あの人のことば
2018年03月02日 10時15分 JST | 更新 2018年03月03日 21時36分 JST

小袋成彬は、宇多田ヒカルに導かれ、「歌わなければならないこと」をみつけた。

アルバム「分離派の夏」でソロデビュー。等身大の小袋に迫る。

宇多田ヒカルが、初めて新人アーティストをプロデュースするーー。

そのニュースを聞きつけた多くのマスコミ関係者が、東京・乃木坂のソニー・ミュージックエンタテインメントビル内のライブスペースに押し寄せた。

集まった人々の前に現れたのは、どちらかといえば小柄で、華奢な青年。

小袋成彬(おぶくろ・なりあき)、26歳。

緊張感が充満し、しんと静まり返った空間に響く小袋の声。みんなの時が止まった。

「この人の声を世に送り出す手助けをしなきゃいけない。そんな使命感を感じさせてくれるアーティストをずっと待っていました」。宇多田ヒカルにそこまで言わしめた小袋成彬って、一体どんな人なんだろう。

小袋成彬とは一体誰なのか。宇多田ヒカルとの共通点は? 彼に話を聞くため、後日、再び乃木坂のソニー・ミュージックを訪れた。

Aya Ikuta/HuffPost Japan

小袋成彬って誰なの?

1991年生まれの26歳はこれまで、R&Bユニット「N.O.R.K」を結成して楽曲を発表したり、インディーズの音楽レーベル「Tokyo Recordings」を設立・経営したり、様々な音楽活動をしてきた。

世間に広く知られるきっかけになったのは、宇多田ヒカルのアルバム『Fantôme』の収録曲「ともだち」でゲストボーカリストとして共演したことかもしれない。同性愛をテーマにした切ないラブソングで美しいファルセットを披露した小袋の存在は、私たちの記憶に焼きついた。

小袋のソロデビューアルバム「分離派の夏」に、宇多田はこうコメントを寄せている。

「私と出会うまでレーベルオーナーとして主に裏方作業に徹していた小袋成彬の表現者としての真の目覚めに立ち会えたこと、そしてソロデビューアルバム『分離派の夏』の完成をこうしてみなさんに伝えられる幸運に感謝します」

(C)ソニー・ミュージックレーベルズ

2人を引き合わせたEPICレコードの沖田英宣は、宇多田が自ら小袋のプロデュースを買って出たことを明かし「透徹としたふたりのまなざしは驚くほど似ている」とコメントしている。

宇多田の、プロデュース。

2人の共通点は、作詞・作曲・編曲の全てを自分で手がけるという点だ。世の中に、シンガーソングライター多しといえど、編曲まで自分でやりきるアーティストは珍しい。しっくり来なくて歌詞の一節を変えたら、メロディや演出も変えなければいけない。途方もない作業だ。

「宇多田さんからは、彼女が20年間培ってきた修辞的な表現を学びました」と小袋。イギリス・ロンドンに住む宇多田と、東京を拠点にする小袋のやりとりは、基本メール。データを送り合って作品をつくり上げていった。

「例えば、おいしいラーメンを作りたいっていう時に、麺だけちぢれ麺に変えたらうまくなるかっていったらそうじゃない。麺への油の絡み方を調整するとか、チャーシューは何枚にした方がいいとか、きっと色々あるじゃないですか。歌も同じ。全てが複合的かつ複雑に絡み合っている。それをしっかり理解した上で、テコ入れしてくれるのは彼女ぐらいしかいなかった」

宇多田ヒカルのプロデュースをラーメンに例えるとは(笑)。

頭の中にある概念を、とても楽しそうに、例えたり、言い換えたりして言語化する。それが小袋成彬だ。

一番になったことがなかった。

子どもの頃は「とにかく器用貧乏だった」。

中学・高校では野球に明け暮れたが、万年ベンチだった。彼が通った中学は野球の強豪校で、チームは県大会2連覇を果たしたが、小袋はレギュラーには選ばれず、もっぱらサポートに回った。

「何かの一助にはなってるんだけど、自分がヒットを打ったわけでもないし...。不思議な感覚でした」と振り返る。

「とにかく、何かで1位になった記憶がないんですよね」小袋は繰り返し、そう語った。

そんな彼に転機が訪れたのは、大学3年生だった。就職活動に行き詰まった。

何となく興味のあった雑誌の編集者を目指し、出版各社や広告代理店を受験するも全敗。どうやって生きていくかを考えた時に、頭の中に何度も浮かんだのは「自分は1位になったことがない」という強烈な記憶だった。

「自分の得意なことで勝負したことがないんだって思いました。野球も、得意かっていったら得意でもなかったし。せっかくここまでやったなら最後までやり切ろうっていうぐらいの情熱だったんで」

Aya Ikuta/HuffPost Japan

音楽で、メシを食う。

自分の得意なところで、勝負に出たいーー。そして、小袋は音楽の道へ進んだ。

高校生の頃から、歌のうまさは同級生の中で群を抜いていた。仲間内でカラオケに行くと、明らかに自分はうまいと気づいた。放課後、友人がたむろするマクドナルドに合流すると「あいつが来たからカラオケ行こうぜ」と行って連れ出されることも度々だったという。

大学時代には、誰も知らない海外の音楽を見つけてきては、友人に薦めていた。その審美眼にも自信があった。

音楽で食べて行こう。

そう決めた小袋は、R&Bユニットを結成。そしてレーベルを立ち上げた。とにかく親から経済的に自立しなければと、ひたすら音楽活動に打ち込んだ。楽曲制作はもちろん、営業やプロモーションなど"DIY精神"で全てやってみた。

レーベルを大きくしたい。常に新しいことにチャレンジし続けたい。「野望めいたもの」を抱いて、技術を磨き、経験値をあげるためにガムシャラだった。

そして「水曜日のカンパネラ」の楽曲で作詞を手がけたり、数々の有名アーティストのプロデュースを手がけたりするまでに上り詰めた。

順調に見えた"音楽でメシを食う生活"。しかし小袋の中では、早くも次なる違和感が膨らんでいった。

Aya Ikuta/HuffPost Japan

自分の野望に、未来はあるのか。

「未来が見えなくなった」と小袋は振り返る。

このままレーベルを大きくして、その先に何があるのだろう。

「お金をいっぱい稼ぐとか、いい車に乗っていい女の人を抱いて、みたいな、いわゆるステレオタイプ的な成功への憧れが、ゼロに近づいていく感覚がありました」

「売れる曲を作ることが、自分の人生の大義なのかって言われたら、そうではない。むしろそんなものは一切無視して、もっと大事な、僕の人間的な部分でやらなきゃいけないことがだんだんと浮かび上がってきた時期だった気がします」

稼ぐために「得意なことをやろう」と決めて音楽の道を選んだ小袋はもう、次の意義を求めはじめていた。日雇いの仕事で食いつなげば、死にはしないじゃないか。自分が音楽をやる意味は何だろうか。

レーベルを立ち上げて2年が経っていた。

(C)ソニー・ミュージックレーベルズ

歌いたいことを探すなんて間違ってた。

葛藤の中にいた2016年初夏、突破口が開けた。ちょうど、宇多田ヒカルの楽曲「ともだち」のレコーディングでロンドンを訪れた直後だった。

「僕はずっと、歌いたいことを、探していた。歌いたいことがはっきりと見つからなかったから、歌手として踏み出せずにもいた」

「でも気づいたんです。歌いたいことを探すっていう時点でそもそも大間違いだってことに」

近代の詩人・萩原朔太郎は、著書『詩の原理』の中で「音楽は『旋律』と『リズム』からできている」と定義し、「音楽ほどにも、感情の意味を強く訴え、詩を感じさせる表現はない」と論じた。

小袋は、萩原の言葉をなぞった上で、先の問いにこう答えた。

「歌じゃないと消化しきれない気持ちや思い出。そういうものがあるんだって分かってきて。僕はそれを表現しなきゃいけないって強く感じるようになった」

「人間は心臓が脈を打っている限りリズムに支配されています。だからやっぱり、単なる言葉じゃなくて、抑揚やメロディがついた言葉、つまり歌の方が明らかに神秘的で、普遍的に伝わることがあるんじゃないでしょうか」

歌わなければならないから、歌う。その境地に至った小袋がつくりあげたソロデビューアルバムが「分離派の夏」だ。

やりたいことは「ない」。やるべきことだけがある。

宇多田とデュエットする「Lonely One feat.宇多田ヒカル」を含む全14曲。歌うと決意した2016年初夏以前から温めていた曲もあり、制作期間は3年近くに及んだ。

「みんなであの世界を見に行こうぜとか、もっと高みを目指していこうとか、聞く人を鼓舞するような音楽は作らない」と断言する小袋の作品は、とても内省的で切なさがある。

「筋トレとか野球とかしながら気持ちを盛り上げたい時は、僕も自分の音楽なんか絶対聴きたくないですよ」。冗談っぽく言いながらも、究極まで自己と向き合って生まれた自分の作品に、一定の自負をのぞかせた。

(C)ソニー・ミュージックレーベルズ

野暮かもしれない。それでも小袋に聞いてみた。

「分離派の夏」を通じて、世の中に伝えたいことはーー?

「ないです」。きっぱりとした答えだった。

「伝えたいことは、ないです。ないですし、込めた思いもない」

「音楽家としてどうなりたいとかの夢も一切ないですね。僕の中に『何々したい』は一切ない」

「それでも...」と彼は切り出し、少し笑った。

「曲を書き終わったときは、これで出し切ってスッキリと思ったんですけど...。今は、一回吐き出したものを改めて人前で歌ったりすることで、作品が別の意味を帯びるんじゃないかという期待が、すごくある。とても楽しみですね」

デビューアルバム「分離派の夏」は4月25日にリリースされる。

▼小袋成彬 1stアルバム「分離派の夏」ティザー映像

(小袋の歌声が聞けるのは1分20秒くらいから)