「日本の市民運動はもっと利口になれ」宇都宮健児氏、都知事選を振り返る

市民運動のリベラル勢力が選挙に勝つためには、国民が求める課題に腰を据えて取り組むべきだと注文した。

東京都知事選で、野党4党(民進・共産・生活・社民)が擁立したジャーナリストの鳥越俊太郎氏(76)は、小池百合子氏らに大差で敗れた。

過去2回の都知事選で次点だった元日弁連会長の宇都宮健児氏(69)は、今回、17年ぶりの保守分裂選挙を受け「私が立候補を取り下げることで影響を与えうる」と、鳥越氏に譲る形で告示前日の7月13日に立候補の意思を撤回した。しかし、選挙期間中に週刊誌が報じた鳥越氏の女性問題で、鳥越氏が納得いく説明をしなかったことを理由に、最後まで応援演説に立つことはなかった

「日本の市民運動はもっと利口にならなきゃいけない」「国民生活や、今抱える問題についても解決策を打ち出していかないと、選挙に勝てない」。宇都宮氏は8月3日にハフポスト日本版のインタビューに応じ、都知事選を振り返って、市民運動のリベラル勢力が選挙に勝つためには、国民が求める課題に腰を据えて取り組むべきだと注文した。

うつのみや・けんじ 1946年、愛媛県生まれ。東大法学部在学中に弁護士登録。消費者金融の借り手保護や消費者問題対策を長く手がけ、2010~12年に日本弁護士連合会会長。都知事選には2012、2014年の2回、共産、社民などの支援を受けて立候補し、いずれも90万票以上を得て次点だった。

――今回、告示前日に立候補を取りやめた最大の要因は何だったのですか?

2回目の選挙の後から、次の都知事選に向けて都議会の傍聴や都政の勉強会を続けて準備してきました。社民党系、共産党系、それ以外の無党派の人もたくさん、運動に関わっています。1回目の立候補から都知事選を戦った人も多い。今回も参院選終わってからポスター撮りしてチラシ作って、なんてやってたら選挙戦は不戦敗なので、7月1日にはポスターの撮影もして、チラシも50万枚印刷していました。

そこへ7月11日、野党共闘という形で鳥越さんが決まり、政党に近い人は政党内の分裂と対立、それ以外の無党派の人も、市民運動の中で分裂と対立に巻き込まれました。撤退直前の選対事務局は電話、メールの7割ぐらいが「早く降りろ」「何をやってんだ」というもので、私の法律事務所にも殺到したんです。前回の細川(護熙・元首相)が出たときと一緒。今回は降りたとたんに「なんで応援に来ないんだ」と変わっていくわけですよ。

私は暴力団やヤミ金融を相手にしてきましたから比較的慣れているけど、純粋に市民運動を考えている人は心が痛むわけですよね。昨日まで一緒にやっていた人と別れて、そういう人たちからバッシングや誹謗中傷が浴びせられる。政党に近い人は股割き状態。自民党は小池さんを応援したら一族郎党処分するというお触れを出したけど、こちらにも政党の処分、除名覚悟でやるという人もいたんです。

会談を前に握手する、東京都知事選に出馬を表明しているジャーナリストの鳥越俊太郎氏(右)と元日弁連会長の宇都宮健児氏=12日午後、東京都千代田区

12日に鳥越さんが帝国ホテルで記者会見した後に会って「どういう思いで立候補されるのか」と聞いたら「参院選の結果、改憲勢力が3分の2を取った。大変な危機感を抱いて、いても立ってもいられず出馬を決意した」と言う。そこで本当は政策討論をしようと思ったんだけど「都政についてはどのようにお考えですか」と聞いたら「それはこれから考える」と言うので、前日に記者会見で発表した政策資料を渡したんです。その夜も選対で激論して「戦うべきだ」「慎重に考えるべきだ」と真っ二つに分かれました。私はどちらかと言えば最初は「どんなことがあっても筋を通して戦うべきだ」と考えた方でした。

その深夜に、鳥越さんの方から「会いたい」と電話があったんです。翌13日、日本記者クラブで共同記者会見をした後に、弁護士会館の会議室で会いました。そこで鳥越さんから「政策を読ませてもらったけど、すべて賛成だ」ということを言われたので「えっ、1日で? 安易な賛成はちょっと」と思って、築地市場の豊洲移転は見直すべきだと言ったら「それは賛成する」。外環道の整備は見直すべきだと言ったら「それも賛成だ」。横田基地のオスプレイ配備にも反対だと言ったら「それも賛成です」と言われた。鳥越サイドとしては、政策を丸呑みすれば宇都宮は降りてくれるんじゃないかと期待したらしいけど、それは政策協定でも何でもなく、口頭のやりとりなんですね。参院選の場合は安保法制廃止で政策協定をしているから、与党側から「野合」と批判されても「大義がある」と跳ね返せたんだけど、都知事選は政策協定のないまま突入している。だから、私が政策で納得したから降りたというのは全然違うんです。

無党派の中でも分裂と感情的な対立が生まれ、これからの運動によくない影響を与えるんじゃないか。ずっと続けてきた運動を守りたい、前進させたいという思いと、保守分裂の中で保守を利するわけにいかないという思いが決断の理由ですね。「運動をやめるのではなく、都政を変える運動はこれまで以上にやろう、そのための撤退だ」とお話しして納得してもらった。どれだけ苦渋の決断だったか。選対メンバーや、チラシをポスティングしてくれたボランティアの皆さんにも、非常に申し訳なく思っています。

記者会見で東京都知事選挙への出馬を取りやめることを明らかにした元日弁連会長の宇都宮健児氏=13日夜、東京都新宿区

――民進党の中に、宇都宮さんが共産党に近いからと難色を示す動きもあったとか。野党共闘に乗ることも意識していたのですか?

そういう支援を得られればより勝利のチャンスが広がるとは当然意識していましたよね。ただ、6月21日に舛添さんが辞職し、同じ日に共産・民進・社民・生活の幹事長・書記局長が国会内で会談して、都知事選でも野党が一致するという報道には接していたけど、中でどういう議論をやっているか、私たちは見えなかった。石田純一さんの話が出たのが7月8日、古賀茂明さんの話が出たのは7月11日、その数時間後の夜遅くには鳥越さんに変わっている。本当か?と思っていたら翌日、出馬会見している。6月21日から時間はあったのに、あまりにも拙速。準備、選考過程の民主化、透明化がなされなかった。そこに市民連合が関与しているようにも思われなかったですね。

――鳥越さんが予想外の大差で負けた原因はどうご覧になりましたか。

明らかに準備不足の問題がありますよね。参院選で野党4党が取った票も取れなかったのは、選挙戦に突入する上で野党と市民連合の意思統一、政策の準備も対応できていなかったのが大きいんじゃないですかね。知名度頼りで勝てる候補選びを保守の側がやった結果、2回続けて猪瀬、舛添と、政治とカネの問題で任期途中で辞職に追い込まれた。そういう候補者選びを今度は野党がやっちゃった。

東京都知事選出馬について語る俳優の石田純一氏。その後、立候補を断念した=8日、東京都千代田区

もう一つ、鳥越さんがよく演説で言っていた非核都市宣言や憲法改悪阻止の問題、原発ゼロは、国政レベルで重要だけど、都政は国じゃないですから、都知事選は都民の生活や暮らしをどうするかが問われている。その意識転換がなかったんじゃないか。世論調査で国民が重視する政策は、雇用や景気が3割、社会保障が3割、原発とか憲法は1割以下なんです。都民からすれば置き去りにされていると感じる共闘態勢だったのではないか。1100万人の有権者がいますから、とりわけ無党派層の支持を得られないと勝てないんですよ。そういう人たちの所に届く運動、政策、声を発信できなかったんじゃないですかね。

――今回は候補者間の政策論争が不発でした。鳥越さんの政策発信が弱かったことが大きいと思います。

社民、共産は支持する市民団体があるから、街頭宣伝にある程度人は集まってくるんですね。私の時もとても多く集まりました。ただ、1万人集まっても1100万有権者の0.1%、しかも来るのは元々入れてくれる人なんですね。問題はそういう所に来ない人、無関心のまま信号を渡っている人に届くような選挙活動をどうするかが、1回戦った上での大きな問題意識だったので、2回目はツイキャスや、午後8時を過ぎたあともニコニコ生放送(ニコ生)で発信するなど、街頭に来られない人にどうアプローチするかを意識的に心がけていたんです。

猪瀬さん、舛添さんの街頭宣伝は人は集まらないけど、自公の都議や区議、市議のネットワークを通じて支援者を固め、業界団体を回っていた。では、そこに来られない人にアプローチするために、いちばん重要なのはテレビ討論なんですね。ネット選挙と言っても高齢者はネットを見られませんので、若い人しかアプローチできない。テレビの公開討論は1%の視聴率で100万人、10%の視聴率なら1000万人が見ますから非常に重要です。ところが前回、細川さんは公開討論を16回キャンセルした。今回、鳥越さんも何回かキャンセルしました。そこもかなりマイナスに作用しているんじゃないかと思うんです。堂々と小池さんや増田さんと論争して論破していかないと、街頭宣伝で熱心にやってくれる人たちの票だけではとても勝てないんですよ。

――野党共闘は、どうして結束できなかったんでしょう。

東京都知事選挙で街頭演説する鳥越俊太郎候補(中央)。右は民進党の岡田克也代表、左は杉尾秀哉参院議員=27日、東京・JR新宿駅前

選挙をやる上で、無党派層にアピールするには市民連合が仕切って、政党は後ろに退いた方がいいと思うんですね。8月2日に市民連合が総括しています。「候補者一本化にあたって、充分な透明性や政策論議を担保することが喫緊の課題であることを痛感しています」。その通りだと思います。今回は民進党が選んだ候補者を他の野党が丸呑みして、政党が選んだ候補者を市民連合も支持する構図でした。選ぶ過程で市民団体がどの程度意見を反映させたのか。本来なら公開討論でやるべきですよ。選ぶ過程自体が一つのイベントだと思いますけど、「もう決まりましたから従って」とやったら、まったく都民にアピールできない。細川さんに続いて、これで2回、こんなことを繰り返してるわけですから、日本の市民運動はもっと利口にならなきゃいけない。市民運動と政党とのあり方をもっと考える必要がありますね。

――投開票日のニコ生では「『安倍政権の独裁に反対する』と言いながら、政党が密室で決めた候補を無条件に支持する」市民運動を批判していました。

まあ、強く、厳しく、そういう言葉を使いましたが、ただ私は、もっと市民運動という人たちが選挙闘争に成熟、精通すべきだと思いますね。選挙は様々な課題があって、できるだけ多くの人の支持を集めないといけない。議会制民主主義がこの国のルールだから、選挙をもっと何回も経験して、勝つための工夫が必要なんですね。これまでの市民運動はデモとか集会はよくやるけど、選挙闘争を保守の側と勝ち抜くための訓練が極めて弱いと思います。

国政選挙でもそうですよ。何を重視して投票するかといったら、景気、雇用、社会福祉が3割なんですよ。憲法とか原発は一桁台です。だから憲法問題を最前線に押し出して、ワンイシューで戦うというのはもともと敗北主義ですよね。国民生活や、国民が今抱える問題についてもちゃんと解決策を打ち出して、期待に応えられて、かつ憲法改悪阻止、反原発の人をつくりあげていかないといけないんですよ。反原発だけ言っておけば選挙に受かるかというと、受からないですよ。都政の問題で言えば、都知事選が終わったら都政の問題が頭から飛んじゃうようじゃダメですね。本当に都政を変えようと思ったら次の選挙まで都政について勉強する、都議会の傍聴もやる。そういうことを続けないと保守支配は変わらないんですよ。

アメリカ民主党の大統領候補指名争いで、ヒラリー・クリントン氏と指名を争ったバーニー・サンダース氏

あと20~30年かけて、市民運動が鍛えられて選挙闘争にもっと成熟すれば、市民運動は変えられると思うんですよ。非常に参考になるのはアメリカ民主党のバーニー・サンダースの自伝です。選挙闘争を運動と位置づけて、無関心な人を教育して若者や低所得者を組織して次の投票に向かわせる。その粘り強い運動が必要なんですね。バーニー・サンダースはそれを何十年もやって、共和党の牙城だったバーモント州で上院議員になるんだけど、たった1回の選挙で変えようと思ったらだめですよね。そのためにはもっと国民が考える課題に肉薄しなければいけないし、国民と一緒になって考える運動も大切。貧困と格差が深刻な問題になっているわけだから、護憲勢力や反原発勢力がそこを取り込めるようにならないと勝てないですよ。そこが抜け落ちているんですよ。

保守の人たちは盆踊りに行ったり、地域の行事に顔を出したり、いろいろやってるでしょ。それ以上のことをやらないといけないんですよ。東京でいえば、区市町村議会や都議会から変えていかないといけない。野党連合で知事選に勝ったとしても6割は自公の都議ですから、条例1つ通せない。そこへ鳥越さんを押し出していくということであれば、勝ったあとも都議会傍聴を繰り返して、自公の抵抗や妨害を許さないという監視活動をやらないといけない。そういう覚悟が全体として十分、準備されていなかった気がしますね。

宇都宮氏は、小池百合子新知事が直面する都政の課題についても語った。(続く

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