現在のカーライフではなくてならないカーナビだが、スマートフォンの地図アプリの進化と普及により、劣勢になりつつある。これまでスマホは、コンパクトカメラや音楽プレーヤーなど、さまざまな専用機器の市場に侵食し、取って代わってきた。いずれ日本のカーナビ市場もスマホに取って代わるのだろうか。(ジャーナリスト 井元康一郎)
スマホの地図アプリの攻勢で岐路に立っているカーナビ
日本のカーライフになくてはならない装備として普及してきたカーナビが今、スマートフォンの地図アプリの攻勢によって岐路に立たされている。
「カーナビは『スマートフォンの地図アプリに取って代わられるのではないか』という見方はかなり前からありましたが、フタを開けてみるとカーナビはスマホの攻勢に結構耐えました。携帯端末とカーナビは別のほうがいいというお客様が多かったからです。しかし、最近はその構図に変化が見えはじめています」
カーナビ大手、パナソニックの関係者は昨今の状況の変化を語る。
「我々カーナビのベンダーや自動車メーカーは、カーシェアや自動運転など新ビジネスを成立させるのに必要なクルマのIoT化(インターネット端末化)のコア技術としてECU(クルマを制御するコンピュータ)とカーナビ、各種センサーを統合したシステムに活路を見出したいと考えていましたが、クルマと携帯端末では生活への密着度がまるで違い、顧客は『携帯端末にクルマを合わせろ』という考えが徐々に強くなっています。
実は海外ではとっくにクルマのナビゲーションはスマホが中心。日本もそうなると、カーナビの収益性は確実に落ちますし、サービスの部分は情報通信サービス企業に取られてしまう」
カーナビがスマホに本格的に取って代わられたら、もちろんハードウェアの売れ行きが落ちるというダメージもあるが、それだけでなく、ハードウェア以上に高い付加価値を持つサービス分野を、丸ごと取られてしまうのではないかという懸念が業界に広がっているのだ。
トヨタ自動車は近年、人工知能やセンサーなど、自動運転やコネクテッドカーの基盤技術を持つメーカーと積極的に提携している。そのトヨタが協業相手ではなく競合相手として名指しするのがGoogleやアップルなどの情報通信サービス関連企業だ。
付加価値の高いサービスはインターネット企業に取られてしまう?
最近、MaaS(Mobility as a service)という用語が持てはやされている。クルマが個人、法人への売り切り商品から、サービスを提供するためのプラットフォームに変化するという考え方だ。
そういう時代が本当に来るのか、来るとしたらいつごろなのかということについてはさまざまな見方があるが、仮にそういう時代が到来したら、クルマの販売台数は確実に落ちる上、付加価値の高いサービスはインターネット企業に取られてしまう。
「現時点でのスマホはまだ、クルマのコンピュータと完全にデータリンクさせられるだけのものになっていません。セキュリティ、バグフィックス、GPSの測位精度、サービスのクオリティなど、いろいろな部分が甘い。それを見てホンダだけでなく日本陣営はおしなべて、『カーナビに勝機あり』と考えてきた。しかし、スマホのテクノロジーが進化してそれらのネガが潰されたとき『スマホを次世代車のメイン情報システムにしたい』という顧客の要望に、われわれが本当にNOと言えるのか。自分たちに都合がいいようにモノを考えていては、後手に回るばかりだ」
ホンダの研究開発子会社、本田技術研究所の研究員の一人はこう不安視する。
コネクテッド技術は世界中の自動車メーカーが重要だと認識している。日本メーカーももちろんそう考えており、クルマのネットワーク化については世界で最も早いタイミングで取り組んでいた。
ホンダ、トヨタは実際に道路を走るクルマの情報をビッグデータとして収集し、渋滞を避ける経路誘導を行うという、いわゆるプローブ方式によるサービスを早期から展開。東日本大震災の際、ホンダがクルマの通行実績から被災地における通行可能な道路を割り出し、物流の回復に大いに貢献したのは有名な話だ。
しかし今日、日本はコネクテッドについて存在感を示すことができていない。なぜか。
強すぎた日本のカーナビ世界的な広がりを持つことはついになかった
「日本のカーナビが強すぎたのが一因ではないか。車載用の航法システムはホンダが世界に先駆けて実用化したものですし、GPSを利用した衛星航法ナビはマツダと三菱電機の協業が世界初、経路誘導はトヨタが世界初。クルマにとってナビとはどうあるべきかという雛形は日本が作ったようなものです。しかも都市部の道路インフラが脆弱で、そのうえ渋滞だらけ。日本ではカーナビは高いお金を出して買う価値のあるもので、高機能であればあるほど喜ばれた。それが作る側に『カーナビには普遍的価値がある』という錯覚を抱かせてしまった観がある」(カーナビのアルゴリズム開発を手がけるプログラマ)
実際、日本のカーナビは世界でもトップクラスの性能、機能を持っている。だが、世界的な広がりを持つことはついになかった。
海外では日本ほど高機能なカーナビは必要なく、スマホ、ないし低価格なポータブルナビで事足りるとするユーザーがほとんど。自動車メーカーがオプション設定しているナビも一部の高級車を除けば簡易型が主だ。
筆者は昨年夏、アメリカでトヨタ自動車の主力セダン「カムリ」の広報車両を借り受けた。クルマを引き取って日本との違いにまず驚いたのが、広報車両にカーナビが未装備であること。トヨタノースアメリカの現地スタッフに聞いたところ、みんなスマホのGPS機能を使った地図アプリを使うので、Bluetoothを使ってスマホのナビ画面を表示させるディスプレイがついていれば十分と判断しているとのことだった。
アメリカでは徹底的に"実用"に基づいて発展
アメリカでは都合、5000km強のドライブであったが、サンフランシスコとワイオミング州中部のドライブでは友人にポータブルナビを借りた。これまた驚いたことに、そのポータブルナビはインターネットに常時接続しており、ユーザー同士がパトカーの目撃情報や張り込み情報を簡単に共有することができるのだ。このようなやりとりはスマホナビでも行われているという。徹底的に"実用"に基づいた発展の仕方である。
ここにきて日本でもスマホナビを使う人の割合が増えつつあるが、ビルトインカーナビの需要は根強い。また、現状ではビルトイン型にすることによる技術的なメリットも結構ある。日本の自動車業界が「カーナビを使ったコネクテッドで存在感を示せるのではないか」という期待感を抱くのも無理からぬところではある。
もっとも、開発リソースには限界というものがある。日本車のスマートフォン連動型車載情報システムの性能は、お世辞にも高水準とは言えない。目先の利益率の高さを求めて高価なカーナビに固執するのではなく、そろそろもっと視野の広いインフォテイメントシステムのあり方を冷静に考察すべき時期が来ているように思える。
できれば、現在世界の自動車メーカーが戦々恐々としているインターネットサービスプラットフォーム企業と、いい形でシナジーを生めるようなビジネスモデルを真っ先に考案し、それらの企業をうまく取り込むくらいの巧みな戦略を見せてもらいたいところだ。日本市場におけるスマホナビの伸長をそのきっかけにできれば、それこそ災い転じて福となすというべきものだろう。
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