旅客船沈没事故で揺らぐ韓国メディア 何が問題なのか

韓国南西部の珍島沖で4月16日に起きた大型旅客船「セウォル号」の沈没事故は、取材する韓国メディア、特に主要放送局も大きく揺るがす事態となった。何が問題とされているのか。
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韓国南西部の珍島沖で4月16日に起きた大型旅客船「セウォル号」の沈没事故は、取材する韓国メディア、特に日本のNHKにあたるKBS(韓国放送公社)など主要放送局も大きく揺るがしている。何が問題になっているのか。

■遺族感情から社長の進退に飛び火したKBS

発端は、KBSの報道局長がセウォル号の沈没事故について「300人が一度に死んだのは多いように見えるが、年間の交通事故死者を考えれば決して多くない」と4月末に発言していたと報道され、遺族らから非難が集中したのがきっかけだった。

報道局長は5月9日に記者会見を開いて辞意を表明したが、その場で社長がニュースの扱いに介入した例などを例示し「メディアへの価値観も信念もなく、権力の顔色をうかがいながら報道本部の独立性を侵害してきたキル・ファニョン社長は即刻辞任すべきだ」と、社長による報道への介入を批判した。

ここで焦点はメディアの遺族対応から一気に、KBS幹部と朴槿恵政権の癒着や、政権の意をくみやすいKBSの体質へと移った。

キル・ファニョン社長は辞任を拒否したが、解任決議案は5月28日のKBS理事会に上程され、審議される予定だ。現場の職員は反発を強めており、局内の主要労組は決議案が否決された場合、ストライキに入ると予告しているほか、記者やプロデューサーのグループも「制作拒否」と称した職場離脱を続けている。メディアの労働組合も一斉に支援に乗り出し、KBSの社長辞任を求める声は高まりを見せている。

■メディアと政権の圧力の歴史

背景には、韓国で政権によるメディアへの介入が繰り返され、国民にメディア不信が根強いことがある。韓国メディアの歴史は、政権の圧力と戦い、屈してきた歴史でもあるからだ。

軍事クーデターで政権を握った朴正熙大統領時代の1975年には、大手紙・東亜日報と朝鮮日報の記者が、検閲を担当していた中央情報部(KCIA)職員の社屋立ち入りを拒否する運動を繰り広げた。半年間の運動の末、政府の圧力で企業の新聞広告が止められた両社は計142人を解雇した。1980年、やはり軍事クーデターで実権を握った全斗煥氏(のちの大統領)は、光州事件の武力鎮圧を批判的に報道した記者ら約1000人を逮捕したほか、新聞社や放送局を強制的に統廃合し、反対する記者711人を解雇した(伊藤千尋『たたかう新聞「ハンギョレ」の12年』岩波ブックレット)。

こうして大手紙には保守的論調が定着した。テレビもクーデターの過程で人事権を国が掌握し、時の政権の意を汲む社長を送り込んできた。ニュースの論調など放送内容は時の政権の影響を受けやすいと言われている。

保守系の李明博大統領時代の2008年、アメリカ産牛肉の輸入に反対する大規模なデモが相次ぎ、発端となったMBCのドキュメンタリー番組「PD手帳」は制作者が名誉毀損容疑で逮捕される事態となった。その後、政権はMBCの社長人事に介入して影響力を行使しようとしたのに対し、労組側は半年近いストライキで対抗し、テレビ各局で15人が解雇された

KBSは全国ネットワークのテレビ2チャンネル、ラジオ6チャンネルや海外向け放送などを展開する公営放送で、政府が100%の株式を持ち、電気料金とともに強制徴収される受信料を主な収入源の一つとする。MBC(文化放送)は民間会社として発足したが、軍事政権の時代に事実上国有化され、現在は国会が任命権を持つ「放送文化振興会」が株式の70%を保有し、社長人事など経営に関わる。収入の多くをCMに依存しているが、事実上の公営放送でもある。

■メディアスクラム批判に戸惑う韓国メディア

KBSの報道局長の発言が批判されたのは、KBSの報道に批判が集まっていたからだ。セウォル号の事故は、メディアの取材姿勢そのものが真正面から批判された初の大事故でもあった。

現在、韓国のTwitterでは「キレギ」という言葉が盛んに飛び交っている。「記者」と「ゴミ」を意味する「スレギ」を組み合わせた造語で、日本で言う「マスゴミ」に似ている。発生直後に韓国政府が「大半を救出」としたのを「大半が行方不明」と訂正した報道や、現場で記者の無神経な行動が注目されたことで、行方不明者の家族や遺族らの怒りの矛先はメディアにも向かった。

こうしたことで、メディアの「おわび」表明が相次いでいる。

KBSの若手記者らが5月7日「反省します。沈黙しているKBSジャーナリズムを」という声明文を、社内のイントラネットにアップロードしたことが報じられた。発生当初、遺族らが待機する珍島に行かずに報道していたことや、その後も「怒られるのが怖くて行方不明者の家族を取材せずに記事を書いた」「事故の責任を回避する朴槿恵大統領への批判を聞いたことがない」といった反省や報道姿勢への不満をぶちまけた。声明は削除されたとみられるが、KBSは15~16日のニュース番組内で、取材手法や不正確な報道を謝罪した。

大手全国紙の中央日報も5月16日付で「本紙の不正確な報道で遺族や読者を少なからず混乱させた」と謝罪文を掲載した。

政府の混乱した発表を検証せずに、不正確な乗船者数をそのまま伝えたことや▽まだ生死の分からない行方不明者が多数いる時点で、全員死亡を前提にした損害保険の金額を報じた▽救出された幼児の顔写真を掲載した▽生存者の父親から間接的に伝え聞いたことを、まるで直接聞いたかのように報じた、などの反省文が並ぶ。

ただ、遺族らの痛みを受け止めて取材している現場の記者と、ソウルで指揮する幹部たちの意識のずれは大きいようだ。

KBS報道局長の交通事故と比較した発言も物議を醸したが、「行方不明者の家族を取材せずに記事を書いた」と反省文を書いたKBSの若手記者の一人は、「遺族や行方不明者家族の声はリポートから徐々に消えていったが、上からは『あまりに行方不明者家族の心情に傾きすぎだ』と電話が来た」と、上司の姿勢を批判している。

MBCは記者の組合が5月7日の自社のリポートを「お粗末で恥ずかしい」と声明を出した。放送は行方不明者の家族が「海洋水産省長官と海洋警察総長に圧力をかけ」「首相に水を浴びせ」「救出活動の潜水士を死に追いやった」とする表現が使われる。声明によると、ソウルにいる部長が現場にやってきて直接記事を書いたという。

ハンギョレの報道によると、4月25日の編集会議でMBCの報道局長が行方不明者の家族を「完全にヤクザ。本当に遺族か?」と批判し(MBCは否定)、「遺族感情に配慮して黙っていなければならないのか、よく考えてみよう」と、行方不明者や遺族を批判する報道をするよう示唆したという。現場記者の強硬な反対でいったんは立ち消えになったというが、現場をまるで知らない上層部への、現場記者の不信感は募るばかりのようだ。

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