EU離脱か残留か、イギリスはどうなる? 日本への影響は

議員銃撃事件に揺れるイギリス。なぜ「EUから抜けよう」という声がイギリスで出たのか。離脱派、残留派の意見をまとめてみた。
Brexit UK EU referendum concept with flags and topical message
Brexit UK EU referendum concept with flags and topical message
miluxian via Getty Images

イギリスはEU(欧州連合)に残るべきか、離脱すべきか。その是非を問う6月23日の国民投票まで、残すところあと1週間を切りました。離脱派、残留派とも拮抗していますが、ここへきて世論調査では離脱派が勢いを強めているとの報道も出ています。

両派の運動が過熱する最中、16日には残留派のジョー・コックス下院議員が銃で撃たれ死亡するという衝撃的な事件も発生しました。事件が国民投票に影響を与えるのは必至とみられています。

投票結果がどちらに転んでもイギリス国内の混乱は免れないという見方も出ていますが、そもそもなぜ「EUから抜けよう」という声が出たのか。もしイギリスがEUから離脱したら、日本にはどのような影響があるのか。これまでの経緯をざっと振り返ってみます。

■国民投票を実施する理由――巨額の財政負担や移民・難民支援の負担が背景

イギリス国民の選択は

EU離脱の是非を問う国民投票は、イギリスでは「Brexit(ブレグジット)」と呼ばれています。「Britan(イギリス)」と「exit(退出)」を掛け合わせた造語です。イギリスがEUから出るべきかどうか、それを問うので「Brexit」というわけです。

今回の国民投票は、キャメロン首相が2015年3月の総選挙のマニフェストで「2017年までに実施する」と公約したものでした。

もともとイギリスには、ヨーロッパ統合の動きに対して懐疑的な土壌があります。EUではドイツ・フランスが中心となって共通の法制度の導入や各国の行政権の委譲などでヨーロッパの統合が進めていますが、これに対してイギリスは単一通貨「ユーロ」は導入せず自国通貨の「ポンド」を維持するなど、EUからは一定の距離を取っています。かつてはEEC(欧州経済共同体、EUの母体となった団体の1つ)に対抗し、EFTA(欧州自由貿易連合、1960年結成)を主導したこともありました。

EU内ではギリシャのユーロ危機などをきっかけに、財政力のある国(ドイツやイギリスなど)と新たに加盟した財政力の乏しい国(東ヨーロッパ諸国)との間で格差が広がっていました。イギリスはEUに巨額の分担金を負担しています。経済危機が起これば、支援のための財政負担を強制されるかもしれない。また、2015年からはシリア内戦の影響でEUに大量の難民が流入しています。こうした負担に対して、イギリスではEUに加盟していることへの疑問符が付き始めていました。

イギリスの通貨「ポンド」

EU残留派のキャメロン首相は2月、国内世論を落ち着かせることを狙い、イギリスの負担を減らすようEUに求めました。EU側としても、大国イギリスが離脱することは避けたいところが本音です。交渉の結果、移民に対する社会保障費の給付制限など、EUから譲歩を引き出すことに成功。その上でキャメロン首相は、残留の是非を問う国民投票を6月23日に実施すると表明しました。しかしEU離脱を求める声を抑えることはできず、キャメロン首相の目論見は外れてしまいました。

■EU離脱派「移民は雇用を脅かす」「EUはヒトラーと同じ末路を辿る」

離脱派は、EUの経済的メリットの低下が著しいことに加え、大量の移民が流入することで不利益があると訴えています。2015年、イギリスへの移民は33万人と過去最高を記録しました。2000年代にEUに加盟した東ヨーロッパ諸国から多数の労働者が流入したことが理由とされています。そのため「雇用が脅かされ、社会保障費を圧迫している」といった不満が強まりました。また離脱派はトルコのEU加盟の可能性についても触れ、トルコがEUに加盟すればシリアなどからの移民が増えると主張しています

ボリス・ジョンソン氏

離脱派の中心人物が、前ロンドン市長で保守党議員のボリス・ジョンソン氏です。5月にはテレブラフとのインタビューで「(ヨーロッパ統合は)ナポレオンやヒトラーなど、さまざまな人たちが試してきたが、(EUは)同じ末路を辿る」と述べ、EUは悲劇的な結末を迎えるという認識を示しました。ジョンソン氏は次期首相候補とも目されていますが、一方で国民投票に際し、移民に対する不安を煽るような発言もみられます。

ヨーロッパでは、2015年11月にフランス・パリで発生した同時多発テロの記憶が今も生々しく残っています。それを見越したかのようにジョンソン氏は、6月9日のテレビ討論で「テロリストや殺人者が路上にうようよいるのに、我々には追い返せない」と発言しました。その一方で「(EUを)離脱すれば100億ポンド(約1兆5000億円)が自由に使える」と離脱による利点をアピールしました。

実業界からは、ダイソンの創業者ジェームス・ダイソン氏が10日、テレグラフで「人生でもビジネスでも、最も大切なのは決定権だ。欧州の手に自らを委ねるのは危険だ」とEU離脱支持を表明しました。

■EU残留派「移民は労働力として重要」「離脱したら経済に打撃」

キャメロン首相

これに対し残留派は、EUに加盟し続けることへのメリットを国民に説いています。移民問題については、残留派は「移民は経済に貢献している」と説明する一方で、福祉目当ての移民を制限すれば悪影響は減らせると訴えています。キャメロン英首相の報道官は5月31日、英仏海峡を越えて流入する難民・移民を阻止するため、巡視船を増やすなど取り締まりを強化すると発表。移民流入を不安視する声に配慮する姿勢を示しました。

ジョージ・オズボーン財務相も、EUに残留すればイギリスは自由貿易と安全保障上のメリットが得られるとし、EU離脱は「向こうみずな行動だ」と批判しています。キャメロン首相は12日に「残留すれば、多くの投資が期待できる。離脱する場合は今後10年は先行きが不透明になる」と述べ、国民に強く残留を訴えました

イギリスにとって最大の輸出相手国・地域はEUで、40%を超えるシェアを占めています。もしEUを離脱すれば、これまでゼロだったEU加盟国との関税は見直され、ビザ無しで域内を自由に移動できるなどの特権も失い、イギリスの貿易規模が縮小すると懸念されています。

メージャー元首相(左)とブレア元首相

イギリス政界の重鎮らも残留派を支持しています。保守党のメージャー元首相と労働党のブレア元首相は9日、北アイルランドの大学で揃って講演しました。この中でメージャー氏は「世界史上、最も成功した国家連合が解体してしまう恐れがある」と発言。ブレア氏も「北アイルランドの将来や連合王国を危機にさらす」と述べ、今回の国民投票が北アイルランドの独立につながり、連合王国(イギリス)が分裂する可能性について警鐘を鳴らしました

■イギリスのEU離脱、日本への影響は――金融市場に影響、企業のコスト増か

まず影響が考えられるのが、金融市場への影響です。外国為替市場ではユーロを売り、円を買う動きが進み、約3年4カ月ぶりに1ユーロ=118円台を付けました。もしEU離脱派の勢いがさらに増せば、世界的な株安や円高が進む可能性も指摘されています。IMF(国際通貨基金)のチーフエコノミスト、モーリス・オブストフェルド氏は「イギリスがEUから離脱すれば、地域と世界に深刻なダメージを与える」と警告しました

また、イギリスには自動車や金融を中心に1089社の日本企業が進出し、ヨーロッパ市場の統括拠点として位置付けています。もしイギリスがEUから離脱すれば、法律や規制内容が大きく変わることになります。イギリスとEU諸国との間で関税などの見直しも予想され、コストが増えることも予測されます。そのため、ドイツやフランスなど他のEU加盟国への移転を検討する企業が増える可能性も指摘されています。

ロンドン市長のサディク・カーン氏

この点については、残留派から懸念する声が出ています。5月に就任したロンドン市長のサディク・カーン氏は、EUの離脱が日本企業のイギリス離れにつながることを危惧しています。カーン氏はANNの取材に対し「私が懸念しているのは、もしイギリスがEUから離脱したら、日本企業はヨーロッパの本拠地をロンドンに置くのかという点です。日本企業は我々の雇用や成長にとって重要で、どの企業もロンドンを離れてほしくない」と語りました

キャメロン首相も9日、イギリス中部にある日立製作所の鉄道車両工場を視察した際に「日本からの投資は多大で重要だ。EUを離脱すれば、海外からの投資が減るリスクがある」と述べ、残留を改めて訴えました。またキャメロン氏は視察後、日立、トヨタ、日産、ホンダの名前を挙げ「海外企業が英国に投資するのは、5億人の単一市場であるEUの一部だからだ」と語り、日本からの投資の重要性を指摘した上で、EU離脱は世界経済に打撃を与えると訴えました

■拡大を続けてきたEUの岐路となるか

「統合は力をもたらす」ーーかつてEU大統領をつとめたヘルマン・ファン=ロンパイ氏の言葉どおり、これまでEUはヨーロッパ統合という理想に向けて拡大し続けてきましたが、国民投票の結果次第ではその理想を見直す岐路に立たされるかもしれません。コックス議員殺害事件で揺れるイギリス国民の選択に、注目が集まります。

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