ソニーが不動産を手がける理由 〜イノベーションとモノ作りの交点が日本の住宅市場を変える

少子高齢化が急速に進む日本において、流通が活発に行われているとは言えない住宅市場。欧米のように、活発でフェアな市場を――そんなビジョンを掲げて不動産ビジネスの変革を進めている新しい会社がある。それがソニー不動産だ。

少子高齢化が急速に進む日本。都心では高層マンションの建設が続いているが、郊外・地方に目を向けると空き家が目立つ。東京でもすでに空き家率は10%を超え、地方ではそれをさらに上回る勢いだ。管理できずに廃墟化するいわゆる「リスク空き家」の問題はメディアでも取り上げられたが、賃貸・売却用の物件も日本では「思ったほど高い価格が付かない」「望むような物件が市場に出てこない」というミスマッチから、流通が活発に行われているとは言えない。市場に出てこない物件はやがてリスク空き家にもなってしまう。

でも仮にこの負のスパイラルが逆転できるとしたら? 欧米のような活発でフェアな中古住宅市場が日本にもあれば――そんなビジョンを掲げて不動産ビジネスの変革を進めている新しい会社がある。それがソニー不動産だ。

ソニー不動産 クリエイティブディレクター 福原寛重氏(左)、代表取締役社長 西山和良氏(右)

買った値段で家が売れなければ経済は回らない

なぜソニーが不動産を? そう思われる読者も多いはずだ。だがその理由を解き明かす前に、そもそもなぜ空き家の増加=中古不動産価格の下落が問題なのか、その点から明らかにしていこう。

空き家が増える一方で、消費者が求める形で市場に出てこない。需要と供給のバランスが崩れる中、投げ売りのような価格で販売される物件も増えた。「安く買えるならいいじゃないか」と感じる読者も多いかもしれない。しかし、それでは長い目で見て国力の低下にも繋がる、と昨年8月にソニー不動産をスタートさせた西山和良社長は警鐘を鳴らす。

「住宅コストとは、購入金額だけでなく、そこに住んだ年数と売る時の値段を加味して捉える必要があります。そして、不動産の価値が減ってしまうということは、わたしたち国民の生活が豊かにならない、ということを意味します。ひいては国力が落ちることにもつながってしまうのです」(西山氏)

例えば、ある物件をローンを組んで5000万円で買い、30年間そこで暮らしたとする。その物件が、金利や物価の変動という要素を加味しても購入当時の5000万円と同じ価格で売れるとすれば、住宅コストはプラスマイナスゼロだったということになる。人生最大の買い物である持ち家が、満足いく価格で売れるという期待があれば、自然とそこに住む間も消費や投資意欲は高まり、結果として国全体の経済が潤い国民生活は豊かになる、というわけだ。

行きすぎると不動産バブルのような“副作用”もあることは私たちも既に経験済みだ。しかし日本の高度経済成長期を根底で支えていたのは、この「満足いく価格で不動産を売ることができる」という安心感だった。“住宅すごろく”とも言われたこの一種の神話――収入が上がり、家族も増え、これからも住宅に対する需要は上がり続けるだろう、という皆の期待がそれを支えていた。

そんな神話が崩壊した現在、中古住宅はやむなく投げ売りされる。仮にそれを安く買うことが出来たとしても、将来売るときに二束三文でしか売れず大きな差額が生じてしまっては(あるいはそうなるだろうという不安があっては)、消費は慎重にならざるを得ない。国全体にそういった状況が拡がると景気も好転しようがない、という訳だ。

少子高齢化と不景気が続く中、この強固にも見える負のスパイラルを脱却することは可能なのだろうか? 西山氏がそのために挙げるのが「エージェント制」「金融」「不動産流通の活性化」「リフォームも含めた不動産の改革」という4つのキーワードだ。

「欧米では、リフォームを加えた良い状態の中古物件がたくさん市場に出ています。買う側も『オーナーがメンテナンスを加えた物件を買うことには価値がある』と考える土壌がある。そしてその流通を支え市場を活性化するために不動産エージェントが活動しています」(西山氏)

西山氏率いるソニー不動産が目指すのもそんな欧米型の住宅市場の形成だ。そのために、インターネットの活用はもちろんのこと、従来にはなかった「片手取引」を前提としたエージェント制、ソニー流のデザインリフォームといったイノベーティブな取り組みを続けている。

不動産屋とソニーとのギャップを目の当たりにして…

不動産の世界では、両手取引、つまり売主と買主の間に不動産会社の営業担当者が入り、その両方から仲介手数料(法定上限3%+6万円)が一般的に多く行われている。一方ソニー不動産では、エージェントと呼ばれる営業担当者が、売主・買主のどちらかのみを担当し、その一方からだけ仲介手数料を受領するという片手取引を前提としている。

売主・買主の双方の間に1社だけの仲介会社が入って交渉することは、一見シンプルで効率が良いように見えるが、そこには大きな問題がある。それは“情報の非対称性”だ。

「売主からの物件や売却案件に関する情報と、買主からの要望を仲介会社が一手に握ります。双方から手数料を貰うため、自社の預かっている物件での売主様・買主様のマッチングを優先しがちですし、お客様から問われない限り、成約の障害となり得るネガティブな情報はなかなか出てきません。中古物件の取引において、両手取引は、お客様にとってメリットよりもデメリットの方が大きくなる可能性があります」(西山氏)

ソニー不動産でも、自社が売主から預かる物件を買主が購入を希望した場合にのみ、双方の同意を得た上で両手取引を行うことになるが、基本的には、売却エージェントは売主と、購入エージェントは買主と向き合い、担当の顧客の立場のみにたって交渉を行うというのが特徴的だ。既に欧米では一般的なこの片手取引だが、日本においてはまだまだ「異端」とも言える存在だ。

祖父が不動産業を営んでいたという西山氏。子どもの頃から不動産ビジネスに触れる機会が多く、ソニー入社後も個人として不動産の購入や売却を行っていたが、「メーカー」としてのソニーの仕事の進め方と、不動産業のそれとのギャップを強く意識するようになったという。

「そんな中、2001年にソニー銀行が生まれました。当時珍しかった住宅ローンの変動金利に大きな注目が集まり、ソニーから生まれた金融事業として成功を収めることが出来ました。先日ソニーモバイルの社長に就任した十時裕樹が立ち上げた事業ですが、僕が不動産で起業しよう、そして旧来の枠組みを取り払った事業を展開しようと決めたのも彼の存在が大きかったのです」(西山氏)

他がやっていない価値を提供するから「選ばれる」

従来の両手取引であれば、売主・買主双方から法定上限3%ずつの手数料をエージェントは手に入れることができる。仲介するエージェントにとってみれば、それが片方からだけになってしまう片手取引はメリットが薄いのではないだろうか?

「そこはソニー不動産に入社するエージェントの皆さんへの説明でもっとも力を入れる部分ですね。たしかに短期的には実入りが減ってしまうように見えるかも知れない。けれども、これまで情報不足に悩んでいたお客様に、選択肢と情報というベネフィットを提供する片手取引は、中古住宅市場を活性化させ、ひいてはお客様と不動産業界にも利益をもたらします。そこに理解、共鳴頂いた方だけに、エージェントとして加わってもらっています。」(西山氏)

ソニー不動産 代表取締役社長 西山和良氏

いま、モバイル事業の立て直しに奔走する十時氏は、ソニー銀行立ち上げの際、変動金利というイノベーションを武器に業界に参入した。西山氏がソニー不動産で依って立つその武器こそが片手取引だ。たしかに双方から得られるはずの最大6%という手数料は、半分の3%になってしまう。しかし、かつてソニー銀行が、他行にはない価値を提供して、消費者から選ばれる存在となったように、ソニー不動産もユニークなポジションを獲得できるはずだと西山氏。競合が仮に5社あっても、彼らが提供しない価値をもってすれば、ソニー不動産が選択される確率は6分の1ではなく、伝統的な方法か新しい方法かの二者択一となる、というわけだ。

「一見『非合理的』なものが『合理的』になる典型的な例だと思いますね。短期的にはエージェントの実入りは少なくなるかも知れない。しかし、市場全体が活性化し、その上でソニー不動産を選択していただくお客様が増えれば、結果的にエージェントの享受できる利益も増えます。実際、ソニー不動産のエージェントの中には、前職と比較して2~3倍の営業成績が生まれたという例もあるのです」(西山氏)

この「他がやっていない、顧客の期待を超えた価値を提供する」という手法は、ソニーがWALKMANやPlayStation などで示してきた遺伝子だと西山氏は強調する。ソニー不動産創業前はソニーグループの経営戦略に携わっていた同氏は、現在CEOを務める平井一夫氏が唱える顧客価値を超えた「感動価値」にも通じるものがあると話す。

「実のところ、平井に『戦略部門だからといって、構想を描いたり、プロダクトを支援したりといったことばかりじゃなくて、自ら価値を生み出す方に回れ』ってハッパをかけられたんです(笑)十時からは『大変だぞ』って脅されていましたが、彼が出来たのなら、よし俺にだって、と一念発起したんです」(西山氏)

家電・AV事業では苦戦が続くソニーだが、アップルやサムスンといったライバルから「顧客の期待を超えた価値を提供したプレイヤーこそが顧客に選択される」という教訓を改めて思い起こさせたのかもしれない。その教訓は、ソニーの遺伝子とともに、非家電部門に身を置く西山氏らにも深く刻み込まれ、受け継がれている様子が見てとれる。なぜソニーが不動産を?――その理由は実はソニーの源流に忠実に沿ったものだったのだ。

ソニー流リフォームで不動産の価値を上げる

西山氏が述べたように、欧米の中古住宅市場を活性化させているのは、リフォームに対する考え方の違いも大きい。仲介事業においてエージェント制を導入し、新しい選択肢を提示することで、顧客価値の最大化を目指すソニー不動産。一方で不動産価値の向上を、目に見える「形」で示そうとするのが、彼らが手がけるリフォーム事業だ。

「誤解もあるのですが、ソニーがデザインするからと言って、黒を基調としたソリッドなデザインでAV家電が賑やかに配置されるようなものになるというわけではありません」

そう笑うのは、ソニー不動産でクリエイティブディレクターを務める福原寛重氏だ。ソニー本社のクリエイティブセンターで、ソニー製品をはじめとしたコミュニケーションデザイン全体を指揮する福原氏は、メーカーでのモノ作りの考え方を、従来のリフォームやリノベーションにも応用すべく奮闘中だ。それはもちろん表面的にソニー風のデザインをなぞる、ということではない。

福原氏は、リフォーム・リノベーションの領域でも、顧客とのコミュニケーションデザインを大事にしたいと考えている。

ソニー不動産 クリエイティブディレクター 福原寛重氏

「顧客との合意(コンセンサス)をきちんと構築するのはもちろんですが、顧客のニーズの先にあるものは何か?――それを抽出できる顧客とのコミュニケーションそのものをデザインするところからはじめています」(福原氏)

ソニーがプロダクトデザインを進める際、製品そのものからではなく、それが使用される空間からイメージボードを起こし、共通したコンセプトを抽出するというのは有名な話だ。リフォームやリノベーションでも同じ手法がとられるようになれば、施主も気付かなかった潜在的な要求に光が当てられ、満足を超えた感動を顧客に提供できるはず。そう考えて福原氏は現在、ソニー不動産の新店舗となる『青山コンサルティングオフィス』のデザインも進めている。

不動産ビジネスには「情報の非対称性」が厳然として存在している、と西山氏は指摘した。一般的な不動産事務所をイメージすれば分かるように、接客はオフィスを背にして顧客とカウンター越しに対面するようになっている。

「この関係は威圧感を感じると思うのです。だからこそできるだけオープンな場を作りたかった」(福原氏)

建設中の青山コンサルティングオフィスでは、入り口からオフィスの奥までつながるようにデザインされている。資料保管や作業の場となるバックヤードと、接客スペースを明確に切り分ける事でオープンな場を作り、顧客とエージェントが対等な立場でコミュニケーションが取れるよう配慮されている。パーティションなどのレイアウトも可動式となっており、ここでセミナーやイベントも開催される予定だ。

「ソニー銀行が示してくれたように、不動産会社も多様な形があるべきだと思います。不動産会社を選ぶ時に、セカンドオピニオン的に私たちソニー不動産を選択肢の1つに加えていただけると嬉しいです」(西山氏)

そう控えめにインタビューを締めくくった西山氏だが、ソニー不動産が、硬直した状況にあるとも言える日本の中古住宅市場に、一石を投じる存在であることは間違いない。ソニーの遺伝子を受け継いだ彼らが、不動産の世界でもイノベーションを起こすことができるか、期待を込めて見守っていきたいと思う。

(執筆:まつもとあつし/ 撮影:西田香織)