ベテラン教師は「本当に楽しい」と語った。難民の子供たちが学ぶ「国際学級」とは

生徒たちの年齢は、10歳から18歳までと幅がある。国籍もさまざまだ。

「ここで教えるのは、本当に楽しい」

デュッセルドルフ市にあるベンラート基幹学校でドイツ語を教えるベテラン教師は、うれしそうに話す。

この学校には、多くの難民の生徒たちが通っている。生徒たちの年齢は、10歳から18歳まで。国籍もさまざまだ。千差万別の事情をもつ生徒たちが、ドイツ語という輪でつながっている。

輪になって会話のレッスン。国際学級の中には、母国で読み書きを習わなかった生徒もいる。
輪になって会話のレッスン。国際学級の中には、母国で読み書きを習わなかった生徒もいる。
Mika Tanaka

2015年の「難民危機」以降、現在までにドイツに入国した難民の総数は、総計132万6000人に上る。

実は7割以上は30歳以下の若者や子供たちだ。その多くは就学年齢にあり、彼らはドイツ国籍の子供たちと同じように義務教育を受ける権利がある。

彼らを迎える最前線となる学校では、まったく異質の環境で育ってきた子供たちを、どのように迎えているのだろうか? 子供たちはどんな表情で学校生活を送っているのか? ドイツの学校からレポートする。

まず、筆者の暮らすドイツ西部にあるデュッセルドルフ市を例にとって、難民の児童・生徒たちの受け入れ過程を簡単に説明してみたい。

デュッセルドルフ市では2017年11月現在、約7300人の難民が生活している。このうち3分の1以上が18歳以下の未成年で、その大部分が就学年齢にある16歳以下の子供たちだ。その数は2015年秋から増え続け、2017年6月時点で約3400人と、1年半で2.4倍に増えている。

このうち4割は10歳以下の児童で、彼らは小学校(ドイツでは6〜10歳)に進学する。この年齢層は、ドイツの子供たちも読み書きを覚える時期であるため、難民児童のハンディキャップは少なく、学校やクラスメートとも比較的早く打ち解ける。

一方、残りの6割を占める10〜16歳以下の者は、市の担当者がスクリーニングを行い、母国で受けた教育のレベルに合う学校への進学を勧める。ドイツの中等教育は基幹学校、実科学校、大学進学希望者が通うギムナジウムの3つに分かれて行われており、多くの難民生徒は、基幹学校や実科学校に編入される。

難民生徒の受け入れについては、各校が独自のモデルを採用しているが、最も効果的なのは「国際学級」「融合クラス」などと呼ばれる、特別クラスでの学習だ。生徒たちはここに入り、まずドイツ語を集中的に学ぶ。

デュッセルドルフ市の郊外にある、ベンラート基幹学校が、筆者の取材要請に快く応じてくれた。

ベンラート基幹学校の校舎。老朽化が進み、来年には新築工事が始まる。
ベンラート基幹学校の校舎。老朽化が進み、来年には新築工事が始まる。
Mika Tanaka

ベテラン女性教師の「国際学級」

指定されたのは金曜日、1時間目のドイツ語の授業だ。筆者を迎えてくれたのは、ベテランのマルグレット・カジノヴィッチ先生。「今日は一緒に授業を受けてくださいね」と教室に導かれる。

カジノヴィッチ先生はドイツ語を教えるだけでなく、同校に3クラスある国際学級のうち、1クラスの担任も務める。国際学級の生徒たちは、通常は入学時期や語学力に合わせて別々のドイツ語授業を受けるが、毎週金曜日は全レベルの生徒が集まり、輪になって会話のレッスンをする。筆者も椅子のひとつに座った。

時間前になり、生徒たちがクラスに入ってきた。ヒジャブをつけた女の子、浅黒い肌の男子生徒たち、金髪の女子も1人いる。13人の生徒が揃うと、授業開始。

輪になって会話のレッスン。
輪になって会話のレッスン。
Mika Tanaka

先生が「おはようございます」とあいさつすると、生徒たちが「おはようございます、カジノヴィッチ先生」と、ドイツ語で声を合わせる。ドイツでは、あいさつの後に相手の名前をつけるのが礼儀だ。筆者はそれをよく忘れてしまうのだが、生徒たちはしっかり身につけている。

「今日は日本からお客さんが来ています。みんなの自己紹介をして下さい」と、先生がゆっくりした口調で指示した。

やり方はこうだ。筆者の番になると、左隣に座っている生徒から「あなたはどこから来ましたか?」と質問を受ける。筆者は「私は日本から来ました」と答えてから、今度はクラスに向かって左隣の生徒を指して「彼はイラクから来ました」と説明し、今度は右隣の生徒に向かって「あなたはどこから来ましたか?」と質問する。

これによって、ドイツ語の一人称、二人称、三人称の動詞変化が否応なく問われるわけだ。 すらすらドイツ語が出てくる子、足りない単語を先生に補ってもらう子などいろいろだが、みんな熱心に耳を傾けている。

生徒たちの年齢は、10歳から18歳までと幅がある。国籍もさまざまだ。シリア、イラク、アフガニスタンなど中近東から逃れてきた生徒だけでなく、タイやポーランドの出身で、両親の転勤で来独した生徒たちも混じっている。

母国語はアラビア語、クルド語、ダリー語、ペルシャ語、タイ語、英語、ポーランド語など、本当に多種多様だ。千差万別の事情をもつ生徒たちが、ここではたったひとつ、ドイツ語という輪でつながっている。

授業では生徒たちが主役だ。「どこに住んでいますか?」「何をするのが好きですか?」といった質問に、生徒たちは上記のスタイルで次々に答えていく。

先生はときどき黒板に冠詞や前置詞などを書き出し、口頭で助動詞や不定詞の用法を説明する。生徒たちが分かっても分からなくても、授業はとにかくドイツ語で進む。

授業時間が30分を過ぎると、男子生徒の一部がそわそわし始めるが、それでも私語をする者はないまま、終業のチャイムが鳴った。

先生の指示で、生徒たちが机と椅子を元の位置に戻す。「みんなが自主的に手伝ってくれる。助かります」とカジノヴィッチ先生。授業後に集合写真を撮ると、全員がいい笑顔を見せてくれた。

Mika Tanaka

「ここで教えるのは、本当に楽しい。国際学級の生徒たちは学習意欲が高く、お互いに助け合いもします。難しさは感じていません」と、先生はうれしそうに話す。

筆者は取材前に、「難しい事情を抱えた生徒たちが暗い表情で座っている教室」を想像していたのだが、予想が裏切られてほっとする。授業参観の後は、急いで校長室へ向かった。

「どうでしたか? ドイツ語はここでの生活基盤を築くために不可欠なので、国際学級の授業でも最重要の教科です」と、ハンス=ユルゲン・ギュルケ校長がにこやかに招き入れてくれる。

ハンス=ユルゲン・ギュルケ校長。「言葉や文化が違っても、生徒たちがお互いを受け入れ、一緒に学んでくれることが最大の喜びです」
ハンス=ユルゲン・ギュルケ校長。「言葉や文化が違っても、生徒たちがお互いを受け入れ、一緒に学んでくれることが最大の喜びです」
Mika Tanaka

ベンラート基幹学校の生徒総数は340 人。ギュルケ校長によると、数年前から難民生徒たちの編入が目立って増えた。

普通学級は5〜10年生まで年齢別に構成されるが、国際学級では10〜16歳の生徒が一緒に学び、1クラスの生徒数は多くても20人までだ。週の授業時間数は約30時間、ドイツ語を中心にスポーツや英語、美術などの授業がある。

ドイツ語力のある生徒たちは、普通学級で地理や歴史の授業に参加することもできる。午後からは各種クラブ活動への参加も可能だ。

地理の授業。ドイツ16州の名称を書いて覚える。
地理の授業。ドイツ16州の名称を書いて覚える。
Mika Tanaka

国際学級の生徒たちは、まずドイツ語の読み書きを覚え、語学力がついた時点で普通学級に移っていく。ドイツ語の履修期間は平均1年半だが、優秀な生徒は半年で普通学級に移り、上達の遅い生徒には2年まで延長される。

「1人1人の成長を見ながら学校がサポートします。最大の目標は、生徒たちが普通学級に移ることです」とギュルケ校長。普通学級に編入できたら、難民生徒も地元の生生と同じスタートラインに立ったと言える。

ドイツの基幹学校は、大学進学者の養成ではなく、卒業後に企業で即実践力となる職業人の養成を目途としている。このため9年生で2回、10年生で1回の企業実習が必須だが、難民生徒たちにもその参加資格が与えられる。

9年生を修了すると、企業で職業訓練を受けるか、10年生に上がって職業専門学校への進学資格を取るなどの選択肢が与えられる。あとは本人の意欲次第だ。

ただ、ここに行き着くまでのプロセスは、本人にとっても家族にとっても、大きなチャレンジである。

特に入学後しばらくは、言葉が大きな壁になる。意思の疎通ができずに誤解が生まれ、国際学級の男子生徒の間でつかみあいのケンカになったことがあるという。

生徒たちの両親が、学校の方針を理解してくれないこともしばしばだ。両親自身のドイツ語力が足らないだけでなく、彼らの母国での義務教育に対する考え方が、ドイツと異なっていることも理由である。

そんなとき、ベンラート基幹学校では、「市が指定する通訳者だけでなく、普通学級の生徒たちがサポートします」とギュルケ校長は説明する。ドイツとアラブ圏、両方の言葉と文化を身につけたバイリンガルの生徒たちが、学校、生徒、両親の三者間で通訳を務めるのだという。

この学校では、移民としてドイツにきた両親や祖父母を持つ 生徒が多く、何らかの形で異文化を背景とする生徒が80%に達する。また、校内にはソーシャルワーカーも常時詰めており、問題が発生するとすぐに仲介に入る。

学校と生徒たちが一体となって、難民生徒の受け入れに取り組むベンラート基幹学校。 最後に、率直な質問を投げてみた。

「難民生徒たちの社会融合は成功していますか?」と。

「完全な融合には、学校だけでなく家庭と地域社会の連携が必要です。ただ、本校の中だけなら、融合は95%成功していると思います」。そう答えるギュルケ校長の声に、迷いはなかった。

ベンラート基幹学校は、校舎の老朽化が激しい。授業の大部分はプレハブの仮設教室で行われ、つつましい学習環境だ。しかし、教室にも教員室にも、終始明るく、穏やかな空気が流れていた。

毎日少しずつ前に進んでいる国際学級の生徒たちが、将来社会人としてドイツで自立することを心から願いつつ、学校を後にした。

(在独ジャーナリスト:田中聖香 編集:笹川かおり)

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