バグダッド進攻に備える過激派要員、政府は摘発に躍起【イラク情勢】

イラクで攻勢を強める過激派組織は、首都バグダッド進攻に備え、指令ひとつで一斉に攻撃を開始する「潜伏要員」を首都中心部に送り込んでいるほか、周辺部からなだれ込む「支援部隊」を準備している。米国とイラクの安全保障当局者の話から明らかになった。
Reuters

[バグダッド 3日 ロイター] - イラクで攻勢を強める過激派組織は、首都バグダッド進攻に備え、指令ひとつで一斉に攻撃を開始する「潜伏要員」を首都中心部に送り込んでいるほか、周辺部からなだれ込む「支援部隊」を準備している。米国とイラクの安全保障当局者の話から明らかになった。

スンニ派過激派組織「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」は、わずか3週間でイラクの北部と西部にまたがる地域を掌握すると、人口700万人の首都バグダッドへの進撃を続けると宣言した。

イラク政府は首都を守るべく、スンニ派潜伏要員の摘発を進めており、これにはシーア派の民兵組織も加わっている。ただ、スンニ派住民の中には、こうした摘発はスンニ派を脅かす目的で行われていると主張する者もいる。

政府当局者は、過激派の総攻撃が実行に移される時を指して「ゼロ・アワー」と呼んでいる。

イラク政府の安全保障担当高官によると、潜伏要員のうち、およそ1500人がバグダッド西部、さらに1000人が郊外で息をひそめ、その時を待っているという。

こうした潜伏要員の主な目的は、米国が設置した安全地帯で、政府庁舎が集まる「グリーン・ゾーン」に侵入し、宣伝的な勝利をあげることに加え、バグダッド西部や周辺地域に拠点を築くことにあると、この高官は指摘する。

「彼らは一帯を占拠したら、手放そうとはしないだろう。バグダッド西部の潜伏要員たちは準備も入念で、いつでも動き出せる」と高官は語った。

自らをこうした潜伏要員だと語るアンバール県出身の男は、労働者として普段はバグダッドで働く傍ら、ひそかに自身が所属するスンニ派過激派組織のために情報収集を行っているという。そして男は、首都進攻の日は近いと語る。

「準備はできている。すぐにでも攻撃に移せる」。アブ・アフメドと名乗るこの男は、公の場でロイターの取材に応じ、周囲を警戒しながら、そう答えた。

30代半ばのアフメドは、かつて「1920革命旅団」という過激派に属していたという。2010年に一度現役から退いたものの、昨年、再び武器を取るようになった。その理由についてアフメドは、シーア派中心の政府によるスンニ派への弾圧に激怒したからだと話した。そしてアフメドはスンニ派武装勢力や部族の民兵らで構成される「軍事評議会」に加わった。

アフメドの話の全てを検証することは不可能だが、ロイター記者はアフメドの身元については特定している。

アフメドはISILのメンバーではない。そして大勢のスンニ派民兵同様、彼もまた、一方的にイスラム国家樹立を宣言したISILに対して、相反する二つの感情を抱えている。多くのスンニ派武装勢力がすでにアルカイダとは袂を分かち、攻勢を強めるISILの下に再結集している。だが同時に、民間人を虐殺し、シーア派を異端者扱いするISILの手法を嘆かわしくも感じている。

旧フセイン政権の残党も加わったというアフメドのグループは、ISILをある面では支持している。アフメドは「ISILには良い奴もいるし、悪い奴もいる」とし、その「良い奴ら」と目的を共有しているのだという。

<潜伏要員を監視>

イラク政府の報道官を務めるカシム・アッタ中将は、潜伏要員の行動を追跡するスパイを送り込んでいることを明かし、首都防衛に自信を示した。「われわれは彼らを毎日注意深く監視し、追跡している。またすでに何人かを逮捕した」と述べた。

過激派の抵抗が見られるのは、いまのところスンニ派住民が多い地域が中心で、シーア派が多数を占め厳重に武装したバグダッドを奪取しようとする試みは、過激派にとって難しい攻撃となるだろう。シーア派だけでなくスンニ派の住民も、過激派がバグダッドを攻撃したら対抗すると話す。

2006年から07年にかけて起こった同国最悪の宗派対立で、バグダッドは主戦場と化した。スンニ派、シーア派、米軍の間で繰り広げられた戦闘により数万人が死亡。

その結果、数百万人が首都から逃れたほか、大勢の人が住居を失った。それまで両宗派の住民が共存していた地域は、どちらか一方の宗派によって占められるようになった。

米情報当局の高官によると、米政府は、ISILがバグダッド進攻に向けて部隊の形成プロセスを進めており、組織化された自爆攻撃を行う可能性があるという情報を入手している。

また他の米政府当局者らは、ISILがバグダッド全域を攻略するには、組織が拡張し過ぎてしまう可能性があるとして、まずはスンニ派の地区を掌握し、爆弾攻撃で混乱を拡大していくシナリオの方が現実味が高いとみている。

一方、ISILはバグダッドを制圧し、現政権を追放する作戦をすでに練ってあると主張する。「われわれはやがてゼロ・アワーの指令を受けるだろう」と語るのは、電話取材に応じたISILの構成員。この構成員によると、イラク政府による散発的なインターネット遮断にもかかわらず、バグダッドの潜伏要員とメールで交信を続けているという。

<新たな遺恨>

目下のところ、政府と潜伏要員の間では、追いつ追われつの状態が続いている。アフメドの証言では、組織のメンバーは治安部隊や政府官庁、そしてグリーン・ゾーンの中にも潜んでいるという。アフメドたちは、政府の治安組織やシーア派民兵による「内通者狩り」をうまくかわそうとしている。

アフメドは「最近は、とりわけ元軍人や、米軍に拘留されたことがある人物を中心に、拘束される人が増えた。警察の特殊部隊や民兵によって自宅を急襲され、その後は消息不明になってしまう。留置施設を訪ねても、彼らはそこにいない」と語る。

アフメドたちはこれまでに、拘束された仲間のうち12人の救出に成功した。時には2万ドルの賄賂を渡したこともあったという。

バグダッドが攻撃を受ける可能性が浮上したことで、2008年以降おおむね地下に潜っていたシーア派の民兵組織が、ISILと戦う政府を支援しようと、再び表舞台に姿を見せている。イランの支援を受けていると米政府がみるシーア派組織の1つ「アサイブ・アフル・ハック」は、バグダッドにいる潜伏要員の摘発を手伝っていると明かす。

この組織は、摘発に参加する理由について、政府からの命令に応じるためであると同時に、シーア派指導者が市民に対し、治安部隊を支援せよとの勧告を出したからだという。組織の報道担当者は「潜伏要員を拘束し、政府の治安機関に引き渡している」と語った。

バグダッドで暮らすシーア派住民の多くは、こうした民兵の動きについて、宗派対立が激化した時の暗い記憶を呼び起こすものだと話す。当時、シーア派、スンニ派双方の民兵組織が街を徘徊し、何の罪もない人たちを捕まえては「テロリストを根絶する」という名目で殺りくを繰り返していた。そしていま、再び街から人の姿が消えつつある。

匿名を条件に取材に応じたスンニ派の女性は、兄弟が警察によって13日間拘束された後、ようやく解放されたかと思ったら、その8時間後には覆面をした「アサイブ・アフル・ハック」の構成員が家に押しかけ、彼をさらって行ったと話した。

「男たちは皆、覆面をしていた。彼らの乗ってきた車にはナンバープレートすらなかった」という。それを最後に兄弟の行方は分からないままだ。

(Ned Parker記者、Oliver Holmes記者 翻訳:新倉由久 編集:佐藤久仁子)

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