イギリスのLGBT教育、ステレオタイプを植えつけない工夫とは?【乙武洋匡レポート】

差別もある。偏見もある。理不尽で、悔しい思いに唇を噛みしめる当事者が、いまなお多くいる。

7月8日に開催されたヨーロッパ最大と言われるLGBTの祭典「Pride in London2017」に参加した。150万人もの人々が、たがいの存在に敬意を払い、祝福しあう光景に、私は胸を熱くした。しかし、ロンドン市民は声をそろえて言う。

「人々のLGBTへの意識は、一朝一夕にできあがったわけではないのです」

差別もある。偏見もある。理不尽で、悔しい思いに唇を噛みしめる当事者が、いまなお多くいる。しかし、そうした状況にあきらめることなく、地道に理解を呼びかける人々の存在がいたからこそ、LGBTへの理解は少しずつ進んでいくようになったのだ。

ロンドンにもLGBT団体は数多くあるが、今回は学校でLGBTについて理解を深めてもらうためのワークショップを行う「Diversity Role models」を訪問し、運営部長のウィル・フレッチャー氏にその活動の内容と効果についてお話をお伺いした。

−−本日はよろしくお願いします。早速ですが、この団体が設立された経緯について教えてください。

私たちの団体の創設者は、学校で教員をしていた女性でした。彼女は、日頃から子どもたちが口にする『おまえゲイみたいだな』というような差別的な言葉を気にかけていました。

そんななか、修学旅行中に男の子同士がゲームでキスをすることになり、その写真が学校中に出回ったことで当事者がいじめに遭い、自殺をするという事件が起こったんです。それを機に彼女は教員を辞め、たった一人で、それこそパソコン一台でこの団体を立ち上げたました。それが2011年のことです。

−−具体的には、どんな活動を行っているのですか?

私たちが主に行っているのは、LGBTの当事者を学校に派遣し、5〜18歳の子どもたちにワークショップを行ってもらうことです。LGBTに対する理解や共感を深めてもらうような内容ですが、最後には子どもたちがLGBT当事者に質問をする時間を設けます。

このとき、どんなことでも自由に聞ける環境にすることが重要になってきます。それによって、彼らがどんなことを考え、どんな生活を送り、どんな人生を歩んできたのかを知ってもらうことになるのです。

−−対象は5〜18歳とのことですが、やはり年齢によって内容も異なってくるのでしょうか?

そうですね。たとえば、中学生には「差別とは何か」「どういったことが差別に当たるのか」といったことを問いかけていきます。そして差別とはLGBTだけでなく、人種や宗教、そして年齢などに関しても起こりうるものだと気づいてもらうのです。

たとえば、大人たちが『すべてのティーンエイジャーは怠け者だ』ということを決めつけ、言い出したとしたら、あなたたち(中学生たち)はどう感じるかといった問いをぶつけ、差別は自分たちの身にも起こる可能性のある問題だと実感してもらうのです。

−−とてもよく練られた内容ですね。小学生にはどんなアプローチが有効なのでしょう?

小学生には、「家族には様々な形がある」というワークショップを行っています。同性婚をしたカップルや子どもを育てる同性パートナーに学校を訪れ、“家族”について話をしてもらうのです。

もちろん、初めは戸惑う子が多くいますが、子どもたちの中にもひとり親に育てられている子がいるように、ただ他の家族とは形が違うだけだし、彼らも同じ扱いを受けるべきだということを話してもらっています。

ワークショップの様子 (c)Diversity Role models

−−それらのワークショップを想像しただけで、胸が詰まる思いです。

私たちが提供するワークショップは、LGBT当事者に彼ら一人ひとりのストーリーを語ってもらうということがベースになっているので、一つとして同じワークショップは存在しないんです。だからこそ、表面的な内容にならず、子どもたちの胸に響くものとなっているのだと思います。

子どもたちにはリラックスした状態でワークショップに臨んでもらっているので、彼らは当事の話を聞いて面白いと感じたら笑い、感動した場面では涙を流し、社会のあり方に理不尽さを感じれば憤りを示します。

ワークショップの様子 (c)Diversity Role models

−−素晴らしいですね。そうしたワークショップは、子どもたちにとって一回限りの受講となるのでしょうか。それとも、複数回にわたって受講できる仕組みになっているのですか?

毎年、学年が入れ替わるたびに訪問している学校はありますが、基本的にはほとんどの学校で一回限りの開催となっています。本当は、何回か続けて子どもたちに受講してもらうようなことができればいいのですが、学校も授業などで多くの時間を取られてしまいますから、なかなか私たちだけが時間を独占することは難しいんですね。

−−ワークショップが一回限りだとすると、本来はLGBTであっても様々な人がいるはずなのに、子どもたちにとっては、「LGBT=ワークショップで出会った人」とイメージが固定化されてしまう心配はないのでしょうか?

おっしゃる通りです。私たちもその点は非常に注意を払っていて、ワークショップの際にはファシリテーターも含め、必ずバックグラウンドの異なる3組の当事者を連れて行くようにしているんです。

たとえば、イスラム教徒のLGBTというのは、他のLGBTの人々とはまた異なる困難を抱えていることが多いので、彼らにも積極的に話をしてもらうようにしています。そのように当事者にそれぞれの立場からそれぞれの思いや経験を語ってもらうことで、子どもたちがLGBTに対してステレオタイプを抱いてしまうことがないよう心がけています。

ワークショップの様子 (c)Diversity Role models

−−それは細かなところまで行き届いた配慮ですね。

彼らにステレオタイプを植えつけないために、こんなゲームも行っています。たとえば、Aさん、Bさん、Cさんという3人の当事者がいたとして、彼らには当然、それぞれ国籍や宗教などのバックグラウンドが存在します。それとは別に、ある事柄に対する3つの発言や特徴を紹介し、それぞれ誰がどの発言や特徴の持ち主なのかを当ててもらうのです。

多くの子どもは、それぞれの人物のバックグラウンドから答えを導き出そうとするので、正しくない回答をすることがほとんど。では、なぜ誤った答えをしてしまったのか、次に同じ過ちを繰り返さないようにするには何が大切なのかを話し合ってもらうのです」

ワークショップの様子 (c)Diversity Role models

−−とても面白い取り組みですね。こうしたワークショップを経験した子どもたちには、実際にどんな変化が生じるのでしょうか?

先ほどもお話ししたように、私たちのワークショップは一回限りのことが多いので、その後に学校でいじめが減ったのかといったことに関するデータは残念ながら持ち合わせていません。

しかし、「友達がカミングアウトしたら支援するか」「身近にホモフォビア(同性愛嫌悪)を見かけたら、それを解消しようと行動するか」という質問をワークショップの前後で行うのですが、ほとんどの学校でワークショップを行う前よりも行った後のほうがポジティブな回答が得られるという結果が出ています。後者の質問に対しては、じつに88%の子どもがYESと回答してくれているのが心強いですね。

ワークショップの様子 (c)Diversity Role models

−−子どもたちへのワークショップと並行して、教員への研修も行っているとのことですが、まだ価値観が柔軟な子どもたちと違って、教員の意識を変えることは難しいのではないですか?

もちろん、教員がLGBTに対する意識や態度を変えていくことも非常に大事なことですが、ご指摘の通り、それが簡単ではないことも事実です。ですから、私たちはLGBTに対する意識を変えるべく働きかけるというよりは、どうしたら違いを抱えた子どもたちが孤立せず、学校内でのいじめを減らしていけるかという観点から研修を行っているのです。

−−なるほど。「LGBTフレンドリーになろう」という文脈より、「学校内のいじめをなくそう」という文脈で語りかけたほうが、教員には効果があるのですね。

ある研究では、子どもたちがストレスを抱え、いじめが横行しているような学校よりも、子どもたちの間に良好な人間関係が築かれていて、落ち着いた環境で学習できる学校のほうがテストの成績がいいということが示されているようなんです。そうしたデータを基に、いかに学校の環境を良くしていくことが重要かということを説くようにしています。

−−とても素晴らしい活動をされていることがわかりましたが、あえて団体としての課題を挙げるとすれば何でしょう?

この活動の規模を広げていくことです。私たちは団体が設立されてからの6年間で、約300校、約6万人の子どもたちにワークショップを届けてきましたが、それでもまだイングランドだけです。そこにウェールズやスコットランドも加えたイギリス全体で見れば、2万4千もの学校があり、約700万人もの子どもたちがるわけですから、それを考えれば、私たちが手がけているのがいかにごく一部であるかということがよくわかります。

−−活動の規模を広げていくには、やはり多くの資金が必要になってきます。こちらの団体では、どのようにファンドレイジングを行っているのでしょう?

ワークショップを行った学校からも料金をいただいていますが、それでも必要経費には料金よりも多くの金額がかかっています。個人からも寄付を受け付けていますが、やはり大きな期待を寄せているのは、ダイバーシティやインクルージョンを掲げている企業からのサポートですね。彼らには、ただ寄付をしているという感覚ではなく、その会社にとって望ましい社員や消費者を育てるべく、未来に向けた投資をしているのだと考えてもらえたらと思っています。

−−この数十年、様々な団体や活動家によって、LGBTへの理解を求める地道な活動が続けられてきました。その効果というものは実感されていますか?

先日のパレードに150万人もの人々が参加したこともそうですが、やはり多くの若い人に勇気を与えているように思います。私自身はゲイですが、自分自身が敬虔なクリスチャンです。私が通っていた教会がLGBTの存在を認めていなかったこともあり、2005年に高校を卒業するまでは周囲にカミングアウトすることができずにいたんです。しかし、いまは違います。ロンドンでは、多くの学校でカミングアウトに踏み切る子どもたちが増えてきているように思います。

−−今後ますます、子どもたちが自分に仮面をつけることなく、自分らしさを表現しながら生きていくことができるよう、みなさんの活動がさらにその規模を広げていくことを期待しています。本日はお忙しいなか、本当にありがとうございました。

こちらこそお会いできて光栄です。お話を聞いてくださり、ありがとうございました。

……

日本でも、特定NPO法人「ReBit」など、今回お話をお伺いした「Diversity Role models」と同様の活動を行っている団体が存在していることに頼もしさを感じる。今回、10年ぶりとなる小中学校の学習指導要領の改訂案では、またしてもLGBTに関する記述が盛り込まれず、彼らの存在が無視されるという許しがたい結果となってしまった以上、こうした草の根での活動による成果がますます期待されることとなる。

(取材・文 乙武洋匡