杉野希妃監督「恐怖と悲恋と、交わりきれなかった痛みの話」 『雪女』を独自解釈で映画化

小泉八雲の怪談を元にした映画『雪女』が4日から公開される。監督として独自の解釈で映画化し、自ら雪女とユキの二役に挑んだ杉野希妃にインタビューした。

映画『雪女』より

100年以上前に小泉八雲が著した怪談を元にした映画『雪女』が、3月4日からヒューマントラストシネマ有楽町などを皮切りに全国公開される。2016年に東京国際映画祭コンペティション部門に出品された作品で、女優で映画監督の杉野希妃が監督として独自の解釈で映画化し、自ら雪女とユキの二役に挑んだ。

作品は、杉野監督の故郷である広島県の全面協力のもと、映画の街で知られる尾道市を中心に全編を広島県内で撮影し、出演者は広島弁を使った。杉野監督はハフィントンポストのインタビューに「悲恋というかラブストーリーでもあると思います。交わったんだけど交わりきれなかったというか、お互い理解し合いたかったんだけど理解し合えなかった人たちの痛みについてのお話」と答えた。

あらすじ:ある時代、山の奥深く、吹雪の夜。猟師の巳之吉(青木崇高)は、山小屋で、雪女(杉野希妃)が仲間の茂作(佐野史郎)の命を奪う姿を目撃してしまう。雪女は「この事を口外したら、お前の命を奪う」と言い残して消え去る。翌年、茂作の一周忌法要の帰り道。巳之吉は、美しい女ユキ(杉野希妃)と出会う。やがて2人は結婚し、娘ウメが生まれる。

14年後。美しく聡明な少女に成長したウメ(山口まゆ)は、村の有力者の息子で、茂作の遠縁にあたる病弱な幹生(松岡広大)の、良き話し相手だった。しかしある日、茂作の死んだ山小屋で幹生が亡くなってしまう。幹生の遺体には、茂作と同じような凍傷の跡があった。ユキの血を引く娘のせいだと、巳之吉を激しく問いつめる幹生の祖父。巳之吉の脳裏に14年前の出来事が蘇り、以前から自分の中にあったユキに対する疑心と葛藤する。自分があの夜の山小屋で見たものは何だったのか、そしてユキは誰なのか......。

インタビューに答える杉野希妃監督=東京・音羽

杉野希妃(すぎの・きき) 1984年、広島県出身。慶応大学経済学部在学中にソウルに留学。2005年、韓国映画『まぶしい一日』で映画デビューし、続けて『絶対の愛』(06年 キム・ギドク監督)に出演。出演兼プロデュース作は『ほとりの朔子』(13年 深田晃司監督)、『3 泊4日、5時の鐘』(14年 三澤拓哉監督)ほか多数。14 年、監督第1作『マンガ肉と僕』が東京国際映画祭、エィンバラ国際映画祭などで上映。第2 作『欲動』は釜山国際映画祭「Asia Star Awards」の最優秀新人監督賞を受賞。

——なぜいま『雪女』なのでしょうか。製作のきっかけはなんでしょうか

4年前、(ニューヨークで開かれる)トライベッカ映画祭に(製作・主演の)『おだやかな日常』という作品を出した時に、現地在住の日本人プロデューサーの方にお目にかかりました。その方は小泉八雲のエッセイフィルムを撮られるそうで、「小泉八雲を今こそ読むべきだ」とおっしゃられたんです。それがきっかけで小泉八雲関連のいろんな本を読んでいたところ、『雪女』にしっくりくるところがありました。

世の中は今、過激というかちょっと閉じている方向に向かっています。小泉八雲はギリシャに生まれてアイルランドで育ち、アメリカでも仕事をし、最終的に日本に辿り着きました。その外からの目線で日本の良さを国内にも海外にも広めました。その意味では、彼が発信していた日本の心というものが、今すごく求められているんじゃないかという気がしました。

怪談の中では、やはり『雪女』に一番惹かれました。私は『鳥取のふとん』も『耳なし芳一』も、『おしどり』も、小泉八雲の作品全部が好きなんです。とりわけ『雪女』は美しくも悲しいお話の中に、八雲の伝えたかったことが凝縮されているような気がしました。

——私も改めて読んでみたのですが、短くてすぐに読めるというか、あっさりしていますよね。

そうですね。でも人によって様々な解釈や捉え方があり、そこが面白いと思いました。例えば、巳之吉がどういう人物か人によって捉え方が違うし、雪女が何の象徴で、なぜ人間界にやってきたのかということも人によって解釈が異なります。現代に思いを馳せながら、人と雪女の交わりが意味することは何なのかを模索すれば、21世紀版の新しい雪女像が作れるだろうし、意味のある作品になりそうだと思いました。

——杉野さんご自身が主演の雪女を演じていますが、ぴったりだといわれませんでしたか。

雪女は、異界から人間界にやってきたけれど最終的に馴染めなくて、秘密をばらされることによってある選択をするというお話です。私としては役者としてわかりやすい役よりも、得体の知れないものを演じる方がよりやりがいがあるというか。人知を超えるというか、理解を超えるものを演じることによって、自分がどういう感覚を得られるのかに興味があります。

——時代背景について、原作は100年以上前の話です。でも、映画でははっきりとは分かりませんね。

美術や衣装は大正や昭和あたりをイメージして作ってはいます。作品中に「エネルギーがどうだ」という話も出てきて、一応、現代のパラレルワールドという設定になっています。戦後くらいでしょうか。昭和のある段階から日本が2つに分かれて、1つは文明がどんどん進んでいった世界と、もう1つは文明の進歩が止まった世界というパラレルワールドとして描いています。

▼画像集が開きます▼

映画『雪女』より

映画『雪女』より

【※】スライドショーが表示されない場合は、こちらへ。

——作品の導入部分では、すごく古い時代の話かなと思いもしました。

そうですよね。そこをあえて白黒にしたのは、ギリシャ神話じゃないですけれど、これは千年前か百年前の話なのか、はたまた現代の話なのかが全くわからないようにしたかったんです。色をつけないでぼかし、どこの場所のどこの時代かというのをあやふやにすることで、観客を幻惑させたいという意図もありました。

——導入部分には、1950、60年代の映画の雰囲気も感じました。そういうのは意識しましたか。

私があの時代の映画がすごく好きだということもあります。溝口健二監督や小津安二郎監督、吉村公三郎監督らの作品の色使いやカメラはかなり意識して撮ったつもりです。『雪女』は昔話なので、そういうクラシックの良さを活かしながら、いかに思想的な部分やディテールで新しさを加えていくかに自分なりにこだわったつもりです。

——他のところでも喋られていますが、現代に通じる点や社会性も意識していたということでしょうか。

そうですね。原作を読んで私が一番疑問に思ったのが、雪女がどうして人間界にやってきたのかということと、子供がどういう存在なのかということです。原作では男女10人の子供を産んでいますが、その子供の描写は全くされていません。その子供がどう生きたのかということが何も書かれていないんです。

例えば映画の『魔女の宅急便』(1989年 宮崎駿監督)では、(主役の)キキについて、魔女と人間の子供としての葛藤が描かれています。人間と異世界のものの子供がどういうふうな存在なのか、どういうふうに生きていかなければいけないのかという視点ってすごく大事だなと思いました。

雪女でも異種と交わることがどういうことかがとても大事なテーマだと感じたので、映画化する上でそこはフォーカスして描きたいと思いました。現在、ヨーロッパでも中東からの移民や難民の問題があり、アメリカではメキシコとの国境に壁を作ることなどやはり移民が問題になっています。でもアメリカなんて、1人1人に焦点を当てるとどこ出身の人なのかはすごく曖昧ですよね。

人間っていろんな血が混じり合ってできているし、そういう実体のないものが人間で、世界です。人間がどこから生まれてきてどこへ還っていくのかということすらも私たちの想像を遥かに超えているのに、それを定義しようとするのは愚かにも思えます。そのように、自分なりに普段、現代社会に対してもどかしく思っている部分もこの映画で表現したいと思いました。

——原作では10人の子供が、作品はたった1人の少女になりました。

そうです。1人に焦点を絞りました。10人だと分散しちゃうので。2代目雪女であるその娘に凝縮させたかったんです。

インタビューに答える杉野希妃監督=東京・音羽

——ところで、杉野さんは2015年1月にオランダで交通事故に巻き込まれ、大けがをしました。この作品の製作期間に重なります。

かなり大変でした。事故にあった時の感覚や、入院中の体が動けない時の感覚が、とても大きな糧になりました。動けないと当然、苦しいじゃないですか。でも、私自身がそれまでの人生で肉体にとらわれていたと思わされることもたくさんありました。一番大事なのは肉体じゃないんだということを感じたんです。

——脚本を入院中に書いたりもしたんですか。

そうです。巳之吉が対峙せざるを得ないことはやはり妻の正体がなんなのかということではないかと考えました。曖昧なものを曖昧なまま受け止めればいいのに、定義や説明をしたがる人間の性や、その悲しさを描きたかったんです。古代からそういう性質を人間は持っているかもしれませんが、果たしてそれが理に適っているのかは疑問ですし、そうすることで危険な方向に走ってしまうこともなきにしもあらずではないのかとも思いました。

——わかりました。この作品について、多様性も大切だとほかの機会に話していましたね。

そうです。そういう部分が今回の雪女にも入っているし、そこが一番私らしいと言えるかもしれません。多様性というのが私自身が生きる上でのテーマにもなっています。

——広島市ご出身で、広島へのこだわりを持って作ったとも聞きました。撮影現場が広島で、出演者らは広島弁を使っています。作品を原爆に結びつけるという思いはあったんでしょうか。

確かに初めはそう思っていたんです。事故にあう前の違う脚本家さんが書かれた脚本では、例えば巳之吉のお母さんを原爆症というような設定にしたりして、原爆という背景を強めに入れていたんです。けれどもその後、原爆の要素も入れちゃうとごちゃごちゃしちゃうので、カットしました。異種と人間の交わりを描けば、自ずと平和について考えることに結びつくので。

——将来、いつかは原爆についての映画を作ろうという思いはあるんですか。

戦後75年に合わせて広島で撮りたい企画があります。ヒロシマがテーマとなる表現はライフワークとしてもずっとやっていきたいと思っています。

——苦労されたのは、事故のほかにもどんな点がありましたか。

一番大変だったのが雪女の冒頭の白黒のシーンです。あそこで人をぐっと惹きつけないと映画として終わってしまうと思いました。雪女が巳之吉に向かって「このことを話すとあなたの命を奪います」と言うシーンがあるのですが、どの角度で、どの方向を向くかにはこだわりました。微妙な目線の違いでインパクトが断然変わってくるんですよ。一番力強い絵を撮るためにかなり探りました。

——監督として、特にこういうところを観てほしいというメッセージはありますか。

ホラー映画だと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、この映画は、悲恋というかラブストーリーでもあると思います。交わったんだけど交わりきれなかったというか、お互い理解し合いたかったんだけど理解し合えなかった人たちの痛みについてのお話でもあります。結構そういうことって日常でもあると思うんです。いろんな方に楽しんでいただける作品になったと思うので、堅苦しく考えずにぜひ観に来ていただきたいなと思っております。

衣装提供:PARIGOT

杉野希妃 青木崇高 山口まゆ 佐野史郎 水野久美 宮崎美子 山本剛史 松岡広大 梅野渚

監督:杉野希妃 プロデューサー:小野光輔、門田大地

配給:和エンタテインメント

©Snow Woman Film Partners

注目記事