トランプ大統領の暴言、オーストラリア首相はなぜ黙って耐えているのか

「他国の国内政策について意見を述べるのは、オーストラリアの首相としての自分の仕事ではない」

オーストラリアのマルコム・ターンブル首相

アメリカのドナルド・トランプ大統領が1月28日、オーストラリアのマルコム・ターンブル首相と電話会談した時、難民引き取りに関するオーストラリアとの合意に関して激しい口調で非難し、1時間の会談予定が25分で打ち切られた

トランプ氏の強硬姿勢は、与党の下院議席数が過半数ぎりぎりのオーストラリア政府に深刻な打撃を与えた。

オバマ前政権時の2016年11月、オーストラリアとアメリカは難民を実質的に交換することで合意した。オーストラリアは中米からの難民(人数は未公表)を受け入れる代わりに、太平洋のナウルやマヌス島の収容施設の難民をアメリカに移送することになっていた。

オーストラリアの方針では不法移民を強制的に拘束し、世界的に非難の声が上がっている。収容施設からの報告では、死亡、病気、けが、性的暴行、そして抗議の意図を含む難民自身の自殺や自殺未遂などが起きており、オーストラリア政府の近年の課題となっている。

ターンブル首相はオーストラリアからアメリカへの難民移送合意を勝ち取ったと発表し、「オーストラリアが管理している何千人もの難民や抑留者の一部を新たな国に移住させるきっかけになる」と語っていた。オーストラリアの強硬な移民政策では、ボートピープルはオーストラリアに定住させないと決められている

難民や抑留者は、戦争や迫害を逃れてきた中東出身者が多い。トランプ大統領が1月27日に発表したイスラム教徒のアメリカ入国制限や、7カ国(オーストラリアに来る難民の大多数を占めるイランを含む)からの入国を制限する大統領令が原因で、アメリカとオーストラリアの間で交わされた難民移送合意が危うくなるのではと懸念されていた。

ワシントンポストは2月1日、トランプ大統領はターンブル首相との電話会談中、難民移送は「史上最悪の合意」で「難民なんて欲しくない」と語ったと報じた。当初1時間の予定だった電話会談は、トランプ大統領が開始後たったの25分で会話を打ち切ってしまったという。トランプ大統領は、オーストラリアからの難民には「次のボストン(マラソン大会)爆弾テロ犯」が含まれているかもしれないと繰り返し語った。

大統領が繰り出した2発目のパンチ(夜更けに投稿されたツイート)は、オーストラリアにさらなる大きなダメージを与えた。

信じられるか?オバマ政権はオーストラリアから何千もの不法入国者を受け入れる合意をしたんだ。何故か?このくそったれな合意をよく見てみようじゃないか!

ターンブル首相は表向き、電話会談で「アメリカ政府はオバマ前大統領の合意を支持する」と、トランプ大統領が追認したということにしている。

ショーン・スパイサー報道官は1月31日、アメリカは難民をいくらか受け入れるが、最初に「厳しい審査」の対象となると述べた。

「難民はすべて厳しい審査を受けなければならない。それが合意の必須条件であり、アメリカ政府の全面的な支持を受けてオバマ政権が取り決めたものだ」

2日になるとスパイサー報道官は、「オバマ政権が結んだ合意についてトランプ大統領は非常に怒っている。しかしターンブル首相に敬意を表し、合意を受け入れ、手続きを進める」と述べた。

しかし、ホワイトハウスの別の情報筋はオーストラリアのABCに対し、「難民交換の合意はまだ確定していない」と語った。ABCは、ホワイトハウスがその後発表した声明は、トランプ大統領がこの合意をまだ承認していないことを改めて伝えるものだと報じた。

トランプ大統領のツイートが投稿された直後のラジオインタビューでターンブル首相は、「私が知る限り、この合意は未だ継続中であり、電話会談が後味悪く終わったという報道は誤りだ」と語り、従来の見解を変えていない。

ターンブル首相にとって頭の痛い事態となっている。トランプ氏による中東7カ国に対する入国制限に公に異議を唱えようとしない数少ない西側リーダーの一人として、ターンブル首相はオーストラリア国内で多くの批判を受けた。

カナダのジャスティン・トルドー首相は、「カナダ国民は、信仰にかかわらずみなさんを歓迎します。多様性こそ我が国の強みです」とツイートし、イギリスのテレーザ・メイ首相は「我々はこのようなアプローチには賛同しません」と述べている。スコットランド、スウェーデン、ドイツ、フランスのリーダーたちもトランプ氏の大統領令に異議を唱えたにもかかわらず、ターンブル首相は沈黙を貫いている。

ターンブル首相はトランプ氏の大統領令について意見を求められた際、「他国のやり方について今コメントをするつもりはない」と語った。

「他国の国内政策について意見を述べるのは、オーストラリアの首相としての自分の仕事ではない」

ターンブル首相のこうした反応はすぐに非難を浴びた。野党労働党のビル・ショーテン党首は、トランプ大統領の移民受け入れ制限は「最悪だ」と批判し、「一刻も早く打ち切られるべき」だと強硬に主張した。議員たちはターンブル氏を「腰抜け」となじり始め、風刺漫画家はターンブル首相をトランプ氏の操り人形に見立てた。

ビル・リークの今日の一コマ漫画

ターンブル首相は当初、トランプ大統領との電話会談は「建設的なものだった。アメリカとオースラリアの同盟はすでに強く深いものであることを確認しあい、さらにその関係を強めていく努力をすることを約束した」と述べていた。

「我々はナウルとマヌスからアメリカへの難民再移住計画について協議し、アメリカの前政権下で合意されていたもので、トランプ氏がその合意を順守することに感謝している」と、ターンブル首相は語った。

電話会談でのやり取りと難民に関する合意が相まって、アメリカとオーストラリアの間で摩擦が生じているとみられる。

政治家やジャーナリストは、トランプ氏の大統領令についてターンブル首相が沈黙しているのは、難民交換の合意を履行するため、トランプ大統領に配慮したものとみている。

オーストラリア人以外の読者にとっては、毎週のように暴行、レイプ、病気の蔓延といった問題が明るみになっている難民や収容所の状況が、ターンブル首相とオーストラリア政府にとってどれくらい政治的ダメージになっているか理解できないだろう。

例えば、BuzzFeedニュースによると、ナウルの難民収容所にいる妊娠中の難民が子癇前症(妊娠高血圧症候群によって起こった妊産婦の意識消失やけいれん)を患っているために緊急の帝王切開が必要となったが、治療のためにオーストラリアに飛行機で移送することを政府が拒否したことが明らかになった。

それでもオーストラリア政府はボートで漂着した人々をオーストラリアに定住させないという、世界的に有名となった強硬的な移民政策を続けている。2016年10月には、議会はその政策を体系化する成文法を成立させた。政府は難民をナウルとマヌスに隔離することを望んでいるが、彼らを祖国に送り返すことはできず、オーストラリアに招き入れるつもりもない。この政策は、アメリカとの難民交換や、コロンビアのような国との同様の協定 (難民交換は失敗している) などの、オーストラリアのナウルとマヌス島における収容所問題を解決する合意しか認めていない。

ターンブル首相がトランプ大統領から暴言を吐かれても、歯を食いしばって耐えているのはこうした背景があり、トランプ氏の入国禁止令に口を閉ざしている理由だ。自由党と国民党の連立政権は、オーストラリアの議会で単独過半数を保持しているが、かつては人気が高かったターンブル首相も、今の支持率は低迷している。世論調査によると、もし今総選挙が行われたら、ターンブル首相率いる自由党は敗北すると予想されている。オバマ前大統領との取引を「大勝利だ」と声高に吹聴したあとでは、ターンブル首相はこの合意を撤回ことができなかった。

そしてターンブル首相は今、率直に話すことができなくなっている。

ハフィントンポスト・オーストラリア版より翻訳・加筆しました。

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Demonstrators Protest Muslim Travel Ban In New York City

トランプ大統領の大統領令に抗議する全米のデモ

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