「私はダイバーシティに気づいていなかった」元クローズアップ現代キャスターの国谷裕子さんが考える、これからの働きかた

「私はダイバーシティに気づいていなかった。私は悪いロールモデルでした」

「私はダイバーシティに気づいていなかった。私は悪いロールモデルでした」――元NHKクローズアップ現代キャスターの国谷裕子さんは、そう語り出した。

2016年12月18日に開催されたイベント「Work and Life これからのダイバーシティ――子育て・介護・働きかた」で、国谷さんは「女性の働きかた」について講演した。

20年間、クローズアップ現代の現場で見てきたこと、学んだことを振り返りながら、「私の経験を踏み台に、もっと女性が生き生きと働ける社会になってほしい」と国谷さんは訴える。

以下に講演の様子をレポートする。

私は、この1993年から2016年3月末までの23年間、NHKの「クローズアップ現代」という番組を担当していました。その間、いろんな社会問題や国際情勢に直面するかたわらで、「なぜ女性が働くことが大事なのか」、「どうしたらもっと女性が活躍できるんだろうか」という問題に、気づくのがちょっと遅くなってしまいました。気づいてからは、猛烈にキャッチアップしようと思って、さまざまな会議や現場に積極的に足を運び、番組などを通していろいろな形で伝えてきました。その中で学んだことと自分の経験を通して、今日はみなさまに、どうやったらダイバーシティを本当の意味で進めていけるのか、どんなことが問われているのかについてお話させていただきたいと思います。

■女性の仕事環境がどんどん悪くなる現実を見ながら「何もできなかった」

「クローズアップ現代」は扱うテーマに制限を設けないというのが大きなモットーです。政治も経済も、国際もビジネスも、イノベーションも、文化もスポーツも、ありとあらゆるものを取り上げる番組でした。そこで私は日本の変化をずっと見てきたんですが、この20年間で日本の世帯の平均所得は200万円下がりました。サラリーマンが安定した仕事ではなくなり、だんだんと共働き世帯が増えていって、女性が働くのが当たり前な社会になっていったわけです。

ところが女性が置かれている状況を見てみると、1980年代のバブル期には、正規雇用で働いてる女性の割合は70%程度でした。私が番組を始めた1993年にはおよそ60%、現在は40%程度にまで下がっています。女性の活躍やダイバーシティが大事だと言われながらも、女性が置かれているその状況は、むしろ悪くなってしまっている。日本にはイノベーションが必要で、どうしたらもっと競争力を高められるのかとずっと考えていましたが、番組の中でもなかなか答えが見出せず、長い間、本当に暗い気分で番組を担当していました。

■報道されなかった理由は「報道する側に女性がいなかったから」だった

そんな暗い気分を、私の目を覚ましてくれる1本の電話が、7年前にかかってきました。日本で行われるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の事前会議で、「女性と経済」をテーマにパネルディスカッションをするので、そのモデレーターをやってくれという、経済産業省からのリクエストでした。私は当時それが何かも知らなかったのですが、行ってみると、会場には、世界中から集まった女性政治家や起業家、行政の担当者がいて、とても熱い議論をたたかわせていたんです。

「女性が活躍できている企業の方が、競争力がある、イノベーションが生まれる」「女性が活躍できている企業の方が、男女共に働きやすい環境が生まれている」……。そんなことが次々と議論されていて、私は目から1枚も2枚も3枚も鱗が落ちるような印象を受けたことを強く覚えています。それと同時に感じたのは、「社会のあらゆる問題を取り上げてきたはずなのに、どうしてこの『女性と経済』について、クローズアップ現代では取り上げてこなかったのか。どうして私たちのレーダーの中にこのことが入ってこなかったんだろう」というやるせない思いでした。

その答えはもう本当に簡単で、クローズアップ現代の番組制作の中で、決定権のあるポジションには「女性がいない」ということだったんです。発言権があるのは全員男性で、そこで働いている女性たちも、子育てをしながらバリバリ働いているような状況ではなかった。つまりそこに対する提案も疑問も生まれなかったんです。

NHKというのは、実はとても恵まれた場所で、育児休暇制度や短時間勤務制度もとても充実しています。小学校3年生まで短時間勤務を取れるので仕事は続けやすいんですけど、出産、育児休暇明けの女性たちは、徹夜も当たり前のような番組作りの現場には残らない。NHK側からも、復帰した女性たちは「こっちの職場のほうがお迎えにも行きやすいですよ」「ワークライフバランスも取れますよ」と言われて、女性たちは報道番組には戻ってこない。そういう場所でした。

■「国谷さんみたいな働きかたはしたくない」私は悪いロールモデルでした

クローズアップ現代をやり始めた当時、私はリベンジモードでした。ニューヨークから日本に戻り、NHK総合のメインニュースのキャスターを一度降ろされて大きな挫折を経験した私にとって、千載一遇のチャンスが回ってきた。私は女性でありながらもなんとかして成功したいという気持ちが強かったので、男性中心の職場の中で、みんなと同じように働いていました。打ち合わせや番組の収録時間も、土日も深夜も早朝も厭わずイエスと答え、飲み会もできるだけ一緒に行く。フリーの立場だったこともあり、がむしゃらに働いてでもどうにかして認められたい、そういう心境でした。だから、当時は女性たちが置かれているような状況にもまったく気がつかなかった。長時間労働に問題があるという認識すら持っていなかったんです。今から思えば、他の女性たちからは、「あんな働きかたはできない」「国谷さんみたいな働きかたはしたくない」と思われる、本当に悪いロールモデルだったと思います。

■気づくのが遅かった分「女性の働きかた」に注力。NHKにも働き方改革

でも、APECをきっかけに一歩外に出てみたら、世界中の女性たちの間で熱い議論が戦わされて、「自分たちから問題提起をしなければ変わらないんだ」、そんな空気が満ち溢れていました。ダボス会議を始め色々なイベントに参加してダイバーシティについて学び、あるいはいろいろな女性たちとのネットワークを作って、彼女たちの声をNHKに持って帰っては共有しました。そして、他の女性ディレクターたちを巻き込んで、女性の働きかたにまつわる様々な企画を提案するようになりました。私は気づくのが遅かった。だからこそそれをカバーしたくて、積極的に動いていたんです。

そうしているうちに、NHKの中にも変化が起きました。NHKは非常に遅れてたんですけど、3年前にやっとNHKの人事局の中に、ワークライフバランス推進室が誕生しました。その組織ができたことで、NHKの中でもバラバラだった女性たちが、組織を横断して繋がるようになり、ようやく具体的な働き方改革が進んでいくようになったんです。

■「必要なのは意識改革」女性が自信を持ってキャリアを目指せる社会に

私は、いろいろな調査結果やリアルな声を聞いているうちに、働く女性たちの意識の問題について考えるようになりました。たとえば、出産をして会社に戻ってきた女性たちの中には、自分は会社からお荷物だと思ってしまう方々がいます。会社ではお荷物、家庭に帰ると家事も育児も中途半端、そんな自分に罪悪感を持ってしまうんです。

たまに育児休暇明けの女性たちとそういう話になると、彼女たちはぽろぽろ涙を流しながら、「貢献できてなくて、番組作りがちゃんとできなくて本当にすみません」と謝るんですね。自分の責任ではないのに、なぜか罪悪感を抱えていて、自己肯定感を持ちにくくなってしまっている。そうなると、上を目指すその意欲もなくなってしまうんじゃないかなってよく感じていました。そういうことを考慮しながら、どのように女性を育成し、女性にチャンスを与えていくのかが、本当のダイバーシティを実現する上では大事だと思います。女性が自信を持ってキャリアを目指せるようになるために、まず必要なのは意識改革です。

■「アメリカでも女性たちは不利」Facebookのシェリル・サンドバーグへのインタビュー

私はFacebookのCOO、シェリル・サンドバーグさんにインタビューしたことがあるんですが、アメリカでも「職場の男性グループ」に入れない女性たちは不利だとおっしゃってました。重要な仕事の話は男性だけの食事会や飲み会で行われ、そこで物事が決まっていく。その席にいない女性たちは、大事な仕事のノウハウや組織のネットワークなどについて知る機会を失っているのだと。女性の社会進出が進んでるアメリカでさえそんな状況なんですね。

もうひとつシェリルさんがおっしゃってたのが、「家事を手伝いたい」「育児を手伝いたい」と思っていても、それを男性が声に出すことは、より難しいということです。たとえば、男性グループの中で、うまく関係を築いて大きなプロジェクトを任せられるかもという時に、「家事や育児のために早く帰りたい」とはすごく言いづらいことですよね。

アメリカではこの10年間、女性役員比率が18%、そこで頭打ちになっています。ヨーロッパでは3割、中には4割を目指そうという国もある中で、アメリカも伸び悩んでいるんです。日本では、女性活躍推進法など様々な施策が進み、社会のムードもようやく変わってきて、女性役員比率もこの4年間で、1.7%から3.4%と約2倍になりました。でも、アメリカに比べてもまだ5倍くらいの差があります。

■「もっと女性たちに声をあげてほしい。男性はその声に耳を傾けてほしい」

色々なことを知れば知るほど、やはり女性たちが自ら声を上げて、つながって、問題提起をして、そして職場における働きやすい環境を作っていかなければいけないと思います。

たとえば、女性が自ら声を上げることによって、NHKの中にもこんな変化がありました。ある育児休業明けの女性が、「思い切って夕方の会議を、朝に変えてくれませんかと上司の人に言ってみたら、変えてもらえたんですよ。変えてもらったことで、大事な会議にも出られるし、保育園のお迎えもできるようになりました」とおっしゃられたんです。そしてさらに、周囲の男性から「ありがとう。あの会議もっと早くなればいいなって僕も思ってたんだ」と非常に感謝されたそうなんです。

女性たちにはもっと自分たちで声を上げていってほしい。そして男性たち、上司たちには、もっと女性の声に耳を傾けてほしいと思います。声を上げる女性たちのことを、面倒くさいとか、うるさい存在だと思わないでほしいんです。会社の上や周りから、どれだけ「ダイバーシティが大事」と言われても、組織の下や現場にはなかなか浸透しづらいという実態があります。なぜならば、家事や育児に経験したことがない上司たちが浸透を阻む分厚い層として残っているからです。

日本の男女格差指数は、大きな意味で下がり続けています。でも、世界中の国々が、「ダイバーシティが競争力の源になる」と、アクセルを強く踏んで進めています。それでもまだまだスピードが足りないくらいなんです。本当の意味でのダイバーシティが進むことによって、組織が変わっていき、みんなが生き生きと働いて活躍できる社会に早くなってほしいと願っています。

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