サントリー「セクハラ動画」炎上は防げたか 「失敗の本質」と「再発防止策」を考える

「女性を描くとたたかれるのか?」と勘違いする向きもあるかもしれない。それは大きな誤解である。
The logo of Suntory is seen at the Suntory Musashino Brewery in Tokyo, Japan September 26, 2016. REUTERS/Toru Hanai
The logo of Suntory is seen at the Suntory Musashino Brewery in Tokyo, Japan September 26, 2016. REUTERS/Toru Hanai
Toru Hanai / Reuters
本記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら

またひとつ、製品PR動画が炎上した。サントリーの新製品ビール「頂」をプロモーションするため、インターネット上で公開されたものである。批判を受け、すでに問題の動画は公開停止になっている。

話題になったので見た人もいるだろうが、まだの人のために改めて内容を紹介する。出張に行ったビジネスマンが外食していると、現地在住と思われる女性が話しかけてくる。食事中には肉料理を食べる場面で「肉汁いっぱい出ちゃった」、ビールを飲む場面で「コックゥ~ン!しちゃった」と話す。

「意図」の段階で女性の扱いがおかしかった

問題となったPR動画「絶頂うまい出張」。7月6日から特設サイトに掲載されていたが、翌7日には公開停止となった

わずか30秒の動画だが、問題は多い。たとえば、出張先で美女が自ら近づいてくるという設定が男性にとって都合が良すぎること、女性の食事風景がアダルトビデオを連想させるものであったこと、などである。全体に女性を男性の性欲の対象として描いているといった批判がツイッターなどで噴出した。

女性の描き方が問題となり企業のCM動画が批判を受け「炎上」するのは珍しくない。ここ数年の女性関連の炎上事例には、ルミネ(商業施設)、旭化成ホームズ(住宅)、ムーニー(紙おむつ)などがある。今回、サントリーの件も「女性がお酒を飲んでいる描写」が問題とされた。そのため「女性を描くとたたかれるのか?」と勘違いする向きもあるかもしれない。

それは大きな誤解である。ルミネ、旭化成ホームズ、ムーニーに共通するのは「女性応援」のつもりで企画した製品・サービスだったのに、PRの「表現」で失敗したケースということだ。たとえばルミネは、働く女性が職場で直面する人間関係のもやもや、旭化成ホームズは女性の家事負担の重さと男性参加の可能性、ムーニーはワンオペ育児に苦労する新生児の母親......といった具合だ(旭化成ホームズには別の論点があるが、ここでは触れない)。

いずれも、近年、女性を取り巻く課題としてよく話題に上るものである。またそうした課題を、楽しい買い物、使いやすい住宅設計、性能の良い紙おむつで解決していく......という製品・サービスの企画趣旨とも合致している。だから、これら動画の問題はテーマそのものではなく、「女性の直面する困難の描き方」にあった。

一方でサントリー「頂」動画の問題はもっと根深い。端的に言えば、女性が男性(の性欲)にとって都合の良い道具として描かれる、という問題である。つまり、前の3例が「女性応援の意図」は悪くないのに「応援すべき状況の描き方」が問題とされたのに対し、サントリーの場合、そもそも「意図」の段階で女性の扱いがおかしかった、といえる。

筆者は15年以上、出版社にいたので、表現物が作られる過程は理解している。ポイントは2つあり、①どんなテーマを、②どのような素材・描き方で取り上げるか、である。通常、②は組織内で綿密に議論される。自分たちが使う媒体で、そのような表現を使うことが適切なのか、問題になるからだ。

たとえば筆者の直接体験だけでも、出自や年齢などの差別にあたるような表現を、自分でチェックして直したり、上司のチェックで直したりしたことがある。社外の制作者に対して、何が差別や不快表現にあたるのか、説明し理解を得るため遠くまで赴いたこともあった。

そこで、異論を唱えたりストップをかけるのは、時に私(当時20~30代の女性)だったり、上司(30~40代の男女)だったりした。これはおかしい、と思えば、性別・年齢関係なく意見を言うのは当然だったし、それが自分たちの仕事だと思っていた。雑誌の発行部数というのは数万~数十万部で必ずしも多くないかもしれないが、さまざまな角度から注意して見ていた。

よりたくさんの顧客を相手にする消費財メーカーが、どういうメカニズムであのような酷い動画を公開してしまったのか、理解に苦しむ。女性絡みの動画炎上では、よく「チームに女性がいなかったのでは」とか「○○社は男性ばかりだから」という批判を目にする。確かに女性が少ないことは、ひとつの問題である。ただ、性別だけが問題とも思えない。

これは「マネジメントの問題」だ

少なくとも、問題となったサントリーの動画については、男性からも「おかしい」「ありえない」という声が上がっている。中には「男性の妄想/夢を描いている」とか「目くじら立てるほうがおかしい」という擁護意見もあるが、それに対しては「男性が皆、こういうふうに考えていると思われたくない」という反論も出ている。

だから問題の本質は、検討の過程に「女性が少なかったかもしれない」ことではなく「男女問わず異論をはさめなかった」もしくは「異論を検討する体制がなかった」ことだろう。つまりこれは、マネジメントの問題である。企業が不特定多数向けにコンテンツを発信する際、どの段階で誰が見て了承を出すのか。事前のチェック体制が第一に問題となる。

こうしたテーマで記事を書いていると、企業の方から「ご相談」を受けることがしばしばある。ある時は、企業の内部で進行しているPR・マーケティングプランについて、リスクや疑問を感じている方から「困っている」という話を聞いた。

この方は男性で「自分はこの表現には問題があると思うが、その懸念を社内で理解してもらうのが難しい」と話していた。これは、独断専行で決めそうになっていたのが女性であり、消費者の多様な価値観に配慮していたのは男性という事例だった。そこで筆者から過去に起きたいくつかの炎上事例について伝え、社内で異論があるなら、きちんと話し合いをしてから決めたほうがいいのでは......と話した。この企業では社内のチェック体制を見直した、という。

こうした経験からも、女性のほうが敏感で男性のほうが鈍感という決めつけは間違っている、と思う。問題は、組織内で異論を言えるかどうか、さまざまな意見を反映できる体制があるかどうか、ということだ。

ここで重要なのは「ダイバーシティ・マネジメント」の発想だ。女性活躍から一歩進んで、多様な価値観を持つ人を活かすマネジメントである。

「女性活用」が性別という属性に目を向けるのに対し、ダイバーシティ・マネジメントは価値観など内面の違いにも目を向ける。さらに、最近ではダイバーシティだけでなくインクルージョンも大切と言われるようになってきた。単に多様な人が「集まって」いても、能力が活かされなくては意味がないからだ。

今回の例でいえば、単にチームに女性がいることより、「この動画はおかしいのではないか」という感覚を持つ人の声が生かされることが必要だった。

「ダイバーシティの推進」を掲げているサントリー

サントリーは、企業として「ダイバーシティの推進」を掲げている。そこには「多様な従業員が『やってみなはれ』を発揮できるよう、従業員の属性の多様化を推進し、違いを受け入れ、活かす組織づくりに取り組んでいます」と書かれている。ダイバーシティ経営の重点領域は「年齢を超える」「性別を超える」「国境を超える」「ハンディキャップを超える」であり、取り組みが評価され、経済産業省の「ダイバーシティ経営企業100選」にも選出された

問題となった動画のような女性観は「国境を超え」たとき、完全にNGである。SNSなどで批判を受け、すぐに動画を非公開にしたのは、こうした常識を持つ人が社内にいるからだろう。そういう声が最初から生かされていれば、そもそも炎上しなかっただろう。

マネジメントの観点からは、良くない表現が表に出てしまった後の対処も重要である。事例として取り上げたのは製品CMであり、動画への批判がそのまま製品売り上げや企業のブランドイメージに影響するか、気になるところだ。

議論されることは少ないが無視できないのは、社外ではなく社内への影響である。特に差別的なニュアンスのある表現が発信され、批判された場合、担当部門以外の社員のモチベーションを下げることがあるからだ。

社内にとっても、何もいいことはない

以前、話を聞いた企業では、女性差別的と批判を受けてインターネット上のコンテンツを公開停止、謝罪したことがある。複数の従業員から「こんなものが外に出て腹立たしい。でも、自社製品を表立って批判できない」という意見が寄せられた。発信された内容はひどいもので顧客を怒らせたが、それだけでなく、従業員のやる気をそいでしまったことも悪影響と言える。

この企業では、問題のコンテンツ公開直後に社長がこれを知り「ひどい差別だ」と怒りをあらわにしたそうだ。制作から公開までの意思決定に社長が関与することはなく、現場で起きた失敗だったが、事後的に社長は自らの規範を示したことになる。「あれをおかしいと思った自分たちの感覚は間違っていなかった」と感じた従業員は、ほっとしたことだろう。

多くのビジネスパーソンは、おカネだけのためでなく、社会的な意義を感じながら働きたい、と思っている。自社が差別を助長していたら、良心的な人は、モチベーションを削がれ、組織への帰属意識は薄れるだろう。それは経営者から見て、大きな損失ではないか。

繰り返される企業動画炎上の事例。今回の事例を「たまたま運が悪かった」とひとごとのように見ていれば、おそらく近いうちに、類似の炎上が起きるだろう。それなりに予算をかけて制作した動画が公開まもなく使えないのは、企業にとって無駄である。経営合理性の観点からも、何が問題だったのか、自社で起きる可能性はないか、マネジメントの観点で考えたほうがいいと思う。

(治部 れんげ:ジャーナリスト、編集者)

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