ライフスタイル
2018年03月01日 11時07分 JST | 更新 2018年03月08日 06時46分 JST

なぜ「授乳フォト」を渋谷のスクランブル交差点で撮ったのか。子育てはもっと自由でいい

授乳って気持ち悪いの? 「都会の中の野生」が願う、ゆるい意識改革

"男女格差"は過去のもの? でも、世界のジェンダーギャップ指数で、日本は144カ国中114位です。

3月8日は国際女性デー。女性の生きづらい社会は男性も生きづらい。女性が生きやすい社会は、男性の生きやすい社会にもつながるはず。制度も生き方も、そういう視点でアップデートしていきたい。#女性のホンネ2018 でみなさんの考えやアイデアを聞かせてください。ハフポストも一緒に考えます。

......

マタニティーマーク、出産、電車内のベビーカー、待機児童問題......。

家庭や人によって、それぞれの形があっていいはずなのに、子育てにまつわるトピックは、何かにつけて炎上しやすい。

そして、授乳もその1つだ。

2017年9月に第一子を出産した櫨畑(はじはた)敦子さんは、渋谷のハチ公前で授乳をしている写真をFacebookに投稿した。

Satoko Mochizuki

授乳と大都会のギャップから、何らかのメッセージがあることは読み取れた。しかし、写真からはそれ以上に、底抜けの笑顔で授乳をする櫨畑さんの魅力がひしひしと感じられる。

――この写真はどうして撮られたのだろう?

何かの媒体で大きく発表することもなく、ひっそりとFacebookに投稿された迫力ある写真の舞台裏を知りたくて、櫨畑さんと、カメラマンの望月聡子さんに話を聞いた。

「授乳は赤ちゃんの食事なのに、どうして隠す必要があるの?」

Kaori Sasagawa
(左)櫨畑さんのお子さんを抱くカメラマンの望月聡子さん(右)櫨畑敦子さん

――2人はどうやって知り合ったんですか?

櫨畑さん(以下:櫨畑):望月さんがSNS上の共通の知人づてに私の存在を知ってくれて、メッセージをくれたのがきっかけです。

私は子どもは欲しかったのですが、結婚はしたくなかったので、結婚をせずに子どもを授かって育てていく方法をずっと模索していて。ありがたいことにこうして今、望んだ形で子育てをできているわけですが、そのプロセスをSNSやイベントで公表していたのを見てくれていたんじゃないかと。

望月さん(以下:望月):私は職業としてカメラマンをしているのですが、ライフワークとしては既存の社会に囚われない活動をしている方を作品として撮っていて。そんなとき、知人のSNSの投稿で櫨畑さんの存在を知ったんです。

私自身も、結婚について考えたり、婚活をしてみたりしていたのですが、結婚するのはハードルが高いように感じていました。でも、「子どもはいつか欲しいな」と漠然と思っていたときに櫨畑さんのことを知って、「あ、子どもって1人で産めるんだ」というのが新鮮でした。希望というか、突破口のように感じて。

――2人の感性が共鳴したわけですね。そのあと、すぐに授乳フォトを?

Satoko Mochizuki

望月:いえ、最初に会ったのは、まだ赤ちゃんがお腹の中にいる2017年8月で、そのときはマタニティフォトを撮らせてもらいました。授乳フォトの話が出たのは、11月に美術館で会ったときですね。

櫨畑:ある施設で写真を撮ってもらって、「そろそろ授乳の時間だな」と思って周りを見渡したら、ゴツゴツした1人掛けの不安定な椅子ばかりで抱いた赤ちゃんを授乳できるようなソファ席が全然なくて。

授乳用のケープを広げられるスペースがないので「不便やな」って呟いたんですよ。そしたら、望月さんがその言葉に反応してくれて。

望月:「そもそもね、これは赤ちゃんの食事だからケープで隠さなくてもいいと思っているんだけど」と言っていたのが特に印象的で。「大人は好きなときにご飯を食べられるけれど、赤ちゃんはそうじゃないし、授乳はこの人(子)にとって生きのびるための食事なんだから」って。

私には子育ての経験はないけど、隠すのが当たり前だという意識は身についていたので、櫨畑さんの言った「赤ちゃんの食事」というのが新鮮で。だけど、素直に「そうだな」と腑に落ちたんです。

櫨畑:そこから「授乳フォト撮ろうよ」と望月さんが言ってくれて、私も「やりたかってん!」って。

特に大それたことをしたいわけでも、何かのためにやったわけでもなく、撮りたかったから撮ってもらって、きれいに撮れたから(Facebookに)投稿したって感じなんですよね。

――渋谷のスクランブル交差点で撮影したのは、何か意味があったんでしょうか?

望月:特に意味はなくて、シンプルに似合っていたんですよ。櫨畑さんって、今の婚姻制度とかが整った社会では発揮しにくいものを体現してくれるイメージがあって。

結婚せずに1人で産んで育てちゃうのもそうですけど、自分の中の"野生の勘"をみたいなものを大切にしていると感じていて。「都会の中の野生」という言葉がよく似合う人なので、それを表現できるのが渋谷かなと思った、という感じです。

Satoko Mochizuki

子どもの存在を"自分には関係ないもの"にしようとしている

――写真自体に強いメッセージ性はないとのことでしたが、先ほどお話した授乳の不便さなど、子育てする中で、社会に対して何かを感じることはありますか?

櫨畑:出産するまで知らなかったんですけど、「授乳を見て気持ち悪いと思う」という意見がネット上にあって衝撃を受けたことはあります。

「授乳室に行け」という意見もあったのですが、百貨店の高層階やショッピングモールなどの商業施設にはあるけれど、私が住んでいる下町にはほとんどなくて。

実際にお腹が空いてギャンギャン泣きわめいている子がいるのに、わざわざ建物に入って、エレベーターに乗って、高層階まで行かなきゃならないなんて不自然だなと思っているんです。

――泣いたら泣いたで「早く泣き止ませろ」という視線を向けられることもきっとありますよね。

櫨畑:そうなんです。授乳だけじゃなくて、おむつ替えも「トイレのおむつ替えシートでするのが当たり前」という人も多いと思うんですが、おむつ替えシートも増えてはいるものの、どこにでもあるわけじゃない。

おむつ替えシートを探している間におむつから便がはみ出して背中に漏れてしまうこともありました。でも、ちょっと長い椅子や、ベンチなんかがあればサッと替えられます。

子育ての現場、たとえばおむつ替えや授乳を見えないところに追いやることで、子育てや子どもに対しての免疫がどんどんなくなっていく。

――子育ての免疫がなくなった先にあるのは「無関心」でしょうか?

望月:「自分には関係ないから存在しないもの」のような扱いをしようとしていることやイベントに「子連れで行ってもいいですか?」って聞かなくちゃいけない状態にも違和感があります。

そもそも少子化で子どもの数も少ないのに、これ以上子どもに触れる機会が減ってしまったら、「子育てしている人」「子育てしていない人」の間に、大きな隔たりが生まれたまま、その溝がどんどん深くなっていって、より一層神経質になってしまう状況があるんじゃないかなって。

Satoko Mochizuki

――妊娠自体も、デリケートなトピックになっている印象です。

櫨畑:不妊の人が傷つくからSNSに子どもの写真を載せることは良くないという議論もありますが、たとえばミュートすることもできるし、フォローを外して見ないようにすることもできるのに、そこまで人の視線を気にしなければいけないのって何だか不自然な気がして。

私も長いこと不妊だったので、気持ちはわからなくはないけれど、否定したり攻撃したりするのはちょっと違うかなって思います。

「そんなこと言ってたら、家から出られへんようになるやん」って(笑)。だから今回はそういう違和感に向き合うつもりで、写真を撮ってもらったんです。

望月:櫨畑さんがそういう率直な姿勢でいるからこそ、私みたいな人間は反応したし、便乗できた。この写真が誰かを傷つける可能性もあるけれど、誰かの希望になる可能性もある。とりあえず出してみないとわからないなと思って出しました。

「泣くのがうるさい」と思ってもいい

Satoko Mochizuki

――今の社会で子育てする大変さを聞きましたが、そういった社会に対して、2人はどうアプローチしていきたいと考えていますか?

櫨畑:(写真は)いろんな人にやわらかく届いたらいいなというくらいで、実はあまり大きなメッセージはないんです。たとえば今回の写真は、言葉が刺さりにくい人や活字を読む時間や習慣のない人には届きやすいかもしれない。

望月:これは私が櫨畑さんに共感していることでもあるんですけど、「子どものいる人VSいない人」や「独身VS既婚」みたいな感じじゃなくて、「あっちもいいし、こっちもいいよね」みたいな社会が生きやすいんじゃないかな。

櫨畑:みんな自分の意見を伝えたいんだと思うんですけど、生き方や暮らし方、人付き合いの仕方を含めて、他人のことにそんなに口出しするなよと思うよね。個人の選択に対して、否定的で攻撃的な発言をする人が多い。

あとね、この人(子)の養育にはできるだけ多くの人に関わってもらって、小さいうちはどういう風に抱いたらいいのかとか、どうやったら泣き止むのかとかを知ってもらって、少しでも身近なところに小さな人が存在していることを感じてもらえたらいいなと思っています。

お友達に抱っこをしてもらうこともよくあります。この間も知り合いのシェアハウスに滞在していたのですが、住んでいる若い男の子が「いや~、もうずっといてほしい」って言いながら、離乳食を買ってきてくれたり、一生懸命にあやしてくれたりしていました。

――機会が少なすぎて、子供とどう関わっていいかわからない人も多そうです。

望月:今の時代ってとても極端になってる気がして、子供が泣くとうるさいと怒る人もいれば、そういう気持ちを思っちゃいけない、と罪悪感を持って子供を避けてしまう人もいる。どちらも過剰ですよね。

でも、「うるさいな」と思うこと自体は悪いことじゃないと思うんです。そんなの苦しいじゃないですか。「うるさい!」と攻撃するのはおかしいけど、「うるさいなあ、でも泣き止むために私も手を貸すわ」くらいがちょうどいいんじゃないかなって。

うるさいと思うネガティブな感情も、もちろん子どものいる空間を楽しむポジティブな気持ちも両方を共有していくのがいいんじゃないかな。今回の写真は、そういう"ゆるい意識改革"に使ってもらえたらうれしいなと。

櫨畑:だって育てている人でも、泣きわめく子どもに対して「うるさい」って思っちゃうこともあるし。でも、それに対しても「自分の子どもなのにうるさいって言うなんてひどい! 虐待だ!」というバッシングもあるから言いにくいくらい。

「子育てしているんだから、周りに迷惑をかけて当然だ!」とも思わないし、かと言って萎縮させられるのも何か違和感がある。その間くらいで、ゆるく、やっていけたらいいなと思っています。

Satoko Mochizuki

(取材・文:佐々木ののか / 編集:笹川かおり)