金正男氏、運命に翻弄された数奇な生涯 北朝鮮「3代目」にして世襲批判、開放を主張

かつては北朝鮮の「3代目」として有力視されていたが、世襲を疑問視し、開放政策を唱える発言が伝えられていた。

北朝鮮の金正男氏が2月13日、マレーシアで死亡した。空港で毒殺された可能性が指摘されている。

北朝鮮の故・金正日総書記の長男で、権力の世襲を続ける北朝鮮の「3代目」として有力視されていたが、正男氏自身は海外を行き来しながら、世襲を疑問視し、開放政策を唱える発言が伝えられていた。

幼少期の金正男氏(右)と故・金正日総書記。1981年8月20日撮影とされる

金正日総書記と、2番目の妻で映画女優だった成恵琳氏の間に生まれた。幼少期から「ロイヤルファミリー」の特権階級の一員として何不自由なく育てられた。従兄だった李韓永氏は、以下のように描写している。

(誕生日の)贈り物の総額は毎年100万ドルにのぼる。(中略)洋服や靴などはもちろん、ありとあらゆる新しいオモチャや遊び道具が含まれる。とくに、子どもたちが夢中になるような電子機器には金に糸目もつけず、すべてが購入されていると言ってもけっして言い過ぎではない。(李韓永『金正日が愛した女たち』徳間書店)

父親からは強い愛情を注がれており、「将来父の後を次いで政治を行うためには、外の世界を知らねばならない」と、スイスのジュネーブに留学に出された。その後、韓国政府の目を避けるようにモスクワに移り、フランス大使館の付設学校に入学したという。

金正男氏の存在が初めて公になったのは2001年5月1日、成田空港で偽造旅券で不法入国しようとした容疑で拘束され、強制退去処分になった。「ディズニーランドに行きたかった」という供述内容や、ラフなスタイルが国際社会に衝撃を与えた。

2004年9月25日には、北京空港に突然姿を現した。拉致問題の日朝協議に参加する北朝鮮高官に取材しようと待機していた日本メディアが「金正男さんですか」と尋ねると「そうです」と答えるなど、短い会話を交わしている。その後もたびたび、北京空港に現れ、日本メディアとやりとりしていた。

中国・北京空港に到着した北朝鮮の金正日総書記の長男、金正男氏とみられる男性。[代表撮影] 撮影日:2007年02月11日

金正男氏はマカオを拠点に家族とともに生活しながら、世界各国を行き来していたとみられる。その後、2010年9月に、正男氏の異母弟・正恩氏が、金正日氏の後継者に就く路線が確定する。

東京新聞の五味洋治編集委員は、2004年当時からメールをやりとりしたり、マカオで金正男氏と会食したりしていた。2012年1月の五味氏の著書『父・金正日と私 金正男独占告白』(文芸春秋)によると、金正男氏はメールで「権力世襲は、物笑いの対象になるでしょう」「北朝鮮がもう1回ぐらいは改革・開放に関心を持つ時ではないか」など、3代世襲や閉鎖的な経済政策を批判していた。

2012年1月には以下のように、異母弟・金正恩氏への世襲に不安を抱いていたという。

この世界で、正常な思考を持っている人間なら、3代世襲に追従することはできません。37年間の絶対権力を(後継者教育が)2年ほどの若い世襲後継者が、どう受け継いでいけるのか疑問です。金正男氏(『父・金正日と私 金正男独占告白』より)

しかし、金正恩体制の北朝鮮は、2013年12月に、開放政策への転換を模索していたとされる叔父でナンバー2の張成沢氏を処刑するなど、恐怖政治や閉鎖的な動きを強めていく。

五味氏は2月15日、ハフィントンポストに対し「自身が金正日氏の息子だと率直に認め、率直にいろんなことをしゃべってくれました。フランス語、ロシア語、英語を話した。特にフランス語は堪能。海外事情にも通じていて、日本のメディアの接触にも応じ、日本にも好感を持っており、親しみやすい人でした。北朝鮮の外交官は相互監視もあって、無愛想で、無言を貫いたり、警戒心をあらわにしたりする人が多いのですが、全然違うタイプでした。話が通じる、良識的な人だと感じました」と振り返る。

「言論統制が徹底している北朝鮮国内で、正男氏の話が広く伝えられることはなかったわけですが、のちに脱北者を通じて噂で伝わっていたことを知りました。金正恩体制を北朝鮮国内で正面から批判する人もいない中で、期待され、また敵対視されていたのでしょう」とみる。

五味氏と金正男氏との連絡は、著書出版後に途絶えた。五味氏は「我々が知り得ないことをたくさん知っており、他の亡命者ではできない仕事ができたのではないか。彼も今の北朝鮮について、言いたいことがたくさんあったはず。時期が来たら思い切って発言してもらい、北朝鮮国内に影響を与えてほしかったと思います。もう一度、会話するチャンスがあると思っていたので、伝えられなくなったことが残念です」と話した。

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