アート&カルチャー
2018年03月01日 07時30分 JST

講談社のマンガ6誌読み放題アプリは、出版界の危機感から生まれた 「船が沈もうとしているのに…」

ヤンマガやモーニングなどが読み放題。「コミックDAYS」担当者に、開発に至るまでのストーリーやサービスの狙いを聞いた。

(C)講談社

出版大手の講談社が3月1日、「週刊ヤングマガジン」や「モーニング」など6誌の漫画雑誌を読み放題で楽しめる定額制アプリ「コミックDAYS」をリリースする。

これまで講談社が運営する電子コミックサービスは、「1つの編集部につき1サービス」が基本だった。「コミックDAYS」はその制限を超え、6編集部が横断して作品を提供する。値段は月額720円。海賊版サイトの横行などが深刻化する中、試金石となるサービスとも言える。

「コミックDAYS」の企画を中心になって進めたのが、「週刊ヤングマガジン」編集部で副編集長を務める村松充裕(むらまつ みつひろ)さんだ。電子市場が拡大する中、「出版社がやれることをやれていなかった」と話す村松さんに、アプリの企画・開発に至るまでの背景や狙いを聞いた。

Aya Ikuta/ HuffPost Japan
村松充裕さん

デジタル営業部での研修で「風穴が空いた」

——​​​「コミックDAYS」の企画を立ち上げた経緯を教えてください。

話をさかのぼると、長いんですが...。出版業界は、出版社が本を作り、取次が流通させ、書店が売るという構造でずっとやってきました。そして、編集も営業もその構造を前提に動いていた。

それが、マンガアプリが注目され電子市場が拡大を始めた2013年以降、その前提からすると明らかにおかしい「不思議な売れ方」をしている事例が散見されるようになりました。書店で作品をプッシュしてもらったり、大々的なプロモーションを打ったりしていないのにヒットする作品が出てきたんです。

具体的に例を挙げると、僕が担当した「アポカリプスの砦」や「食糧人類」(原作・蔵石ユウ、作画・イナベカズ)は書店から推してもらえないタイプの作品でしたが、マンガアプリや電子書店を起点にネット上で話題になり、桁違いのペースで紙の本も売れました。

出版社はバラバラの編集部の集まりでできているので、編集部の外で起きていることがわかりづらい。なので、何が起きているのか知るために、2016年末ごろに電子書籍の販売を扱う部署であるデジタル営業部で研修をしました。そこでカルチャーショックを受けまして。

——カルチャーショックとは?

それまでのヒット漫画の売り方は、まず漫画好きや書店員の間で話題になり、その種火を育てて育てて大きくして一般層に伝播させていく、という感覚だったんです。なので、まずは漫画好きや書店員に刺さる必要があったのですが、その分作品内容がマイナーに寄ったり、読まれればおもしろいのに一般層に届かない、という息苦しい状況もあった。

ですが、電子市場は普段書店に行かない漫画好きの人など、もっと広い層に直接作品を届けることができるんだと知って、風穴が空いたんですよね。

一方で、自社のデジタル媒体を持たずにいる怖さを実感して、出版社だからこそできることはもっとあるのではないか、とも思いました。

また、この潮流を他の編集者にも知ってほしいと考え、研修を通して知ったことや考えたことをレポートにまとめてヤングマガジン編集部にメールで回しました。

——レポートに?

はい、のちに「ムラマツレポート」という名称がつくのですが(笑)

講談社では、編集部の全体メールを送ると自動的に編集長や役員にもメールが送られます。そこで僕のレポートを読んだ役員が全編集長にレポートを回して、さらに全編集長から全編集者に回されて。結果的に、2017年1月にその「ムラマツレポート」が全社に配布されました。

そこから、「ではそれを解決するものを作ろう」となり、「コミックDAYS」の企画が立ち上がりました。僕としては憂国の書という感じで、「デジタル戦略で何かしていかないとヤバイぞ」と警告を発しただけで、まさか自分がそのプロジェクトのリーダーに任命されるとは思わなかったんですが。(笑)

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「コミックDAYS」で読める6誌の合計約6700ページ分を印刷・製本した冊子。辞書以上に分厚いボリュームだ。

出版社は「漫画を読者に届けること」をやれていなかった

——「コミックDAYS」のリリースを発表した際のブログで「出版社がやれることをやれていなかった」と書かれています。「やれていなかったこと」とは何だと考えていますか。

すごくシンプルで、「漫画を読者に届けること」だと思います。

出版⇒取次⇒書店という「読者に届ける仕組み」が鉄壁すぎて、出版社が漫画を読者に届けることを真剣に考える必要のない時代が長かった。

情熱を持っておもしろい漫画を作るということさえやっていれば、勝手に読者に届くという状態でした。出版⇒取次⇒書店という恵まれた地盤の上で、バラバラの個性を持った編集部が競い合い、それによって漫画界は盛り上がった。

それが、電子市場が拡大して以降、かつての確固たる地盤が揺らぎ始めて「届けること」自体に新たなやり方が求め続けられるようになり、その状況に出版社が戸惑ってきたのが、ここ5年出版業界で起こっていたことだと思います。

その状態で、これまでと変わらない状態で編集部や出版社で競い合いをしていると...なんていうんですかね。船がまさしく沈もうとしているのに、「俺の部屋には入ってくるな」と閉じこもっているような感覚ですかね。そうなってしまっている、この状況を切り替えたいと思っています。

——編集部同士が競い合うという縦割りの組織で、「コミックDAYS」のような編集部を横断したアプリを立ち上げるための調整は大変だったのでは?

でも、めちゃくちゃたくさんの人から協力を得られたんですよね。講談社にいる多くの人が、きっと僕と同じような思いを持っていたのでは、と思いました。

受け入れてもらえたのは、みんなにとって納得しやすいシステムだったからだと思います。だから逆に言うと、めちゃくちゃ新しいものでもないんです。

ただ、それでも大変でしたねぇ。(笑)すごく助けられているのに、こんなに大変なんだ...という気持ちでした。

——社内での「コミックDAYS」のチーム構成はどうなっているのでしょうか。

社内に正式な編集部というものは作らず、「チーム」という形にしています。「ヤンマガ」や「モーニング」など参加している各編集部に1〜2人の「コミックDAYS」担当者がいて、編集部に情報を伝えてもらったり、各編集部の現場からオリジナル作品を集めてもらったりしています。

編集部にしてしまうと、やっぱりどうしても競争相手になってしまうんですよね。オフィススペースを開放的な空間にしているのも、「競争」にしたくないという理由からです。ヤンマガ、イブニング、アフタヌーン編集部が同じフロアなんですが、それぞれから見えるところに置いて、「誰がいつでも来ていいですよ」という場所にしています。

——確かに、出版社の漫画編集部のイメージとはかなりギャップがあります。

お菓子も置いてある、みたいな。あと、ビールも置いてある。(笑)そういう感じで、みんなが行き来できるようにして、「コミックDAYS」をみんなのものにしたいと思っています。

新しい取り組みに人を巻き込んでいくのはすごく難しいんです。だから僕は当事者をなるべく増やして、みんなでやっていきたいと思っています。

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「コミックDAYS」チームが集まるスペース。社員ごとにデスクが分かれておらず、ひらけた空間になっている。デスクの周りもスッキリ。棚の上にはワインとビールが入った冷蔵庫もある。

「コミックDAYS」で目指すもの

——一足先にリリースされた「コミックDAYS」のWeb版を使ってみましたが、動作も速く、かなり使いやすいと思いました。開発においてこだわった点を教えてください。

アプリもそうですが、速くて使いやすいのは開発会社のはてなさんとグッドパッチさんが真剣に取り組んでくれた結果ですね。本当にありがたいです。

「コミックDAYS」のサービスの方向性としては、漫画が「見つかる」こと、「読みたくなる」ことを重視しています。シンプルな作りで好みの漫画を探しやすくて、アプリやWEBを開くたびにいつも画面に違うものが映る。そういうものを作りたいなと思っています。

(C)講談社
「コミックDAYS」の特集コーナーでは、書店員がオススメする漫画を紹介する記事を読める。

今はすごく漫画の数が増えています。業界全体にいろんな問題が起きているにもかかわらず、なぜ漫画が増えているのかというと、「漫画を作る」ことしか出版社は知らなかったので、「作る」ことだけで問題に対抗してしまうからなんですよね。「読者に届けられない」という問題を、「作る」ことで解決しようとしてしまった。

いま、漫画の数が増えているのに、読者が新しい漫画と出会ったり読みたくなるという機会が少なくなっています。コンビニの漫画雑誌コーナーは縮小して、電子書店やマンガアプリのランキングは固定的になりがちです。

出版社は作家との距離も近いし、「作る」以外の部分でもっとやれることがあると思います。現状を打破するためにも、いま漫画を売るにあたって最もコストがかかる「見つけてもらう」こと、「読みたくさせる」ことに注力していきたいと思っています。

——先ほど話されていた「出版社がやれていなかったこと」をやっていく、ということですね。

そうですね。

特集コーナーを設けて、書店員さんがオススメの作品を紹介するコンテンツも作りました。動画配信サービスのNetflixではデータやユーザーの行動履歴に基づいて、アルゴリズムによってオススメの作品がレコメンドされますよね。「コミックDAYS」はどちらかというとSpotifyに似ていて、ユーザーの興味が「狭まっていく」というよりも「広がっていく」仕組みにしています。この辺りの機能は追って充実させていく予定です。

——価格は月額720円で、6誌すべて定期購読できると考えるとかなり割安です。

毎月200ポイント(1ポイント1円)付くので、実質500円くらいですね。この価格は、ユーザーが納得してくれて、なおかつ雑誌に還元できるかという線引きをした時のギリギリのラインです。

——「コミックDAYS」には、広告も入ると発表されています(無料で読める作品のみ)。目指すのはサービス単体で売り上げを出すこと、普段書店に行かないライトユーザーにも作品を届けて紙の単行本の売り上げを伸ばすこと、どちらですか。

つまらない答えになってしまいますけど、両方です。

売上やアプリの登録者数など数字的な目標については申し上げられないのですが、「継続性があればよし」という考えでいます。つぎ込んでいるお金に対して、それを超えるリターンがとれていて、そのリターンの中から継続開発費が取れている。その状況さえ維持できていれば事業は継続できて、かつ変化をし続けられるので。

もちろん単体で収益を出せるようにしたいというのもあります。ただ、先ほど申し上げたように、今は思いがけず新しい漫画と出会ったり、読みたくなったりする機会が減っているので、まずは「コミックDAYS」でおもしろい漫画を見つけてほしいです。その先に、書店で単行本を買ったり電子コミックスを買ったりするというアクションがあるといいと思っています。

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「コミックDAYS」ウェブ版のトップページ。

Kindle Unlimited騒動でみえた、既存の出版ビジネスモデルの課題

——話が戻りますが、「コミックDAYS」の企画が始動したのは2017年1月。その直前の2016年10月にはKindle Unlimitedの配信停止騒動(※)があり、講談社はAmazonへの抗議声明を出しました。あの一件はどう受け止めていますか。

そもそも、なぜ配信停止になってしまったかという原点に戻ると、「まだまだ漫画は売れているし読まれているから」だったんですよね。

少し話が逸れますが、僕は「ユーザー(読者)と作り手側の対称性が保持されているか」ということをすごく考えています。

ユーザーにとって究極に便利なサービスとは、「すべて無料」で楽しめるものです。ただ、それが成立してしまうと作り手側が死んでしまう。そして作り手側が死んでしまうと、長い目で見たら作品が生まれなくなり、ユーザーにとっても不利になる。だからお互いがちゃんと対称性を取れている状態を維持しなくてはいけない。

ユーザーにとって不便ではなく、気持ちよく楽しめる。一方で作り手側もしっかりお金を稼いで、継続的な活動ができる。この両方のバランスを取ることができれば良いと思っています。

音楽業界はApple MusicやSpotifyなど、先にサブスクリプションサービス(定額制サービス)の波がきたということもあって、そのバランスが業界全体で取れつつあります。あと、そもそも音楽と映画には、デジタルで得られる体験より上位の体験があるんですよね。

(※)Amazonが運営する月額980円の電子書籍読み放題サービス「Kindle Unlimited」で書籍が「一方的に配信停止にされた」として、講談社などの出版社や作者からAmazonに対して抗議や善処を求める訴えが相次いだ。想定以上の利用があり、Amazon側が出版社に配分する負担に耐えきれなくなり、人気作品をラインナップから外したとみられている。

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音楽のストリーミング配信サービス、Spotifyの画面。

——上位の体験とは?

音楽だとライブに行くこと、映画だと映画館で観ることです。デジタルでは代替できないものですね。

例えば、音楽を無料に近い状態で多くの人に聴かれたとしても、その中でファンになってくれた人がライブに来たりファンクラブに入ったりしてくれる。そこで対価が支払われて、アーティストにしっかり還元されるという形ができています。

映画もそうです。映画館に行くということは、Netflixでは代替できない経験で、映画館にも3Dや4DXみたいなプラスアルファの価値が付いてきている。音楽、映画、どちらも上位の価値というものが担保されていて、そこでしっかりクリエイターへの利益還元ができる。

一方で漫画の場合は、「紙で読む」ことが一つの上位体験としてありますが、映画と音楽に比べると少し弱いんですよね。だから、破格の定額制サービスで全ての出版社の漫画が読めるようになってしまうと、対称性が取れないんです。

対称性が取れないと事業を持続できないので、音楽や映画とはまた違ったモデルが成立しないといけない。けれどその形がまだ見えていなくて、バランスが取れずガタガタしている。漫画を描く側も、読む側も、出版社側である僕らも、みんながそれに対して不満を持っているのだと思います。Kindle Unlimitedの一件はその問題を浮き彫りにしたと思っています。

様々な出自のプレーヤーが揃っている中で、どんなビジネスモデルでやっていくのがベストなのか。それを、僕は出版社に属する立場として考えないといけないと思っています。

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——海賊版サイト問題についての議論が進む中で、講談社や集英社、小学館など日本の出版社が手を組んでサービスを作るべきではという指摘もあります。

これはあくまで僕個人の意見ですが、海賊版サイトには厳正に対処しつつ、一方で作家への還元が担保される形になるのであれば、出版社横断のサービスができるのはいいことだと思います。

漫画家の赤松健先生が立ち上げた「マンガ図書館Z」は、無料で絶版になった漫画を楽しめる代わりに「広告が表示される」という仕組みで成り立っています。これには作家も読者も出版社もみんな納得がいきます。

非常にいい線引きだなと思っているのですが、同様に、定額制読み放題サービスに関しても「ユーザーが納得できて作家の利益も担保できる」という線引きができるのでは、と思います。その感覚を漫画家・出版社・ユーザーの間に醸成できれば、大規模な漫画のサブスクリプションサービスを作ることも可能ではないかと思います。

大事なことなので2度言いますが、以上はあくまでも僕の意見です。(笑)

——対称性が取れる状態を見極めて、新しいビジネスモデルを作っていくということですね。

その感覚を養うためにも僕らは当事者であり続けないといけないので、複数の編集部を巻き込んで、頑張らなくちゃいけないですね。何よりも、僕ら出版社が頑張れないと漫画業界がおもしろくなくなってしまう。全部が便利になってしまうだけで。

便利になるというのは前提条件なんですけど、それを「おもしろくする」という部分に関しては、出版社側にいる僕らの方が得意だろう、と思っています。だから僕らがへたってしまうと業界がつまらなくなり、盛り下がってしまう。なので、僕らが頑張って、おもしろくしていかないといけないという気持ちですね。

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「コミックDAYS」について

「コミックDAYS」で定期購読の対象となるのは、「ヤングマガジン」、「モーニング」、「アフタヌーン」、「イブニング」、「Kiss」、「BE・LOVE」の6誌。また、連載作品やオリジナルの作品を1話ずつ購入できる。なお、連載作品の「バガボンド」「レベレーション(啓示)」、一部記事やグラビア、袋とじなどは配信対象外。

Web版は3月1日午前中、アプリ版は同日夕方ごろリリース予定。

月額720円で初月無料。無料期間終了後は単行本が買えるポイントが毎月200ポイントずつ付与される。無料連載マンガの閲覧や、コミックスの無料試し読みは会員登録をしなくても利用できる。

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