雨宮まみさんが格闘した、女としての半生とは?「こじらせ女子」生みの親が40歳の若さで死去

自意識や社会の抑圧による生きづらさに向き合い続けた雨宮さん、自分を見失わずに生きることへの強いメッセージを発信していた。
雨宮まみさん

ライター、エッセイストの雨宮まみさん(40)が15日朝、自宅で亡くなっていたことがわかった。大和書房は「事故のため、心肺停止の状態で床に倒れているところを警察に発見された」と発表した

「こじらせ女子」という流行語の生みの親とも言われる雨宮さんは、生前、「こじらせ」た自身の生きづらさと向き合う一方で、同じように苦しむ現代女性たちに対して「自分の人生を生きる」ことへのエールを送り続けていた。

■「こじらせ女子」

雨宮まみさんが単著で書籍デビューを飾ったのは、2011年に出版された、女性としての自意識や生きづらさを書いた自伝的エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)だった。

エッセイは元々、ポット出版のウェブサイト上で連載されたもので、当初は「セックスをこじらせて」というタイトルだった。連載時のプロフィールでは「今もっとも“イタ刺さる”女子ライター」と紹介されている。

それまで主にAV(アダルトビデオ)ライターとして活躍していた雨宮さんは、なぜAVの道へ足を踏み入れたのか。

著書によると雨宮さんは、「スクールカースト」の最下層にいる自覚を持ちながら中学・高校・大学時代を過ごし、そして「女性として価値がない」という自覚を持つようになっていったという。その自己認識から、時に個性的なファッションに走り、逆にバニーガールのアルバイトをし、主に性的に「価値ある女」でありたいともがいた時代もあったという。

女性であることに自信が持てない自分と、時に欲望の対象となる「女」という存在に向けられる眼差し。雨宮さんは、その狭間で必死に格闘しながら「自分の人生を生きる」覚悟を決めるまでの姿を赤裸々に明かした。そうして、さらけ出された人生の「恥部」について、身に覚えがあると感じた多くの人の心に刺さった。

じゃあなんで、仕事にするほどAVに深入りしてしまったのか。それはひとえに私が「女をこじらせて」いたから、と言えるでしょう。どういうふうにこじらせていたのか、詳細はおいおい語ってゆきたいと思いますが、AVに興味を持ったとき、私は自分が「女である」ことに自信もなかったし、だからAVに出ている女の人たちがまぶしくてまぶしくてたまらなかった。「同じ女」でありながら、かたや世間の男たちに欲情されるアイコンのような存在であるAV女優、かたや処女でときたま男に間違えられるような見た目の自分。そのへだたりは堪え難いほどつらいものでした。

女をこじらせてその1・職業 AVライター | ポット出版より 2010-11-24)

この著書が話題となり、雨宮さんの著作に共感して自身も「こじらせ」ていると話す著名人も次々と現れた。そして「こじらせ女子」という言葉はいつしか流行語に。2013年には、「ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされ、雨宮さんは名付け親としてさらに脚光を浴びるようになった。

■「こじらせ」から「自分自身」へ、女性たちへのエール

その後も、エッセイを書き続けた雨宮さんは、現代社会を生きる女性全般の抱える悩みへとテーマを広げていった。

2012年以降は、恋愛・結婚へのプレッシャーや年齢を重ねること、都会の生活などをテーマにした『ずっと独身でいるつもり?』、『女の子よ銃を取れ』、『東京を生きる』などの著作を次々に発表。

女性としての自意識や社会の抑圧と生きづらさに向き合い続けた雨宮さんは、その中でも自分を見失わずに生きることへの強いメッセージを発信していた。

「女は美しくあるべきだ」という呪いのような圧力を、私もまたこの社会に生きている以上、受けながら暮らしています。(中略)

美しくなりたくないとは思いません。けれど、自分の中にある「美しくなりたい」という気持ちは、半径10メートルぐらいの世界で「美しい」と認知されるようなせせこましいものではなく、もっと野蛮でめちゃくちゃな、方向性など定まらないような、そういうものであるように感じます。

この混乱の中で、幾重にも重なる圧力や常識の中で、女は、いえ私は、いったいどのような「美しさ」を求め、どのような「見た目」を獲得してゆけばいいのでしょうか。

「美しくなりたい」と思う気持ちは、私の中では「自由になりたい」と、同義です。社会の圧力から、常識から、偏見から、自分の劣等感から、思い込みから、自由になりたい。いつでもどこでも、これが自分自身だと、全身でそう言いたい。「美しくなりたい」とは、私にとってはそういう気持ちです。

ずっと独身でいるつもり? (70) 独身でも、私は私 | マイナビニュースより 2013/12/31)

私は、「もう若くない独身女」ではなく、ただ私自身として生きたいです。それは、結婚している人も、子供を持っている人も、みんなそうであればいいと思うのです。立場で生きるのではなく、意志で生きることだけが、人生を輝かせるのだと、私は思っています。

『女の子よ銃を取れ』第1回主役になれない女の子 Miss Many Others

より 2013/12/31)

いつまでも若い人でいたいわけじゃない。もうババアですからと自虐をしたいわけじゃない。私は私でいたいだけ。私は、私のままで、どうしたら私の「40歳」になれるのだろうか。そしてどんな「40歳」が、私の理想の姿なのだろうか。

40歳がくる! 01.はじめに

より 2016/05/16)

雨宮まみさんの単著デビュー作、「女子をこじらせて」

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