「イスラム教の現状、ナビラとマララを通じて知ってほしい」 現代イスラム研究センター宮田律さんに聞く

世界各地でイスラム過激派によるテロが相次いでいるなか、日本人はイスラム教とどう向き合ったらいいのか。ハフポスト日本版は、現代イスラム研究センター理事長の宮田律さんに聞いた。
宮田律/Getty

ロンドンなど世界各地でイスラム過激派によるテロが相次いでいるなか、日本人はイスラム教やイスラム教徒とどう向き合ったらいいのか。ハフポスト日本版は、現代イスラム研究センター理事長の宮田律さん(イスラム地域研究)にインタビューした。

宮田さんは、近著『ナビラとマララ 「対テロ戦争」に巻き込まれた二人の少女』(講談社)で、パキスタンでイスラム過激派の銃撃を受けた少女マララさんと、アメリカ軍の無人機「ドローン」のミサイル攻撃で祖母を亡くした同国の少女ナビラさんを比較して取り上げ、イスラムと欧米諸国との関係の歴史や「対テロ戦争」が起きた理由を記している。宮田さんは「ナビラさんを通じてイスラムへの理解を深めてもらえると嬉しい。若いうちに現状を知って見方が定着することは大切だ」と強調した。

インタビューに答える宮田律さん

◾「加害者が違えば扱いが違うことを伝えたい」

———宮田さんはこれまでイスラム教に関する著書をたくさん書いていますが、子供向けは初めてですね。

いま14歳のナビラさんと同じ年代の人、つまり子供たちに「対テロ戦争」の現実を知ってもらいたいと思って書きました。9・11(2001年のアメリカ同時多発テロ)の後に生まれた子供たちに対テロ戦争と言っても、よく分からないですよね。どうしてアメリカが世界各地で戦争を続けているのか、なかなか実感できないと思います。

アメリカは空爆によりテロを殲滅(せんめつ)することを目指していますが、同時に多くの一般市民も巻き込まれて犠牲になっています。それが人々の憎悪を生み、悪循環を生んでいます。

———『ナビラとマララ』の中で、宮田さんは途中、「ところで、みなさんは不思議に思いませんか?」と、ナビラさんとマララさんの事件後の境遇がとてもかけ離れたことについて問いかけています。

ナビラさんは北西部の部族地域・北ワジリスタンで祖母をアメリカのCIA(中央情報局)による突然のドローン攻撃で失い、マララさんはアメリカの敵であるTTP(反政府武装勢力パキスタン・タリバン運動)から銃で撃たれました。2人ともパキスタンで対テロ戦争の被害を受けた少女なんですが、ナビラさん一家はアメリカからの謝罪や補償は一切なく、一方のマララさんは世界的に注目され、ノーベル平和賞も受賞しました。加害者が違えばこうも扱いが違うのかということを著書で伝えたいと思いました。

ナビラさんが2015年秋に初めて来日した際、「私たちに教育を下さい」と訴えました。日本人にとって教育とは空気のように特別に存在を感じることが少ないありふれたものですが、彼らや彼女たちにとっては教育がなければ将来は開けないんです。

イスラム教というと、女性が差別を受けているとのイメージを持たれることもあります。ナビラさんの住むパキスタンは、イスラム教の国の中で特に女子の就学率が低いです。私は2016年にナビラさんが現在住むパキスタン西部のペシャワルを訪れ、彼女が13人きょうだいの真ん中でしかも双子だと知りました。彼女が学校で勉強しているところを見てきました。

私たちは日本で「ナビラ募金」を設け、お金を集めて彼女をその学校に入学させたんです。彼女は将来、弁護士になりたいと夢を語っていたので、私は日本の学校で学ばせたいと思っています。しかし、彼女が成人を迎えるまで資金を出し続けられるかは自信がありませんし、彼女の親にその提案をしたのですが、今の段階では日本に行かせたくないと言われました。

ナビラさん=2015年11月、東京

◾「敬虔なムスリムはラマダン中に人を殺すようなことはしない」

———ドローン攻撃には中東諸国からの反発が多いですね。

ドローン爆撃は遠く離れたアメリカ本土にいながらカメラで標的を探し、ノミを潰すようなゲーム感覚で実行されているとされます。アメリカは被害者の心情が分かっていないのではないでしょうか。

加えて明らかに国際法違反で、他国の主権を侵害しています。アメリカ国内での法手続きも曖昧で、誰がどう判断しているのかも不明で非人道的、超法規的なものです。対テロ戦争の矛盾がそこにあります。

数年前にアフガニスタン南部のカンダハルを訪れた際、現地の若者と話す機会がありました。みな同じ民族服に身を包んでいますが、ある者は政府軍に属し、ある者は(反政府武装勢力)タリバンに属していると話しました。要は、金次第でコロコロ変わるんです。ドローン攻撃のため上空からカメラで見ても、だれがタリバンかなんかは実はよく分かりません。CIAは協力者から情報を得て攻撃をしているんでしょうが、それもどれだけ正確なのかは疑問です。

———日本では、イスラム教に対して怖い宗教だとのイメージを持っている人も少なくないです。

イスラム過激派は「悪」で、さらにイスラムという宗教に問題があると思われるような報道がされることも多いです。現在はラマダン(断食月)中ですが、最近では「ラマダンの最中はテロが増えるからから注意してください」とニュースキャスターが言うことも少なくありません。でも、敬虔なムスリム(イスラム教徒)はラマダン中に人を殺すようなことはしませんよ。

確かにIS(イスラム国)がラマダン中の攻撃を呼びかけたことがありますし、過激派のためにイスラム世界への誤解が生じているのは事実です。でも、ナビラさんのことを知れば見方が変わるのではないでしょうか。イスラム過激派とアメリカの空爆は、本質的に変わらないんです。いや、アメリカの攻撃の方がはるかに殺傷能力は高く、例えばイラク戦争での死者はISの攻撃による犠牲者よりも多いんです。

ニューヨークのタイムズスクエアで、トランプ政権のイスラム圏からの入国拒否の政策に反対する人たち=2016年9月

◾「難民受け入れを拡大すれば世界での日本の評価は上がる」

———イギリスでは最近テロが続発し、イスラム教徒が容疑者になりました。3日に起きたロンドン橋のテロでは、パキスタン出身のイギリス人が容疑者でした

教育を受けて、大学を出ていればそんなことをしなかったと思っています。パキスタンで就職できなかったのか、それともイギリスでドロップアウトをしたのか。教育が普及すれば暴力は減ると思います。また、女の子がもっと教育を受けて社会進出をするようになれば、必要以上に高い出生率は下がります。暴力を減らすために勉強する、そういう視点を持ってほしいです。

そして日本政府はどんどんその後押しをしてほしいです。相手のために何かをすれば、いずれそれが日本に還ってきます。アメリカとは違うテロとの向かい方があります。また日本人、特に子供たちは、イスラムへの理解を深めることが重要です。

イスラム教は決して暴力的な宗教ではありません。イスラム関係のニュースはテロ絡みで伝えられることが多く、怖くて物騒だという認識が強いかもしれませんが、この本でナビラさんを通じて理解を深めてもらえると嬉しいです。若いうちに現状を知って見方が定着することは大切だと思います。

———トランプ大統領はイスラム圏の国からの入国を禁止(現在6カ国)する大統領令を出し、混乱しました。そんな状況の中、日本はどういった難民政策を取るべきだと考えますか。

トランプ政権がテロへの警戒を強めている状況に関して言うと、元はと言えばアメリカが起こした戦争が原因です。

欧米でテロが相次ぐ中、日本は大丈夫かと尋ねられることがあります。欧米は中東に空爆をしておりテロ攻撃を受ける理由がありますが、日本は第二次世界大戦でも中東のイスラム教徒を殺していませんし、イスラム過激派が日本人を襲う動機はありません。

2015年にフリージャーナリストの後藤健二さんがシリアでISに殺害されました。このケースでは、安倍首相がその直前、訪問先のイスラエルで同国の国旗を背にして会見を開き、ISと戦っている国にお金を出すと宣言しました。一方のISは、自分たちは正当な戦いをしていると信じており、テロリストと言われれば反発しますよ。

人口が減少している日本では、イラクやアフガニスタン、シリアなどイスラム圏の人を労働力として必要とする局面が来るのではないでしょうか。日本は2017年からの5年間でシリア難民の留学生とその家族を計300人規模で受け入れることにしましたが、ドイツなどヨーロッパの国に比べるとはるかに少ないです。これで国際社会での責任を果たしていると言えるでしょうか。難民受け入れを拡大すれば世界での日本の評価は上がりますよ。

インタビューに答える宮田律さん

宮田律(みやた・おさむ)1955年山梨県生まれ。慶応大学大学院文学研究科修了。UCLA大学院修士課程修了。専門は現代イスラム政治研究、イラン政治史。3月には『ナビラとマララ 「対テロ戦争」に巻き込まれた二人の少女』のほか、『イスラム唯一の希望の国 日本』 (PHP新書)、『トランプが戦争を起こす日 悪夢は中東から始まる』(光文社新書)と相次いで出版した。

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