社員の7割以上が発達障害。「経済合理性があるからやっている」社長の思い

「障害者の採用が利益になり、社会課題の解決にもつながるなら、誰も文句は言わない」

悪気はないのに空気が読めず、対人関係がうまく構築できない。じっとしていられない。何度も同じミスを繰り返してしまうーー。そんな特性のある「発達障害」に、いま注目が集まっている。

発達障害は、「対人関係に問題を抱える」「特定のものごとに度を越したこだわりを持つ」などの症状があるASD(自閉症スペクトラム障害)や、「多動」「衝動的な行動」「不注意」などを特徴とするADHD(注意欠陥・多動性障害)などの総称だ。

そんな発達障害の人が、社員の7割以上を占める会社がある。グリービジネスオペレーションズ(神奈川県横浜市、以下「GBO社」)。ゲーム事業やメディア事業を展開するグリー(東京都港区)の100%子会社で、グリーグループ各社のサポートなどを事業としている。

「発達障害の人を雇用するのは、単なる『いい話』ではない。経済合理性がある」と、GBO社長の福田智史氏は語る。その真意を聞いた。

グリービジネスオペレーションズの福田智史社長
グリービジネスオペレーションズの福田智史社長
Haruka Tsuboi/HuffPost Japan

発達障害の人が社員の7割以上を占めるGBO社。発達障害の社員数は30人に上る。

業務はモバイルゲームのグラフィック作成や品質管理、総務や人事業務のサポートなど多岐に渡り、社員は適性に基づいて管理職(いわゆる「健常者」)と相談しながら担当する仕事を決める。

業務時間は午前9時30分から午後6時30分までで、残業はほぼないという。

筆者がGBO社を訪れたのは、お昼を少し過ぎたころだった。オフィスは明るく整然としていて、みな集中して作業を続けている。過半が発達障害の人であることを忘れてしまうような、一般企業と何も変わらない光景だった。

ーーGBO社は、企業ビジョンに「障がい者が自身の能力を最大限に発揮でき、仕事を通じて自律的に成長し続けられる会社を創る」と掲げています。

福田智史さん(以下、福田):「能力を最大限発揮できて、成長できる環境を作る」というのは、もともと障害者雇用に特化した特例子会社* だからそう謳っているというよりも、そもそも会社はそういう場所であるべきという僕の自論を、そのまま適用しているんです。

「健常者の会社」と「障害者の会社」でビジョンを分けるような発想だと、「障害者の会社」のビジョンは、言葉を選ばずに言うと学校の標語のような感じになりがちなんですよね。

だけど、社員と話して、彼らの特性とか強み弱みを把握する中で、障害者が多い会社だからといってビジョンは変えなくても問題ないなと思って、この言葉を選びました。

僕はグリー本社も兼務していますけれど、基本的に本社で自分が担当してる部門も同じような意識で見ているので、その主語を変えただけですね。

*民間企業には、全職員のうちの障害者雇用率を2.0%以上とする義務が課せられている。特例子会社は、障害者雇用促進法の規定により、一定の要件を満たした上で厚生労働大臣の認可を受けて、障害者雇用率の算定において親会社の一事業所と見なされる子会社である。

グリー株式会社の特定子会社であるGBO社の障害者雇用数は、親会社および企業グループ全体の雇用分として合算することが認められている。なお、厚生労働省は、障害者の法定雇用率を2018年4月に2.2%、2021年3月末までには2.3%にまで引き上げる予定だ。

ーーGBO社のウェブサイトには「特異な職場環境を作りすぎない」とも書かれています。

福田:理想論で言うと、ここで働いてる人たちもいずれは一般雇用枠になったり、健常者がいる中に入ったりして活躍してほしいなと思っています。

この会社に、一般の会社とかけ離れた特異な環境を作ってしまうと、そこから出られなくなりますよね。外の変化も知らないままで。それは良くない。

僕の中で、つくりたい組織像において健常者と障害者の境目はないですし、必要最低限の合理的な配慮はしつつも、なるべく健常者と同じ環境で仕事をしてもらいたいなと思っています。

ーー「特異な環境をつくらない」ことと「合理的な配慮」とのバランスはどうとっていますか。

福田:僕が代表に就いてから4年以上が経ちますが、試行錯誤を経て、いいポイントに着地できているかなと思います。

最初は、物理的な配慮から始めました。行政や、先行して障害者雇用をしている会社、発達障害者に特化している就労移行支援機関にヒアリングして。座席の間にパーテーションを入れたりとか、サングラスとかイヤーマフの貸し出しをしたり*とか、そういうところから整備しました。

*発達障害を持つ人の中には、感覚過敏の症状が現れる人も少なくない。サングラスは視覚過敏で光に弱い人、イヤーマフは聴覚過敏の人が集中して業務をする助けとなる。

座席と座席の間には、取外し可能なパーテーションが設けられている。隣の人の作業風景が見えると、集中できない人もいるためだ。
座席と座席の間には、取外し可能なパーテーションが設けられている。隣の人の作業風景が見えると、集中できない人もいるためだ。
Haruka Tsuboi/HuffPost Japan

あとは精神面のフォローです。面談の機会を増やすとか、残業を一切させないとか。社長の僕が今も2〜3カ月に1回、社員全員と面談しているので、そこで話を聞きながら、(私たちが)するべきことを積み上げている感じです。

仮眠室の様子
仮眠室の様子
GREE BUSINESS OPERATIONS

ーー面談にどれくらいの時間をかけているんですか。

福田:社員とのコミュニケーションにかける時間は、健常者と比べて倍以上かな。

僕は週に1回ここに来るんですが、その際に、少なくとも2人、多い日は4人ぐらいと面談します。なので、月でいうと、少なくて2×4で8人とかですよね。

1回あたりの時間は、人によってすごく違うんですよ。5分で終わる社員もいれば、40分とか1時間とかずっとしゃべる社員もいるので、これは本当にまちまちです。

1人15分とカレンダー上は決めているんですけれど、なるべく制約を設けないで、話したいことがあるのであれば、とにかく時間をとって話すという風にしています。

ーーGBO社で福田社長は、コミュニケーションが主な業務になるんですか。

福田:社員とのコミュニケーションと、マネジメントスタッフとのミーティング。あとは、社員がやっている業務を実際にレビューする、チェックすることにも時間をかけています。

GBO社は、他のグリーグループ各社から業務をいただいています。その成果が悪ければお仕事をいただけなくなるので、きちんとお客さまに対していい仕事ができているかという業務面のチェックもします。

ーーコミュニケーションに時間をかけることと、効率とのバランスを取ることに難しさは感じませんか。

福田:グリー本社で働いている時は、会議が30分から1時間に伸びただけで無駄に思うんですけれど、GBO社ではある程度バッファを持って仕事をしています。なので、コミュニケーションの時間が想定以上に伸びても、実務に影響が出ることはほとんどないんです。

ーー逆に言うと、その辺も含めて経営管理をされている。

福田:そうです。業務受注量のコントロールとか、残業を一切させないというのも、僕らが必要だと思っている配慮です。

ーーそのコントロールは大変なんしょうか?

福田:顧客側の意思もあって、仕事が急に増えるときもあれば減るときもあるので、けっこう難しいです。なんでバランスをとれているかというと、僕がグリー本社も兼務しているからですね。

GBO社だけを見ていたらわからないような本社の中の動きを把握できるので、うまくコントロールできています。

ーー専任ではなく兼務という形をとったのは、そういう相乗効果を期待された上でですか。

福田:もちろんです。

僕がここに来たのって、グリーの業績がガッと落ち始めたタイミングなんですよ。経営的にはコスト削減が求められ、生産性を上げるために、いろいろ考えなければいけない。

僕はその頃、事業部門から人事に移ったばっかりでした。もちろん大前提として法定雇用義務を守らなきゃいけないとか、CSR(企業の社会的責任)の文脈は当然あるんですけれど、それに加えてグループの経済的な価値の創出にGBO社を活用するというミッションがあって、兼務前提でここに来ているんです。

グリーの業績が上向きのままだったら、多分こうはなっていないですね。

福田社長は「グリーの業績が上向きのままであれば、GBO社の現状はなかった」と語る
福田社長は「グリーの業績が上向きのままであれば、GBO社の現状はなかった」と語る
Haruka Tsuboi/HuffPost Japan

ーー発達障害を持っている人が、健常者とあまり変わらないレベルで業務ができるという認識は、当時からお持ちだったんですか。

福田:全くない。(社員の能力をちゃんと知る前は)できると思っていなかったです。

だから、この会社ができた当時は、シュレッダーをかけるとか、紙に書かれた内容をExcelに打ち込むとか、そういう業務からやっていた。

今ここにある業務の8割以上は、設立当初はなかったものです。

社員と面談して、やりたいこととか持っている能力をきちんと理解した上で、グリー本社にある業務の中から「これは切り出せるんじゃないか」というものをピックアップし、事業部門にお願いして、トライアルでやらせてもらって。そういうグループ全体の取り組み、協力関係があって積み上がってきた感じです。

ーーいまGBO社で働かれている発達障害の人と、同じような仕事をされている健常者の人とで、待遇面に違いはあるんですか。

福田:こちらのほうが圧倒的に安いです。厚生労働省が発表している障害者の給与水準があるんですけど、ほぼそれと変わらないです。

ただ、ここで働いている人たちのパフォーマンスが健常者と変わらないから、同じぐらいの給与を出すべきかと言われると、それは違います。なぜかと言うと、一定の「配慮という名の投資」をしているからです。

ーー「配慮という名の投資」。

福田:要は、能力を発揮させるために、健常者よりもお金がかけているところがあります。

物理的な配慮もそうですし、受注をコントロールするとか、僕らマネジメントがコミュニケーションで使っている時間もそうです。そういう配慮をやめて同じ能力が出せるなら、同じぐらいの給与を出すべきなんですけど。

ーーとはいえ、給与水準は上げていきたいというお気持ちはある。

福田:そう思っています。これぐらいのパフォーマンスが出ているなら、もうちょっと出せるようになりたい。

正直、大卒1年目の一般的な社員よりも、うちの社員は仕事できますからね。社員には、今この給与水準である理由と、業務のクオリティが高くグループの利益になっていること、将来的に給与を上げたいという思い、すべて伝えています。

ここにいる人たちの活躍は、社会に対して強く発信していきたいと思います。それを見て、他の企業さんも同じような取り組みをしてくれれば、全体的に障害者の活躍機会が増え、競争原理で給与も上がる。

よりマクロな視点で話すと、いま働けていない人が働くようになると、そこでお給料をもらえるようになった人が経済活動をするようになるので、経済も良くなるわけですよ。

障害者年金を渡して生活してもらうよりも、きちっと労働して給与をもらって消費につなげたほうが、間違いなく経済が良くなって、それがまた賃金アップに戻ってくる。そうなるといいなと思います。

ーーこれから目指したいこの会社の像、あるいはそれを通じて目指したい社会の姿などはありますか。

福田:こういう活動って、継続しなきゃ意味ないじゃないですか。

「やりました」がゴールでは決してなくて、それを5年、10年と続けることに意義が絶対にあるはずで。でも企業なんで、続けるためには利益を上げ続けなきゃいけないんですよ。儲けなきゃいけない。

GBO社が、グリーグループにとっての経済的な価値と、社会問題の解決という社会的な価値を、同時に創出できると思っていますし、それが理想です。

その理想がグループの経営陣に理解してもらえたら、もっと障害者を採用しようという気運になるかもしれない。それが利益になり、社会課題の解決にもつながるなら、誰も文句言わないじゃないですか。

ただ、まだそこまで至っていないので、この会社のパフォーマンスをもっと上げていかなきゃいけないし、僕が経営陣に対してもっと言っていかなきゃいけない。

ーー達成できる自信はおありですか。

福田:自信はあります。障害者雇用に経済合理性はあるんです。結果も出ている。

ただ、グリーグループの売上は、ピーク時の半分ぐらいになってしまっているので、まずそっちをきちんとやろうと。その過程でGBO社のリソースもきちんと活用する。

グループがかつてのように大きく伸びたら、GBO社もどんどん拡大できるようになる。ここの活躍だけ考えるんじゃなくて、グループ全体の利益をきちんと上げていくことを考えなきゃいけない。難易度は高いなと思います。

でも、やり方はもう大体わかっているので、実現できると思いますけどね。

(続編は近日中に公開予定です)

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