「清原和博被告は、競争社会を象徴している」男性学の田中俊之さんが伝えたいこと

「男性の理想像」に対する社会観念についてる武蔵大学・助教の田中俊之さんに聞いた。

インタビューに応じる田中俊之さん(4月7日、都内で撮影)

男性学という学問をご存じだろうか。フェミニズムの影響を受ける形で、日本では1980年代後半から学問的研究が始まった。まだ30年ほどの歴史しかない新しい研究分野だ。第一人者である武蔵大学・助教の田中俊之さん(40)は「これまであまり注目されてこなかった男性特有の悩みや葛藤の輪郭を明確にして、解決の糸口を見つけ出すのが男性学の目的」と語る。性別にとらわれない多様な生きかたを実現するという点では、女性学とも共通点がある。

田中さんは新著「男が働かない、いいじゃないか!」(講談社プラスアルファ新書)で、男性が正社員として定年までフルタイムで約40年間働くという生きかたしか許されていない現状に対して「もっと多様な働きかたがあっていい」と指摘した。前回のインタビュー記事では、「男性の働きかた」について詳しく聞いた

今回は、少し枠を広げて「男性の理想像」に対する社会観念について田中さんに聞いた。男性に強迫観念のように「強さ」や他者との競争が求められているのはなぜなのか。筆者が個人的に気になっていた「壁ドン」をきっかけに「理想の男性像」を掘り下げていくと、田中さんは意外な著名人の名前を挙げた――。

■「壁ドン」はなぜ女性に受けたのか?

「壁ドン」のイメージ図(「いらすとや」より)

――ネット上で一時期「壁ドン」といって、漫画やアニメで「男性が女性の前で壁を叩く描写」が、女性層に受けたことがありました。こういった「強い男性」がもてはやされる風潮は根強いように感じます

世間一般ではそうですよね。若い女性の間では「3代目J soul brothers」などのマッチョな男性が一つの理想像になっている人もいますね。まずは「強い」というのが大きくて、その上で優しいとか仲間を大事にしてるという特徴が入る。

――男性に強さが求められるのは最近、始まったことでしょうか?

でも割と普遍的な傾向だと思いますよね。ラグビーの五郎丸歩選手だってすごい人気ですもんね。

――「強い男性像」が讃えられる世界の中で、弱い男性はどうすればいいんでしょう

そこはやはり、男女平等にしていく必要があります。男女が不平等な社会においては、女性は強い男を求めるしかない。自分の生存がかかっちゃうからです。でも、女性が自立していける社会であれば、弱い男性像でも問題ない。たとえば仕事について言えば、「私はバリバリ働くから、あなた家のほうやってくれる?」みたいな分業も可能になる。

――女性が強くなれば「男性が強くなければならない」という風潮も変わると

そういうことです。そうなれば「弱い男性が好き」と思っている女性が、自己主張しづらい風潮も変えられる。あるいは男性からしても、「優秀で強い女性が好き」という人もいると思うんですよ。でも今はマジョリティの男は「やっぱり女は色白で、料理ができて」みたいなことを言っちゃうし、そう言わないといけない雰囲気もある。「知的で能力がある女性が好き」という男性の意見っていうのも、もっと通りやすくなるのかなと思います。

■男性の競争社会の末路を体現した清原和博容疑者

将来を夢見る少年・少女のイメージ図(「いらすとや」より)

――男性は常に競争社会を強いられているように感じます

クラレが小学校に入学する子供達を対象に「将来就きたい職業」を調査しているんですが、男の子は1999年から17年連続でスポーツ選手が1位なんですね。

でもこれには裏があって、親に聞いた「将来就いて欲しい職業」の第1位は、2009年以外は全て公務員でした。本心では親は安定した職業に就かせたいと思っているし、スポーツ選手になれるとも思っていない。でも、もし子供が「僕は公務員になりたい」とか言ったら、「バカ言ってんじゃない。男の子なんだから、もっと大きなこと言いなさい」と叱るわけです。世間の親は「男の子は、とにかく競争させなきゃいけない」っていう思い込みがあるから、スポーツ選手に代表される成功を夢見るように、子供たちを煽ってきました。

――本音と建て前が違うわけですね

はい、とにかく男の子は子供の頃から競争しなさいって育てられています。「人に勝ってこそ幸せ」っていう風になっているので、自分が何者かって時に、常に他者との比較ってことになっちゃいがちです。でもこの競争にゴールはないなと、僕は実感したことがありました。2月に元プロ野球選手の清原和博が、覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕されたからです。

――清原選手ですか

はい、1975年生まれの僕らの世代は、少年時代はみんな「将来はプロ野球選手になりたい」と言っていました。清原選手は少年たちの憧れの存在で、ジャイアンツで年俸5億円を稼いでいた人気選手でした。それが今では覚醒剤を打って逮捕されたわけです。あれが成功を追い求めた男の終着点になってしまった。

覚せい剤取締法違反容疑で逮捕され、送検される元プロ野球選手の清原和博容疑者(2月4日撮影)

――スポーツ選手としての彼は大成功を納めていたはずです。清原を見て育った世代にとっては大ショックですよね

大ショックですよ。競争社会の末路を象徴していると言えると思います。奥さんとは離婚し、全身に刺青入れてシャブを打って……。あれを見て僕が思ったのは、競争してもゴールはないし、精神も荒むんだから、とにかく男性は他人との競争や比較をやめた方がいい。

――男性は、これからどうすればいいのでしょうか

僕は、2015年に出した「男がつらいよ」という本の中では、「まずは落ち着いてください」と最初に書きました。これで男性は、相当幸せになれるんじゃないかと思うんです。

特に若い男性のみなさんに言いたいのは、周囲の「煽り」によって肥大化した「大きな夢」を追いかけるのではなくて、「将来の具体的で現実的な目標」としての夢を持つべきということです。未来をどのように生きたいのかについて、自分なりに真剣に考え、自分が納得するかどうかを基準にして夢を形作る。それができれば「男らしくあれ」という呪縛に流されることなく、未来像を描けるはずです。

■田中俊之さんのプロフィール

1975年、東京都生まれ。武蔵大学社会学部助教。博士(社会学)。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。単著に「男性学の新展開」(青弓社)、「男がつらいよ―絶望の時代の希望の男性学」(KADOKAWA)、「〈40男〉はなぜ嫌われるか」(イースト新書)、「男が働かない、いいじゃないか!」(講談社プラスα新書)。「日本では“男”であることと“働く”ということとの結びつきがあまりにも強すぎる」と警鐘を鳴らしている男性学の第一人者。

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