300円で泊まれる宿がどこにあるのか教えてください」と聞きました(笑)。本当に何十年も前の感覚なんです。のちに石原知事は「200円、300円」という部分は撤回しましたが、「ファッションで泊まっている」という部分は撤回しなかった。石原都知事の個人的な問題かもしれませんが、貧困の現実というものを直視しようとしない、特に若年層の貧困をそもそも理解しようと努力しない感覚があったんじゃないかと思っています。

1.8メートルx1.4メートルの小さな部屋でパソコンのモニタを食い入るように見つめる39歳のネットカフェ難民(埼玉県・蕨)=2008年12月撮影

その後、東京都では2010年、ネットカフェ規制条例が成立しました。これは、イギリス人女性の殺害事件で、容疑者がネットカフェに潜伏してことがきっかけです。ネットカフェは犯罪者が潜伏している場所になっていたり、ネット犯罪の温床になっていたりするじゃないかということで、入店する際に本人確認書類を提示する必要があるとする条例でした。

私たちは当時からこれは問題だと申し入れをしていました。ネットカフェに泊まっている人の多くは、貧困から家賃を払えなくなってアパートを追い出されている。アパートに住んでいないことが行政側にわかると、住民票を消除されてしまいます。すると、本人確認できる書類がなくなってしまうわけです。免許証も書き換えの時に住所がないと失効してしまいます。ですから、ネットカフェに泊まっている方の中で、身分証が持てなくなるケースもあって、ネットカフェ難民がネットカフェにすら泊まれなくなる状況が出てきました。

■ネットカフェを追われた先の「脱法ハウス」

−−ネットカフェを追われたネットカフェ難民はどうなったのでしょうか?

稲葉さん:その後、広がったのが、今問題になっている「脱法ハウス」です。当初は「押入れハウス」「コンビニハウス」と呼んでいました。共同住宅という形にすると、建築基準法に基いて、各部屋に窓を設置するとか、部屋と部屋の間の壁を耐火性が求められる素材にするなど、住宅としての規制がかかってしまう。そうした規制から逃れるために、貸し倉庫やレンタルオフィスという名目にして、非常に狭い空間にたくさんの人を住まわせています。

こうした「脱法ハウス」が昨年5月、中野区で消防法違反が指摘されたことをきっかけに、池袋や神田の「脱法ハウス」が突如、閉鎖されてしまうということが起きて、そこに住んでいた人たちがまた住む場所を失ってしまいました。今、国土交通省はこれらを「違法貸しルーム」と呼んで、規制を進めています。昨年末の時点で、全国で1347件の物件が調査対象になっていますが、そのうち、ほとんどが東京都で1031件。そして、実際に調査した物件では、ほとんど全ての物件で建築基準法違反が見つかっている。すでに閉鎖する「脱法ハウス」も増えてきています。

この問題について、私たちはもちろん安全性などの問題があるので、国が指導することは賛成なのですが、一方で、その人達がどうやったら適切な住居へ移れるか、同時に支援策を行わなければ、結果的に再び路頭に迷ってしまうことになる、と言ってきました。「脱法ハウス」の閉鎖により元いたネットカフェに戻るといった状況も生まれていますので、厚労省や東京都に対しても、「脱法ハウス」の入居者への住宅支援をしてほしいと申し入れていますが、残念ながら今もって何も行われていない状態です。

■東京都に求められる健全な「シェアハウス」の育成

―−これは先ほどご指摘にあった、今の民間市場では若者、貧困層がアパートを借りられない仕組みに問題があるわけですね。

稲葉さん:特に初期費用の問題があって、若者が参入する障壁が非常に高い。そこで、借りられない若者たちが自己防衛的に「シェアハウス」に移ってきています。「シェアハウス」だったら、不動産屋を通さずにネットで直接契約できて、礼金敷金もいらない。しかし、「シェアハウス」は近年、急速に広がった形態であるため、法的、制度的にまだ定義されておらず、国の「脱法ハウス」規制により一律に規制がかけられつつあります。

ですから、東京都がきちんと「シェアハウス」について条例を制定して安全基準を定め、「脱法ハウス」のような悪質な物件は規制しつつ、最低限度のルールを作って健全なシェアハウスを育成するような方向で政策を進めるべきではないかと考えています。将来を担う若者の住まいを確保するという意味で、これは東京都の重要な課題だと思っています。

■東京都で増加が予測される単身、非正規雇用の高齢者

―−今後、東京都にはどのような貧困対策が求められているのでしょうか?

稲葉さん:今、東京都で住まいの貧困が広がっていることが非常に問題だと思っています。石原都知事の時代から、都営住宅の戸数を増やさない政策を取ってきたため、低所得者の人たちが民間住宅市場で住宅を確保できないという状況がありますが、今後、この傾向はさらに深刻化するでしょう。

そう考えている理由に、非正規雇用の第一世代が高齢化してきていることがあります。私たちのところに相談しに来る人で、ずっと非正規で働いてきた40代、50代が増えています。将来的に低年金、無年金になる人が増えるのは火を見るより明らかです。

日本の国民年金は、40年かけて毎月6万数千円もらえることになっていますが、基本的に高齢になるまでに住宅を取得して、しかも結婚しているという前提の金額しか支払われません。つまり、持ち家があって夫婦二人の年金収入があれば、一人あたり6万円数千円でもなんとかやっているでしょう、というのが今の考え方です。現在増えているような非正規雇用では住宅ローンも組めない。低所得だと結婚もできない状況がある。賃貸で暮らしている単身者が将来もそのまま年金生活を送るということを、今の年金制度はそもそも想定していないんです。

■東京オリンピックの再開発と国家戦略特区の問題点

東京オリンピックで浮かれて、景気は良くなると言われますが、仮に景気が良くなっても高齢者は増えますし、現在の状況では非正規雇用が減るわけでもない。ですから、将来を見据えた貧困対策、住宅政策が必要だと思っています。それに関連して、もう1つ、都知事選で議論してもらいたいことに国家戦略特区の問題があります。昨年12月に国会を通って、真っ先に東京都へ導入されようとしている。都知事選の候補者の多くが賛成している状況ですが、中身がまだわからないところがあって、雇用に関する規制の撤廃でブラック企業がはびこるのではないかという懸念もあります。

私が心配しているのは、オリンピックと国家戦略特区で都市再開発が加速し、地価が上昇した結果、低家賃のアパートがなくなって低所得者が暮らせる場所自体が都内から消滅するのではないかということです。70歳以上になると「孤立死されると困る」と言われ、大家さんが部屋を貸してくれないという入居差別もある。このまま放置していくと、10年後、20年後には大量の単身、低年金の高齢者が住むところを確保できず、事実上ホームレス化してしまう状況が出てくるのではないでしょうか。これに対し、どう住宅のセイフティネットを作っていくべきか、急がないといけない課題だと思っています。

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稲葉剛さん略歴:1969年広島生まれ、東京大学教養学部卒業。1994年から新宿で路上生活者支援の活動に取り組む。2001年に湯浅誠氏とともに自立生活サポートセンター「もやい」を設立。毎週火曜日に相談会を開催。電話やメールを含め、年間約3000件の相談を受けている。住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。近著に「生活保護から考える」(岩波新書)。

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