坂本龍一、オスカー監督との仕事を語る 「映画音楽にルールはない」

監督と意見がぶつかることもあったという『レヴェナント:蘇えりし者』の映画音楽制作秘話や、普段好んで観ている映画についてなどを聞いた。
Composer Ryuichi Sakamoto attends the premiere for
Composer Ryuichi Sakamoto attends the premiere for
Evan Agostini/Invision/AP

坂本龍一「映画音楽にルールはない」 オスカー監督との仕事を語る

『ラストエンペラー』(1987)でアカデミー作曲賞やグラミー賞などを受賞し、長きに渡り世界的キャリアを築き上げてきた音楽家・坂本龍一(64)。映画音楽を手掛けた『レヴェナント:蘇えりし者』(22日公開)は第88回アカデミー賞で最多の12部門にノミネートされ、監督を務めたアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督の『バベル』(2006)では、楽曲を使用したが本作で初タッグとなった。イリャ二トゥ監督と意見がぶつかることもあったという今作の映画音楽制作秘話や、普段好んで観ている映画についてなどを聞いた。

――イニャリトゥ監督から今作に関して“アコースティックと電子音楽を重ねたもの”という要望があったそうですが、曲を作る上で何か新しい試みはありましたか?

【坂本】技術的に新しい試みは無かったです。ただ、監督に「メロディーじゃなく音だ」と言われた。映画音楽ではハッキリとしたメロディーのある音楽を使うことが多いのですが、今作では監督の要望に応じて極力メロディーを排除していきました。コンベンショナル(伝統的)な既成の映画音楽らしい要素は極力排除し、監督と細かくやりとりしながら作っていったんです。ミニマルな音楽にしたいとも言っていたので、その辺は徹底して作りました。ここまでメロディーが無くてミニマルな映画音楽というのは、僕にとっても初めての挑戦だったんじゃないかな。

――今作の映像を観て主人公は“自然だ”と感じたそうですが、その“自然”を表すためにどのようなイメージで音を作っていかれたのでしょうか?

【坂本】静かな森を歩いていると本当に静かなんですが、よく耳を澄ますとシーンとした静けさの中に木の葉のカーペットのような…木の葉が複雑に重なり合った金属質の音が聴こえてくるんです。よく耳を澄まして聴かないとわからないくらいかすかな音ですが、森には多くの生物が息づいていて、その複雑な重なりが音になって聴こえてくる。そういう音を目指して作ったところはあります。

――イメージをふくらませながらの音作りは楽しい作業でしたか?

【坂本】音作りは楽しかったです。ただ、イニャリトゥ監督は今までご一緒した中で一番難しい監督でした。というのも、編集の最初の段階の映像に“ここにはこういう音楽をつけたい”という監督が選曲した仮の既成音楽がついたんですが・・・。他の作品の映画音楽や僕の曲なんかもついていて、非常にわかりやすくもあるけれど、その反面、僕が作る際にイメージが狭められてしまうこともあるんです。もちろん最終的には僕の作った音楽に変えていくのですが、仮の音楽の中には高名なクラシック音楽も含まれていて。

――仮の既成音楽よりも良いものを生み出していかなければいけなかったと。

【坂本】そうですね。仮の既成音楽に負けてしまうとその曲が使われてしまうので、悔しいじゃないですか(笑)。で、チャイコフスキーの曲が1ヶ所だけ仮で使われていたところがあって、そこだけ何度曲を作っても監督がダメだと言うんです。最終的にチャイコフスキーの曲になってしまいそうだったので、こっちもかなりムッときまして(笑)。オーケストラを使ってちゃんと録音したものを聴いて判断してくださいと。その時は少し険悪なムードにもなりましたが、最終的にチャイコフスキーに勝ったので僕としてはとても満足しました。二人の人間がいれば好みや考え方も当然違いますから、ぶつかるのは仕方のないことです。でもお互いに最大限リスペクトの気持ちを持って、すばらしい仕事ができたと思っています。余談ですが、“Trust me(私を信じて)”と書いたTシャツを作って監督にプレゼントしたらちょっと苦笑いしてました(笑)。

――今作でレオナルド・ディカプリオがアカデミー賞主演男優賞を受賞されましたが、彼の演技を見ていかがでしたか?

【坂本】正直言うと、今作まで彼のファンではありませんでした。『タイタニック』(97)の印象があまりにも強すぎましたし、かわいい顔をしていると演技という面で過小評価されがちですよね。それが今作では瀕死の重傷を負ってしまう役なので、後半は目でしか演技をしていない。そこは監督もとても評価していましたし、僕も彼に対する見方が変わりました。もちろん僕は彼の演技の強度に見合う音をつけたいと思って曲を作りました。単純に過酷な撮影をやりきったから受賞したのではなく、彼のすばらしい演技が評価されて賞を授かったんだと思います。

――映画音楽はこうあるべきだという持論はありますか?

【坂本】根本的には音楽にルールは無いと言いたいところですが、ポップスみたいにルールだらけのものもある。でも映画音楽にはこうでなきゃいけないというルールは無いですし、映画にとって必ず音楽が必要であるとは限らない。音楽が無い映画もたくさんありますし、実際僕が最近良いなと思う映画の多くは音楽が無いんです。職業として映画音楽も作っている僕としてはちょっと複雑な心境ですが…。

――普段映画をご覧になる時は何を参考に作品を選んでいますか?

【坂本】細かく映画情報をチェックしている時間もないので、身近な人から薦めてもらった作品を観ることが多いです。あとは偶然情報を目にした作品とか、フェイスブックで気になった作品を観ることが多いかな。あまりなじみのない国の作品や、知らない作家の作品を発掘するのは凄く好きですね。2年前に大きな病気になったのですが、長い休みができたので映画をたくさん観ていました。どういうきっかけだったか忘れてしまいましたが、その時は中国系の映画にハマっていました。

――どんな監督の作品をご覧になったのですか?

【坂本】チャン・イーモウ監督やジャ・ジャンクー監督の作品がかなり好きで観ていました。チャン・イーモウ作品は昔から大好きだったんですが、最近は少しエスタブリッシュされすぎちゃったかなと思っていて(笑)。あとは侯孝賢監督や台湾系ならエドワード・ヤン監督の作品が好きでよく観ています。

3年前に第70回ベネチア国際映画祭の審査員をやらせていただいたのですが、その時は短期間にまとめてたくさんの映画を観たんです。高校生以来だったかな、あんなに映画を観たのは。1日に3本、多い時で4本観ていたので、絶対に途中で寝ちゃうだろうなと思ったら不思議なことに寝なかった(笑)。全部で40本ぐらい観たんですけど、良いと思った作品には全部音楽がついて無かった。それは偶然じゃないかもしれません。

――そんな坂本さんが映画音楽を作るモチベーションはどこから生まれるのでしょうか?

【坂本】いつもは一人で音楽を制作していますが、映画となると何十人何百人という人間が関わっているので普段では得られない興奮があります。あれだけの制作費を引っ張りだしてきてハリウッドで映画を作るというのは並大抵のことじゃないですから、雄弁で人を説得する力やいろんなスキルが必要ですよね。そういうものすごく才能があって知識もあるすばらしい監督たちと接しながら音楽を作っていくというのは、他では得られない刺激があるんです。

また、今作で言えば、依頼がなかったら19世紀前半のまだ地図もないようなアメリカの中西部に関する知識も得られなかったですし、当時どうやって人間は生きていたのかなんて知ることもなかった。映画音楽を依頼されることで、知らない場所の知らない時代のことを深く学ぶことができる。そういった映画音楽ならではの興奮や刺激を得られることが、ある意味モチベーションになっているのかもしれません。

(文:奥村百恵)

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