もしも、東京オリンピックを日本人選手全員がボイコットしたら? 気鋭の芸術家が映像化へ

根底にある問題意識は深かった
丹羽良徳さん=東京・渋谷
丹羽良徳さん=東京・渋谷
Kazuhiro Sekine

もしも2020年の東京オリンピックを、日本人選手全員がボイコットしたらどうなるのか―。そんな「フェイク」ドキュメンタリー作品をつくろうとしている芸術家がいる。ウィーンで活動中の丹羽良徳さん(35)だ。突飛なテーマを打ち出した丹羽さんの思いとは。

丹羽さんが構想しているのは、自国での開催にもかかわらず、日本人選手団がオリンピックをボイコットし、外国の選手団だけが出て大会が終わるという架空のストーリー。作中では、日本人選手役は原則登場させず、外国人選手だけで物語を展開させるという。「外部の視点に徹することで、東京五輪をより客観的に描く」(丹羽さん)のが狙いだ。

2020年のオリンピック開催地が東京に決まったことを発表する国際オリンピック委員会のジャック・ロゲ委員長=2013年9月7日、 アルゼンチン・ブエノスアイレス
2020年のオリンピック開催地が東京に決まったことを発表する国際オリンピック委員会のジャック・ロゲ委員長=2013年9月7日、 アルゼンチン・ブエノスアイレス
POOL New / Reuters

作品はドキュメンタリー風に仕上げる。オリンピックが終わった後に外国人選手らにインタビューするという設定の映像や、1964年に開かれた前回の東京オリンピックの映像などを組み合わせる。現実と非現実とをわざと混同させようとする試みで、「情報やことの真偽を検証できない、あるいはしようとしない世の中の風潮をも表現したい」という。

作品は実際のオリンピック前までに完成させ、発表(上映)する計画だ。

「当事者」不在のオリンピックを、当事者抜きの視点で描く―。挑戦的な手法の背景には、オリンピック開催に強く反対する丹羽さんの思いがある。

今回の五輪に意義を感じません。莫大な税金をつぎ込んで、潤うのは建設業界などです。結局、巨大な公共事業以上の意味はありません。前回の東京オリンピックの幻想が捨てられない世代がいるということです。「あの輝かしい栄光をもう一度」と思っている人たちが。

僕らはそうではない日本の将来を見つけないといけないのに、東京も政府もそれを国民に見せられなかった。悲しいことです。

丹羽さんはオリンピックのメーン会場となる新国立競技場の建設現場を見たとき、危機感を募らせた。

施設の建設が着実に進み、オリンピックがリアルになっていくことに対して、どう対抗できるんだろうと思いました。抗えない大きな力。「反対」「反対」と連呼していても何にもならない。少しでも抵抗するために、問題提起するために制作を決心しました。

オリンピックメーン会場となる新国立競技場の模型
オリンピックメーン会場となる新国立競技場の模型
Issei Kato / Reuters

熱狂はすぐに冷め、「祭りのあと」に残された莫大な借金が、国民一人一人に重くのしかかってくる―。そんな将来をもたらしかねないオリンピックとは結局、資本主義の問題へとつながる、と丹羽さんは考えている。

資本主義はまるでモンスター。何かにつけて「もうかる」っていう一言でまかり通ってしまう。そしてそれは、たいてい「罠」のようなもの。そもそも、もうかることを、そんなにやり続ける必要があるんでしょうか。

人々が資本主義の論理に組み込まれ、人生の価値さえもそれによって決まりすぎる社会。僕らはもはや、このシステムの外に出ることができないんじゃないかと思う。

取材に応じる丹羽良徳さん=東京・渋谷
取材に応じる丹羽良徳さん=東京・渋谷
Kazuhiro Sekine

丹羽さんは政治活動に関心があるわけではなかった。アメリカ率いる資本主義陣営と、ソ連を盟主とする共産主義・社会主義陣営が争った東西冷戦も、ベルリンの壁崩壊も、当時は気にもかけなかった。

丹羽さんの資本主義に対する意識は教養や理屈ではなく、自らの実体験を通じてつくられてきた。

地元愛知の高校を卒業してから、東京の多摩美術大造形表現学部に入学しました。音楽の道を志したり、写真家になったりした親類の影響を受けました。何より、「サラリーマン」になりたくないという思いが大きかったと思います。

ただ、芸術活動にはお金がかかります。画材などは決して安くありません。当時住んでいたのは家賃2万3000円の4畳半のアパート。貧乏生活ですね。40歳ぐらいまではアルバイト生活を覚悟していました。

学生時代にやっていたアルバイトはヤマト運輸での配送の仕事です。大学の授業は夜間だったので、朝の9時から夕方の5時まで働いて。そこから大学に行っていました。

芸術と近いアルバイトもあったんですが、僕は一切やりませんでした。アルバイトとしてそれをやってしまうと、中途半端にそれが将来の仕事になってしまいそうで怖かったからです。僕は本気でアーティストになりたかったから、あえて避けました。

生活費を切り詰め、アルバイトもしたが、それでも毎月のようにガスや電気、電話が止められた。

携帯電話も契約書面がめちゃめちゃ難しいじゃないですか。訳のわからない「心理戦」を仕掛けられている感じですね。

お金がないと何もできない。貧乏人は何もできなくなるまで追い詰められる。そればかりか、時に人々の心に憎悪すら生まれる。逃げ場がない。そんな感覚でした。

自分を苦しめる資本主義以外の社会があるのではないか、と考えるようになりました。そういえばかつてソ連とか、東側陣営とかがあったな、ということを改めて認識したんです。

丹羽さんは自らの体験をもとに、資本主義や社会主義をテーマにした作品を多く制作するようになる。

大学を卒業する前年の2004年、ベルリンの壁があった場所をはさんで、旧東ベルリンにある水たまりを旧西ベルリンに口移しするというアートパフォーマンスを実行した。

水たまりAを水たまりBに移しかえる」というタイトルの作品は、冷戦の当事者ではないものが、歴史的事件の「現場」の前ではちっぽけな存在だということ、そのような重大な歴史でさえも風化は免れず、それに抗おうとする行為の無力さを伝えようとしている。

ルーマニアで社会主義者を胴上げする」(2010年)という作品は、ルーマニアがかつて社会主義国家だったことを知らない若者たちが、社会から拒否反応の強い社会主義・共産主義的な思想を今も信じる政治活動家を胴上げする様子を映像に収めた。思想的に断絶した世代同士を「結びつける」ことにより、双方の間に無関心やあつれきなど様々な反応を生じさせた。

「ルーマニアで社会主義者を胴上げする」の一シーン
「ルーマニアで社会主義者を胴上げする」の一シーン
Yoshihiro Niwa

2011年にはトルコのイスタンブールにある外貨両替所をまわって手持ちの金がなくなるまでトルコリラとユーロの両替を繰り返した。

交換行為をしているだけなのに、手数料名目などで自らの財産が目減りしていく状況を生み出すことで、資本主義の「矛盾」を表現しようとした。その模様を映像にしたのが「イスタンブールで手持ちのお金がなくなるまで、トルコリラとユーロの外貨両替を繰り返す」という作品だ。

「イスタンブールで手持ちのお金がなくなるまで、トルコリラとユーロの外貨両替を繰り返す」のワンシーン
「イスタンブールで手持ちのお金がなくなるまで、トルコリラとユーロの外貨両替を繰り返す」のワンシーン
Yoshinori Niwa

ソ連が崩壊して久しい今のロシアで、「建国の父」レーニンはもはや忘れ去られた存在なのか。2012年の冬、モスクワの路上に立ち、ロシア人に「自宅にあるレーニン」を持ってきてもらうよう呼びかけた。自宅も訪問し、部屋の片隅にしまわれていたレーニンの肖像画や写真、ポスター、新聞記事などを借りて展示した。

レーニン「捜索」の過程も映像化し、展示とともに「モスクワのアパートメントでウラジーミル・レーニンを捜す」という作品に仕上げた。

資本主義や社会主義にこだわり続ける丹羽さんの姿は、芸術家というより政治活動家のようにも見える。だが、丹羽さんは言う。

あくまで芸術としてこのテーマをやっていきたいんですね。なぜかというと、政治家はむしろアーティストより政治的なテーマについてやれることが少ないと思っているからなんです。

政治家は現実的なことは言うけど、現実を思ったほど動かせませんよね。消費税を5%から8%にはできても、例えば米軍を国外から出て行ってもらうとかできますか。できないでしょう。日本の政治家たちがアメリカに気を使っているからです。政治家は本当の意味で政治活動ができないんじゃないかと思うんです。

その点、アーティストは自由で希望を感じます。だから芸術活動をやっているんです。

丹羽さんが反発する資本主義の対極として生まれたのが社会主義・共産主義だった。だが、その実現を目指したソ連は27年前に崩壊し、理想は「幻」となった。丹羽さんは持論をこう語る。

確かにソ連は崩壊しました。でも、もし別のやり方だったらうまくいったんじゃないかとも思うんです。僕が今住んでいるオーストリアでは、低所得者にとても優しい社会の仕組みです。大学は基本、無料ですし、僕のような外国人の芸術家も社会保険と健康保険に加入できます。

Kazuhiro Sekine

丹羽良徳(にわよしのり)

ウィーン在住。1982年愛知県小牧市生まれ。2005年、多摩美術大造形表現学部映像演劇学科卒業。資本主義や社会主義、歴史などをテーマにしたパフォーマンスアートに取り組む。上記作品のほか、香川県直島町の歴代町長の霊を霊能者に依頼して呼び出してもらい、現町長と会わせるという作品「歴代町長に現町長を表敬訪問してもらう」(2016年)などが話題を呼ぶ。

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