ニューヨークから見た“保毛尾田保毛男”騒動 誰の声が真実なのか

乙武洋匡が、国際的人権NGOのLGBT担当者に聞いた

28年ぶりに復活した"保毛尾田保毛男"はじつに様々な議論を巻き起こした。

LGBT団体は抗議の声を上げた。フジテレビは謝罪した。それに対して「窮屈な世の中になった」という声も聞かれた。誰の声が真実を語っていて、誰の思想が正解なのか——。そんなことを考えれば考えるほど、誰もが真実を語り、そのすべてが正解であることに気づかされる。

だからこそ、多くの声を聞きたい。異なる視点に触れたい。私は、国際的人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」のニューヨーク本部を訪れ、LGBT担当であるカイル・ナイト氏に話を聞いた。

乙武洋匡

乙武:本日はよろしくお願いします。

ナイト:お会いするのは一年ぶりですね。また訪問してもらえて、とてもうれしいです。今日は、日本で起こったある騒動についてディスカッションしたいとか。

乙武:そうなんです。まずは、こちらの写真を見てもらえますか(保毛尾田保毛男の写真を見せる)?

ナイト:私は日本人ではないので背景はわかりませんが......でも、理解はできます。これはゲイをキャラクター化したものですね。

乙武:その通りです。これは私が子どもだった頃、つまり30年近く前にバラエティ番組で人気のあった保毛尾田保毛男というキャラクターです。

ナイト:なるほど。

乙武:最初に告白しなければならないのは、当時小学生だった私も、番組に登場するこのキャラクターで大いに笑い、口まねをするなどして楽しんでいました。知識がなかったとはいえ、クラスメイトに当事者がいたかもしれない、そして無意識のうちに傷つけてしまっていたかもしれないと思うと、本当に心が痛みます。

ナイト:あなたでさえ、当時はLGBTに対する知識がなかった。30年前とは、そういう時代だったのですよね。

乙武:でも、いまでは多くの日本人がLGBTに関するニュースを見聞きするようになり、その存在を知るようになりました。だからこそ、今回の放送に多くの人が驚き、ショックを受けたのだと思います。

ナイト:ヒューマン・ライツ・ウォッチでも、2016年5月に発表した報告書のなかで、日本におけるセクシュアル・マイノリティの子どもたちの権利が守られていないことを指摘したばかりです。

乙武:そうでしたね、私も拝読しました。まず初めにお聞きしたいのですが、アメリカにもこのようなゲイのカリカチュア(人物の性格や特徴を際立たせるために、誇張や歪曲を施した人物画)と言えるようなキャラクターは存在しますか?

ナイト:あまり視聴者がいないような番組ではわかりませんが、有名なところではないですね。ただ、先ほどのキャラクターが日本で人気を博していたのが30年前ということでしたが、私自身32歳なので、30年ほど前のアメリカがどうだったのかはわかりません。

乙武:少なくとも、知りうる範囲では存在しない。

ナイト:90年代に始まった『Will & Grace』というシチュエーションコメディ番組の主要人物のひとりがゲイという設定だったのですが、それもカリカチュアといったことではなく、あくまで普通の人間として扱われていました。決して誰かを傷つけるようなものではありません。今年から11年ぶりに新シリーズが放送されていますが、それは変わりませんね。

乙武洋匡

乙武:もし、アメリカで保毛尾田保毛男のようなキャラクターが登場した場合、どのような反応が想定されるでしょうか?

ナイト:多くの批判が寄せられると思います。LGBTに対する批判や中傷に対する取り組みを行っている団体も多くありますし、アメリカではみずからが当事者であることを公表している著名人も多くいるので、彼らも声を上げるでしょう。

乙武:実際に、エンターテインメントの世界でLGBTを扱う際、当事者団体などから抗議の声が上がったりすることはありますか?

ナイト:映画やドラマでトランスジェンダーが登場する際に、当事者ではない役者が演じることがあります。そうしたとき、『当事者ではない人がステレオタイプに基づいて演じることはどうなんだ』と批判が起こったりしますね。

乙武:そこまで "非"当事者が演じることに対して敏感なのですね。驚きました。こうして当事者が積極的に声を上げることについては、どう評価していますか?

ナイト:あなたも30年前にはこのキャラクターを笑っていた。LGBTについて知っている情報が、それしかなかったからです。でも、いまではそうした放送によって多くの人が傷ついていることを知っている。このように、無知から生まれる差別というのも多く存在します。だから、差別だと感じたら静かに待っている必要などない。積極的に声を上げて、自分を守っていくことが大切なんです。

乙武:当事者は、積極的に声を上げていくべきだと。

ナイト:ええ。しかし、一方で難しいのは、"表現の自由"という問題です。今回のような放送は、たとえば「LGBTを殺せ」というような、明らかに法律に違反する、暴力的なものだというわけではない。そういった放送を、政府は法律で縛ることができないんです。だからこそ、当事者たちが「それはやめてください」と声を上げていくしかないのですが......。

乙武:今回、日本でも当事者やLGBT団体が抗議の声を上げましたが、それに対して、「窮屈な世の中にするな」「被害者意識が強すぎる」という批判も起こりました。むしろ、ネット上ではそうした声のほうが多数派であるようにも感じました。

乙武洋匡

ナイト:そうした方たちは、うーん......どうなんでしょう。たとえばアメリカ旅行をしていた際、テレビをつけたら日本人がバカにされているように感じる番組をやっていたとして、「まあ、表現の自由だから」と笑ってやり過ごせるのでしょうか。

乙武:先日、それと同様の出来事がありました。ワールドシリーズ第3戦、アストロズのグリエル選手が、ドジャースのダルビッシュ選手から本塁打を放った際、両手で目を釣りあげる仕草をした。これがアジア人を差別する行為とみなされ、来季5試合の出場停止処分を受けたんです。

ナイト:つい先日のことですね。

乙武:これに対して、多くの日本人の反応は「やってはいけないこと」「謝罪すべき」というもので、「表現の自由だから」などという擁護的なコメントはありませんでした。"保毛尾田保毛男"騒動とは、ずいぶん異なる反応だなあと。

ナイト:それまで「窮屈な世の中にするな」「被害者意識が強すぎる」と声を上げていた人たちが、皮肉にも今度はそちら側の立場になったわけですね。

乙武:そのことについて私がTwitterで指摘をすると、こんな反論が返ってきました。「グリエル選手には明らかに差別的な意識があったから問題視すべきだ。しかし、保毛尾田保毛男についてはテレビ局にも芸人にも差別意識などなかったのだから、同列に語るべきではない」と。

ナイト:その意見については、2つのことが言えると思います。まず、差別する意識があったのかどうか。憎しみなのか。文化なのか。これに関しては、当人でないかぎり、誰もわからないことですよね。

乙武:たしかにそうなのですが、日本では宗教心が薄い人が多いせいか、LGBT当事者に対して敵意や憎しみを向ける人というのはそう多くないんです。だから、これはもちろん推測の域を出ないのですが、おそらく差別する意図はなかったのだと思います。

ナイト:なるほど。よくわかりました。

乙武:そこで、次のことをお聞きしたいのです。差別的な行為をしたとされる側に、もしも差別する意図がなかった場合、それは批判を免れるべきものなのでしょうか。それとも、意図の有無にかかわらず、やはり批判の対象となるべきものなのでしょうか。

ナイト:大事なのは、その行為が与えたインパクトです。たとえば、最近で言えば、インドネシアで政府がLGBTに対する弾圧を強めています。でも、大臣の中にはゲイの友人がいる人もいる。だけど、もしもその大臣がLGBTを支持するような発言をすると、次の選挙で当選できなくなるといった事情があるんです。

乙武洋匡

乙武:なるほど......。

ナイト:このように、LGBTに対する差別的な言動には、宗教や慣習、未知なるものへの恐れなど様々な理由がある。でも、その理由にかかわらず、その差別的行為が社会にどのようなインパクトを与えてしまうのかということに絞って考えましょうということなのです。

乙武:今回の"保毛尾田保毛男"騒動。おそらく制作サイドにはゲイの人々を差別する意図などなかったけれど、しかし、結果として多くの当事者や支援者を傷つけ、失望させることとなった。ここに改善すべき点があるということですね。

ナイト:その通りです。そして、じつはそうした放送を受け止める側にも改善すべき点はあるのです。

乙武:というと?

ナイト:たとえば東京に大きな台風が来ても、インフラがしっかりと整備されているので大きな被害は出ませんよね。ここニューヨークも同じです。でも、たとえばフィリピンの地方都市に——あ、私のパートナーがフィリピン出身なのですが——大きな台風が来た場合、おそらく大きな被害が出てしまうことでしょう。

乙武:それとLGBTとどのような関係が?

ナイト:今回のキャラクターが台風だとします。人々の心の中に、『彼らの人権を守らなければならない』というインフラがしっかりと築かれていれば、放送によって多くに人が傷つけられるという被害も最小限で食い止めることができる。でも、そうした前提を共有できていないと、つまりそうしたインフラが整備されていないと、その台風によって多くを破壊されてしまうのです。

乙武:なるほど。まずは私たちの社会で、「どんな人の人権も守られるべきものである」というインフラをあらためて築いていくことが必要なのですね。

(後編は近日掲載予定です)

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