大統領選が終わって間もなく、減り続けるモンタナ州の民主党支持者の1人で、オーガニック穀物の生産農家ケイシー・ベイリーさん(37)は、地元住民のために国政への怒りのはけ口となるFacebookグループを作った。選挙が終わってからの毎日、国民の頭から離れなかった「私たちに何ができるのか?」という疑問に対する明確な答えは見つからなかった。
2月に入って、1人の人物が現れた。ドナルド・トランプ大統領は、モンタナ州選出の共和党下院議員ライアン・ジンキ氏を内務長官に指名した。長官としての登庁した初日、ジンキ氏は馬に乗って出勤し、下院議員は空席となった。
馬に乗って登庁するライアン・ジンキ内務長官
ベイリー氏やモンタナ州の住民が驚いたのは、この席を埋めるための補欠選挙に、よく知られた名前が候補者として出てきたことだ。ロブ・クイスト氏――バンジョーをかき鳴らす伝説のカントリーシンガーだ。ポピュリスト的な公共サービスを公約に掲げるクイスト氏が、ジンキ氏の後釜を狙って民主党から出馬した。
民主党は州の党大会で指名候補を選んだ。最初の投票では決まらず、2回目、3回目と投票を繰り返しているうち、次第にクイスト氏が真剣に下院議員を目指していることが明らかになってきた。彼はモンタナ州内を巡り、地域住民に郡規模で党を組織し、積極的に党大会に足を運んで自分に投票するよう促していた。ベイリーさんが政治活動に関わるようになったのはFacebookページからだが、彼自身が集会の代表となっていた。ベイリーさんはクイスト氏に票を投じ、4度目の投票でクイスト氏は勝利した。
56の郡からなるモンタナ州全域で、クイスト氏は選挙活動を展開したこれが功を奏し、少なくとも6つの郡で新しい民主党支部が発足したと民主党モンタナ州の代表、ナンシー・キーナン氏は語った。
クイスト氏が3月にシュートー郡最大の都市フォートベントンに到着したときは、70人近い人が彼の話を聞きに集まった。
「ここは、共和党が大多数を占める、保守的な『赤い地域』です」と、ベイリーさんはハフポストUS版に語った。ベイリーさんは、3月に開かれた自身の初の決起集会のことを思い返した。「なんだこれは、と思いました」
今ではベイリーさんの集会にたいてい数百人が集まってくる。民主党が言う党の再建と権力を取り戻すために絶対必要なものとは、まさにこうした集会だ。しかしワシントンでは、民主党支持者は、選挙戦にどう関わればよいのか、関わるべきかどうなのかで葛藤している。全く目を背けている人もいる。
民主党のジム・クライバーン下院議員(サウスカロライナ州)は、2016年に民主党選挙運動委員会(DCCC)で国政選挙の戦略責任者を務めていた。「モンタナ州の補欠選挙?」クライバーン氏は、ハフポストUS版から「DCCCはこの選挙にもっと関与していくつもりはあるのか」と聞かれてこう答えた。近くにいた人物がクライバーン氏に、「ジンキ氏の後任を決める補欠選挙だ」と説明した。「あー、知りませんでした」と、クライバーン氏は言った。
ロブ・クイスト氏の選挙運動。3月10日、モンタナ州リビングストンにて。WILLIAM CAMPBELL VIA GETTY IMAGES
モンタナ州の有権者たちは5月25日に、クイスト氏か、あるいは州規模の選挙で敗れたばかりの、漫画に出てくるような富豪の共和党候補者のどちらかを選ぶ投票に向かう。トランプ大統領の支持率は35%、モンタナ州の補欠選挙で負ければ大きな痛手となる。
DCCCはモンタナ州で選挙広告を出していない。この選挙戦に勝てないから投資する価値がないと思っているのだろう。また国政レベルの民主党から支援をすることで、この選挙戦が共和・民主両党に対する信任を問う住民投票と受けとられることも懸念してのことだろう。そしてトランプ氏が大統領の座に就いている今では、民主党の負け戦になる。
しかし、そうはならないという議論もある。モンタナ州ヘレナの人口は約3万人ほどだが、トランプ氏に抗議するために全米各地で行われた1月21日のデモ「ウィメンズ・マーチ」の時、ヘレナでは1万人が通りを埋め尽くした。世に知られていない団体や新しい郡の民主党グループが出現している。
モンタナ州はかつて、民主党が勝利してきた州だ。民主党は州知事の座を握っており、モンタナ州の上院議員の2席のうちの1席には、ポピュリスト的な牧場主ジョン・テスター氏が就いている。一方で共和党は、歩く茶番といっても過言でない候補者を立てた。このポピュリズムの時代に、共和党はニュージャージー出身のテクノロジー大富豪グレッグ・ギアンフォート氏を擁立した。彼はモンタナ州に移住してから、自分が所有する土地を流れる川で、一般の人が魚釣りができなくなるように訴訟を起こした。彼は公有地を私有化することを強く推進している。モンタナ州に移り住んでからは、金の力で公職に就こうとしている。知事選では、テレビで選挙広告を3万661回も流したが(アメリカ国内の州の候補者ではこれだけやった人はいない)敗北したばかりだ。この運動にギアンフォート氏は最低でもポケットマネーから510万ドル(約5億7500万円)を費やした。
一方で民主党の指名候補争いでは、伝説的なミュージシャンが勝利した。モンタナ州共和党のスティーブ・デインズ上院議員はクイスト氏を、言葉を選んで次のように非難した。
私はロブ・クイスト氏の音楽、MMWB(ミッション・マウンテン・ウッド・バンド)の大ファンだ。しかしロブ氏はバーニー・サンダース氏の支持者で銃規制賛成派だ。多くのモンタナの住民の意思には合わない。
DCCCはモンタナ州に40万ドル(約4500万円)の資金援助をした。ダン・キルディー下院議員は、支援すべきだと考えていた。彼は民主党の選挙運動組織を支援するプログラムのリーダーとして、選挙基盤が弱い候補者を支援していた。ハフポストUS版は3月28日、キルディー氏に「モンタナの選挙に積極的に関わっていくべきかどうか」を尋ねたところ、「その方針だ」と答えた。
「私が見る限り、その方針に向かっていると思う。今朝もそのことを話し合った」と、キルディー氏は述べた。現在彼は、DCCCの共同代表を務めている。
「このチャンスを逃すわけにはいかない。今語られている話題、今の大統領、今の共和党には政治はできない。その代償を国民が払わなければいけないという動きを強固にするため、支援すべきだ」と、キルディー氏は語った。「普段は地元メディア以外では注目を集めないこのような選挙戦が、アメリカ中で注目されているのは興味深いことだ」
DCCCだけでなく、民主党委員会(DNC)もモンタナ州の補欠選挙に注目しており、今後は著名な政治家をモンタナ州に送り込む計画をしている。
「普段は使われないエネルギーをこの地に導く必要がある」と、キルディー氏は述べた。「これは、今使われるエネルギーが後にゼロになるといったゼロの足し算ではない。核心に迫ることだ。私たちにできることがここにある。具体的なステップだ」と、キルディー氏は言った。
トランプ氏は全てを変えてしまうと、キルディー氏は指摘する。「トランプ氏は常識が切り捨てられてしまう環境を作りだしています。常識では、トランプ氏が勝つ見込みはなかった。だからと言って、常識がすべて間違っているという訳ではない。常識では、モンタナ州やジョージア州で民主党が勝てるはずはない。私はその常識には賭けない」
モンタナ州のこの選挙戦に、国政レベルの民主党が動かない。機運は高まっているのに、民主党が今も大統領選の後遺症に悩まされているようだ。ジョージア州の補欠選挙で勝利したジョン・オソフ氏のために投じた労力と比較するとなおさらだ。オソフ氏は400万ドル(4億5000万円)の選挙資金を集めた。ニューヨーク・マガジンはジョージア州の補欠選挙を「反トランプの風向きを測定する装置」と評した。一方クイスト氏は、75万ドル(約8500万円)以上を集めた。クイスト氏には、16年間金銭的な問題を抱えてきたという記録がある。借金があり、取り立てられ、銀行からローン未払いで訴えられたこともある。
クイスト氏は逆に自身の金銭トラブルを利用し、モンタナの住民とつながろうとする。彼は政治家としては新人だが、この州では数十年にわたって、地元に知られた有名人だ。高校時代にはバスケットボールのチャンピオンとして、そしてモンタナ大学のプレイヤーとして、その後はミュージシャンとして親しまれた。公立学校改革を訴え、市民運動にも積極的に関わってきたことでも知られている。
民主党の中枢がこの選挙戦に関わらないのは、教科書的に言えば、資金の節約になるだけでなく、体裁も保てるからだ。「民主党の戦略は2つの教訓を学んだ。1つ目は、他の場所で選挙戦に関わらなければ、民主党が大事にしている有権者層に、 『民主党が敗れた』と思われない。そして現実に今までと同じ形で敗北したとしても、自分たちのキャリアには影響しない」と、長年民主党で選挙戦略を担当するジェフ・ハウザー氏は語った。彼は選挙戦での敗北を戦略とは認めていない。「前任者が敗れたのと同じ方法で敗れることが、民主党の選挙戦略上のアドバイスとなっているのです」
クイスト氏はポピュリストとしてとして選挙運動をしており、単一支払者保険制度(病院等の施設が医療費を単一の機関に請求し、その機関が支払うような国民皆保険的な医療保険制度)を支持している。しかし彼の選挙陣営はバーニー・サンダース上院議員(無所属・バーモント州)と比較されることにいら立っている。クイスト氏は民主党の大統領予備選でサンダース氏を支持していた。3月28日に始動した初めてのテレビコマーシャルの中で、クイスト氏は単一支払者保険制度を「私たちにも払えるヘルスケア」だと主張した。熱烈な中絶支持派で、人工妊娠中絶や避妊薬を処方する医療NGO「プランド・ペアレントフッド」(家族計画同盟)への資金援助打ち切りに反対している。今回の選挙戦は、「個人の生活への政府の介入に反対する闘いだ」と表現している。彼は気候変動のことは理解しているが、自身の主張を、ジンキ氏が用いたものと全く同じ話で言い表している――グレイシャー国立公園の氷が年々減っているという話だ。
「私たち民主党は、モンタナ州で、どうかすれば勝てるのです」と、キーナン氏は語った。「無党派層と一握りの共和党支持者を引きつけて民主党がこの地で勝利するには、強い基盤の民主党支持者の票が必要です。2016年に起こったことが、将来起こることの見本になるとは思っていません」
「すべての選挙戦、すべてのサイクルが新しい一歩となるのです」と、キーナン氏は続けた。「私たちは選挙戦に勝利するために戦います。勝利することもあれば、敗れることもあります。この選挙が国レベルで注目を集めているということは、この場所で民主党に議席を与えたいと、国民が注目していることにほかなりません」
クイスト氏は自身の選挙運動を、地域の問題に絞っている。彼は公有地へのアクセス問題を政策の要とした。これにより、ギアンフォート氏と共和党支持者の関係を引き裂こうとしている。
国が29%の土地を所有しているモンタナ州で、公有地へのアクセスは、大きな問題だ。大統領選期間中、共和党はオバマ政権が膨大な土地、特に西部の土地を保護区としていることを執拗に非難した。下院共和党議員は公有地の売却が今までより容易にできるように、政府が土地区画を州または民間開発業者に移行する際のコストの計算方法を変更する法案を可決した。この動きにより、330万エーカー(コネチカット州に匹敵する面積だ)の自然保護区域がオークションに出される道が開かれた。近隣のユタ州では、州の共和党員たちがトランプ政権に対し、オバマ政権末期に決められた国定記念公園の指定を取り消すようにという、前代未聞の要請をしている。
「ロブ・クイスト氏は、側近から与えられた真実性のない攻撃的な文句を並べたペーパーを読んでいるだけです」と、ギアンフォート陣営の広報担当シェーン・スキャンロン氏はハフポストUS版に語った。「グレッグ(ギアンフォート氏)は公有地を強く支持しています」
「モンタナの住民が公有地を守るためには、グレッグに任せれば安心です。彼は公有地は公の手のうちにあるべきだと信じているからです」と、スキャンロン氏は付け加えた。知事選で民主党がギアンフォート氏に対抗して掲げた、韻を踏むスローガン(Land[土地]とHand[手])になぞらえたものだ。
3月、トランプ氏は石炭採掘規制を一時的に差し止めにするという大統領令に署名した。この動きはモンタナの産業を後押しする。天然ガスが値上がりする中、石炭がある程度公益事業として復活してきたことから、今後2年間で生産が伸びるだろうとみられる。
しかしギアンフォート氏は、モンタナ州の民主党支持者から見ると、実情を知らないお金持ちというキャラだ。ギアンフォート氏は今までに公有地を売却する組織に何度も寄付をしてきた 。経済と環境研究のための基金(国有地の移行を推奨する国の組織)に2万7500ドル(約310万円)寄付していると、民主党は非難している。公有地へのアクセスはギアンフォート氏が知事選で敗北した決定的要因だ。この選挙戦で民主党は、「ニュージャージーの金持ちは、脅迫文を送りつけ、訴訟を起こし、あるいは私たちを震え上がらせ、交渉で国民の権利を取り上げられると思っている」と、ギアンフォート氏を攻撃した。
「私はこの自然、公有地を守るために命をかけて闘っています」と、クイスト氏は言った。「州はこの件に関しては完全に私に後れをとっています。私がこの選挙戦に出ている理由はそこにあります。これは私にとって大きな問題なのです」
ギアンフォート氏は今も十分な資金があり、その名は広く知れ渡っている。知事選は僅差で敗れる結果となった。ギアンフォート氏は46.4%を獲得し、現職のスティーブ・ブーロック氏は50.3%だった。ギアンフォート氏は自身の資産を公表することを拒否したが、2005年から2014年の間の納税申告書に2億2050万ドル(約248億円)の収入を申告していた。ギアンフォート氏は2011年、自分の会社「ライトナウ・テクノロジー」をソフトウェアの大手オラクルに15億ドル(約1700億円)で売却した。
クイスト氏も、政治の初心者として参戦しているわけではない。彼は歴代のモンタナ州知事に指名され、モンタナ芸術協議会の4年の任期を3度務めた。彼は州の公立学校の音楽、演劇、芸術プログラムへの資金援助が継続されるようにロビー活動をし、いじめ撲滅のカリキュラムを推進した。州の商務省の文化大使を務め、3年間の在任中には日本に数回訪問した。モンタナ州フードバンク・ネットワークの資金集めのスポークスマンも務めた。
選挙運動の後、自分のCDを売るロブ・クイスト氏。3月10日、モンタナ州リビングストン。WILLIAM CAMPBELL VIA GETTY IMAGES
クイスト氏は、ミッション・マウンテン・ウッド・バンドの設立メンバーとして有名になった。カントリーロックの5人組は、略してM2WBと呼ばれることもあり、モンタナ大学の毎年恒例の行事「エイバー・デイ」ビールパーティーのきっかけをつくった。このパーティーは、世界最大の寄付金集めをするビールパーティーとしてギネス世界記録に載った。
「あのパーティーは、私たちの演奏活動の中でも最高のものです」と、クイスト氏は語った。「国内のいろんな場所で演奏しましたが、いつもあの場所へ行くのが楽しみでした」
ベイリーさんは、シュートー郡最大の都市フォートベントンでクイスト氏の応援演説に立った。クイスト氏勝利の可能性については楽観的だ。「クイスト氏にはエネルギーと気運があります。それに、ギアンフォート氏はモンタナの人にあまり好かれていません」と、ベイリーさんは言った。「彼が勝つと思います。もちろん、まだ皆さんに投票してもらわないといけませんが」
補欠選挙の投票は5月25日。有権者が従来、あまり投票に行かない日に予定されている。予測気温は華氏60度(摂氏16度)ほどで、雨が降る可能性もある。
「選挙は木曜日に行われます。春は難しい季節です。投票に行こうと思う季節ではありませんから」と、ベイリーさんは語った。「従来、この地域では共和党支持者の方が動員をかけて投票に行く傾向が強いのです」
ハフポストUS版より翻訳・加筆しました。
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