僕がダイバーシティに気づいたきっかけ。仕事人間をイクボスに変えた、部下と妻の言葉

「イクボスアワード2016」で、グランプリを受賞したP&Gの鷲田淳一さんは、かつては超仕事人間だったが……。
Yuko Kawashima

P&Gジャパン株式会社は、先駆けて働き方改革に積極的に取り組んできた企業のひとつだ。1992年から社員主導で女性同士の情報交換ができる「ウーマンズネットワーク」を各部門で発足し、女性の活躍を推進してきた。さらに2000年からは育児や介護などの事情を抱えた社員を対象に在宅勤務を開始している。一人ひとりの人生に合った多様な働きかたを受け入れ、育ててきたのだ。

そうした土壌から、1人の“理想的な上司”が誕生した。同社の経営管理本部でアソシエイトディレクターを務める鷲田淳一さんだ。厚生労働省が、部下の仕事と育児の両立を支援する管理職=「イクボス」を表彰する「イクボスアワード2016」で、グランプリを受賞している。

2016年12月18日に開催されたイベント「Work and Life これからのダイバーシティ――子育て・介護・働きかた」に、その鷲田さんが登場。ハフィントン・ポスト日本版編集長の竹下隆一郎が、鷲田さんの働きかたやダイバーシティへの思いについて、話を聞いた。(文中敬称略)

■仕事最優先の“超仕事人間”だった

竹下: P&Gさんは2016年3月に、各企業が「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受容と活用)」を推進させるための実践的なスキルアップに貢献する「ダイバーシティ&インクルージョン啓発プロジェクト」を立ち上げられました。

さらに同年12月には、東京都が多様な生き方を選択できる社会の実現に向け、女性の活躍推進に取り組む企業・団体や個人に贈呈する「平成28年度 東京都女性活躍推進大賞」の産業分野で大賞を受賞されました。とても先進的な企業ですよね。

鷲田: ありがたいお話が続いているんですが、僕自身は普通の人間です。7、8年前の自分からしてみれば、まさか今こういう場に呼ばれるとは……というほどの仕事人間だったんです(笑)。生活の中で、仕事が優先事項のナンバーワン。どんどん仕事を引き受けて、時間をかけていました。残業もしたし、土日も働いたし、知識をつけようとビジネススクールにも行ったし、仕事で成功するためにできるあらゆることをやっていたんですよね。

■今は毎日定時出退社。「育児も家事もめちゃくちゃ楽しい」

竹下:そんな仕事人間だった鷲田さんは、今はどんな働きかたをしているんですか?

鷲田:今は毎日、定時出退社をしています。朝、4歳の子どもを幼稚園に送って、夕方はお迎えに行くことを毎日やっているんですね。かなり家事もしています。もうね、めちゃくちゃ楽しいんですよ(笑)。

結婚前は、正直に言いますと「子どもってうるさいな」と感じているタイプだったんです。でも、子どもは毎日成長して変わっていくんですよね。知らない言葉をどんどん覚えてきたりして、昨日できなかったことが今日にはできる。「本当にすごいな」と感じて、楽しんでいます。お父さんが子どもと接しないのは本当にもったいない、と思います。

竹下:私にも8歳の息子がいます。ダイバーシティが大事だ、女性はより活躍すべきだという理念は理解できても、職場に導入するのは大変なことだとも思うんです。

鷲田:そうですね。僕は「仕事の成果は労働時間と比例する」と思っていたんですが、それっていずれは睡眠時間を削るようなことになり、必ず限界がくるじゃないですか。それは僕もわかっていて、モヤモヤしていたんです。そんなときに、2000年~2002年にかけてアメリカで働く経験をしました。

アメリカで、僕は18時に退社していたんです。でも会社を出る時はいつも僕がラストです、ラスト。駐車場に自分の車がぽつんとあって(笑)。2006年から約1年間シンガポールで働いたときにも同じようなことがありました。「労働時間と比例する」考えかたをしている人がいなかったんですよ。

■「部下に任せる」ことから働きかたを変えた

竹下:以前の仕事人間から今のような「イクボス」や「イクメン」に、どのように変わったんですか。

鷲田:子どもができたことがきっかけです。結婚後に熱望して40代でできた子どもだったので、「なんとか育児に関わろう!」と考えました。その時、根本的に考えかたを変えないと行き詰まるなと、強く思ったんですよ。それまでは、重要な仕事のすべてにどんどん自分が絡もうとしていました。それでは時間が足りなくなりますよね。

そこで発想を変えて、思い切って部下に任せ、仕事をきっちり与えることにしました。そうしたら、部下はしっかりやってくれるんですよ。僕はここで「どのように部下を生かすのかが上司の役割だ」と気づかされたんです。

竹下:ちゃんと応えてくれたのですね。

鷲田:分かったのは、一人ひとりが違うことでした。強みも弱みも、全員違います。例えば、ある人はルーティンワークが好きで、任せればきっちりやってくる。別の人は、ルーティンワークはあまり得意ではないけれど、創造的な仕事をさせるとピカイチで、新しい考えをどんどん出す。そんなふうに「タイプがあるんだ」と分かってきたんですよ。

野球のチームに例えると分かりやすいんです。1番バッターは4番バッターにはなれないし、4番は1番になれないですよね。では4番が偉いのかというと、そうではない。1番が出塁しないと打点が稼げませんから。一人ひとりに役割があって、その役割がいい形で発揮された時にチームや部署としてのアウトプットが最大化されるのではないか。こういう発想になったんです。

■部下を理解して仕事を任せれば、部下は必ず応えてくれる

竹下:それぞれの役割を見つけるということでしょうか。

鷲田:はい。時間をかけて部下を一人ずつ理解しよう、と。「あなたの仕事での目標は何ですか?」「どういうことをやっているときが幸せですか?」「何が得意で、あなたの強みは何ですか?」「あなたの弱みは何ですか?」などと尋ね、理解するよう努めました。そうすると「こういう仕事はこの人に任せるとやってくれるだろう」と分かってくるんですよ。自信を持って任せられる。

以前の僕は部下をあまり信じてなかったと思うんです。でも、信じて「部下はやってくれるんだ」というところからスタートして、安心して見ています。もちろん、だからこそ言葉を尽くさないといけないので、2週間に一度、1時間の個人面談をして仕事の進捗状況やキャリアについて話しています。組織の業務の優先順位と「なぜあなたにその仕事を任せたのか」を説明し、部下の仕事への期待値を明確にして、事前に合意しています。

竹下:任されたほうの部下の方たちは、どのような反応を示していますか。

鷲田:非常に生き生きとしていますよ。提案が増えてくるんです。「なぜ私はあなたを選んだのか、これこれこうだから、あなたの成長に繋がるよ」ときっちりと説明をすると、彼らは応えてくれます。その度合いや、目の輝き……まぁそこまで分かるんかっていうのはもちろんありますけど(笑)、やっぱり積極的なんです。「なぜ私はこの仕事をしているのか、よく分かります」といった声がたくさん届いているので、喜んでくれていると思います。

■妻の鋭い問いかけと意識改革

竹下:一方で奥様は今、お仕事についてどんな反応をされているんですか。

鷲田:本当はもっと喜んでほしかったんです(笑)。もちろん、僕が育児や家事をすることや受賞のことなども喜んでくれていますが、彼女は鋭くて、「当たり前のところに近づいたんじゃない?」というようなことを言ったんですよ。子どもを持つ人はそういうふうにするものだし、あなたはたまたまそこに近付いただけなのではないのか、と。

もう一つ、妻が「あなたが女性だったら、イクボスアワードを獲っていましたか?」と尋ねてきたんです。そのとき、僕はちょっと固まってしまいました。これも鋭いな……と。そのときに、男性だからこそ賞をいただけた部分もゼロでないと思ったんです。妻は「仕事と家庭を両立させようと頑張っていらっしゃる方は他にもたくさんいて、その皆さんがイクボスではないですか」ということを言いたかったのだと思います。僕は今、「誰かが一歩を踏み出して、社会が少しでも変わっていけたら」と考えています。

竹下:なるほど。P&Gさんはずっと長年「ダイバーシティ&インクルージョン」に取り組んでこられて、今はどういう雰囲気に変わってきていますか?

鷲田:ダイバーシティの話をすると、基本的に女性・男性というアングルで語られるんですよね。でも、僕が部下を見るときには、「あなたが女性だから・男性だから」という発想はありません。みんな一人ひとりの人間なんです。「この人を輝かせるためにはどうしたらいいのか」というところまでいきたいんですよね。弊社はたぶん、そこに足がかかるぐらい。一人ひとりにニーズがあるという領域にちょっと足がかかってきているのだと思います。

先日、元部下とランチをしたときに「鷲田さんがいたからこそ、私はフレックスなどの制度を使っているんです」と言われました。自分が踏み出した一歩が伝わっているんだと、非常にうれしかったです。

■上司と部下は助け合う関係

竹下:「鷲田さんだからできるんだろう」と思ってしまう人もいるかもしれません。自分の上司の考え方を変えるには、どうしたらいいと思いますか。

鷲田:難しい質問ですね。コミュニケーションをスタートして話す、それが第一歩だと思います。気をつけているのは、「言わなくても分かるよね」という考え方。言わなかったら分からないですよ。だからやはり、声をあげましょう。自分の思っていることを伝える、部下の思っていることを聞いてニーズを汲み取る。正直にすべてを話してコミュニケーションを尽くしていけば、お互いに理解できます。

いろんな意見も出てきますよ。でも上司と部下って、上下関係ではなくて、助け合う関係です。部下が仕事をすると自分に跳ね返ってきて、助けられますからね。僕はそういう風に思っています。

竹下: P&Gさんは、ダイバーシティへの取り組みを社会に還元しようとされていますが、その理由は何なのでしょうか。

鷲田:消費者に多様性があるように、我々も社内で多様性を受け入れている組織を作らないといけないと考えています。また、社内で25年間かけて取り組み、育んできたものは、シェアしないともったいないですよね。そうでないと、みなさんがあと25年かかるかもしれない。こうした社会貢献も、企業の取り組みのひとつであるべきだと思います。

日本は多民族国家と比べれば、わりと似たような考えかたをしている人がいる国だと思います。でも、「本当は一人ひとり違う」というところからスタートして、違いを認めることが大切です。そして、その違いからくる気づきを大事にして、一歩を踏み出していく。それが、一人ひとりが輝ける社会に向かっていくきっかけになればと思います。

(文:小久保よしの )

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