アサド大統領は、アレッポで住民を虐殺しながらトランプ氏と友好関係を深めようとしている

「アサド大統領はこれまでにないほど希望に包まれている」
Reuters

反体制派が占拠するアレッポが陥落し、世界の注目が再びシリアの内戦に向けられた今、バッシャール・アサド大統領はひそかに次の大きな戦略の準備をしている。それは、シリア政府とアメリカ政府の関係の再構築だ。

シリア政府に近い関係者によると、アサド政権は次期トランプ政権がアサド政権の国際社会からの孤立を解消し、比較的穏健な自由シリア軍(FSA)、過激派組織IS(イスラム国)、シリアのアルカイダ系組織などの武装集団からシリア全土を取り戻す支援をしてくれるだろうと、慎重ながらも楽観的に考えている。

2011年、政権の弾圧的な統治に対する平和的なデモを政府が武力で弾圧して以来、アメリカとヨーロッパはアサド政権に厳しい制裁を科してきた。以降、アサド政権の戦術は卑劣さを増しただけで、アレッポ制圧では数千人の市民を脅威にさらした。アメリカのトランプ新政権がバラク・オバマ大統領のシリア政策を破棄する可能性がある。そしてトランプ氏は、アサド大統領はシリアで最も懸念すべき存在ではないと言及している

「シリア政府は、次期トランプ政権に対して楽観的だ」とロンドンの英国王立防衛安全保障研究所特別研究員で、分析会社「ホプライト・グループ」のコンサルタント、カマル・アラム氏はハフィントンポストUS版の取材に答えた。「アメリカの主要政策が変わったからといってシリア内戦の戦況が変わるわけではないので、アメリカがシリア政府を支援することにはならない。しかしアメリカがFSAへの支援を止めれば、シリア政府は反政府勢力の鎮圧が用意になる」

「トランプ政権が公式に、そして水面下でシリア政策の見直しを始めれば、アサド政権はトランプ政権と政府高官レベルで接触することになる」と、シリア政府と長年関係が深いアメリカを拠点とする非政府組織の情報筋は、ハフィントンポストUS版の取材に答えた。「シリアとの関係修復を図ることをトランプ政権が認めれば、交渉することに何の問題もない」と、その情報筋は述べた。

「過去5年間、アメリカ政府とシリア政府の接触がごく限られたものだったことを考えれば、シリア政府との信頼関係を構築するのは容易ではない」と、アラム氏は述べた。「まず第一の手段は、ロシア、イランその他の地域の同盟国を経由するよりもむしろ、直接シリア政府に接触することだ。直接的なコミュニケーションが必要とされている」

アラム氏は「ナショナル・インタレスト」や「ザ・ニューヨーカー」の記事を引き合いに、アメリカのアサド政権へのアプローチは、アメリカで以前ほど問題視されない「明るい兆し」が見られるという。

2012年1月、ニューヨークで国連安全保障理事会がシリア危機を協議した時 人権擁護団体「Avaaz」が、安保理の会場前で、、シリアのバッシャール・アサド大統領とロシアのウラジミール・プーチン大統領の巨大なマスクを被り血だらけの遺体袋を置き抗議するパフォーマンスをした。

しかしこの情報筋は、トランプ氏の政権移行チームとアサド大統領に近い人物がすでに接触しているという噂を否定した。ウォール・ストリート・ジャーナルは11月、トランプ氏の息子ドナルド・ジュニア氏がロシア政府に近いシリア人と面会し、アサド大統領が政権を維持しながら、この戦争を終結させる手段について議論したと報じた。トランプ氏の政権移行チームは、この報道についてコメントしていない。

トランプ氏は「ISは完全に制圧できる」と何度も繰り返し述べている。トランプ氏の最優先事項はIS制圧とみられている。トランプ氏はまた、アサド政権、そしてシリアの主要同盟国であるロシアとイランは(シリア内戦に介入する目的は別のところにあるという証拠があるにも関わらず)、IS制圧のために闘っていると信じている、とも発言している。

「この目標を共有している国はどこでも、このミッションに関しては私たちの友人だ」と、トランプ氏は9月に述べている

トランプ氏はロシア政府と関係強化をはかり、(シリア政府が日常的に侵害している)人道的ルールを批判し、非民主的な絶対的指導者に魅力を感じている。こうしたトランプ氏のスタンスは、アサド政権にとっては好都合だ。「アサド大統領は、アメリカが世界に民主主義と人権を押し付けていることを嫌悪していた」と、シリア問題を専門としているオクラホマ大学のジョシュア・ランディス教授は語った。トランプ氏がアメリカ大統領になることで、「アサド大統領はこれまでにないほど希望に包まれている。なぜなら彼は、独裁的なイデオロギーが成就する日が来ると思えるからだ」と、ランディス教授は述べた。

トランプ氏は独裁主義的なロシアを称賛している。こうした変化は、アメリカがアサド政権を容認する流れを裏付ける兆候だと、ジャーナリストのピーター・ベイナート氏は雑誌「アトランティック」に寄稿した。自由民主主義と資本主義を広めることに熱心なアメリカ共和党の保守派は、ユダヤ・キリスト教世界とイスラム教世界の衝突に関心のある保守派に押され気味だ。アサド大統領は、こうした強硬的な保守派に好まれている。なぜなら、アサド大統領は過激なイスラム教徒に立ち向かい、イスラム教徒を警戒するシリアのキリスト教徒に擦り寄るような発言をしているからだ。アサド大統領は14日、ロシアの国営テレビが公開したインタビューで、トランプ氏は「協力者としてうってつけの人物になりうる」と語った

しかし大きな問題が一つある。

「当初はもちろん、シリア政府はハッピーだっただろう」と、情報筋は語った。「それでもトランプ政権入りする人間が固まってきたら、反イランのスタンスが目立ってきた。この新たな展開は実に興味深い」

トランプ氏が起用した国家安全保障を担当する大統領補佐官のマイケル・フリン氏、そして国防長官のジェームズ・マティス氏はいずれもイランに懐疑的な人物だ。イランは内戦で、シリア内での勢力を拡大してきた

反イランは、アサド大統領の選択肢ではない。

「仮にシリアが、欧米諸国が望んでいるイランからの軍事支援拒否に踏み切れば、シリアの体制はあっという間に変わるだろう」と、ランディス氏は述べた。「ロシアがシリアをすべて引き受けたいと思うだろうか?」

イランの影響は、アレッポの戦闘でも顕著だ。13日から14日にかけて行われたの停戦交渉が行き詰まったのは、イラン政府が、ロシアやシリアだけでなく、イランも納得する条件で和平協定が締結されることを望んでいるからだ。

シリアが望んでいるのは、アメリカがシリアとイランへの対応を別々の問題として考えることだ。シリアとイスラエルは敵対しているが、ロシアが両国のバランスを取っていると、情報筋は述べた。

トランプ氏はオバマ大統領の外交政策を批判をしているが、その手法はオバマ政権と似たものとなるだろう。オバマ政権は何年間も、イランとの核合意はシリア政策と完全に分離していると主張していた。トランプ氏が公約に掲げたのと同じように、オバマ大統領もまたロシアのウラジミール・プーチン大統領と、シリアに関する交渉に多くの時間を費やした。ニューヨークタイムズは13日、2016年の大統領選でロシアがアメリカにサイバー攻撃を仕掛けたとするCIAの調査結果を、オバマ大統領が公表を望んでいなかった理由はここにあると報じている。

「オバマ大統領はシリア政策でロシアに譲歩していた。そしてトランプ氏の政策も、オバマ大統領がすでにやっていたことに忠実だ」と、ランディス氏は述べた。

アサド政権のシリア政府軍が対IS戦の主要戦力だという考えを支持しているアラム氏は、トランプ政権はシリアでイランの勢力拡大が制限されていたことを考慮に入れるべきだと考える。「ロシア政府とイラン政府は、シリアの国内政策に直接介入していない。そして両国はアサド政権を支援しているが、シリアの政治にどう関与するかという戦略までつながっていない」と綴っていた。

5月にオーストリア、ウイーンの二国間会談に出席したアメリカのジョン・ケリー国務長官は(左)と、イランのモハンマド・ジャヴァード・ザリーフ外務大臣。

しかしアメリカの反イラン的なスタンスが強まれば、シリア政府の野望は夢と消えてしまう。

「シリアは次期トランプ政権の動きが予想しづらく、自分たちが思い描くシナリオがころっとひっくり返ることもありうると理解している」と、情報筋は語った。「見当外れの希望は一切持っていないと思われる」

こうしたシリアの思惑は、アサド政権にとってはまさに希望となるオバマ大統領の任期終了の前に、アレッポを奪還し、可能な限り領土を拡張しようとする最近の動きからも見て取れる。「何も変わっていないかのように、シリアは物事を進めている」と、情報筋はハフィントンポストUS版に語った。

トランプ氏自身を含め、本当の変化を求めているシリア政府とトランプ政権にとっては都合が悪い過去の歴史がある。シリアは911同時多発テロ事件以降、ブッシュ政権から拷問やテロ容疑者の他国への移送を委託された国の1つだった。その時、大して効果的ではないアメリカの対テロ戦略に同調し、シリア国内の公民権と自由が無視された。アメリカ政府は、シリア政府の残虐行為を黙認していた。

「シリア政府から、誰も拷問していないという言質をアメリカが受け入れる。これは極めて滑稽だった」と、非営利団体「憲法プロジェクト」のキャサリン・ホーキンス上級政策顧問は述べた。アメリカは、テロ容疑者をシリアの刑務所に送りこんだことを今だ認識していないという。アサド政権はこの事実を公表し、かつてパートナーだったアメリカを困らせている。

専門家の間では、アメリカとシリアの協力関係が再構築されることはないだろうという見方が有力だ。シリアに対するもっと現実的なアプローチは、アメリカがアサド大統領の邪魔をせず、最終的に限られた範囲で取引することを期待することだと考えられている。これは1990年代、アサド大統領が父のハーフィズ・アル=アサド大統領がとった対米政策と同じものだ。

「アメリカの協力がなくてもシリアを再建できると、アサド大統領は信じている」とランディス氏は語った。「アメリカがアサドを妨害しなければ、の話だが」

ハフィントンポストUS版より翻訳・加筆しました。

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MIDEAST-CRISIS/SYRIA-ALEPPO

アレッポ制圧

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