原爆をアメリカ人に伝え続けるアリ・ビーザーさん「被爆者という単語を知ってほしい」

8月6日。写真家でジャーナリストでもあるアメリカ人のアリ・ビーザーさん(28歳)にとって、この日には特別な思いがある。

8月6日。写真家でジャーナリストのアメリカ人、アリ・ビーザーさん(28歳)にとって、この日には特別な思いがある。

1945年のこの日、自分の祖父ジェイコブ・ビーザーさんが乗っていた飛行機が広島に原爆を落とした。

71年後、自分の足で訪れた広島と長崎で、被爆者となった人々と交わした「ある約束」を叶える日でもあった。

その約束とは、「もう二度とこんな戦争を起こさないために、被爆者の声を後世に伝えていくこと」。日本に滞在しながら、広島、長崎、そして福島の人々を訪れた。50人以上に行ったインタビューは、すべて動画に収められ、一つの映像作品として完成する。2016年8月6日はその公開日である。

アリ・ビーザーさんの動画「Hibakusha : The Nuclear Family」

動画を完成させたアリ・ビーザーさんに話を聞いた。

ーーおめでとうございます。8月6日に完成しましたね。

ええ、ありがとうございます。2011年からインタビューをはじめ、5年かかりました。インタビューは地元である「ボルティモア・サン」という新聞にまず掲載され、続いて本『The Nuclear Family』が出版され、2015年8月6日から撮り始めた動画がやっと完成しました。オバマ大統領が2016年5月22日に訪問した動画も含まれています。この日(2016年8月6日)は、私にとって特別な日です。過去を振り返り、核兵器の危険性を訴える日です。アメリカ人にとっては、今年は大統領選挙の年でもあります。私たちアメリカ人が投票する一票が、世界を破壊しうる核戦争をもたらすかもしれないと注意喚起できるいいチャンスでもあります。

Ari Beser

キノコ雲の下で何が起きていたのかを教えない

ーー今回の動画は、被爆者の語っている部分以外は全て英語ですね。日本語にはされなかったんですか。

私のこの動画を制作した目的は、アメリカ人に日本側の原爆の話をしっかり聞いて欲しいからです。ご存知かもしれませんが、アメリカでは原爆の話をまったく違った角度で捉えています。それは勝利の歴史です。第二次世界大戦の勝利は私たちアメリカ人に国民的アイデンティティーを形成しましたし、その勝利で一つの国としてさらに団結をしたのです。

そこに日本人がやってきて、「自分たちが犠牲者だ」と言い出しても、一体何人のアメリカ人が話に耳を傾けるでしょうか。恐らく誰も同情しない上に、話も聞いてくれないでしょう。私はそのやり方で伝えたくはありません。私はまず、日本人がなぜ自分たちを犠牲者だと考えるかをアメリカ人に知って欲しいのです。それを知ることさえできれば、きっと当時の戦争がなぜ起こってしまったのかを理解できるはずなのです。

ーー当時の「原爆」を振り返りたくない思いが、アイデンティティーにまで染み付いてしまっているアメリカ人に被爆者の話をすることは相当大変ですね。

アメリカ人は、キノコ雲の下で何が起きたのか、という教育は受けていません。キノコ雲の上で何が起きたのかはよく知っていたとしてもです。既にそのような歴史教育になっているのです。本当はそこから変えていかなくてはいけないのです。

動画を見ていただけるとわかるのですが、最初に私は自分の個人的な話をしています。自分の祖父が広島と長崎、両方の原爆投下機に乗っていたこと。母の友人に被爆者の方がいて、小さい頃にすでに身近な存在であったこと。この2つの話をすることで、私自身がアメリカ人、日本人、両方の視点を持っていることを伝えられるのです。自分の個人的な話と、日米両方の視点を織り交ぜることでアメリカ人が、触れたくない話も聞きやすくなります。日本が絶対に許せない、日本が大嫌いな人たちに話を聞いて欲しいのです。

インタビューはSkypeで行われた。

被爆者の話を真正面から聞く勇気

ーー先日、アメリカ大統領選で共和党候補になったドナルド・トランプ氏は「アメリカは、核兵器をたくさん持っているのに、なぜ使わないのか」と何度も外交専門家を問い詰めていたようですね。

トランプ氏とは、全く違う意味ですが、私自身も「なぜ核兵器をたくさん持っているのか」と疑問に思うことは多々あります。彼には、核兵器の真の恐ろしさがわからないのです。核爆弾が落とされた時の見境のない地獄を。そして、被爆者の話を真正面から聞く勇気と心を持ち合わせていないのです。話を聞いた時に湧き出る感情を持ち合わせていないのです。トランプ氏は、残念なことに現代のアメリカ人の認識を反映していると言っても過言ではありません。アメリカ人は基本的には変化に寛容で、困っている人を見れば手を差し伸べようとします。しかし彼らが全てのアメリカ人ではありません。歴史を振り返らなければ、私たちは簡単に同じことを繰り返してしまいます。それを食い止めるためにも、私は伝え続ける努力を怠りません。

—本も出版されていますが、今回動画を制作したのはなぜですか。

動画として、彼らの声を残すことが非常に重要だと考えたからです。彼らの中には、だんだんと話すことも難しくなってきている人たちもいます。動画の中で証言している人たちの中には、既に他界された方もいます。被爆者の方々は、年をとり、私たちのような若い世代が直接話を聞くことが難しくなっている現状があるのです。将来の子供たちもそうです。彼らのために、動画を残していくことが重要です。

Ari Beser

平和を伝える手段はいとわない

—本の執筆、動画制作、写真撮影、そして講演会。同じトピックですが、あなたの伝え方は本当に多様ですね。

私は「平和」を伝えるための手段はどんなことでも試したいと思います。自分が最も情熱を捧げているのは、動画と写真ですが、教育機関に保存できるように本にもしたいと思っています。子供たちには、ただ読むだけではなく、動画も見て、さらにFacebookも見て欲しいと思います。

—「Hibakusha: The Nuclear Family」というFacebookページですね。

私はこのページを勝手に「ブロギュメンタリー」と呼んでいます。ブログとドキュメンタリーを合わせた造語です。なぜこのように呼んでいるかというと、このページがリアルな対話形式のドキュメンタリーであって欲しいと願うからです。そのページで、人々は原爆に関する動画を見るだけではなく、記事を読んだり、写真を共有したりして、「参加」するのです。コメントもできますし、意見も言えますし、自分のストーリーも共有できます。そのストーリーを私自身も他の人に共有することができるのです。

その相互性は、現代テクノロジーとともに育った私たちが71年前の「原爆」という題材に触れる素晴らしい方法なのです。もう既にいろんなメッセージを世界各地からいただいています。イベントの案内であったり、自分たちが取り組んでいるプロジェクトの紹介であったり。最終的には、すべての人が参加できるような「ブロギュメンタリー」の場を作りたいと思って、未だ試行錯誤中です。

先ほどもお伝えした通り、アメリカ人はキノコ雲の下で何が起こったのかを知りません。私は、そこをしっかりと伝えていきたいのです。次の目標は、教育の場で、自分の作品が教材として取り扱われることです。アメリカでは「Survivors(生存者)」と呼ばれていますが、将来は「Hibakusha(被爆者)」という単語を通して知って欲しいと思っています。

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アリ・ビーザーさんは、きっと模索し続けるのだろう。「平和」が多くの人に伝わる方法を。「平和」に目を背け続けた人にも伝わる方法を。

森脇秀仁 Shuji Moriwaki

最後にアリさんは、広島と長崎、両方の都市で被爆された「二重被爆者」の一人である山口彊(つとむ)さんの言葉を紹介してくれた。山口さんは2010年に他界。アリさんは山口さんの孫と交友を続けている。

「世界は、「より過激に、大声で訴える、人の言うことが正しい」そんな様相を呈しているように見える。

それは、私が戦中、嫌というほど見た光景だ。

同じことがまた繰り返されているようにも見える。

けれど、一見、正しそうにみえる言葉に、どうか心を乱されないでほしい。

良心に照らし、大声にかき消されがちでも、確かに聞こえる心の声に耳を傾けてほしいと思う。

そのことが人の世を信じられる原動力になると思う。

山口彊

本当の事、真実は国境を越えて伝わっていくだろう。たとえ、その伝わる声がはじめは小さくともその囁きを聞く人はいるはずだ。だから、諦めてはいけない。

核兵器廃絶と世界恒久平和の実現。心を繋ぎ手を携えれば、世の中を動かすことができるはずだ。

山口彊

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