「なぜ日本は難民を受け入れないのか」 写真家レスリー・キーさん、国連広報センター根本かおる所長と対談

日本は難民とどう向き合えばいいのか――。世界のさまざまな価値観に触れてきた2人が、日本ではあまり知られていない「難民問題」について語り合った。

日本は難民とどう向き合えばいいのか――。シンガポール出身で1994年に来日し、写真家として活躍するレスリー・キーさんと、長年難民支援の現場で活動してきた根本かおる国連広報センター所長。世界のさまざまな価値観に触れてきた2人が、日本ではあまり知られていない「難民問題」について語り合った。

キーさんはこれまで国籍、性別などさまざまなカテゴライズを超えた作品を多く発表し、固定概念に揺さぶりをかけるような作品を提示してきたが、根本さんの『難民鎖国ニッポンのゆくえ』(ポプラ新書)刊行と6月20日の世界難民デーにちなんで対談することになった。

■レスリー・キーさん「日本に難民がいること、みんなあまり知らないのでは」

対談する根本かおるさん(左)とレスリー・キーさん

キーさん(以下、キー) まず、難民の問題があること自体、日本のみんなはあまり知らないんじゃないですか。

根本さん(以下、根本) 外国の問題として、例えばシリア難民が問題になっているといった話は頭にあるんですよ。でも日本に来ている難民の人たちに関しては、ほとんど意識にないですね。

キー 日本にいる難民たちの報道やテレビ番組、ドキュメンタリーはどれくらいありますか。

根本 あまりないです。以前、私も日本で暮らしている難民の人たちについてテレビで話したことがありますけれど、そういう良心的な番組は、大海の一滴なんですよ。ただ、ある臨界点を越えると、急にみんなが知っている状況になる場合がありますよね。今は膨大な情報が流れていて、その中で人の意識を変えるほどには日本の難民の状況を知らせるための情報は足りていません。それが現状だと思います。

ただし、2016年のリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックの難民選手団はパワフルでしたね。普段、難民問題はニュースでほんの少し取り上げられるだけですが、それに留まらないで、スポーツ番組やエンターテイメント番組でも幅広く語られました。

キー 世界中の人たちが見ているオリンピックで、難民たちの存在とアイデンティティを堂々と世界にアピールできた。あのアイデアはヒントになるんじゃないですか。日本でも、難民の人たちが集まってイベントやショーに出演すれば、彼らの存在をアピールするチャンスになるかもしれない。

根本 エモーショナルに訴えかけられるから大きいでしょうね。あまり理屈や頭でっかちに難民の問題を考えてばかりいても仕方がない。それよりも難民の人たちのパワーを活かした方がいいかもしません。

キー 私が写真やドキュメンタリー動画を撮るから何か難民の人たちをもっと知ってもらえるようなアクションを起こしましょうよ。

■根本さん「日本の難民認定率は桁違いに少ないんです」

根本 東京オリンピック・パラリンピックにも、IOC(国際オリンピック委員会)は難民選手団を派遣しようとするでしょうから、それが大きなチャンスになります。世界中が注目しますから、日本もその人たちをまずは受け入れるでしょう。そして当然、普段、日本は難民の人たちにどう接しているかということにも目を向けられます。すると、今の日本の難民の受け入れ状況では、世界に対して恥ずかしいということになるのではないでしょうか。

キー 恥ずかしいというのは、具体的にどういう日本の状況に理由があるんですか。

根本 例えば2015年の難民認定の一次審査の認定率は、アメリカは約77%認定しています。それに比べて日本は約0.5%と、桁違いに少ないんです。そういう状態だから、日本に来ても、日本は難民申請に対して厳しいから、申請しても無駄だと思ってしない人もいます。それでも2016年は、日本で難民申請した人は1万人以上いたんです。その中で日本政府が難民と認めた数は28人なんです。

キー Oh My God! どういう基準で、そうなっているんですか。

根本 難民条約というものがあって、その定義に基づいて、難民に認定するかどうかを判断しているんです。でも日本の場合は、その数字から分かるように、他の国々に比べると、すごく厳しいんです。

キー 申請してもほとんど通さないということですね。日本の安全のためにいろいろな外国人が入ってこられないように、その人たちのすべてのバックグラウンドを調べてからでないと入れないようにしているようにも見えます。日本は東南アジアなどに比べたら豊かです。だから、難民の面倒を見る経済的な余裕が、他の国と比べたらあるはずだと思います。どうして日本はそんなに難民に対して厳しいのですか。

根本 一つは、日本には今、外国人がたくさん来ているけれど、それでもまだ単一の文化の色が強い国ですよね。そういう中で、もっと寛大な態度で難民を受け入れましょうという声がなかなか起こりにくいんです。もちろん国際的に決められたルールとして難民条約を守らなくてはいけないのですが、国民が強く求めない場合、政治家や政府は熱心に政策を変えようとしないんでしょう。

キー ということは、政府や政治家の問題よりも、国民の教育の問題ですか。

根本 両方です。政府のことで言えば、日本で難民認定を管轄しているのは、入国管理局の一部です。この名称からもわかるように、これでは入国を「管理」するという考え方で申請する人たちに対応しますよね。それは、難民はもちろん、本当に困った人の権利を保護しようというマインドとは少し違うんですよ。人を保護しようというところから入っていくのか、それとも「管理」から入っていくのかでは、全然意識が違うじゃないですか。

キー 日本では、人を保護しようというところから入っていくのと、アプローチが違うんですね。

根本 やはり独立した難民認定を扱う組織を日本でもつくるべきだろうし、法律も人々の権利を守るために整備していく必要があると思っています。

■キーさん「難民を受け入れたら経済面でもいいことがあると思う」

キー 今、コンビニエンスストアへ買い物に行くと、留学生をはじめ、いろいろな国の人が日本でも働いているじゃないですか。私も日本に来て、1992年から95年頃、実はコンビニエンスストアで働こうと、面接に行ったんです。けれど一度も採用されたことがありませんでした。当時は私たち留学生にコンビニで働くチャンスなんてほとんどゼロだったんです。

それが今、彼らが働いてくれないと困るでしょう。留学生たちは難民ではないですけれどね。でも、いろいろな国から日本にやって来て、コンビニだけではなくて、工場や農業、様々な産業の現場で働いてくれている彼らに感謝しないといけないと思います。だから難民の人たちを日本に入れても、きっと経済面などでももっといいことがあるんじゃないかと思うんです。

根本 留学生でアルバイトしている人たちも含めて、いわゆる外国人労働者は、日本ではじめて100万人を突破したんです。

キー 今後もどんどん増えていくでしょう。それから国際結婚もこれからもっと増えると思いますよ。そうすると、日本の人たちの外国人に対する意識も変わっていくと思うんです。

根本 三重の鈴鹿市をはじめ、ミャンマーの難民やシリアからの留学生を受け入れているんですが、公的な機関にだけには任せておけないと、民間の動きもいろいろと立ち上がっています。

東京マラソンで難民の若者と日本の大学生が一緒にチームをつくってチャリティを募ったり、明治大学などの大学が「難民高等報告プログラム」というスキームで難民の学生を受け入れたりています。そして新たに、日本のNGOが日本語学校と連携して、プライベート・スポンサーシップという形でシリア難民を留学生として受け入れるようになりました。

また、ユニクロでは世界中の店舗で45人の難民が働いています。難民が働いているお店の店長や研修担当者、難民スタッフ当事者らが定期的に集まって、何に苦労しているかなど、経験談を共有するために研修会を開いているんです。難民の方々は、とても大変な経験をしてきている人たちですから、他の店員さんたちもすごく刺激を受けるそうです。

キー 一緒に働いていたら、彼らのハングリーさや仕事への向き合い方、コミュニケーションの取り方、たくさん見習うところがあるでしょうね。

根本 今、日本には大きなチャンスがあると、私は思っているんです。難民はすごいサバイバルをしてきた人たちでしょう。そういう人たちを受け入れると、大きな刺激がありますよね。学びや気づきがあるはずなんです。それが日本の社会が成熟するための機会につながると思うんですが、そのチャンスを日本はまだ逸していると思うんですよね。

難民申請をしている人たちは、なかなか認められないので、政府に対しては苦い思いを抱いている人もいますけれど、周りの日本人に対してはすごく感謝の気持ちを持っています。そういう人たちの中には、定期的に公園の清掃活動を日本のお年寄りたちと一緒にしている難民申請者の子供たちもいるんです。社会のために還元したいという気持ちを強く持っている難民の人たちがいて、そんな彼らのために日本はもっとしてあげられることがあると思うんです。

■根本かおるさん「join togetherの精神でかかわってほしい」

キー 自分も日本に来て、生き、暮らしやすい環境を自分である程度つくってきました。写真の仕事は、写真を撮って、それで完成するものではないですから、仲間が必要です。イベントで発表するにも、本をつくるために印刷するにも、撮影のときは照明やいろいろなことを手伝ってくれる人が必要です。

そういう人たちと気さくにコミュニケートする姿を、わかりやすく日々みんなにシェアしています。それを周りがどう思うかは任せます。任せた方が彼らは自分で話し出すようになるから。私の方法でよければ、私のスタイルと同じようになればいいなと考えつつ、そうして自分のフォロワーのような人が増えていくことで、自分も暮らしやすくなってきました。

根本 レスリーはいろんな人たちお返しをしようという思いが強いですよね。

キー もちろん! いろいろな人たちにお返ししたい。それで喜んでくれたら、その喜びは自分の喜びになりますからね。

根本 難民の人たちも、自分が助けてもらう機会が多いじゃないですか。彼らは自分が助けてもらったから、苦しい状況にあっても、助けを必要としている人を見つけたら助けるんです。でも大変だろうから、まずは自分たちのことを大切にしたらと思うんだけれど、それでも余裕がない中、みんなで他人を助けますよね。

キー 感謝の気持ちが大きいのではないですか。

根本 人は本来、みんながその気持ちを持っているはずですから、それをもっと開いていく必要があります。自分と異なるものを受け入れる、あるいは刺激を受けることに前向きなのは、ステレオタイプなどに凝り固まっていない柔軟な頭です。だから、若い人や子供たちに、異なることは楽しいことなんだ、自分たちが当たり前と思っていることが当たり前ではないんだと伝えたい。

そして、私たちは日本に暮らしていて幸福だけれど、他国ではこういう事情があって、実は日本の足元にもこういう問題があると、それぞれをつなげて考えるためにも、難民や移民の問題に、まさにjoin togetherの精神でかかわってほしいと考えて、今行動しています。

(構成・小山晃)

「TOGETHER」のプラカードとともに

レスリー・キー(Leslie Kee) 写真家。シンガポール生まれ。13歳から日系工場で働くなかで日本文化に魅了され来日。『VOGUE』などのファッション雑誌を中心に資生堂やユニクロといった広告も数多く撮影し、2001年に初写真集『PRESENT』(朝日出版社)を刊行。2002~2005年、ニューヨークを拠点に活動。2004年創刊の自費出版誌「SUPER」シリーズは『SUPER LADY GAGA』など毎号ひとつの対象を徹底的に撮るライフワークとなる。東日本大震災を受けて2011年6月にはティファニーとの共同チャリティ写真集『LOVE & HOPE』を出版するなど、精力的に活動を続ける。

根本かおる 国連広報センター所長。東京大学法学部卒。テレビ朝日を経て、米国コロンビア大学大学院で修士号。1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)でアジア、アフリカなど難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。フリー・ジャーナリストを経て2013年8月より現職。難民をテーマにした著書に『難民鎖国ニッポンのゆくえ』がある。

レスリー・キーさんがミュージック・ビデオを作成した国連の「SDGs(持続可能な開発目標)」はこちらから。難民問題はもちろん、環境や貧困など世界のさまざまな問題について知る、考えるきっかけになります。

根本かおるさんの『難民鎖国ニッポンのゆくえ』は、日本の難民問題についてイチから解説しています。日本に暮らす難民たちや支える人々の姿を追ったルポから、日本の今が見えてきます。

▼画像集が開きます▼

【※】スライドショーが表示されない場合は、こちらへ。

注目記事