「だまし討ちみたいで申し訳ございません」現代美術家・会田誠さんが、いま小さなお弁当箱で伝えたいこと

いたずら心は半分以上3分の2ぐらいで、3分の1ぐらいは真面目なところもあります。

現代美術家の会田誠さんが「これまでの作家イメージを根底から覆す新しい方式・形式・素材に挑戦」した展覧会を開催中だ。「なんなら今までの僕のファンが総取っ替えになっても構わない」と意欲を見せる今回の会田誠展のタイトルは「はかないことを夢もうではないか、そうして、事物のうつくしい愚かしさについて思いめぐらそうではないか。」

会田誠展のDM

これは岡倉天心が日露戦争のあとに書いた『茶の本』から引用したもので、展覧会の告知ビジュアルでは、この言葉と国会で答弁する安倍晋三首相の写真をコラージュしている。政治的、社会的作品が物議を醸すことの多い会田さんらしいアイデアだがその下には小さく「この告知ビジュアルは展覧会の内容と激しく乖離したものである」と断り書きが。

はたして今回の展覧会で会田さんが挑戦しようとしたこととは? 「すごくデカい大きなものが濁流したあとに残るのは、本当に小さなものかもしれない」と語る会田さんに、会場で話を聞いた。

■DMのビジュアル「だまし討ちみたいになってしまって申し訳ございません」

——使い捨て弁当箱と発泡ウレタンを使った「ランチボックス・ペインティング」シリーズを楽しく拝見しました。DMで使用している安倍首相のビジュアルは、やはり作品とまったく関係ないんですね。これはちょっとしたいたずら心でしょうか。

あらかじめお断りしておきますと、DMで期待させておいてだまし討ちみたいになってしまって申し訳ございません。展覧会がちょうど参院選と都知事選の期間にぶつかったので、こういうビジュアルにしたらお客さんが来てくれるかなというあざとい部分もないこともないですけど、むしろうっとうしい選挙期間に自分の展覧会を観て気晴らししてもらえればいいなと思いまして。いたずら心は半分以上3分の2ぐらいで、3分の1ぐらいは真面目なところもあります。

ああ 20×24×5.8cm 会田誠「ランチボックス・ペインティング」シリーズ 2016

使い捨て弁当容器、発泡ウレタン、アクリルガッシュ 撮影:宮島径

(c) AIDA Makoto Courtesy Mizuma Art Gallery

さみ 21.7×29×3.8cm 会田誠「ランチボックス・ペインティング」シリーズ 2016

使い捨て弁当容器、発泡ウレタン、アクリルガッシュ 撮影:宮島径

(c) AIDA Makoto Courtesy Mizuma Art Gallery

——その真面目な部分は、2015年、東京都現代美術館に展示して撤去騒動が起きた作品「檄」から続いているものでしょうか。

そうですね。去年の檄文騒動で個人的にちょっと疲れた反動がないとは言えません。去年の僕の代表的な仕事があの"布切れ"になっちゃったというのは、すごく後悔しているわけではないけれども、美術家としてはそれほど喜ばしきことではないですので。

会田家 檄 2015

布、墨510×180cm

展示風景:「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」東京都現代美術館、2015

撮影:宮島径

(c) 会田家 Courtesy Mizuma Art Gallery

家族3人で白い布に墨一色で下手くそな字を書いただけの、色気がなくて無骨なもんですからね。やっぱりあの「檄」は良い意味でも悪い意味でも美術としては邪道といえば邪道な物体なので、次は王道を、つまり形と色をやりたいと思ったわけです。

ですけど、いわゆるキャンバスと油絵の具という王道からははずれて、弁当箱ぐらいに屈折しちゃうのは、やっぱりどうしても僕の最低限の個性でありまして。プラスチックの弁当箱に発泡ウレタンを配置して表面だけをアクリルガッシュで塗る手法には、ある種のいやらしい企みとか、あざとさがありますけれど、その枠組みを決めたあとは、出来るだけ美しい物体をつくろうとしただけなんであります。

■「真面目と不真面目が黒潮と親潮のようにぶつかり合ってできる漁場が好き」

——解説資料にある「弁当箱にアナロジー(類推)を感じた」というのは具体的に言うと?

そうですね、どう言いましょうかね。そもそも日本の和食が世界一素晴らしい料理かどうかはわかりませんが、見た目重視で盛りつけを絵画的にすることに関しては和食に軍配があがると勝手に思っておりまして。

それを盛りつける弁当箱は使い捨てのものでさえ、仕切りを大中小と変えたりして変化に富んでいて、オブジェとしても面白いなと思ったわけです。絵の具で弁当の食材に相当するボリューム感を出すのは無理があるので、発泡ウレタンのポコッとした形状に目をつけました。

だから枠組み的にはちょっとふざけている感じだけれど、中身は真面目。僕はやっぱり真面目と不真面目とか、対立する2つのものが黒潮と親潮のようにぶつかり合ってできる漁場のようなものが好きでして、今回のシリーズも漁場になるんじゃないかと思って取り組みました。

たほ 17.4×23.4×3.8cm 会田誠「ランチボックス・ペインティング」シリーズ 2016

使い捨て弁当容器、発泡ウレタン、アクリルガッシュ 撮影:宮島径

(c) AIDA Makoto Courtesy Mizuma Art Gallery

——今回の作品は、使い捨て文化の象徴であるケミカルな材料を使って人類太古からつながる芸術に挑戦したと解説にありました。

僕はたぶん一般の人と比べてプラスチック好きだと思います。家で使う箸もコップもプラスチックじゃないと嫌で、高級な日本酒を飲むのだってグラスや陶器よりあえてプラスチックを選ぶぐらいなんですけれども、ひとつ言えるのは自分がとても合理主義だということです。

昔より現代のものが日々アップデートされて良くなっているわけですし、もちろん全部ではないですけれど、漆よりプラスチックのほうが優れているというのが僕の合理的判断なんですね。大学院では技法材料研究室というところを出て古い技法も学びましたが、その良さも知りつつ現代に生きているなら、現代の画材を使うほうが正しいんじゃないかという思いがあります。

■イラク戦争で引き倒されたフセイン像のようにデカいものには「悪」の面がある

——弁当箱サイズのミニマルな世界観は、「大画面、および絵具を大量に使う絵画へのアンチテーゼ」でもあるんですね。

僕もデカい絵は好きで、デカい絵というのはある種のバカっぽさが表現できるんです。小賢しくてクレバーな感じがする小さい作品に対して、ただ目立ちたいだけの大きな作品は自己顕示欲ありありのバカの象徴なんです。

デカいものには「悪」の面もあると僕は思っています。例えばイラク戦争で引き倒された巨大なフセイン像のように、その作品が大きくなればなるほど、権力をあがめて記録するような意味合いを持ちやすい。それに対し僕はあえて空虚な巨大モニュメント「MONUMENT FOR NOTHING」シリーズもつくっていまして、今回の弁当箱の小ささとそれらは、自分の中で響き合ってつながっています。

もうひとつ言えるのは、僕は空虚で偽物でハリボテ的なものが好きで、その対極にあるのが大理石とかブロンズ像ですけれど、ひとりでは動かせないような重いものを個人がつくってはいけない、という考えがあって。そんなエゴを発揮しちゃいけないという思いが、ピラピラの布とかダンボールを使った作品に出てしまったりするわけです。

——それは何か揺るぎないもの、個人では動かしようがないものに対する抵抗なのでしょうか。

会田 僕はパーマネントなものに対する疑いのようなものがあって、地震の多いこの国の歴史的な感性とも繋がっているのではないかと思っています。人生は仮住まいですから人間が住む家もプレハブみたいなものがいいというのが僕の考えですが、西洋を中心とした海外の文化は石の文化が多い。それは世界の美術にも言えることですが、僕はそこの差を強調していきたいと思ってます。

■改憲草案「国家と国民の関係を戦前に戻そうとしているので絶対にダメです」

——国家や社会といったマクロなものが激しく動いているときこそミクロな世界に本質がある、というとらえ方もできるでしょうか。

そうですね。すごくデカい大きなものが濁流したあとに残るのは、本当に小さなものかもしれない。

たとえば僕は去年、戦争について語った対談集(椹木野衣との共著『戦争画とニッポン』)を出しまして、戦争に乗っかった美術家たちの作品もいろいろ見たのですが、その陰にかくれて当時無力だった孤独な作品がポツポツと残っていて、芸術の力がそういうところでも作用しているんだなと、それでもいいんじゃないかと思うことがありました。僕の弁当箱は自分なりの予行演習みたいなものです。

——戦争といえば現在、憲法改正に向けた与党の動きが注視されています。自民党の改憲草案の9条では自衛隊が他国の領土や領海で武力行使を認め、21条2頁では現行憲法で認められている表現や言論の自由も制約していますが、そのことについてはどう思われますか。

一市民として護憲/改憲など軽く表明しとこうか。自衛隊はどう見ても軍隊なので軍隊と認める。集団的自衛権はメリットとデメリットがあるだろうけど、どちらかというとデメリット重視で「尻込みしておく」派。その他国民の人生観を昔の方向に戻すようなものはすべて唾棄。不勉強ながら今のところ。

— 会田誠 (@makotoaida) 2016年6月29日

Twitterにも書きましたが、自民党の改憲草案は、国家と国民の関係を戦前に戻そうとしているので絶対にダメだと思いますね。特に表現の自由や人権に対して制限を加える条文については、美術家はもちろんそれ以外の人たちも決して受け入れられるものではないと思っています。

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会田誠展 作品 画像

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会田誠展「はかないことを夢もうではないか、そうして、事物のうつくしい愚かしさについて思いめぐらそうではないか。」

会場:MIZUMA ART GALLERY

住所:新宿区市谷田町3-13 神楽ビル2F

会期:2016年7月6日(水)~8月20日(土)

開館時間:11:00〜19:00

休廊日:日曜・月曜・祝日(夏季休廊:8月7日〜15日)

(取材・文 樺山美夏