うつ病に苦しむ人は全国に100万人以上(厚生労働省 2012年調査より)。心の病に悩む人が増える中、予防策として心理的ケアを行うカウンセリングに大きな期待が寄せられている。しかし、ある調査によると男性はカウンセリングに抵抗感を持つ傾向が強いという。なぜ男性は女性よりもカウンセリングを受けづらいのか、またカウンセリングを有効活用していくためにはどうすればよいのか――勤労者のメンタルヘルス事業を行うジャパンEAPシステムズ代表取締役社長の松本桂樹氏にお話を伺った。(取材・文/岡本実希、編集協力/プレスラボ)
「強くあれ」という男性ならではの価値観
今、「心の病」に悩む人が増えている。過重労働、職場でのパワハラ、夫婦仲の不和、介護問題などストレスの原因は様々だが、うつ病などの深刻な事態におちいる前に、いかに予防的ケアをしていくかが重要な課題だ。有効な予防策の一つとして期待されているのがカウンセリングである。
しかし、女性と比べて男性は「カウンセリングの受診率が低い」と指摘するカウンセラーもいる。都内でカウンセリングを行うあるカウンセラーによれば、男性の利用は全体の2割程度という。また、例えば論文『性役割観と依存欲求許容予測の関係がカウンセリングへのためらいに与える影響』(2010年/三巻佑佳・恒吉徹三)では、男性ならではの社会的価値観を強く持っている男性は、カウンセリングに抵抗感を持ちやすいことが指摘されている。
実際にカウンセリングを受けたことのある男性に聞いてみると、次のような話を聞くことができた。
「社会人になって、新しい環境での仕事や人間関係がストレスになり、精神的な落ち込みを感じるように。会社から勧められカウンセリングを受けたが、自分が病気であることを認めるようで劣等感のようなものを感じた。病院に行ったことが原因で1週間ほど精神面での落ち込みが悪化した」(20代男性)
「高校生のころ、生きる気力が湧かず、急に涙が出てきたり、漠然と消えたい・死にたいと思ったりするようになった。精神的な限界が来ていると漠然と分かっていたので、自分はカウンセリングに行きたかったのだが、親が精神科でカウンセリングを受けることを非常に嫌がり苦労した」(20代男性)
こういった葛藤は、「強くあらねばいけない」といった男性への社会的価値観と、無関係ではないように見える。
女性は感情を訴え 男性は事実を訴える
また専門家は、男性はカウンセリングに抵抗感を持つというだけでなく、カウンセリングにおける話し方にも特徴があると話す。臨床心理士の松本桂樹氏は言う。
「女性は『上司が厳しくてとても辛いです』というように感情を素直に表現される方が多いのに比べ、男性は『上司に、もう辞めてしまえと言われました」というように、起こった出来事だけを事実として客観的にお話しされる方が多いですね。
やはり『強くあれ』という男性ならではの価値観によって、無意識的に『辛い』という気持ちに蓋をしてしまう方が多いからだろうと考えられます。
「辛い」という気持ちを自覚したり、言葉で表現したりすることが難しいため、代わりに腹痛や頭痛などの体調面で不調が表れる方もいらっしゃいます。こうした症状を身体表現性障害と呼ぶのですが、男性は特にこうした傾向が強いと感じています」
つまり、精神的なストレスを抱えていても「辛い」という気持ちを自覚することができなかったり、単に身体面の不調だととらえてしまう。こういったことでストレスへの対処が遅れてしまう恐れもあるということである。
こうした傾向に拍車をかけているのが、男性の日常生活における相談機会の少なさだと松本氏は指摘する。
「そもそも辛いという感情は、他者に相談することで自覚されていくケースが多いです。しかし、男性は日常的なコミュニケーションのなかで身近な人に相談をする機会が少ないため、そもそも自分の中の辛いという感情に気づかないこともあります」
松本氏が言うように、ヒアリングした30代男性からは実際に相談する機会の少なさが、感情の自覚や言語化を難しくしているという声もあった。
「女性はよく自分の恋愛相談などを友人にしているイメージがあるが、男性はほとんどない。仕事の話でも『こういうことをやっている』という事実を話すことはあっても『これで悩んでいる』と相談する機会が少ない。そのせいか自分の本当の感情に気づきにくくなっている気がする」(30代男性)
カウンセリングは解決策提示の場でもある
では、どうしたら男性はカウンセリングをより利用するようになるのだろうか。松本氏はカウンセリングへの考え方を変えることだと話す。
「カウンセリングを受けることに否定的なイメージを持ってしまうのは、おそらく『辛い感情を誰かに伝えて受容してもらうことで楽になる』というカウンセリングの一つの側面だけをとらえてしまっているからだと考えられます。
しかし、カウンセリングにはそうした情緒的なサポートをするという機能以外に『原因を客観的に捉えて問題解決をする』という意味もあります。つまり、起こっている"事実"を第三者からロジカルに捉えることで解決を目指していく、という機能です。
例えば、精神的なストレスから腹痛という身体の不調が起こっているとき、『どういう状況ならば腹痛は起きにくいのか』という記録を取りつつ、どうしたら腹痛をおさえることができるのかをカウンセラーと分析していきます。辛いという"感情"ではなく、このように"事実"に焦点をあてて問題解決をしていくアプローチも存在していることを知ると、『弱音を吐く』というイメージとは少し違う側面もあることが分かっていただけると思います」
健康診断と同じように利用して
一般的に、男性は「感情の寄り添い」よりも「現実的な解決策」を求めると言われることがある。ただし筆者のヒアリングでは、「カウンセラーからああしろこうしろという指摘が多く、辛い気持ちを分かってもらえなかった」という声も複数の男性から聞かれた。
カウンセラーが問題解決という「未来」にばかり着目してしまうと、「今が辛い」という相談者の心が置き去りにされてしまう可能性がある。結果として「辛い気持ちを分かってもらえなかった」というミスマッチにつながる危険性もあるので、「感情」と「事実」の両方を受容し、分析する十分な技能がカウンセラーに必要であることは言うまでもない。
また、何らかの症状があらわれたあとでカウンセリングを利用するという考え方は変えた方が良さそうだ。
「職場の異動や転職、プライベートにおける大きな転機など、何かしらの変化が発生するときは、精神的にストレスがかかりがちです。何らかの異常を感じてからカウンセリングに来るというよりは、そうした転機があったときに定期的にカウンセリングを利用するというのもひとつの手かもしれません」(松本氏)
不調を感じたからカウンセリングへ行くのではなく、不調に至る前のメンテナンスとして利用する。健康診断を利用するように、カウンセリングを利用していい。このように考えれば、カウンセリングが利用しやすくなる人は多いのではないか。
ここまで男性のカウンセリングの受けづらさと、その解決策について見てきたが、最後にカウンセリングを受けてよかったという男性の声を紹介したい。
「カウンセリングを受ける前は、自分の気持ちを認知したり表現したりするのを難しく感じていた。それが僕を生きづらくさせている大きな原因の一つだったと思う。カウンセリングなどを受けるうちに、ずいぶん楽になった。現実的な解決策やすっきりした答えが出るまでに時間がかかることもあったが、カウンセリングなどを通して悩みを掘り下げ、味わい、理解していくプロセスから学ぶことがあったり、少なくとも受け止めてもらえることで楽になったりした。今は、もっと早くサポートを受けたらよかったと思う」(30代男性)
この記事が、カウンセリングを受けることを躊躇している男性や、その家族に届くことを願っている。
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松本桂樹(まつもと・けいき)
1969年東京都生まれ。東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了。臨床心理士、精神保健福祉士、シニア産業カウンセラー、1級キャリア・コンサルティング技能士などの資格を持つ。現在は勤労者のメンタルヘルス事業を行うジャパンEAPシステムズ代表取締役社長。著書に『部下が病気にならないできる上司の技術(WAVE出版)』『「傷つきやすい人」の心理学 人間関係にとらわれなくなる本(大和書房)』などがある。
(プレスラボ)
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