「はたらいて、笑おう。」と書いている俺自身が笑えてない。クリエイティブディレクター佐倉康彦さんに聞く、働くこと、笑うこと。

【佐倉康彦さんインタビュー #1】日本の今の「働く」という環境が、そんなにリッチではないんだと思う。
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「はたらいて、笑おう。」という言葉がある日突然、胸に飛び込んできて、ずっと引っかかっていた。人材関連サービスのパーソルグループのタグライン(企業スローガン)だ。

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2つのはじける笑顔が目に焼き付いた。スティーブ・ジョブズ氏とともにアップルを創業した著名なエンジニア、スティーブ・ウォズニアック氏と、86歳の現役モデル、カルメン・デロリフィチェ氏。懸命に働いてきたからこそ、笑うことができている人生の大先輩たちのメッセージは、重い。

働いても心底笑えないんだよね。今は

「はたらいて、笑おう。」というコピーは、クリエイティブディレクター・佐倉康彦さんの仕事だ。

この時代、働くのも笑うのも、ましてや、働いて笑うことなんて、そんなに簡単なことではないと思う。同じ広告をつくる仕事の末端にいる私だって、はたらいて、笑いたい。

佐倉さん、この言葉に込めた思いを教えてください。

佐倉康彦(さくら・やすひこ)さん 株式会社ナカハタ クリエイティブディレクター。代表作にサントリーザ・カクテルバー「愛だろ、愛っ。」など。TCC最高賞、ACC賞など受賞多数。
佐倉康彦(さくら・やすひこ)さん 株式会社ナカハタ クリエイティブディレクター。代表作にサントリーザ・カクテルバー「愛だろ、愛っ。」など。TCC最高賞、ACC賞など受賞多数。
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極端なことを言うと、働いても笑えないんだよね、今の日本は。

泣くために生きている、という人はいない。人は笑うために生きているのだと思う。働くということの延長線上で、いつもの生活の中で、いつか笑うんだ、と思ってもらえたらいいなと思う。

「はたらいて、笑おう。」というのは、ある意味、のんきじゃない? でも、そのぐらい投げ出しちゃった方がいいのかなと思った。かなり無責任だけど。

「働く人の未来を考えています」と言っても誰も引っかからない。「いい転職をあなたに」と言っても、たぶん無視される。たぶん世の中に出ている広告のメッセージなんて、ほぼ既読スルーだと思うんだよね。みんなの中に残ってないと思う。特に広告における言葉は。

メッセージって、極端な言い方をすると、ディスられてなんぼだと思う。「笑えるわけねえじゃん」という人も絶対いる。「はたらいて、笑おう。」という言葉を投げ出しちゃったことで、少しだけ世の中をスクラッチできたような気がしてるんだよね。企業としての腹も据わるし。

「まだ笑えないよ」、「笑えるわけねえじゃん」と思ってもらう方が、変な言い方だけど、ある意味共感してもらえているんじゃないかと思う。

まあ、「はたらいて、笑おう。」と書いている俺自身がそれほど笑えてないわけだから。俺もたぶん働いて笑いたいんだと思うんだよね。酒飲んで、わははと笑ってることはよくあるけど、仕事しながら笑えてることってなかなかないからね。何かのプロジェクトが終わった後にみんなで打ち上げかなんかで集まってニコニコすることはあるけど。

働く人に、どういうふうになってほしいか

企業のタグラインは、味の素さんだと「Eat Well, Live Well.」だし、サントリーさんだと「水と生きる」。俺が書いたものだと、日清食品さんの「おいしいの、その先へ。」とか。企業の理念やサービス、もっと言えば企業哲学のようなものを言葉にするということ。

たぶん長く使ってもらう言葉になるだろうから、その企業体の行動理念をちゃんと規定しないといけないし、その企業自体が提供できるサービスを語らないといけない。転職、就職、アルバイト、派遣。パーソルが、働いている人たちにどういうふうになってほしいと考えているかを言葉にしようと思った。

そこで「働いて、笑おう」という言葉が出てきた。「働いて」をひらがなに開くと、「笑」という漢字が立ってくる。いくつか提案した中で、これが一番いいんじゃないかな、ということになった。

かつて、一度書いていた思いだった

実は、もともと前から、「働いて笑う」というのが自分の中ですごい引っかかっている言葉としてあった。大昔、あるCMのナレーションの仕事で、この言葉に近いニュアンスのものを書いたことがあるんだよね。

それでなんとなくその思いのようなものが、今でもずっと残っていて、いつかちゃんとこの言葉をやらなきゃ、という思いがずっとあった。アルバイト、転職、就職、派遣......あらゆる働き方、あらゆる仕事に合う言葉、もっと言うと生き方に近いところにある何か。

どこかでみんな、働いて幸せになろうとしているんだと思う。働くって糧だから、結局幸せになるための手段でしかない。パーソルとしては、みんなに働いて笑って欲しいと思っている。働いて対価を得て、旅行に行ったり家を建てたり、美味しいものを食べたり、誰かを愛したり。で、笑ってるわけじゃない? みんな。

結局どこかで笑えないとダメだと思う。それがなかなかできないんだけどね。

パーソルという企業体が、働くことのすべてに関わるグループだとしたら、最終的には働いている人、生きている人すべてに笑って欲しいと思っているというメッセージさえ、とにかく伝わればいいかな、という思いがあった。

「はたらいて、笑おう。」の実践者たち

一昨年の暮れに、CM打ちますという話になった。キャスティングで「アイコニックワーカー」を探してた。ずっと働いてきて、いま笑っている人。「はたらいて、笑おう。」を実践してきて、説得力を持って語れる人。そこで、ウォズニャックとカルメンを候補に挙げた。個人的には、ずっと会いたかった人たちだし。

ウォズはロサンゼルス、カルメンはニューヨークで撮影した。脚本なしのフリートーク。これまでの仕事や、働くことについて、たくさん聞いて、たくさん語ってもらった。

アップルについて映画化されると、いつもジョブズが中心になる。でもウォズがいなかったら、俺らの仕事道具のMacは生まれなかったと思うんだよね。いつも笑っているイメージがあった。デカいテディベアみたいにアイコニックで。実際に会ってみると、すごくチャーミングな人だった。IQ200以上あるので、ひとつの質問を投げると、100個ぐらいの答えが返ってきた。ものすごいスピードで。

スティーブ・ウォズニアック氏と佐倉さん
スティーブ・ウォズニアック氏と佐倉さん
佐倉さん提供

カルメンは86歳でも現役で、ランウェイも歩く。10代の頃にスカウトされて、最初は酷評されたようだけど、雑誌Vogueの表紙を務めたり、画家のダリのモデルになったり。長いキャリアの中で紆余曲折があって、それでも今笑ってる。最後にハグしたんだけど、いい匂いがしたよ。

今笑えていない人たちを、あえて描く

実際、日本の今の「働く」という環境が、誤解を覚悟で言えば、そんなにリッチではないんだと思う。今、働くということのカタチが変わりつつあるなかで、それをもう少し豊かに、すこやかにしたいとパーソルが思っているとすれば、このタグラインがいいんじゃないかと。

どっちかというと、にっこり笑った人が出てきて、「はたらいて、笑おう。」という言葉が出るのがスタンダードだと思う。このウォズとカルメンがオンエアされた去年、やはり多くの人にディスられた。やった! と思ったよ。「働いて笑えるわけないじゃん」とか、「働くって、笑うためにやってるわけじゃないよね」とか。その反応は、健やかだよ。俺はそういう人たちの反応の方が、人として真っ当だし、よくわかるような気がした。

今笑えなくても、いつか笑える時がきたらいいなぁという人はたくさんいるんだと思う。だから今笑えていない人たちを出した方が、「はたらいて、笑おう。」というメッセージがちゃんと通じるんじゃないかと思った。

いやらしいやり方だけど、もともと自分たちが発信した「はたらいて、笑おう。」という言葉・メッセージを自己検証するというのは、企業広告として面白いなと思った。

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今オンエアしている4人は、今の日本でリアルに働いている人たちを表現したつもり。いまどきの企業にやっと就職して天狗になったんだけど、入ってみたら鼻をへし折られた若者。「部下たちと一緒に笑いたい」と悩める中間管理職。子育てと仕事を両立しようとしているキャリア志向の女性。仕事より自分のやりたいことを第一に考える、派遣で働く今どきの女性。それぞれのバックストーリーを考えて、台詞を考えた。

「はたらいて、笑おう。」というメッセージに対し、実際に働いている人たちはどう反応するのだろうかと思って、たくさんの人たちにインタビューをした。派遣で働く女性たちは相当な人数をインタビューした。知り合いや、知り合いのまたその知り合いに話を聞いたりもした。

最初に、「はたらいて、笑おう。」ってどう思う? と聞く。「一人では笑いたくない」という言葉は、友達が言っていたんだよね。「やっぱりチームで動くものだから、最終的には全員で笑いたい」と言っていて、メモ、メモ。いろんな言葉や思いを汲み取って、15秒と30秒の尺にハマる、ナマの言葉を考えた。

みんな揺れている。だから、それぞれの台詞ではある意味、「はたらいて、笑おう。」と反対のことを言ったりしている。

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熱望していた会社に今、いる。

アガりまくった。有頂天にもなったよ。

でも働きだしてすぐあちこちにぶつかって

気がついたらへこみまくってた。

はたらいて笑うなんて想像できない。

いつかガチで笑える日が来たら、

泣くな、オレ。

この台詞を読んでくれた若い男性の役者さんが、わりと感極まった感じで俺のところに来て「泣きそうでした」と言ってくれたのが嬉しかった。自分自身と、役の上での働く人が重なって、ガチの揺れる気持ちを込めて、この言葉をリアルに噛み締めてくれた。

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自分たちの発信したメッセージを自己検証するという方法論は、今まであまりないのかもしれないな。オンエアでは、それぞれの台詞を語る4人の背景にウォズとカルメンの映像をプロジェクションしたり、グラフィックは、ポスターを貼ったりしている。

ウォズとカルメンの残像がある中で、リアルな日本人が出てきて「働く」を語る。

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みんな、理想と現実の間でもがいて、揺れているんだよね。働くってそんなに簡単なことじゃないしね。簡単なことじゃないから笑いたいんだよね。

明朝体の大きな字で「はたらいて、笑おう。」と無邪気に言われて、私も内心「笑えるわけないじゃないか」と反発を感じていたのだと思う。仕事がうまくいかなかった日は、明日こそ全てを放り出して辞めてやろうと心に決める。なぜ私は、働くことにこんなに翻弄されているのだろうか。私の人生は仕事のためのものじゃないのに、と。

でも翌朝起きると、今日こそはやってやろうという気になっている。結局私も、はたらいて笑いたい。いつか笑えるように、はたらきたいのだ。

佐倉さんへのインタビューは続きます。全3回。次回は明日3月8日を予定。佐倉さんが、あの名コピーを振り返ります。

(PHOTO BY KAZUHIKO KUZE)

筆者の林は、ハフポスト日本版の広告事業を統括する立場ですが、このブログは担当業務から離れ、取材執筆したものです。

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