1回3000円「お寺婚活」に男女が殺到する理由

参加できるのは、25歳から49歳までの男女(会員登録の上限は45歳)。イベントを1回開くと、平均で6組が成婚する。

臨済宗の僧侶たちが運営する「吉縁会」の"お寺婚活"では、1回のイベントで平均6組が結婚する。写真は水引き作り体験の様子(写真:吉縁会提供)

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東京にある臨済宗妙心寺派のあるお寺。2015年の夏、ここに1000人を超える男女が押し寄せ、たちまち2時間待ちの列ができた。当時、ここまでの反響を予想していなかったスタッフたちは、うれしい悲鳴を上げた。

吉縁会を立ち上げた臨済宗の僧侶・木宮さんは、婚活ビジネスで莫大なおカネがかかることに違和感を感じていた(写真:木宮氏提供)

当日行われていたのは、婚活イベントの会員になるための登録会。運営するのは、「吉縁会」。臨済宗妙心寺派のお寺の僧侶たちによって構成される組織だ。静岡の本部に加え、東京、名古屋、岐阜、大分に支部を持ち、それぞれの地域にあるお寺で年4~5回婚活会が開かれる。

2010年に発足し、今年で7年目。総計120組のカップルから結婚の報告を受けた。成婚を報告する義務はないため、実際はもっと多いかもしれない。

参加できるのは、25歳から49歳までの男女(会員登録の上限は45歳)。イベントを1回開くと、平均で6組が成婚する。この好実績がうわさを呼び、会員数はうなぎ上りに増加し、今や9000人。イベントに参加するための当選倍率は最高で9.5倍まで膨れ上がった。定員が200人のところ、1900人からの応募が殺到した格好だ。

莫大なおカネがかかる、婚活ビジネスに疑問

吉縁会の発起人で、事務局長を務めるのは、静岡県浜松市にある龍雲寺(りょううんじ)の副住職、木宮行志さんだ。なぜお寺での婚活イベントを始めようと思ったのだろうか。

きっかけは、結婚相談所に登録した友人の話に違和感を覚えたことだった。「友人の話を聞くと、結婚相談所ではとにかくおカネがかかる。入会金だけで何十万円、1回相手に会うごとに相談所におカネを支払い、めでたく成婚してもやっぱりおカネを払う。合わせると、莫大な金額になります。多少の経費がかかるのは仕方ないとしても、人と出会って結婚するためにこんなにおカネがかかるというのは、不自然だと思ったんですね。それで、自分たちのお寺で費用のかからない縁結びができないかと考えたのです」(木宮氏)。

実際、吉縁会では入会費・年会費・成婚料などを支払う必要はいっさいない。かかるのは、当日かかった経費3000円程度。もちろん、お坊さんも無給だ。「これは営利目的の事業ではありません。困っている人がいるなら救う、という仏教の教えの中にいるお坊さんたちが『手伝うよ』と言ってくれるのがお寺のいいところ。これが企業なら、どうしても人件費の問題が出てきます。そうすると、利用者がその費用を負担しなければならなくなりますから」(木宮氏)。

もともとお寺という場所は、縁を結ぶ場所でもある。婚活をサポートしても、おかしくはないはずだ。

「とはいえ、最初は本山や住職、檀家さんや地域の人々に非難されるのでは、と思いました。でも、1度もお叱りを受けなかった。むしろ、『もっとやりなさい』『頑張れ』と応援されるほどです」(同)

吉縁会の婚活イベントがビジネスでないなら、参加者も"お客さま"ではない。そのため、ある程度主体的に動かなくてはならない。まず、吉縁会の会員になるには、お寺で開かれる年に2回の登録会に本人が出向く必要がある。

意味なく面倒を強いているわけではない。「わざわざお寺まで出向く」「時間どおりに登録会に行く」「登録に必要なものを用意する」など、あえてハードルを設けることで、本気で参加したい人に登録をしてもらう、という目的がある。

初回開催時はそのルールを設けなかったため、申込者のほとんどは独身の子どもをもつ親だった。当日、だまされて連れてこられた部屋着姿の子どもが、親とお寺の駐車場でもめる、という驚きの光景も目の当たりにした。そんな失敗を経て今のルールが出来上がったのだ。

人間としてダメな人には、ちゃんと叱る

マナーが守れない会員に対しては、叱ることもある。

「会をドタキャンしたり、相手に失礼なことをしたり、あるいはあいさつひとつできない、という人がいたときは、ちゃんと叱ります。きちんとした人のあり方や生き方を伝えて理解してもらえば、結果として結婚にもつながるからです」(同)

会員からは、恋愛相談も来る。「時には1時間以上電話で話すこともありますよ。誘いたいけどフラれたら怖い、という悩みには『年内に5人フラれるぐらいで行きなさい』と。苦しいことは必ずある。

一緒に水引きを作ることで、交流を深める(写真:吉縁会提供)

「でもそれは、そのことが起きたときに苦しめばいい。起きる前から苦しむ必要はない、とアドバイスします。予防接種の前は嫌だけど、痛いのは一瞬ですよね。その瞬間だけ痛がればいい。1週間も前から、その一瞬のために憂鬱になることはない。そして、『絶対に失敗しないように』と用意周到に準備する必要もない。フラれたら次に行けばいいだけです。そんな話をざっくばらんにできるのは、われわれにとっても、参加者にとってもメリットなんです」(同)。

会の当日は、60~400人ほど(お寺の収容人数による)が一堂に会す。開会式のあと全員でご本尊にお参りをし、お坊さんが良縁祈願をして会が始まる。お守りが授与されるのもお寺らしい。その後、坐禅体験、和菓子や水引き、数珠作りなどの仏教体験をする。ここで、近くの人と協力しながら進めることで、親睦を深めていく。そして、いよいよメインの「談話時間」。1人当たり5分で自己紹介をし、どんどん席を動いていく。これは一般的な婚活イベントとも似ている。特徴的なのは会終了後の「申請」イベントだ。

参加者は全員、自分の封筒を事前に用意し、男女別に部屋の床にずらりと並べる。次に、男性は女性の封筒がある部屋へ、女性は男性の封筒がある部屋へと向かう。そして、気になる人の封筒に、自分の連絡先(メールアドレスとLINE IDのみ)を書いたカードを入れる。全員に入れてもいい。むしろ、全員に入れるべきなのだ。理由はのちほど明らかになる。

全員が作業を終えたら、封筒を開ける緊張の瞬間だ。もっとも、カードが少ないからとヘコむ必要はない。1枚も入っていなくても、自分の連絡先を渡しているなら、相手から連絡をもらえる可能性はある。実際、この会で結婚した人の半数は、最初は片思いだった。逆に、カードがたくさん入っていた人ほど、結婚に結び付かないらしい。「『私は(僕は)まだイケル!』という自信が出て、ついつい欲が出てしまうんですね」(木宮氏)。

吉縁会の役割はここまで。このあとは、各自で連絡を取り合い、自由に愛を深めていけばいい。至れり尽くせりのサービスよりも、「あとは頑張れよ」と背中を押すぐらいでいいのだ。

おカネ目当ての祖父と結婚しても「幸せだった」

吉縁会が考える、幸せな結婚とは何だろうか。

「幸せな結婚とは、幸せになれる条件の整った相手を探すのではなく、この人と決めた人と幸せを作っていくことです。私の祖母は2歳でお寺の住職をしていた叔父の家にもらわれました。祖父は貧しい家に生まれ、幼い頃に母が亡くなり継母に育てられたのですが、お寺に捨てられました。祖父の捨てられたお寺はさほど裕福ではなく、ご飯だけは食べさせてもらえましたが、勉強すると怒られたそうです。おカネがかかるからです。

それでも祖父は毎日お経を読み、隠れて勉強をして東京帝国大学に合格しました。そこで、お見合いの話があり、学費を払ってもらえるということで祖母と結婚します。あまりいい言い方ではありませんが、おカネ目当てですよね(笑)。祖母もお寺の後継ぎが欲しいという理由で、祖父と結婚します。結婚式の日が『初めまして』だっただけでなく、祖父はその日のうちに東京で就職が決まったという電報を受け取り、『では失礼します』と、そのまま東京へ行ってしまったんです。

婚活イベントらしく、5分の会話タイムはあるものの、そこでわかることなどわずかだ(写真:吉縁会提供)

数年前、その祖母は103歳で亡くなりました。100歳の誕生日には、玄孫(やしゃご)まで合わせて75人が集まった。そのとき、『私は、結婚して幸せだった』という話をしてくれました。相手は学費目当てで結婚した人で、結婚式の日に東京に行ってしまったんですよ。それでも、相手のよいところに目を向けていった結果、"幸せな結婚生活"を送れたのです。

今の人たちは結婚の入り口が大事な人が多いように思います。すばらしい人と結婚すればすばらしい人生なのではありません。出会った相手と幸せになるのが結婚なのです」(同)

先ほどの「封筒全部に連絡先を入れたほうがいい理由」をおわかりいただけただろうか。5分話してわかることといえば、せいぜい外見と年齢と職業くらいだろう。そんな条件で結婚相手を選ぶのは無意味ということだ。ご縁があった人と幸せを作っていく結婚をしてほしい、と吉縁会は願っている。

(島田 ゆかり:おてライター)

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