世田谷一家殺害事件とは 現場に残された膨大な遺留品【未解決事件】

2000年の年末に、宮澤みきおさんとその家族が殺害された「世田谷一家殺害事件」とはどのようなものだったのか。
警視庁ホームページより

3月22日午後9時から放送される『NHKスペシャル 未解決事件・追跡プロジェクト』で、「世田谷一家殺害事件」の特集が組まれる。社会に衝撃を与えた事件を徹底検証する「未解決事件」シリーズのスピンオフ企画で、公式サイトやLINE、FacebookなどのSNSで情報を求めながら事件の真相に迫るというものだ。世田谷一家殺害事件とはどのようなものだったのかを以下にまとめた。

お正月を目前に控えた年末に発生

事件は2000年の12月30日(土)午後11時頃から31日(日)未明にかけて、東京都世田谷区上祖師谷3丁目の会社員宮澤みきおさん(当時44)方で起きた。31日午前、みきおさんと妻泰子さん(当時41)、長女にいなさん(当時8)、長男礼君(当時6)が殺害されているのが見つかったのだ。

第一発見者は、隣の家住んでいた泰子さんの母親(故人)。発見時には服や布団が掛けられるなどして、顔が見えない状態だったという。

30日の夕方は、家族4人はそろって千歳烏山駅付近の商店街で買い物をした後、自宅に帰って食事をしたり、テレビを見たりして、一家団らんの時間を過ごしたと考えられている。近隣住民が聞いた物音などから、事件は30日午後11時台に発生したとみられており、犯人は夜間に逃走していた疑いが強いとされる。

現場に残された膨大な遺留品

この事件の特徴に、現場に残された膨大な遺留品がある。犯人の指紋や血液のほか、現場には犯人のものとみられるトレーナーやジャンパー、手袋、帽子などが残されていた。日本では販売が確認されていないサイズのスニーカーの足跡や、アメリカにある砂漠のものと思われる砂が入ったヒップバッグ、凶器の包丁、黒いハンカチなど、様々なものが残されていた

ほかにも現場には、素手で絞り出して食べたようなアイスクリームの容器が落ちていたほか、みきおさんが使っていたパソコンが操作された形跡もあった

これらの遺留品から、犯人は血液型がA型で、身長170センチ前後、やせ形だった可能性が高いというが、特定には至らず未解決となっている。

公開された世田谷一家4人殺害事件の犯人が身に着けていたものと同種の衣服類(ズボンを除く)(2001年12月17日 東京・世田谷区の成城警察署)

謎の「地蔵」

なぜ宮澤一家が狙われたのか、また、犯人はどこへ消えたのかは未だに不明。ほかにもこの事件には不可解な点が多く、事件の約4カ月後に現場近くに何者かが置いた「地蔵」もその一つだ。

地蔵は2001年4月9日朝、宮澤さん宅付近を流れる仙川沿いの道路脇で発見された。高さ約59センチ、重さ約19.5キロの石像で、台座の下に「六」の字が書かれていた。

この地蔵についても、捜査本部は置いた人物が事件について何らかの事情を知っている可能性があるとみているが、未だ決定的な情報は得られていない。

【関連記事】

ハフィントンポスト日本版はFacebook ページでも情報発信しています

注目記事