【ニューヨークよりジャーナリスト津山恵子氏がレポート】
米大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝利してから1カ月が経った。しかし、ヒラリー・クリントン氏に投票した市民が多いニューヨーク市は、未だに混乱が続いている。市内各地で「反トランプ」デモが起き、アンドリュー・クオモ・ニューヨーク州知事は、「ヘイト犯罪」の特別捜査班を新設した。人気ミュージカル「ハミルトン」を観に行った次期副大統領マイク・ペンス氏に、俳優らが「多様性こそが私たちだ」と公演後に訴えた。
トランプ氏と側近、家族は、「組閣」を急いでいる。オルタナ右翼のオピニオンサイト「ブライトバート」を率いていたスティーブ・バノン氏が、「首席戦略官」に指名されたことが、ニューヨーカーや主要メディアの恐怖心をあおっている。同サイトの記事が「反」グローバリズム、「反」男女平等、「反」人権主義などを強力な売りにしているからだ。
しかし、トランプ次期大統領には、米有権者の半分が期待をかけた。来年1月の大統領就任式以降、この国をどう率いていくのか、見据えていくべきだ。
トランプ氏の支援者で、政治学や米国の政党史に詳しいガリレオ・グローバル・アドバイザーズのマネージング・ディレクター、ジャン・クロード・グルファー氏は、冷静な見方をしている。
南北戦争時代にできた保守系の社交クラブ「ユニオン・リーグ・クラブ」でインタビューに応じたグリュファー氏
――トランプ氏の勝因を、どう分析していますか。
トランプ氏は、政治家ではない。共和党員でさえなかった。これまでずっとビル・クリントン元大統領も含めて民主党に寄付してきた。
しかし、政界入りに興味を持ち始め、ニューヨークから出馬するとなると、民主党選出では、彼の出る幕がないことをよく理解していた。ニューヨークの世襲権力は、クオモ家であり、クリントン家だからだ。アンドリュー・クオモ州知事の父マリオも州知事で、弟クリスはCNNのジャーナリストだ。トランプ氏は一時、州知事出馬も考えたが、「世襲」の前に、民主党選出ではどうにもならなかった。
一方、共和党では、10年以上前から、宗教、つまりエバンジェリカル(福音主義)を中心とした南部の価値観が、大きな勢力を形成していた。特に、人工中絶反対(=プロライフ)と同性愛者の結婚に反対という点で、エバンジェリカルは、共和党の価値観に一致している。トランプ氏はそこに注目した。
さらに、投票には必ず行く高齢者層に着目した。彼らは、社会保障やメディケア(高齢者向け医療保険制度)には触るな、という民主党的な発想の持ち主でもある。
一方、外交面では、尊敬されるレーガン元大統領時代から、共和党政権は、常に海外へ、戦争へという方向に向かっていた。しかし、トランプ氏は、伝統的な共和党員ではない。だから、米国は海外進出をしてはならない、自由貿易主義はダメだ、という強力な立場を打ち出した。これが、ミドルクラスをがっちりとつかんだ。
つまり、共和党の従来のアジェンダにとらわれない政策を打ち出し、それが有権者の心をつかんだ。
また、トランプ氏は、非常に能力ある、効果的な、そして時には不愉快だが、いいコミュニケーターだ。それも勝因だった。
――今後、共和党との協力関係をどう築いていくのか。
共和党は、トランプ氏のアジェンダを支持してはいない。メキシコとの国境の壁なんて、共和党のアジェンダにない。壁なんて、絶対に実現しないだろう。
今後は、トランプ氏と共和党が、異なるアジェンダを合体させていくことが必要になる。それは、ポール・ライアン下院議長、ミッチ・マコネル上院院内総務らリーダーが中心になってやっていくだろう。
トランプ氏は、選挙の後半で、なかなか態度が良くなってきた。しかし、共和党の中にも「トランピスト」と「ノントランピスト」がいる。まとめていく必要がある。
――トランプ政権誕生後の米財政をどうみますか。
トランプ氏の財政の考えは、橋、道路、空港などインフラを立て直す一方で、税金は、個人も法人も下げるつもりだ。つまり、彼の政策では、歳出が膨らみ、財政赤字が膨らむ。
しかし、財政はもともと大統領がコントロールするものではない。財政を決定するのは、議会だ。幸いに、ポール・ライアン下院議長は財政のエキスパートだから、ひどいケースは避けられるだろう。トランプは、財政に関して、全くわかっていない。だから、彼は、ライアンに頼らないと何もできないだろう。
――新政権誕生後に、強いて懸念することがあれば、何でしょう。
深刻なトレード・ウォーだ。カナダにせよ、メキシコにせよ、北米自由貿易協定(NAFTA)を解消したくなんかない。中国も、関税を45%も課せられるのは、まっぴらだろう。
そして、第一次世界大戦、第二次世界大戦などの歴史を振り返ると、トレード・ウォーは、本物の戦争に発展する可能性もある。
――クリントン氏の敗因は?
単に悪い候補者だった。敗北宣言も非常にまずかった。ブッシュ前大統領とオバマ大統領は、いいコミュニケーターだったが、クリントン氏にその能力がない。
地下鉄の壁にメッセージを貼る「サブウェイ・セラピー」は、トランプ・ショックを隠せない証拠だ。
私は、常に友人にこう言っていた。「何だか、今回の選挙は、民主党も共和党も、居心地の悪い候補者しかいない感じがする」
2008、12年のオバマの選挙の際は、初の黒人候補とあって、何かが変わりそうな予感がした。
しかし、友人がいつも私にこう言っている。
「米国人は、4年ごとに大統領を選ぶことで、チェンジが起きると興奮するが、その興奮は、選挙中の1年半だけだ。大統領の権力は、極めて限られている」
確かに、トランプ氏も議会には、悩まされることになるだろう。
筆者・津山恵子
ニューヨーク在住。ハイテクやメディアを中心に、米国や世界での動きを幅広く執筆。「アエラ」にて、Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOを単独インタビュー。元共同通信社記者。
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