「神田川にアユがいた!」"死の川"が美しく蘇った理由 新宿区に聞いてみた

「神田川産のアユ」への期待も高まる。

7月上旬ごろ、新聞の折り込み広告として入っていた東京・新宿区の広報誌「広報しんじゅく」を何気なく読んでいたら、こんな一文が書いてありました。

神田川には今年もアユが遡上し、水辺環境が保全されていることが確認できました。

御茶ノ水付近の様子(1963年06月)

三鷹市の「井の頭池」を水源とし、豊島、新宿、文京の区境を流れ、隅田川へと注ぐ神田川。延長は約25キロ、流域面積は105平方キロに及び、その流域は13区2市にわたります。江戸時代には「神田上水」として整備され、江戸庶民の生活を支えました。1973年にはフォークグループ「かぐや姫」が楽曲「神田川」を発表。学生時代のほろ苦い想い出を歌い大ヒットしたこの曲は、神田川の知名度を全国的なものにしました。

首都高速の下を流れる神田川

その一方で、都心を流れる神田川にはどうしても「ドブ臭い」「高速道路の下を流れる暗い川」というイメージが付きまといます。本当に、あの神田川にアユがいるのか。ハフポスト日本版では新宿区役所みどり土木部みどり公園課、主査の三橋淳一さんに話を聞きました。

神田川の整備に携わって10年以上という三橋さんは「神田川ではアユだけでなく、サケも見つかりました」と話します。

新宿区役所の三橋淳一さん

■かつては「死の川」と呼ばれていた

――神田川でアユが見つかったというのは本当ですか?

はい、本当です。神田川では1992年(平成4年)から、毎年アユの遡上が確認されています。当時、住民の方から「神田川にアユがいるよ」という報告があり都の水産試験場で調べたところ、実際にアユが見つかりました。

神田川で見つかったアユ

1996年(平成8年)からは、神田川水系に生息する生き物の実態を把握するため、新宿区で「神田川生き物実態調査」を毎年実施しています。2016年6月の調査でもアユの遡上が確認できました。

――「神田川」というと、アユが生息できるほど、きれいなイメージがないのですが…。

神田川の汚染度を調査する東京都水産試験場職員(1972年08月01日)

確かに、昔は汚かったですね。新聞記事では「死の川」と書かれたこともありました。戦後になって高度成長期に都市化が進み、人や工場も増えて、生活排水や工業廃水が川に流れ込むようになり、神田川も汚い時代が続きました。新宿区は染物工場が多かったのですが、その排水も神田川に流れていました。

1960年〜70年代の神田川を伝える新聞記事(複製)

川の清潔度を示す指標としては、BOD(微生物が有機物を分解するのに使う酸素量)という数値(単位:mb/L)があります。昭和30年代のデータだと神田川は50mb/L〜70mb/L。基本的に臭くて汚い「ドブ川」でした。簡単に言うと、10mb/Lを超えると汚い川になります。生き物は住めなくはないですが、好ましい環境とは言えない。コイなどは汚れに強いですが、生物にとっては好ましいのは10mb/L以下。アユなどは5mb/Lぐらいが基準になります。

神田川の水質(BOD)の経年変化

1964年(昭和39年)、新宿区内に都の下水処理場(現:落合水再生センター)ができると、川の汚染度も徐々に下がりました。グラフを見ていただくとわかりますが、下水道の普及率が向上するにつれて、BODの数値も低くなってい行きました。その後、浄化設備も高度になり、川の環境はさらに良くなりました。

また、都市化が進むと工場が郊外に移転し、その一方で人が増えて住宅地が増えました。工場排水が減り、生活排水は処理場で処理され、排水の浄化は進みました。現在では、BODは5mb/L前後と、かなり低くなっています。

東京都下水道局落合水再生センター内の反応槽(東京・新宿区)

■水草が生い茂り、透き通る水 変わる「神田川」のイメージ

――アユはどこまで遡上してくるんですか?

神田川と妙正寺川の合流地点。左が神田川本流、トンネルから流れるのが妙正寺川

アユが見つかったのは、新宿区内の神田川中〜下流域ですね。明治通りと新目白通りの交差点にある高戸橋のあたりまではアユの遡上が確認されています。ここでは妙正寺川が神田川本流に合流しますが、妙正寺川からの水には落合の処理場で処理され、きれいになった水がはいっているため、合流地点には水草が豊富に生えています。

合流地点には青々とした水草が生い茂っていた

――とはいっても「神田川」=「きれいな川」というイメージは、なかなか思い浮かばないですよね…。

そうですね。これまでの神田川というと、雨や排水を海に流すための「大きな排水路」という位置付けでした。ドブ川っぽい印象や、かぐや姫の歌「神田川」のイメージを持っている方も多いかと思います。

しかし1992年(平成4年)にアユが見つかったことで、新宿区のほうでも神田川のイメージや川への取り組みも変えていかないといけないと考えるようになりました。きれいな状態が続いているので、生物の調査を続けるとともに、もう少し川そのものに目を向けてもらえるような取り組みも始めました。東京都の河川改修に合わせて、水に親しめるよう川に降りられるような場所を整備したり、魚道を整備したりしました。

――「水に親しめるように」ですか。具体的には、どのような施策がありますか。

河川改修の工事に合わせて、高田馬場駅にほど近い戸塚地域センターの隣に、川の中に入れる「神田川親水テラス」をつくりました。今年は8月14日まで開放しており、実際に川に入って、エビやドジョウなどを捕まえることができます。

神田川親水テラス。高田馬場駅にほど近い戸塚地域センターに隣接している

子供たちが川に入りエビやドジョウなどを探していた

真夏でも川の中はひんやりして気持ち良い

休みの日だと1日に50名〜100名いらっしゃることもありますね。新宿区民以外でも周りの区からもいらっしゃいます。夏休みには「神田川にどんな生物がいるのか」といった解説講座なども設けました。

網で捕まえたエビ


■「神田川産アユ」への期待高まる

――毎年アユの遡上が確認出来るということは、かなり水がきれいになったということですよね。

そうですね。ただこのアユも、神田川で生まれ育ったアユかどうかはわかりません。多摩川や荒川などに遡上するはずだったのに、神田川に迷い込んだ可能性も考えられます。なので新宿区としては、アユが神田川に定着をしているのかどうか注目しています。

――これまでの調査では、他にどのような生物が確認されましたか?

オイカワやドジョウなどの川魚が確認されています。また、死骸ではありましたが、2015年には60cmぐらいのサケ(シロザケ)が見つかりました。成熟したメスのサケで、卵も持っていました。銀鮭ではなかったので、誰かが捨てたのものではないと思います(笑)。サケは利根川などには安定的に遡上するので、もとの川に戻ろうとして迷いこんだサケだと思います。

アユやサケは秋に産卵をするので、秋に産卵しているか調査しようと思います。もしかしたら、「神田川産アユ」「神田川産サケ」がいよいよ見つかるかもしれないという期待を持っています。

透き通った神田川の水

――ちなみに、神田川のアユって食べられるのでしょうか…?

いやぁ、食べられなくはないですがオススメはしないですね。神田川に限らず、都内の都市河川は「合流方式」という、下水と雨が同じ配管で流れる方式を取っています。大雨が降ると、水が下水処理上で処理しきれなくなるので、直接川に流すこともあります。そうなるとトイレやお風呂などの家庭からの排水が川に流れ、一気に水質が悪化して汚い川になります。調べると大腸菌ぐらいは見つかりますので…。そういう意味では、やはり食べるのはオススメしないですね。

――神田川でアユ釣りをされている方はいるんですか?

いないですね。それに普段は静かな神田川ですが、上流で雨が降るとすぐに水位が増えてしまいます。うっかり川に入ってしますと、流される危険もあり危険です。基本的に安全な川ではないので、川には立ち入らないでください。

もし「神田川に入ってみたい!」という方は、ぜひ「親水テラス」にお越しいただければと思います。気象観測員や監視員も配置し、安全に配慮して、川に親しめるようになっていますので。これまでの神田川のイメージが変わるかもしれませんよ。ぜひ川に入って風を感じていただければ。川から見る風景も、なかなか面白いですよ。


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神田川の風景

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