日本流「過剰サービス」は誰も幸せにしない 「カネを取れないサービス」は本当に必要か

日本中のさまざまな業界で、そこまでのニーズがあるのかどうかわからない、奇妙なサービス競争が行われています。
rear view of a male asian delivery man checking packages to be delivered.
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imtmphoto via Getty Images

「不在にしていても、何度でも無料で宅配便を届けてくれる」

「ガソリンスタンドに入ると数人が駆け寄ってきて窓ガラスを拭いてくれる」

当たり前になってしまったサービスだが、空前の人手不足の中で、このような「過剰サービス」はどこまで持続するのだろうか。そもそも、本当にこのようなサービスは必要なのだろうか。

経済学者である伊藤元重氏は著書『伊藤元重が警告する日本の未来』で、「年に3%ずつ生産性を向上させられない企業は淘汰の時代を迎える」と指摘する。どういうことか、解説してもらった。

日本の生産性は先進国中で最下位

自分自身の働き方を振り返って、「長時間、仕事をしているが、あまり効率はよくない」と感じている人は案外多いかもしれません。

本記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら

実際、OECD(経済協力開発機構)による労働時間の調査では、日本は38カ国中22位で、38位のドイツの人々よりも平均で25%長く働いているという結果が出ています。

OECDのデータに基づいて日本生産性本部が発表している労働生産性の国際比較で見ると、日本は1人当たりでも1時間当たりでも加盟34カ国中の21位です。これは主要先進7カ国中で最下位です。

こうしたデータからも、「睡眠時間を削りながら長時間働いているが、生産性はあまり高くない」という日本人ビジネスパーソンの姿が浮かんできます。いったいなぜ、そんなことになっているのでしょうか。

結論を先に言ってしまえば、日本では消費者の側から見れば非常に便利なサービスが、労働生産性という点では問題含みである、という事例が多く見られるということです。

そのサービスは行き過ぎではないか

先ごろ、宅配便事業のヤマト運輸がインターネット通販の荷物の急増と人手不足に耐えかねて、荷物の総量抑制と値上げを発表して話題になりました。

最近のネット通販は注文から配送までの時間が以前より短くなり、昼に注文した商品が夕方に届くこともあります。宅配便業者は留守だった家には何度でも来て、無料で再配達に応じてくれます。

こうしたサービスが生産性を引き下げ、人手不足に拍車をかけていると言えます。

外食産業には牛丼チェーンからファミリーレストランまで、お客の少ない深夜も含めて24時間営業している店がかなりあります。それらは深夜営業をなくすだけで、その時間に配置する人手がいらなくなり、1人当たり、1時間当たりの労働生産性を高めることができるでしょう。

小売業界では、かつては正月三が日に休業する会社が多かったのですが、年を追って休業日が短くなっていき、ついには元旦から開店する店も現れました。

ガソリンスタンドを見ると、最近はセルフ化されたスタンドも増えたものの、有人のスタンドでは、車が入ると4人ぐらいのスタッフが駆け寄ってきて一斉に窓を拭き始める、といったサービスもまだあるようです。

アメリカ人の友人は、駆け寄ってきたスタッフを見て「強盗が来たと思って逃げ出した」と話してくれました。

金融業界では、たとえば投資信託が問題になっています。日本の投信の設定本数は6000本近くに上り、一見、いろいろな種類から選べるように見えます。

しかし、1本当たりの残高をアメリカの投信と比べると、日本が160億円であるのに対して、アメリカは19億ドル(約2300億円)という大きな差があります。

1本当たりの残高が少ないことは、運用が非効率になる、手数料が割高になる、といった問題につながります。日本では投信の運用会社自身の収益性も低いし、投資家もそれほど儲かっていないのです。

このように日本中のさまざまな業界で、そこまでのニーズがあるのかどうかわからない、奇妙なサービス競争が行われています。そのことが、長時間働いている半面、生産性が低いというデータにつながっているのでしょう。

生産性が低い企業は労働者に逃げられる

同じ産業や同じ業種の中でも、生産性が高い企業と低い企業の差が非常に大きいことは、日本経済のひとつの特徴です。

生産性が低く賃金を上げられない企業から、生産性が高い企業へと労働者が移動してしまえば、彼らに逃げられた企業は立ち行かなくなります。

ところが、日本では転職を容易にするような労働市場の流動化が進んでいなかったために、こうしたことが起こりませんでした。このことは企業間の生産性格差が温存された一因だとされています。

日本企業はこれまで、転職したくてもできない労働者に単に長時間労働をさせて、生産量や売り上げを増やしてきたのではないでしょうか。

ブラック企業と呼ばれる企業がしてきたことは、まさにそれだったのではないかと感じます。いわば経済全体でだましだましやってきたのです。

しかし、人手不足を背景に労働市場の流動化が促されている今日、そうしたやり方が限界を迎えたことは明らかです。

やみくもにサービス競争をし、生産性を低下させている企業は労働者に逃げられ、行き詰まり、その結果、業種内での再編や淘汰が起こってくるでしょう。

安倍政権は名目GDPの3%成長を目指しています。その場合、賃金も3%成長することになります。言い換えれば企業の人件費が毎年3%ずつ上がっていくということです。

人件費上昇分をそのままポンと上乗せするような値上げが通用するケースは、まれでしょう。だとすると利益を確保するためには、商品の付加価値を毎年3%上げるか、労働生産性を3%上昇させるしかありません。

毎年、継続的に労働生産性を向上させていこうとしたら、「今の仕事をもっと少ない人数でやれ」といった、輪の上を走るハツカネズミの尻をたたくようなやり方では到底実現できないでしょう。そうではなく、仕事の効率性を見直すという発想が、今こそ求められているのだと思います。

(伊藤 元重:学習院大学国際社会科学部教授)

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