骨抜きの受動喫煙規制が、むしろ中小飲食店を殺す理由

5割超の飲食店が「例外」として喫煙可に。
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飲食店では「原則禁煙」を謳いつつ、実は5割超の店が「例外」として喫煙可という骨抜きな受動喫煙規制案が、国会を通過しそうだ。禁煙反対だった中小飲食店は喜んでいるだろうが、実はこの法案は数年後、中小飲食店をひどく苦しめる存在になる可能性が高い。(ノンフィクションライター 窪田順生)

5割超の飲食店が「例外」として喫煙可に

中小飲食店が望んだ「喫煙続行」を大きく汲んだかたちになった今回の規制案。しかし、少し長い目で見れば、この規制案は「喫煙可」の道を選んだ中小飲食店を苦しめるものになるかもしれない

昨年は「飲食店原則禁煙」を謳っていた厚労省の受動喫煙規制案が「そんなこと言ってましたっけ?」というくらいの豹変ぶりを見せて話題となっている。

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現在の案では、飲食店は「原則禁煙」としながらも、資本金5000万円以下で客席面積100平方メートル以下の店は「例外」として喫煙できる。厚労省の試算では、5割を超える飲食店が「例外」になるというのだ。

「そんだけ吸えて原則禁煙って!」と怒りツッコミを入れている嫌煙家の方も多いかもしれないが、そんな方たちにさらに追い打ちをかけるような「悲報」が2月22日にあった。

厚労省案を盛り込んだ健康増進法改正案を、自民党厚生労働部会が大筋で了承したのだ。厚労部会を通過したということは党として了承したに等しい。つまり、閣議決定を経て法案提出すれば、国会でもトントン拍子で通過するのは目に見えている。

「いや、そこは野党が頑張ってくれるはず!」と期待を抱く方も多いかもしれないが、それも望めそうにない。交友関係から言葉使いまで、あらゆる点で安倍首相に噛み付く野党のみなさんも、「たばこ」の話題になると急に大人しくなる。これはなぜかというと、野党には連合など支持団体の手前、「禁煙」を声高に叫べないというオトナの事情がある方が多いからだ。

つまり、自民党厚労部会が了承した時点で、本件は「勝負あり」なのだ。

山東昭子氏が語る厚労省案了承の舞台裏

これが政治というものなのでそれはいいとしても、個人的に気にかかるのは、なぜこうも緩い規制になってしまったのか、ということだ。

日本は「たばこ事業法」という法律によって、国がたばこ事業の健全な発展を後押しして税収確保をしなくてはならぬ、という政治的制約がある。一方で、たばこによる健康被害は世界の常識となっており、屋内禁煙は先進国なら当然という潮流だ。今回の規制議論のきっかけになったオリンピックはWHOとともに「スモークフリー」を謳い、開催国には例外なく屋内禁煙規制を求めている。過去にはロシアや中国という「愛煙国」までも、これに素直に従っている。

また、本連載で過去に述べたように(『「禁煙化で小規模飲食店が潰れる」は大ウソだ』を参照)、海外では飲食店が全面禁煙をしても売り上げは減らず、むしろ増えているという動かしがたいデータもある。しかも、国内の喫煙者数は右肩下がりで、JTの最新調査でも喫煙率は18.2%だ。

時代の流れ的にも、市場原理的にも、「飲食店全面禁煙」へ流れていくのだろうなと見ていたが、蓋を開ければ、飲食店の半分で吸える結果に終わった。条件闘争としては、これは「喫煙擁護派の大勝」といっても差し支えない話である。いったいどういう政治力学が働いのだろうか?

そこで、大物ヘビースモーカー議員が多くいる自民党内にあって、『「バー、スナック以外の飲食店」については店舗面積にかかわらず原則屋内禁煙とすべき』と強く主張してきた、自民党受動喫煙防止議員連盟の会長を務める山東昭子参議院議員のもとへ話を聞きに行った。

これまで、自民党本部における会議での禁煙を実現したり、喫煙スペースをつくったりするなど、自民党内での受動喫煙対策に力を入れてきた山東氏は、やはりというか今回の法案に対する不満を口にした。

ただ、その一方で、厚労部会で了承されたことについては一定の評価をしているという。昨年のように党内で衝突し合って、法案が流れてしまえば、なんの対策も打つことができない。そうなれば、結局は「望まない受動喫煙」の害を受けている方たちが不利益を被る。「完全勝利」のみにこだわるべきではなく、まずは少しでも前に進めるべきだというのだ。

「もちろん我々も、(愛煙家議員が大勢いる)たばこ議連側も、それぞれ不満があるけど、このへんで折り合わないと。いつまでも100%主張し合っていても法案になりません。そういう意味では今回は痛み分け」

政治の世界では今なお喫煙擁護派議員がパワーを持つ

「ただ妥協しただけでは」と感じる方もいるかもしれないが、実は山東会長と同じように苦渋の決断をした人々がいる。誰よりも受動喫煙の害を訴え、「飲食店原則禁煙」を強く望んできた日本医師会だ。

禁煙啓発などに力を入れている羽鳥裕常任理事は、「客席面積100平方メートルは広すぎる」と不満を口にしながらも、「日本医師会としては容認」だと述べた。

「たいへん悩みましたが、ここで粘って廃案というか、すべて流れてしまうより、受動喫煙防止対策が少しでも早く動き出した方がいい、という判断です。結果として、中国など五輪開催地の規制も守られていますし、日本でも国民の期待は明らかにそちらへ流れている。ここを入り口にして、さらなる対策がとられることを期待したい」

お二人のような禁煙の必要性を長く訴えてきた人たちが、揃いも揃って今回の「骨抜き規制」を「前進」だと評価せざるを得ないのも、いたしかない状況なのだ。

昨年、「飲食店全面禁煙」を掲げた厚労省案が、自民党たばこ議連の猛反対で紛糾したことからもわかるように、自民党の中には決して屈服することのない「喫煙擁護派」がいる。彼らの背後には、JTや葉たばこ農家など、たばこ産業の面々だけではなく、それぞれの選挙区に戻れば支持者の中には、飲食店オーナーも大勢いる。

世の中的には80%以上が非喫煙者なのだが、法律を整備する政治の世界においては真逆で、まだまだ喫煙者や喫煙擁護派の方たちが圧倒的に主導権を握っており、山東氏や羽鳥理事の方がマイノリティという現実があるのだ。

「満額回答」ではないが思ったほど「骨抜き」でもない

多数派の力強さを、山東氏は自身の政治活動の中で目の当たりにしてきている。

「以前、葉たばこ農家の方たちに転作をしてもらえないかという案が出ました。ちょうと中国で漢方の生産者が減っていたので、これなどいいのではと調査したところ、漢方原料とは比べものにならないほど、葉たばこの買取価格が高かった。転作などありえない額です。だからこそ綿々と続いてきたということなのでしょう。そういう意味では、まだまだ日本はたばこ天国ですね」(山東氏)

そう感じているのは、羽鳥理事も同じだ。政府や自民党の検討会に呼ばれ意見を述べる団体は、医師会など医療系団体に対して、飲食店などの団体が圧倒的に多い。「意図的だなと感じることもある」という。だが、それ以上にこちらの無力さを感じるのは、飲食店の業界団体の方たちがこぼした「本音」だという。

「会が終わって、みなさんとざっくばらんに話してみると、『先生たちの言うこともわかる。でも、業界の代表としては無理なんです』と言う人も多い。我々が禁煙にしても売り上げは減らないというデータで説明しても、『個人的には理解できるが、多くの飲食店には恐怖感がある』と、どこまでいっても平行線なのです」(羽鳥氏)

こういう圧倒的なアウェー感の中で、受動喫煙防止対策の必要性を訴えてきた山東会長や羽鳥理事からすれば、今回の規制案は確かに「満額回答」ではないが、世間で言われるほど「骨抜き」ではない。むしろ、これまでの経緯を踏まえれば、「大きな一歩」なのだ。

羽鳥理事は「飲食店というポイントだけではなく、病院などの施設で禁煙が明記されていることなどもしっかり評価すべきだ」と言う。

中途半端な温情法案は中小飲食店を苦しめる

また、山東氏も「これが最後ではない」と強調する。

「ようやく初めてルールができたことで、いろいろな整備が進むきっかけになる。たとえば、我々が主張しているのは、駅前などの喫煙スペースの問題です。私も視察に行きましたが、屋根くらいはあるものの、煙がもくもくと流れて近くを歩ける状態ではない。私の議連では、これはやはり需要と供給の関係からいって、JTが整備すべきだと考えます」

だが、今回の規制は、お二人が言うような「希望」ばかりではない気もしている。はじめに断っておくと、筆者は嫌煙家ではなく今回の喫煙規制に特別な思い入れはない。ただひとつ、これが結果として中小の飲食店を苦しめる「悪法」にならないかということが心配なのだ。

なぜかというと、実は今回の厚労省案で山東会長や、羽鳥理事らが高く評価しているもうひとつの理由として、「新規にできる飲食店はすべて禁煙」と定められているからだ。

「飲食店は入れ替わりが激しいので徐々に喫煙できる店は減っていく。時代の流れで禁煙が増えていくことは間違いない」(山東氏)

これはバーやスナックという酒場なら問題ないが、「喫煙可」を掲げる小さなレストランや食事処はかなりマズい。現状では半数の飲食店で喫煙できるが、時間が経つごとに「喫煙可」の店は減って行き、「喫煙不可」がますます時代のトレンドになる。小さな規模の店が「時代と逆行」するのは大きな経営リスクを背負い込むことに他ならない。

規制が敷かれた直後は、「喫煙可」の店は、愛煙家の方たちからすれば「最後の楽園」になるので、それなりに支持されて繁盛をするかもしれない。だが、客足が減るのは時間の問題だ。

以前、厚労省ヒアリングで焼肉組合の方が、いっそのことすべての店で、吸いたい人は店の外で吸うというルールを決めてくれた方が平等でいい、とおっしゃっていたのを聞いた。まさしくそのとおりで、「例外」を設けることは一見すると弱者への配慮のように感じるが、長い目でみると、逆に過酷なハンデを強いる。本来、食事やサービスの質のみで勝負せざるを得ない小さな飲食店が、「煙い」「臭い」という、食事やサービスとは関係ない部分で、新客が訪れる機会を失っているからだ。

飲食店の半分で吸えるという前代未聞の「原則禁煙」法案がつくり出す未来は、「希望」か「絶望」か――。その結果は、東京五輪が終わった頃くらいには判明するはずだ。

(ノンフィクションライター 窪田順生)

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