夫婦は“2つめ”のフライパンを用意した。死に物狂いで逃げてきた、新しい「家族」のために。

「育てていて楽しい」と語るのはなぜ?

ドイツ人のルートさんとクノさんの家には、フライパンが2つある。夫妻はキリスト教徒、里子たちはムスリム。里子たちにハラル食を作り、別のフライパンで豚肉を焼くのだ——。

「難民危機の年」と呼ばれたドイツの2015年から2年。ドイツに滞在する難民たちの中には、両親を伴わず1人で入国した未成年者が少なくない。

言葉の知識も、頼れる親族もなしに異文化に投げ込まれた彼らを温かく受け止めるのが、ドイツ人の「里親」たちだ。

アフガニスタンの少年を引き取ったドイツ人夫妻を紹介したが、今回は、実の両親と別れ、5日間飲まず食わずでドイツに到着したシリア人兄弟を引き取った里親の声をお届けする。「育てていて楽しい」と彼らが語るのはなぜか。世界人権デーとなる12月10日、難民の家族について考えてみたい。

アフガニスタンの青年とシリアの兄弟、4人の里親

ドイツでは里親を職業とするカップルが少なくない。ドイツ西部、ネッテタール村にある筆者の自宅近くに住むクノ・ブリオラさん(62)と、ルート・ゲッペルスさん(47)は、すでに30年近く、家庭に問題のあるドイツ人児童の里親を務めてきた。

(左)ルート・ゲッペルスさんと(右)クノ・ブリオラさん(中央)アフガニスタン出身の里子
(左)ルート・ゲッペルスさんと(右)クノ・ブリオラさん(中央)アフガニスタン出身の里子
Mika Tanaka

クノさんは国家認定の教育士、ルートさんも社会教育学を修めている。ここ数年、ドイツ人児童に代わって里子の主役になってきたのが、難民の青少年である。

現在はアフガニスタン出身の青年2人(ともに18歳)、クルド系シリア人の兄弟(17歳、18歳)の計4人の里子を育てている。夫妻の実子2人は、常に里子たちが同居する環境で育ち、現在は独立して近所に住む。

「育てていて楽しい」と思える理由

なぜ難民少年の里親に? 素朴な疑問をぶつけると、「助けたかったのです」。アフガニスタンの少年を引き取った家族と同じ答えが、クノさんからも返ってくる。「それに、育てていて楽しいからです」とルートさんが付け加える。

以前引き取っていたドイツ人の少年たちは、何事にもやる気がなく、文句ばかり多くて、軽犯罪に走る者もいた。それに比べて、難民の若者たちは意欲にあふれている。

自分の部屋があること、毎日学校に行けること、社会が平和であることを、本当にうれしいと感じている。そして、いつか職業に就いて自立するという目的を持つ。「だから勤勉なのです。そんな彼らを誇りに思います」とルートさんは胸を張る。

兄弟の部屋
兄弟の部屋
Mika Tanaka

5日間飲まず食わず、トレーラーでドイツへ

シリア人兄弟のディルワッツ(18)とハバット(17)は3年前、実の両親に連れられて、まずシリアからトルコに逃れた。2016年11月、両親は兄弟2人をトルコからドイツへと送り出す。子供たちが先に入国すれば親を呼び寄せることができる。そう信じての決断だった。

2人は密入国斡旋業者の手引きで、大勢の大人と一緒にトラックのトレーラーに閉じ込められ、ドイツ中部のビーレフェルト市まで5日間、飲まず食わずの旅を経験した。この体験は2人のトラウマになっており、現在も定期的なセラピーが欠かせない。2017年1月、クノさん夫妻が2人を引き取った。

移民たちの「国際奨励クラス」でドイツ語を学ぶ

この家でも、一家の日常は淡々と過ぎていく。ディルワッツとハバットは毎朝早起きし、6時過ぎに家を出て、隣町にある職業学校まで自転車とバスを乗り継いで登校する。在籍するのは、 移民の生徒たちで構成される「国際奨励クラス」だ。

母国で教育を受けらなかった2人は、ドイツで初めて読み書きを学ぶことになった。小学1年生用の教科書を使っている。

小学1年生用の教科書で、読み書きを学ぶ。
小学1年生用の教科書で、読み書きを学ぶ。
Mika Tanaka

「すごいスピードで言葉を覚えています。夕食時のお決まりの質問は、『これはドイツ語でなんて言うの?』。最近は冗談まで言えるようになりました」と、ルートさんは笑う。

下校するとすぐ宿題をし、時間があると2人で散歩に出たり、コンピュータゲームに興じたりする。夕食後は家族が交代でお皿を洗う。

兄弟の部屋には、古いコンピュータ・ゲームもあった。ときどき2人で遊ぶ。
兄弟の部屋には、古いコンピュータ・ゲームもあった。ときどき2人で遊ぶ。
Mika Tanaka

ハラル食と豚肉、台所のフライパンは2つ

里子たちはムスリム、夫妻はキリスト教徒だ。里子たちの「異文化」を、ルートさんとクノさんは当然のこととして受け入れる。台所のフライパンは2つ。里子たちはハラル食を守り、夫妻は別のフライパンで豚肉を焼く。

「お互いの文化の違いを認め、どちらも尊重するように指導します。私たちの『異文化共同体』は、まったく問題なく成立していますよ」とクノさん。

アフガン青年のナヴェットとアブドゥルが、ラマダンの時期に日中断食をした際、ルートさんは2人の体調を気遣いながら、何も言わず見守った。クノさんはコーランのドイツ語版を買い、ときどき参考書にしている。「私たち夫婦にとっても学びのプロセスです」(クノさん)。

ドイツ文化の独自性や価値観、どう学ぶ?

一方で、夫妻は「ドイツの価値観」を教えることにも心を砕く。単身で入国した未成年の難民たちは、ドイツという国家の庇護の下にある。従って、ドイツ文化の独自性や価値観を教えることも里親の義務だ。

たとえば、ドイツ人の感情表現やボディランゲージなどは、入国間もない里子たちには違和感がある。夫妻は「そのうち慣れるよ。悪意のある人はいないから大丈夫」と声をかける。

「家長に従う」のでなく自分の意見を持つこと。メディアの報道を鵜呑みにせず、批判的に見て検証すること。イスラム社会の常識とは異なる、そうした姿勢を、夫妻は生活の端々で里子たちに教える。

本当の家族になるということ

そして何より、思春期で難しい時期にある彼らと、できる限り言葉を交わす。機嫌が悪そうな時には、特に注意して話しかけるという。「小さな家の中で、家族として同居しているからできるのです。施設では難しい」とルートさんは言う。

里子たちがいつか自立していくことが、夫妻の最大の喜びだ。そして、 巣立った後もコンタクトを維持してほしいと願う。

「みんなを養子にすることはできないけれど、彼らは私たちを親と感じ、私たちは彼らを自分の子供と感じているのですから」とクノさんは言葉を結んだ。

(在独ジャーナリスト:田中聖香 編集:笹川かおり)

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