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2014年12月11日 17時42分 JST | 更新 2014年12月11日 17時42分 JST

スマトラ島沖地震から10年、めざましい復興が分かる比較写真

10年前の12月26日、家族や旅行者の朝は午前8時少し前に始まった。インドネシアのスマトラ島から160キロ離れた沖でマグニチュード9.1の地震が発生し、記録を取りはじめて以来、最大の津波を引き起こした。

大津波は25万人以上の命を奪い、多くの外国人旅行客も死亡した。160万人以上の現地の人たちは、住む場所を失い、家や仕事や生活が破壊された。

インドネシアのスマトラ北端に位置するアチェ州では、804キロに及ぶ海岸線が破壊された。最大30メートルの高さの波が村全体を飲み込んだ。人々に危険を教えてくれたのは、耳をふさぎたくなる破壊音だけだった。このアチェ州だけで、17万人以上の人が亡くなった。

新聞で大きな注目を集めた壊滅的な写真が撮影された場所に、10年経って写真家たちが戻ってきた。

アチェ州の復興活動は、数千億円の支援金が国に流用されたとして、最初の12ヶ月間は批判を受けたこともあった。今では再建に成功したと広く認められていて、フィリピンなどの被害を受けた地域が模範とするモデルとされている。

約130,000 戸の家が3年未満で建てられて、道路や学校や空港も再建または修復された。これは開発途上国で最大の建設プロジェクトになった。

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2004年12月29日、インドネシアのスマトラ島アチェ州では、道路を覆う山積みのがれきの上を歩く住民の姿が見られた。そこは家や建物が大きな被害を受けて、また地震で起きた巨大津波の影響で沿岸の村が壊滅した場所であった。 右側の写真は、2014年に同じ場所を撮影したものである。

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インドネシアのスマトラ島アチェ州にあるバイトゥルラフマン・モスクの周りでは、地面にがれきが散乱していた。2014年11月27に同じ場所の写真が撮影された。

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2005年1月2日、アチェ・ジャヤでは被害を受けたモスクを見ることができた。2014年11月29日に同じ場所の写真が撮影されたが、改修されたモスクが新しい家や再建されたコミュニティに囲まれている様子が見て取れる。

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2004年12月27日に撮影された写真では、インドネシアのスマトラ島アチェ州バンダ・アチェのバイトゥルラフマン・モスクの周りで地面に多くのがれきが散乱しているが、2014年11月27日に同じ場所を撮影した写真では修繕された道路が写されている。

tsunami before and after

2004年にバンダ・アチェで撮影された釣り船を、2014年11月27日に同じ場所で撮影された商業ビルの横に座礁させた合成写真である。

tsunami 6

2005年1月23日、インドネシアの兵士がアチェ州ルホンガを見守る中で、住民は即席のイカダに乗って川を横断していた(1番上の写真)。11月29日に同じ場所の写真が撮影された (上の写真)。

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2004年にアチェ・ブサールで撮影されたがれきで覆われて通行できない海岸沿いの大きな道路と、今年同じ場所を撮影した写真の比較画像。

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インドネシアのスマトラ島アチェ州バンダ・アチェの被害を受けた地域と、新しい家や再建されたコミュニティが収められている2014年12月1日に同じ場所を撮影した写真。

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2005年1月15日に撮影されたインドネシアのスマトラ島ムラボーにあるモスク周辺の被害を受けた家々と、2014年11月30日に撮影された同じモスクを合わせた画像。

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2005年1月16日には、バンダ・アチェのランプウ海岸沿いにあるモスクが部分的に被害を受けていた。2014年12月1日に、同じ場所を広角レンズで撮影した。

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2005年1月2日に撮影されたこの写真では、アチェ・ジャヤのトゥノムにあるモスクが被害を受けた様子が収められている。2014年12月1日に、同じ場所で広角レンズを使って撮影された。

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2004年12月30日に撮影された写真には、インドネシアのスマトラ島バンダ・アチェのダウンタウンで、作業者たちががれきを燃やして片付けをしている様子が写されている。2014年12月6日に同じ場所で撮影された。

この記事はハフポストUK版に掲載されたものを翻訳しました。

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