「LGBTも、障がい者も、普通の景色にしたい」長谷部健・新区長が語る、新しい渋谷区

今後どのように、渋谷区はLGBTフレンドリーな街づくりをしていくのか。長谷部区長は「目指す先は、ダイバーシティ」などと思いを語った。

性的マイノリティの人たちが暮らしやすい社会について、LGBTアライ(支援者)らとともに考えるイベント「LGBTって何だろう?」(主催:青山BBラボ)が5月2日、青山学院大学(東京・渋谷区)で開催された。

企業や自治体にLGBTに関するコンサルティングを行う特定非営利活動(NPO)法人「虹色ダイバーシティ」代表の村木真紀さんが、社会問題解決を支援する「Googleインパクトチャレンジ」に参加したエピソードを報告。獲得した2500万円の助成金で開発する「LGBT教育アプリ」の内容ついて、参加者らとともにディスカッションした。

参加者からは、アプリでLGBTフレンドリーの企業を認定する基準として、「LGBT対応のトイレか」「同性カップルが、一般の人と同じように楽しめる」「スタッフの50%の人がアプリを修了したら、LGBTフレンドリー企業と認定する」などのアイデアが挙がった。

虹色ダイバーシティ代表の村木真紀さん

また、4月28日に行われた渋谷区長選で初当選した長谷部健氏がゲスト登壇した。3月に、同性パートナーシップ条例が可決された渋谷区。今後どのように、LGBTフレンドリーな街づくりをしていくのか。長谷部区長は「目指す先は、ダイバーシティ」などと思いを語った。

長谷部健・渋谷区長

以下に発言全文を紹介する。

……

■渋谷から、新しい流行が生まれてきた

こんにちは、長谷部健です。渋谷の区長になりました。

多くのみなさんのおかげで、なれました。大変感謝しております。ただ、僕にとってはこれからはスタートだと思います。新しい渋谷区が始まるんですが、若い力を区政に投入しながら、いろんな化学反応を起こしながら、面白い渋谷区を作っていこうと思っています。

僕、目指す先はダイバーシティ(多様性)なんです。

僕、この街で生まれ育って、原宿で生まれて、原宿で育ちました。ずっと子供の頃から、この街にいて。ずっと、子供の頃からこの街で流行が生まれて(全国に)発信してたんですよ。

ちょっとおじさんっぽい話になっちゃうけど、小学校の頃は、竹の子族っていうのがいて(笑)。その後、ロカビリー族が来て。中学校くらいいDCブランドのブームが来て、高校くらいからアメカジがやってきて、渋カジとか、音楽の渋谷系が出てきて。大学時代に、ギャルが出て来て。社会人になってからかな。最近は、ずーっと間が開いていたけど、カワイイ系のきゃりー(ぱみゅぱみゅ)ちゃんとがが出てきた。

常に何か出てきてたんだけど、実は10年くらい前から、この街の発信が弱まっている気がしてたんです。というのは、この街で出来上がったものが、全国に広がっていたんですね。BEAMSとか(ユナイテッド)アローズとかSHIPSというセレクトショップは、いろんなところにある。ネットでいろんな物が買える。音楽だって、情報をゲットできる。それはすごくいいことなんだけど、ちょっと寂しい。

もうひとつ。雑誌誌の見出しで街特集でも、(以前は)必ず「渋谷、青山、表参道、原宿」って特集されていたんだけど、10年くらい前から、下町がすごく特集されるようになった。スカイツリーができたから。それはそれでいいことなんだけど、僕はこの街びいきなんで(笑)。ちょっと寂しかったです。

■東京は、海外の人にとってクリエィティブな街

ちょっと話が変わるんだけど、東京っていうのが、実は海外から注目されている場所なんです。僕は、あんまりその自覚なかったけど。

「イラストレーター」のアドビってわかりますか? あそこのマーケティングデータで、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、日本の5カ国の18歳以上の成人に、1000人ずつとったアンケート結果があるんです。「どの国が一番クリエイティブか」というアンケートで、なんと1位、日本。意外でしょ? 僕も意外でした。2位がアメリカなんです。

「どの都市が一番クリエイティブか?」。1位ニューヨークです。ほぼ僅差で、2位が東京なんです。3位がサンフランシスコ、ベルリン、パリ、ロンドン……となってくるんです。まあ、ヨーロッパの街は、わりと昔のものを守ってコンサバティブなので、クリエイティブ、イノベーティブの視点では、ポイントがつかなかったと思うんだけど。ロンドンの人たちはすごくクリエイブだと思うし。

だけど、海外の人たちから見たら、この街はすごくクリエイティブだと思われているということは、僕たちは自覚を持っていない。自信を持ってさえすれば、もっと自分たちの強みになっていくんじゃないかなと思う。

意外なところがクリエイティブだと思われていて、日本橋の上に首都高が通っている、よくニュースに出て、日本ではネガティブな情報として伝わっているけど、こっちにくる外国人は「すげー、日本、東京。変わってく。来るたびに、どんどん街が変化していく。すごい」。(漫画の)「AKIRA」とか「攻殻機動隊」とか、そういうイメージもあるんだと思う。でも、それはいいことだと思ってる。だから、もっとこの街の持っているクリエイティビティを生かしていきたいと思う。

4年前に、上海に見に行ったときに「すごいな」と正直思って。建物に関しては「俺が『ドラえもん』で読んだ未来は、こっちにあった」と思いました。シンガポール、まだ行ってないけど、「あの高層ビルの上のプールで、泳いでみたいな」と思うし。あれも「ドラえもん」で読んだ未来だった。

311以降、外資のヘッドクォーターは、全部あっち(海外)に移しましたよね。すごく寂しい思いも、あったんです。でも、お金稼ぐのはもうしょうがない。税制の違いもあるし、中国のマーケットも大きいし、上海やシンガポールでいいじゃん。ただ、クリエイティブっていう面では、まだ東京勝ててるし。自分たちがもっと自覚して、その長所を伸ばせば、もっと伸ばせるんじゃないかと。そういう視点もあって、このLGBTの同性パートナーシップ条例というのが、僕のなかでつながったんです。

■学生時代のアメリカ旅行、LGBTとの出会い

もちろん、今までは当事者の人が「人権の問題だ」ということで、この問題について、いろんな議員がいっていました。僕は、どっちかっていったら、街づくりの面から考えています。あと実際に、20歳のときに、初めてアメリカに行って。当時は、またおじさんみたいな話だけど、地下鉄が落書きされてて。友達とふたりで座って「うわ、こわいなー」と思ったり。でも、それも慣れてなかっただけで、だんだん慣れてきて。

そのときは、メトロポリタン美術館行って、スミソニアン(博物館)とか、当時は学生で暇だったから、ワシントンを回ったんですけど、いく先々で、ゲイの人にナンパされたんですよ。そのときは、もう少しマッチョで坊主だったせいで、モテたのかもしれません(笑)。警備員の人がゲイで、「ランチでもどう?」とか。本当に、ニューヨークとワシントンの15日間くらいで、4人に声をかけられました。

その後、サンフランシスコに行きました。モヒカン頭の人とおじさんが、手をつないで信号を渡っている姿を見て、びっくりしました。あの、正直にいいます。びっくりしたんです。ちょっと違和感を感じたし。だけど、「日本とは違うな」と思ったけど、すぐ「これが普通なんだ」ということも意識して、日本に帰ってきました。

原宿という街にいたんで、周りを見渡すと結構いたんですね。意識してなかっただけで。美容師さんにもいるし、デザイナーの人にもいるし。「あれ、意外にいるじゃん」というのが、だんだんわかってきました。その後、大学を卒業して、博報堂という広告代理店に入ったんですけど、もっといるんですよ。普通に。

そこで会う人たちは、ヘアメイクさんとかスタイリストさんとか、CMプランナーとかデザイナーとして会うんですけど、でもみんなカミングアウトしてくれたり。普通だなと思うし、むしろカミングアウトしてる人は優秀な人が多い、という印象でした。要するに、自分に自信があるからカミングアウトできる部分も多少あるだろうし。カミングアウトできる環境って、きっとよっぽどの安心感と確信がないとできないと思うので。だから、そこで(カミングアウト)している人は、優秀な人が多かった印象です。

そういう人たちに会うなかで、だんだん普通になってきたし、2丁目にも飲みに連れていってもらったし、ニューハーフのお店も行ったことあります。それは自分は、楽しむようにして行っていました。

■LGBTの人たち「全然、普通じゃん」

でも、大きく自分のなかで変わったのは、2003年から僕は「グリーンバード」というゴミ拾いの活動を表参道で始めて、そこのなかで、歌舞伎町のリーダーをしている杉山文野(すぎやま・ふみの)という、FtMですね、トランスジェンダーとの出会いがあって。彼が、当時はまだ、ほぼ女子大生だったので、少しボーイッシュな、というか迷っている感じのヤツだったんですが、今は完璧なおじさんです(笑)。あいつ、おじさんになりたかったから。一番イヤなのは、おばさんになることだったから。

そいつが、10年かけて変化していく姿を見ているし。親との相談の話、そのときは女子大に通ってたから学校の話とかを聞いているうちに、単純に困っている文野みたいな人たちを助けたいなと思うようになったり。文野がそういうこと(LGBTの活動)を始めたんで、仲間が、どんどんそういう悩みを抱える人たちが、掃除に来るようになって。会うなかで「全然、普通じゃん」と思うようになってきたんですね。

いろいろ話を聞いて、(LGBTは)人口の5.2%とか、最近の発表では7.6%いる。それも実は、実感が湧かなかったんですね。「そんなにいるの?」って。日本人の名字ベスト4は、佐藤さん、鈴木さん、高橋さん、田中さん。この名字の合計が約5%、700万人くらい。そのくらいの数だけいるはずなのに。みんなもそう思うでしょ? 「そんなにいるの?」って。今は、そこに渡辺さんとかも入ってくるくらいといわれています。

でも、それだけの人がいるって実感がなかった。だけど、テレビに出ている人とか、自分が周りで会ってきた人は、文野の周り以外は、ほとんど男性から女性、元男性という人ばかりだった。さらに、2丁目のちょっと傾(かぶ)いてる人とか。そうやって面白くしないと生きていけなかったのもあると思う。でも、そうじゃない人がもっと裏にたくさんいて、同じように元女性っていう人たちがたくさんいると思ったら、「いるんじゃないか。この人数」ってすごく感じるようになりました。

■渋谷区で「同性パートナーシップ条例」が誕生した理由

ちょっと困っている人が少ししかいないと思っていたら、だんだんたくさんになってきて。そのときは渋谷の区議会議員をしていて、地方議会というレイヤーでできることは何かないかと思ってました。

僕は結婚していて、今3人の子供がいるんですけど、結婚式は、レストランで人前式でやったんです。ちょっとロマンチックに「みんなの前で誓ったときが、俺たちの結婚記念日だぜ」なんてかっこいいことささやいてみたりしたんだけど(笑)。でも意外に、入籍届を区役所に持っていて受理されたときも、ズシンと来るものがあったんです。

で、それに近いものがないということ。それが何とかできないかなと。単純に思い浮かぶアイデアで、「紙切れかもしんないけど、戸籍は変わらないけど、区が認めるパートナーってどうよ?」って聞いてみたら、半信半疑だったけど、文野たちは喜んでくれて。

そこから1年かけて企画して、2014年6月の議会でこれを提案して。その議会の提案は、「人権問題だけじゃなくて、この街がダイバーシティを実現して、クリエイティブな街にしていくときに、彼らが果たす担う役割は大きいし、そういわれている(クリエイティブな)都市は、(LGBTの権利などは)全部開放されている。普通のことになっている」という話をして。多くの人はそれで理解してくれました。でも、みんな頭で理解はしてくれたんですが、なかなか行動に出なかった。だから時間がかかっちゃった。

でも、やっぱり当事者の人たちと会って変わってきました。僕と同じように「なんだ、普通じゃん」って。僕は20歳のときから10年以上かけて変わってきましたけど、彼らもそういう当事者に会って変わってきました。

今日は、アライ(支援者)の話だと思うんですが、もちろん当事者たちは大変だと思うけど、僕らは普通にする。それを「認める」とか、そこまで意気込まなくてもいいと思うんです。「普通にする」。どう接していいかわからない人もいるかもしれないけど、だけど「普通にする」。

すごいナーバスの人もいるから、もしかしたら傷つく人もいるかもしれないけど、それはLGBTでない人も同じですよね。気が弱い人もいれば、強気の人もいるし、いいヤツもいれば、嫌なヤツもいる。障がい者の人たちも一緒なんです。全部一緒。だから、その人たちが混じり合って、この街でいろんなことができるように。そんな街づくりを今したいと思ってます。

■「LGBTも、障がい者も、普通の景色にしたい」

これはLGBTの人だけじゃなくて、障がい者についても同じようなことを考えています。この街の利点は、ファッションとかアートとか。青学(青山学院大学)も含めて、おしゃれな大学があったりとか。そういうところで、普通の景色になっていく街をつくりたいと僕は思っています。

かっこいい車椅子とかあるんです。今度、アパレルの企業を訪問しようと思っているんだけど、ショーウィンドウで、車椅子におしゃれをしたマネキンが座っていたり、立っている人がいたり、ユニセックスの人がいたり……。なんかそういう飾り付けがあってもいいと思うし。僕らがちょっと心の意識を破るだけで、変わることがたくさんあるんです。

障がい者でいえば、いま車椅子の人たちが電車に乗ろうとすると、全部駅員さんに言って、(駅員さんが)出てこなきゃいけないじゃないですか。でも、ここに僕らがいて、2人がいたとしたら、ちょっと目を合わせて、すっと手を貸してあげるだけで解決する話なんです。でも、照れくさくててできないとか、いろんな思いがあるんだけど、そういうことが普通になれば、道を全部バリアフリーにする必要はないし。心のバリアフリーみたいなことが、大切だと思っています。

■渋谷区を先進都市へ「超人たちに会いに行こう」

2020年に、東京オリンピック・パラリンピックがあります。オリンピック、オリンピックっていわれてるけど、地方行政で渋谷区では、僕はパラリンピックが大切だと思っています。実際あれを見ると、みんな変わると思います。

この中で、パラリンピックを観たことがある人いますか?(数人挙手)お、意識高い(笑)。すごいですよね。迫力あって。僕も自分ではスポーツマンだと思って(スポーツ)やってますけど、敵わないなって人いっぱいいるし。こんなにハンディキャップがあるようだけど、全然もろともしてない人とか。パラリンピックを観るとわかると思うんです。

僕はロンドンのときのパラリンピックのポスターが大好きで。「MEET THE SUPERHUMANS」(動画リンク)というコピーで、(手足を)欠損した人、車椅子の人が、超かっこよくて。その写真にコピーが載っているんです。今まで、手を差し伸べる対象って思ってた人たちが、尊敬する対象に変わってる言葉なんです。

「超人たちに会いに行こう」。これは、先進都市の条件だと思うんです。成熟した都市の条件だと思うんです。僕は渋谷も、もっと「パリ、ニューヨーク、ロンドン、渋谷」みたい(な世界的な都市)に本気でしたいと思ってます。そういうときには、こういう意識の殻を破っていって、クリエイティブの力を使っていきたいと思ってます。

でも、僕ひとりだけ汗をかいても変わらないです。ここにいる村木さんを始め、みなさんと一緒に汗をかいていけたらと思うし。渋谷は住んでいる人たちだけの街じゃありません。働きにくる人、遊びにくる人、ここを好きで来る人がいっぱいいるんで、そういう人たちと一緒に、そういう街の空気をつくっていけたらなあと思ってます。

新しい渋谷区、始めます。どうぞみなさん応援してください。

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