50代おじさんの”古い価値観”問題。そして、もしかしたら「自分もそうなのかもしれない」

【カリスマホストの裏読書術 #9】中野円佳『「育休世代」のジレンマ』

財務省の福田淳一・前事務次官(58)のセクハラ発言をきっかけに、多くの女性が自分の性被害の体験を語り始めている。

セクハラなどのハラスメントや、育児に関する無理解。日本の働く女性たちを、おじさんたちの「古い価値観」が苦しめる。

どうしたら、男性の意識をアップデート出来るのか。歌舞伎町のカリスマホスト、手塚マキさんに、ジャーナリストの中野円佳さんが書いた「『育休世代』のジレンマ(光文社新書)」を片手に語ってもらった。

■ダイバーシティのある街でマイノリティとして生きてきた

僕がホストクラブを経営する新宿・歌舞伎町は、多様性を認め合う街です。近くには、同性愛者ら性的少数者が集まる「新宿二丁目」もあるし、色んな価値観が溶け合っています。

Kaori Nishida

華やかに見えるホストという職業は、社会全体ではマイノリティです。社会的信頼がないのか、事前審査にはねられて、マンションもなかなか借りられません。

お客様の女性に対して、どれだけ真剣に向き合っていても、"不誠実な遊び人"というイメージがずっと付きまといます。初めて会う人からは、「どうやってオンナを落とすんですか?」という質問ばかり受けます。

僕は多様性のある歌舞伎町に育てられ、自分も差別される側を経験しました。

さらに女性の気持ちを徹底的に理解することが求められるホストという職業にありながら、女性が感じている"マイノリティ性"のことを何も知らなかったんだな、ということをこの本を読んで痛感しました。

■女性は深刻に悩んでいた

「育休世代のジレンマ」(光文社新書)は、2000年代に総合職として入社して、出産を経験した15人の「育休世代」の女性たちのインタビューと考察で構成されています。

仕事も出来る「バリキャリ」の女性たち。昔と比べて産休や育休など社会の制度が整った現代に生きていて、いっけん幸せにそうに見えますが、実は深刻なジレンマを抱えていることが、本から伝わってきます。

育児休暇から復帰しても、本格的に仕事を任せてもらえなかったり、男性からの差別だけでなく、ほかの女性から疎まれたりして、なかなか"うまくいかない"様子が描かれています。制度だけでは、男女格差が縮まらないんです。

ホストは日々様々な女性と接していますので、この本で書かれていたような「育休世代」の女性の方もお店にいらっしゃいます。

中には「上司がワーママのことをなかなか理解してくれない」と愚痴をこぼすお客様もいらっしゃいますが、ホストに求められるのは、「マジで?その上司むかつくねー」と、瞬発力をもって楽しく共感してあげることだけです。その場限りの癒しを与えられても、ここで描かれている男女格差の問題を本当に理解していなかったんだなと改めて気づきました。

■「市場」に任せることはできない

日本は、世界経済フォーラムが発表するジェンダーギャップ指数(2017年)で、世界144カ国中114位。過去最低だった前年の111位からさらに後退しました。女性の労働力比率や男女の給与格差をはじめとした「経済活動への参加と機会」などがまだまだ世界から遅れをとっているのです。

こうした状況はどう変わるのか。

市場経済に任せて"自然と"変わることはないと思います。なぜなら世の中で一番変わるのが遅いのがビジネスだ、と私は思うからです。

僕は、歌舞伎町にホストクラブ、BAR、美容など十数軒をかまえる「Smappa!Group」の経営者です。いわば中小企業なので、たとえば育児や出産などライフステージごとに従業員が抜けてしまうと大きな打撃を受けることは痛いほどわかります。

経済の現場の最前線にいる人は、どうしても目の前の状況に対応するのに精一杯でなかなか変わらない。

新宿・歌舞伎町の夕方。
Thomas Peter / Reuters
新宿・歌舞伎町の夕方。

■古い価値観の世代に「言い訳」を与えよう

価値観を変えるのはとても大変です。自分を否定するってしんどいじゃないですか。特に、男性中心社会で生きてきた50代、60代の価値観をリセットするにはどうしたらいいのか。

僕は、その世代が自己否定することなく、自発的に価値観を変えるチャンスがあるのだとすれば、2020年東京オリンピック・パラリンピックかなと考えています。

「オリンピックで海外の人も来るから仕方ないよね。これが世界基準だからさ」という風に男女格差を埋める動きが出てきてほしいです。これぐらい大きな「何か」が必要だと思うんですよね。要するに、変わるための、「でっかい言い訳」を用意してあげるのです。

多くの企業は人材が不足していきます。男女格差を埋めて誰もが働きやすくしていくために、オリンピックを利用して思い切って「せーの」で変わっていくのはどうでしょうか。

リオデジャネイロ五輪のプレスルームのテレビモニターに映し出された、国際オリンピック委員会の総会でプレゼンテーションする2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長=2016年8月3日、ブラジル・リオデジャネイロ
時事通信社
リオデジャネイロ五輪のプレスルームのテレビモニターに映し出された、国際オリンピック委員会の総会でプレゼンテーションする2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長=2016年8月3日、ブラジル・リオデジャネイロ

■本当に難しいけど...、ね。

実は、多様性を受け入れているようにみえる歌舞伎町でさえ、無自覚な偏見は溢れているのではないか、と最近思います。

たとえば、ゲイの人に会うと何も考えずに「タチなの?ネコなの?」と無遠慮に、冗談っぽく聞いてしまう文化があります。同性愛者に会うと「自分がそうだって、いつ気づいたの?」と条件反射的に聞いてしまう。

(注:ゲイのスラングで「タチ」はセックスにおいて挿入する方、「ネコ」はセックスで挿入される方という意味)

ホストの僕たちでさえ、そうなのです。歌舞伎町でもそうなのです。思考停止からくる差別性を誰しもが持っている。その事実から出発するしかないのだと思います。

Kaori Nishida

"本好き"のカリスマホストとして知られる手塚マキさん。新宿・歌舞伎町に書店「歌舞伎町ブックセンター」をオープンしました。

ハフポスト日本版で手塚さんの書評を連載します。Twitterのハッシュタグ「 #愛の本 」で、恋や愛をテーマにした、読者のみなさんのオススメの本も募集。集まったタイトルの一部は、手塚さんの店に並ぶ予定です。