「誰かをケアする余力があることも、健康」tabelの新田理恵さんが、"日本の伝統茶"で伝えたいこと

「食は、からだや人生を作るという素晴らしい面もあるけれど、諸刃の剣である」

「食は、からだや人生を作るという素晴らしい面もあるけれど、諸刃の剣である」

日本古来の薬草をもとにした伝統茶ブランド「tabel」の新田理恵さんが、食に関心を持ったのは、身近な人の病気をきっかけだったという。後に、管理栄養士の資格を取り、中国医学に基づいた薬膳を学ぶ。そして、日本古来の薬草に出会った——。

「tabel」は、3月に行われたビジネスプランを競うコンテスト「リアンプロジェクト」(サザビーリーグ主催)で優勝。お茶を通じて、人の健康や暮らしや日本の農業を見直す新しいライフスタイルプランが経営者ら審査員の心をとらえた。新田さんが大切にする伝統茶へのこだわりとは? 健康への想いと合わせて聞いた。

■「今より、ちょっといい」暮らしと健康をつなぐ提案を

——そもそも、新田さんが食に興味を持ったきっかけは何ですか?

高校生のときに父が糖尿病になりました。食は、からだや人生を作るという素晴らしい面もあるけれど、諸刃の剣であると感じる経験をして、食を通して人を良くする仕事がしたいと、管理栄養士になりました。

でも栄養士として、栄養や食事の指導をすることにすごく難しさを感じていたんですね。食事に気を使えないくらいの人はお忙しいので料理する時間もとることができなかったりする。そんな方に「野菜を摂ってください」というのは、すごく酷だなあと思いました。

せめて「今より、ちょっといい」、うまく現状と理想との間をつなぐ提案がしたかったんです。

——なぜお茶が、間をつなぐ存在がだったんでしょうか。

オフィスでもお湯は使えることが多いですから、お茶ならお仕事中でも飲むことが可能かなと思ったんですね。みなさんに慈しみを届けるという点で、お茶はどんなシーンにも入り込みやすいツールになるんじゃないかと。

■お茶は「チャノキ」だけじゃない。日本の伝統茶とは

——お茶は広く飲まれていますが、新田さんの伝統茶tabelと、普通のお茶の違いは?

緑茶や紅茶の原料はチャノキという植物ですが、それ以外の植物を使っているのでノンカフェインのお茶に仕上がっています。

緑茶が飲めない人や、夜にカフェイン控えたい人、妊婦中や、お薬を飲んでいるなどで、カフェインを避けたい人やシーンが少なからずあります。そういった人たちが選択できるものがお水やジュースが中心で、選択肢が狭い状況です。

そのときに、ハーブティーという選択肢がありますが、カモミールやラベンダーなど、大半が外来のものなんですね。

外来種や海外産のものが悪いわけではありませんが、日本の足元を見れば、すごくたくさんの植物があって、日本だけでも300種類以上の植物が薬草として使われている。いろいろ試してみたら、ハーブティーに負けないくらいの美味しいものがあって、すごく面白いのと同時にもったいないと思いました。

伝統茶「tabel」

——もったいない?

伝統茶に使われている薬草は、昔の人たちが、緑茶がものすごく高価だったときにお緑茶代わりにずっと愛飲していたもので、文化に根付いた暮らしの知恵があるものなんですね。それぞれ個性的な味や効果やストーリーがある。

そして、日本にはすごくたくさんの気候があって、北海道から沖縄、山から海まで、地域によって植生が変わるんです。その町でしか採れないもの、その町ならではの魅力にもなっていくのが伝統茶だと思いますね。

■蓮の葉茶を探して、熊本の農家さんと出会う

——どうやって、一から生産者とお茶づくりを始めたのでしょうか?

最初は、個人的に国産の蓮の葉茶が欲しかったんです。蓮の葉茶はベトナムでよく飲まれていますし、好きな方がいらっしゃいますが、国産はなかなか手に入らない。けれど、蓮根の栽培はされているから、すぐに形になるだろう、という仮説を立てました(笑)。

調べていくうちに、熊本県の八代の農家さんに出会うことができて、九州は薬草産業がものすごく強く残っているエリアだと知りました。暖かい気候で植物も育ちやすいですし、中国が近いので医食同源みたいな考えかたも残っていたんじゃないかなと思います。中国の皇帝から「不老不死の薬を探して来い」といわれて遣わされてきた徐福という人が、鹿児島県の南の方に辿り着いて、日本に残ったともいわれてます。

——蓮の葉茶は、八代では飲まれていたんですか?

実は、焼酎になっていたり、うどんに練りこまれていたりするんですけど、蓮の葉茶にはなってなかったんです。なので、薬草工場の人と提携して、新しく蓮の葉茶を作りはじめました。その工場では、もともと阿蘇の在来種のトウモロコシを使ったお茶や、ハコベとかの薬草でお茶を作っていましたね。

■おじいちゃんとおばあちゃんが、野草摘み

——ちなみに、薬草というのは野草ですか? 何か基準があるのでしょうか。

野草と薬草は重なるものが多くありますが、少し定義が違います。野草は「山野で自然に生える草」なので樹木は含まれず、自生しているもので、食用になるものとならないものが含まれます。薬草はからだの養生に使う植物で薬用と食用になるものがあり、樹木なども含み、栽培されているものもあります。

tabelのお茶は、無農薬・無化学肥料栽培が最低ラインです。天然もので、山に自生している栽培してないものもあります。

おじいちゃんおばあちゃんが摘んで、孫におもちゃを買うおこづかいにしている地域もあります(笑)。楽しみのひとつとして取り組んでいらっしゃいますね。

宮崎県の工場では「いまドクダミがほしいです」など、その時に欲しい薬草の名前の看板を掲げてるんです(笑)。書かれてないものでも「うちではこれが採れたよ」と持ってきて、量り売りしてその場で現金交換するようにしたり、工場の人たちが集荷に回ったりするシステムになっています。

たとえば、カキドオシは関東圏でも畑で見つけることができますけど、ミントみたいな香りがしてすごく美味しいんです。

知らなかった美味しさや、知らなかった効果効能があって、実際地元では愛用されていて、体がよくなったという方もいらっしゃるんです。美味しいのであれば、もっと活用したいですよね。

■20年後も30年後も、お茶を飲み続けられるように

——地元の人と一緒に、伝統茶を作るうえで心がけていることは?

商品にする以上、ある程度の量は必要です。でも、絶対にそれを強要してはいけないなと思っています。“無理をさせてはいけないけど、背伸びをする”くらいの勢いで、一緒に話し合いながらやっていくことを心がけていますね。

サステナブル(持続可能)であるかどうか、というのも気をつけています。たとえば薬草は、村に勝手に自生しているものを摘んできているので、地元の人は価格を低すぎる設定にしがちです。でも、世代が変わっても作り続けられる値段にしたいので、見積よりも多めに支払う提案することもあります。国内フェアトレードが必要な場合もあるんですよね。

経済的な面や技術の面で、ちゃんと価値付けして、作り手の人たちの無理のない豊かな暮らしを考えることが重要かなと思ってますね。

——持続可能であるために、他にどんな課題がありますか?

薬草をとってきてくれる人たちが70代であったり、高齢化しています。それをいかに次の世代につないでいけるかが課題です。20年後30年後も、同じく伝統茶を飲み続けられるような状況を作っていきたいと思っています。

草が軽いので女性でもおじいちゃんおばあちゃんでも、1日1〜2時間ちょこっと仕事すればいいから時間の隙間で長く続けられる。これを次の60代にうまくつなげられるかが鍵になってくると思いますね。

——取引先が増えているいま、流通量も増やすことも大事では?

年間で20キロしかとれないけど頑張っていく、という方たちとはオリジナルラインで生産の体力をつけられるようにじっくり進めていきます。大規模に出荷できるという薬草農家さんとは、全国展開している企業さんとどんどん出していくラインを展開するなどの両輪で薬草文化を広めながら、産業としての力をつけていきたいです。

——いろんな方といろんな作りかたをする。コミュニケーションも大切ですね。

発注じゃなくてもメールを送ります(笑)。仕事以外の関わりも大事だと思うので、ひとつの地域で新しいお茶ができたら、他の地域の作り手さんや取り扱い店舗さんに、おすそ分けしたり、地域の面白い情報をお伝えしたりしています。もう少しこまめにやりたいですが(笑)。

——あの、新田さんのお話は全くよどみがなくて、これまで冷静にいろんなこと考えてこられたのでしょうが、これまで大ピンチな瞬間とか、なかったんでしょうか。

いっぱいあります(笑)。実は今年も、ちょうど製造するタイミングで熊本の震災が起こってしまい、土砂崩れで工場にも被害がありました。目玉商品なのに製造の目処も立たないしどうしたものかと。

代替のものを作りつつ、工場の再建のお手伝いもしていきたいので、わずかながらクラウドファンディングで寄付を募りました。現地に居続けることができない私としてもできることを長い目線でフェーズに合わせながら関わっていきたいです。

■伝統茶、自分の体を省みるタイミングに

——伝統茶、実際にどんな方が飲んでいるんでしょうか。

いわゆる健康茶を飲む年齢層よりも、若いと思います。30代前半の人たちは、男性も女性も仕事ガンガン頑張りつづけてすごく疲れていたり、体力の衰えを感じ始めていたりする時期なので、自分の体を省みるタイミングのひとつを迎えて、選んでいただいているのかなと思います。あとは妊娠してから体に気につけるという方もいらっしゃいますし、意外と男性も手に取ってくださっています。

——お茶を飲んだ方からの感想は?

まず第一に、「おいしい」ですね。薬草はまずそう、ニガそう、というイメージを持たれがちですが、それを「おいしい」に変えるのが、次の世代につなぐためのミッションのひとつでもあるので、なるべくハーブティーのようにおいしいものをラインナップにしています。

実際に飲んで、体が温まってきたとか、むくみがとれたとか、肌がきれいになったとか、いろんな感想もいただきますね。

——体調に合わせてお茶を選ぶこともできる。

むくみをとりたいのであれば、朝飲んでスッキリするのがいいでしょうし、リラックスしたいのでしたら、夜飲むのがいいでしょう。仕事でちょっと気合いを入れたいときは、高麗ニンジンのお茶にはカフェインと似た効果があるので、目がぱっちりして気合が入りますね。

たとえば月桃茶は、沖縄では老人ホームで淹れられることもあるそうです。おじいちゃんおばあちゃんになると、お手洗いの回数が減ってくるので、利尿効果や抗菌効果を期待してお茶として飲まれています。月桃はポリフェノールも赤ワインの33倍入っているので、若い女性に喜ばれたり化粧水になったりしています。

——そういった薬草茶の効能は、科学的に証明されているんでしょうか?

生活や漢方薬の材料としてよく使われるものは、エビデンスが出ているものも多くあります。伝承の精査が、今の過渡期でやるべきことだと思いますね。薬剤師さん、お医者さん、研究者さんのご協力が必要です。私はあくまで食品の立場なので、お茶のおいしさや、暮らしの中でどう活かしていったらいいのかを中心に伝えていけたらと思います。

■「誰かをケアする余力があることも健康なんじゃないか」

——あらためて、新田さんにとっての「健康」とは?

健康の定義って難しいんですけど、WHO(世界保健機関)の定義でいえば、体と、精神と、社会的な健康。この3つが健やかであることが、健康であるといわれています。それに加えて、やっぱり誰かをケアする余力があることも健康なんじゃないかと思っています。

誰か困っていたりつらい思いをしているときに、温かいスープを出してあげるとか、お茶を出してあげるとか。そのくらいの余力がある状況が、健やかである気がします。

——なるほど。では誰かを攻撃してしまう状態は不健康でしょうか。

防衛反応であることもありますし、一概に悪いとは思いません。でも、長期間もしくは必要以上に攻撃しすぎるときは良い状態ではないのではないでしょうか。

薬膳の世界でも、循環している状況のことを健やかであると考えます。呼吸もそうですけど、止まっていると滞ってしまう。水も流れていると腐りませんが、一箇所に留まると腐ります。流動性のある新陳代謝ができている状況が、健やかなのなと思いますね。

tabelのアトリエに自生するドクダミ

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