ママになっても営業できる?「なりきりママ」から生まれた2つのアイデア

私たちは今回の実験で、『ママになっても営業できるかも!』と気づくことができたのです。絶対に無理だと思っていたのは固定観念だったと分かりました。

“営業職の女子”——略して「エイジョ」たちが、結婚や出産などを経て、どう働き続けるか?

エイジョの働きかたは、企業にとっても社会にとっても重要な課題の一つだ。入社から10年目には約10分の1にまで減っているというデータも出ている。

そんなテーマで、2016年7月に行われた「新世代エイジョカレッジ2016」。

20社から約200人の営業女子、略して“エイジョ”が集まり、働きかたを見直すため、さまざまな意見がシェアされたこのイベントで、労働生産性をあげるための実証実験を各社で行うことが決まった。

それから7カ月経った2017年2月、「新世代エイジョカレッジ・サミット」が開催され、実験の成果が発表された。

ファイナルプレゼンテーションを行ったのはキリン、日本アイ・ビー・エム、ソフトバンク、サントリーホールディングスの4チーム。

各社のエイジョたちが抱えている問題を解決すべく、労働生産性を上げるために社内外に情報発信をしたり、就業時間を1時間前倒しにしたりと、さまざまな取り組みが発表された。

その成果発表で「エイジョアワード 大賞」を受賞したのは、キリンの「なりキリンママ」だった。実験の詳細と、チーム代表の金田亜弥香さんのコメントを紹介する。

■「まずはママになりきってみよう!」という実験

――キリンチームのファイナルプレゼンテーションは、全員が仮に“ママになってみる”という斬新な提案から始まった。

「今回、私たちは“なりきりママ”になりました。社内にロールモデルがいなかったこともあり、営業の仕事は楽しいけれど、ママになっても続けられるのか不安だったからです。

労働生産性の向上をなぜ女性にばかり求めるのか? というモヤモヤとした疑問もあったので、メンバーそれぞれの職場で『これから、なりきりママになります』と宣言し、周囲にも“ママがいる職場”を体験してもらうことにしました。

そして、同僚にはどんなことがおき、上司にはどんなマネジメントが必要になるのかを検証しました。

保育園の送り迎えのための定時出社・定時退社から始め、子どもの急な発熱を想定して、実証実験のバディー企業のJTさんからあえて突発的に連絡をもらい、それが起こる体験もしました。

急な連絡が入れば、商談の途中でも帰宅したり、上司が代わりにアポイントをとっていたお得意先に行くこともありました。そういう体験から『営業ママが感じる心苦しさ』が分かるようになりました。

夫のサポートが週に一度あると仮定して、既婚メンバーは、夫に週に一度17時半に帰宅するよう協力してもらい、その日は残業や飲み会もこなしました。

また、週2回以上残業が必要となった場合には『ベビーシッター制度』を活用できることとし、子どもが寝静まるであろう20〜5時の時間帯は特例でパソコンの使用もOKとしてもらいましたが、どちらも活用する場面はほとんどありませんでした。

帰宅後もママになりきり自炊をして、『ママ日記』を書き、困っていることや時短テクなどをチームメンバー全員で共有しました」

■「ママも営業できる」と気づいた私たちから2つの提言

「取り組みの結果、なんと残業時間の前年比51%削減に成功。しかも業績は前年分を維持、もしくは上回る結果になり、上司から『仕事のコツをつかんだね』と言われました。

私たちは今回の実験で、『ママになっても営業できるかも!』と気づくことができたのです。絶対に無理だと思っていたのは固定観念だったと分かりました。

営業ママの感じる不安要素は主に3つあります。

一つ目は、自分や家庭内の調整で解決できるだろうかということ。二つ目は、同僚・上司・会社の理解が必要なこと。三つ目は、得意先・社会の理解が必要なことです。

そこで、次の2つの提言を考えました。

提言①「ママ&パパ実験研修」の実施。営業ママやその周囲の立場を知るため、未婚・既婚・子どもの有無は関係なく、ママやパパになってみよう! というもの。

目的は、制限のある働きかたを実体験することで、働きかたを見直して意識を変えること。時間内にいかに成果をあげるか考えること。多様な働きかたへの理解を深めること。研修期間は一カ月で、対象は職場の社員全員です。

特別扱いするのではなく、生活や仕事のスタイルを理解してもらう“ママ取り扱い説明書”を作成して、スムーズな進行をサポート。説明書には、本人の心得、上司や同僚の心得、営業ママの声などを盛り込みました。

実際に、今回の実験でも社内で大きな変化がありました。

当初この実験に否定的だった、“なりきりママ”が所属している組織長の意識が、実験後「年一回男性リーダーやメンバーに体験してもらおう。全国のリーダーの意識改革がエイジョの活躍、継続雇用の鍵だ」と本社の人事に直談判するまでに激変したのです。

提言②「マママークのついた名刺を作成する」。営業の必需品である名刺を最大限活用して、得意先の理解を得ます。

子どもがいることを得意先にいつ言えばいいか悩んでいる営業ママも、このマークがあれば話すきっかけができます。

この2つの提言で、男性中心のカルチャーに楔を打ち、労働生産性を高めて強い組織をつくっていけるのではと考えます。キリンでは、2017年4月以降に展開する予定です。

かつて私たちも『ママになったら営業は無理だ』と思っていましたが“なりきりママ”を経験して、『やる前から漠然と無理だと思っていたのは自分だった』と気がつきました。

実際に、本当の営業ママになろうとしているメンバーもいます。ますます、エイジョが活躍し続けられる新しい時代を切り開いていくべきです」

■新しい発想・提案ができるようになる副次効果も

――チームメンバーの金田亜弥香さんらは、こう振り返る。

「ママになりきったことで、会社から早く帰る罪悪感や孤独感が生まれましたが、チームでその思いを話し合い、払拭できました。

アンケートをとったところ同僚の生産性や労働時間への影響は、ほとんどなく、『自分も働きかたを見直すきっかけになった』という声すらあったんです。

私たちが早く帰るので、『どうやったら早く帰れるの?』と聞かれることもあり、業務のコツを伝授していました。

また、17時半に帰って自炊することで『(自社商品である)ビールとこういう惣菜が合うんだな』などと気づいたり、退社が閉店時間に間に合わず、これまではなかなか行けていなかった自社商品が並ぶスーパーマーケットに足を運べるようになりました。

視野が広がって、新しい視点での発想・提案ができるようになったと思います。

今回の実験は、メンバー5人で本気で取り組んだからこそできました。私たちは、男女問わず仕事と育児が両立できる社会、不安を抱えずに働ける社会がつくれると信じています」

――審査員の一人で、サイボウズ代表取締役社長の青野慶久さんは感想をこう話した。

「今日は、短期間でこれだけ働きかたを変えられるという成果を見せていただきました。

AIが進化した未来に『なくなる仕事・なくならない仕事がある』などと最近言われていますけど、営業職はなくならない仕事ですね。AIには真似できません。

営業女子はコミュニケーションのとりかたが上手ですし、ママの方たちはいろいろな社会を見ているぶん、付加価値をのせて働くことができます。今後、営業女子は増えていくと思います」

(取材・文 小久保よしの

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