IS(イスラム国)から逃れたキリスト教徒が集う、イラクの修道院の現在

ISによって恐怖に陥れてきたイラクの宗教少数派にとって、祝福すべきことだ。

アメリカ主導の空爆部隊が、遠くのIS(イスラム国)の拠点を襲っている時、世界最古の修道院の一つとして知られる、1600年前に建造されたキリスト教修道院「聖マタイ修道院」の屋上に、トーマス牧師が立っている。SOPHIA JONES/THE WORLDPOST

4世紀ごろに建造された修道院の上に立ち、そこを「家」と呼ぶトーマス牧師は、灰色の地平線をじっと見ている。午前中は、近くの鐘楼で鳥たちが鳴く以外、静かで音はしない。

その後、雷のようなとどろきが静寂を破り、鳥たちは飛び立った。ここからわずか数マイルのところにある、IS(イスラム国)を攻撃するアメリカ主導の有志連合による空爆音だ。

2014年夏、ISはモスルの北東約20キロにあるバシカ近郊を含むイラクの広大な地域を制圧した。バシカはかつて山岳地帯にキリスト教を信仰する人たちの居留地があり、宗教と民族が入り交じっている都市だ。トーマス牧師はたとえ何があっても、ここに留まると決めている。

「最初は怖かった。しかし、聖マタイが私たちを守ってくださっているのです」と、トーマス牧師は語った。イラク北部への避難所を求め、世界最古の一つとなっている聖マタイ修道院を設立したキリスト教の聖人の名を口にした。

トーマス牧師が言うには、戦闘機が頭上を飛んで行き、別の空爆がこの修道院を振動させたという。

トーマス牧師によると、少なくとも70世帯がここに避難を求めて来たという。ちょうど彼らの祖先が何世紀も前に、迫害を逃れてこの山腹の隠れ家に避難してきたように。

「もしISがここにやって来たら、私たちを追い出したでしょう」と、トーマス牧師は語った。

鳥たちは聖マタイ修道院の鐘楼に止まり、鳴いている。SOPHIA JONES/THE WORLDPOST

1600年以上の歴史を通じて、この修道院でこれまで多くの修道士たちが侵入者や統治者によって生命を奪われ、追放された。トーマス牧師も、その1人になるかもしれない。

しかし幸運にも――彼が言うには信仰によって――トーマス牧師が見放されることはなかった。ISが聖マタイ修道院に、やって来ることはなかった。過激派武装集団の侵攻は、ちょうど手前で止まった。そして2年以上が過ぎた今、この武装集団の力に陰りが見えている。2016年10月17日に開始されたアメリカ主導の攻撃で、ISはイラク最後の主要な拠点となっているモスルから追い出され、その統治に終止符を打つ可能性がある。しかしこの作戦には時間を要するだろうし、多大な犠牲者を出すことになるだろう。すでに死者数は、着実に増えている。

この攻勢が、トーマス牧師に希望を与える。そしてその希望は、彼1人だけのものではない。

ここ最近イラク軍とクルド人部隊は、キリスト教住民の居住が大部分を占めている多くの地域をISから奪還してきた。町や建物はISによって損害を受け、偽装爆弾を仕掛けられ、教会が略奪されたり、家々が空爆で倒壊したが、ISが逃走したという事実は、ISによって恐怖に陥れてきたイラクの宗教少数派にとって、祝福すべきことだ。

イラク軍がモスルの南東約16キロにある国内最大のキリスト教都市カラコシュ(バクーディーダ)からISを追い出した後、住む場所を奪われていたイラクのキリスト教徒は、2016年10月18日、イラクのクルド人自治政府の首都アルビールで歓喜の声を上げた。SAFIN HAMED/AFP/GETTY IMAGES

2014年7月にISが占領したモスルから脱出し、現在は聖マタイ修道院で暮らすナディア・ユーナンさん(57)はバシカ上空で戦闘機や空爆の音を聞いた時、胸が締めつけられるような思いになった。しかしそれは、ISが権力を握って以来、恐怖感で心が疲弊しきっていたからからではない。

「とても幸せです!この爆撃音は、彼らがISをやっつけている証拠なんですから」と、彼女は有頂天になって語った。

2年前にISに追い出されるまで、ユーナンさんは生まれてからずっとモスルに住んでいた。彼女には2つの選択肢を与えられた。つまり、暴力的で歪曲したIS流のイスラム教に改宗するか、死ぬかだった。

ユーナンさんは、生きることを選んだ。2014年7月19日土曜日の朝7時、彼女は家族と共にモスルを離れた。この記憶は、彼女の記憶の中にくすぶっている。現金と病気の母親のための薬といった僅かな持ち物だけで、家を離れた。

「お前はナサラ(Nasara)か?」と、モスルの市境にある検問所にいたIS戦闘員が尋ねた。キリスト教信者を意味するこの言葉は、「ナザレス(Nazareth)」からとられている。ISの武装集団は、キリスト教徒の家に、アラビア語文字のヌーン、すなわち『N』とペンキ塗りすることになっていた。

戦闘員は、家族が本当にキリスト教徒だとわかった時、家族が持っていたなけなしのものを全て着服し、立ち去るように命令した。ユーナンさんは、命を賭けて家族を輸送してくれた運転手へ支払いをしたくても、1セントも残っていなかった。しかし運転手は不満を漏らすこともなく、家族に別れの挨拶をしてくれた。

「彼は良いイスラム教徒でした」と、彼女は感慨深く振り返った。

57歳のキリスト教徒、ナディア・ユーマンさんが中庭を通って、今や本人が家と呼んでいる聖マタイ修道院の部屋に向かう。ISが占領した2014年7月、彼女はモスルから脱出した。SOPHIA JONES/THE WORLDPOST

金もなく、行く場所もなく、ユーマンさんと家族は聖マタイ修道院への曲がりくねった山道を登っていった。

「神が私たちをここへ導いてくださいました」と彼女は言い、クリーム色の石の中庭を見回しました。「ここは安全です」

彼女は以来ずっとここに住みつづけている。生活必需品は修道士たちの善意に頼っている。

ユーナンさんは、彼女の近所の住民30人がISに加わり、悲しみに打ちひしがれた。二度とモスルへは戻らないかもしれないが、もしISが権力を失えば、ここにいるキリスト教徒にとって、モスルは新たな時代を迎えることになるだろう、と彼女は言った。

「私たちは生活を取り戻したいのです」と彼女は言い、涙をこらえながら唇を震わせた。

この修道院は今となっては静かでほぼ人がいない状態だが、この地域にある少数のキリスト教徒の町や都市にISが侵攻した2014年ごろは、参拝する人たちで賑わっていた。

イラク北部マガラの小さなキリスト教徒の村で遊んでいた少女。ここはバシカからわずか数マイルで、かつてISの支配下にあった町だ。SOPHIA JONES/THE WORLDPOST

聖マタイ修道院がある山は「アルファフ」(Alfaf)と呼ばれる。もともとはアラビア語の言葉で『千』を意味する。ここに住み、修行をしていた千人の修道士たちへの敬意を表したものだ。

最初に聖マタイ修道院に逃げ込んできた家族のほとんどは、自分たちを守ってくれているクルド人部隊「ペシュメルガ」がISに敗れ、修道院を襲撃するのではないかと恐れ、その後立ち去っている。ISに追放された他の家族たちも同じく、別の修道院や宗教関連施設から立ち去った

彼らはヤジディ教徒たちと同じ運命をたどることを恐れていた。イラク北西部の山岳地帯を中心として信仰されている民俗宗教のヤジディ教徒は、ISの大量殺戮の犠牲となり、遺体はイラク北部の先祖代々の故郷から遠くない、奥行のない墓に放り込まれた。また、ヤジディ教徒の少女たち数千人は性奴隷となり、少年たちは強制的に子供兵士の訓練キャンプに入隊させられた。

「ISはあらゆる人間を憎んでいます」と、キリスト教徒で地元のバス運転手、バッシャール・バーナムさん(46)は言った。「彼らはスンニ派、シーア派、クルド人、キリスト教徒、ヤジディ教徒を憎んでいるんです」

当時のヌーリ―・マリキ首相とシーア派主導の政府にスンニ派のアラブ人の不満が積もる中、ISは地元の支持を得て台頭してきた。ISが侵攻してくるまで、バーナムさんは今までイスラム教徒の隣人たちと何も問題なく共存していた。

イラン北部にある、アルファフ山に抱かれた聖マタイ修道院の景色。

「奴らの言っていることはは宗教なんかじゃない!」と、バーナムさんの近くに立っている女性は叫んだ。

ISは聖マタイ修道院の周辺地域から撤退しているが、地元の住民は今も、ISの迫撃砲が自分の家に命中しないかと恐れている。

地元の住民は、2016年9月に聖マタイ修道院の近くの宗教的祭事を標的にした迫撃砲が飛んできたと語った。ISが侵入して来た時、自分の家、教会、修道院を守るために、武器を手にした住民もいた。

地元のキリスト教徒の中には、まだ帰還していない人もがいる、その一方で、イスラム教徒の家族はアルファフ山の裾野の小さな村へ徐々に戻ってきている。

バーナムさんは、近隣の地域がISに支配されて地元経済が没落した2015年ごろ、この地を離れた息子の後を追って、ヨーロッパに自分の家族を密航させようと考えていたという。旅費は1万1000ドル(約126万円)かかる。バーナムさんの息子は今、スウェーデンのピザ店で働いている。

「もうくたびれましたよ」と、バーナムさんは、げんなりしながら言った。「いつも戦争、戦争、戦争ですから」

しかしバーナムさんは、考えを変えたと語った。彼はどこにも行かないつもりだ。ISからモスルを奪還するための攻撃が、大きな決め手となった。

彼の周辺では、戦闘の轟音が砂原中をこだましていた。

しかしそれとは共に、生きがいのような別の音も聞こえるようになった。通りで遊んでいる子供たちの声、家族の家を立てている職人たちの槌音だ。

「これまで以上に、信仰心が強くなっています」。バーナムさんはそう言って、果物が実るの樹々の下で、穏やかに微笑んだ。

マガラ在住のある家族の家に掛かっている聖母マリアとイエスキリストの肖像。

取材協力 / カミラン・サドーン

ハフィントンポストUS版より翻訳・加筆しました。

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